同じなのは姿だけじゃない! ミニチュア道路標識トラフィックン誕生秘話
創業90年以上の大蔵製作所が作るミニチュア道路標識トラフィックン。マニアや外国人観光客の間でじわじわと人気が高まっています。このトラフィックンが作られるようになったいきさつ、こだわりなどを株式会社大蔵製作所 新製品開発営業部 営業部長 中嶋洋一郎さんに伺いました。
戦前から続く金属加工メーカーの挑戦
大蔵製作所は昭和元年から現在まで東京都荒川区の同じ場所に工場を構える金属加工メーカーです。創業当初は、鉄を袋状に加工して扉をつくるなどの技術を得意として耐火金庫を作っていたとか。そこから “大蔵”製作所の社名がついたそうです。戦時中はその技術で軍用艦の中のハッチや軍用自動車の扉も作っていましたが、空襲により工場が焼失。戦後は焼け野原になってしまった元の工場のあとでわずかに残った機械を使い建築金物や建具などを作り始めました。昭和30年代になってからはアルミの加工品も手掛け、アルミサッシの開発も進めました。
――アルミサッシ製造から道路標識の製作に転換していったのは、どういういきさつだったのでしょう。
当初はアルミサッシを弊社でも開発し販売するというスタイルで始まったのですが、次第に大手メーカーが自社で一手に引き受けるという流れに変わっていったんです。
そこで、目を向けたのが道路標識でした。そもそも道路標識というのは表示部分のアルミ板とその裏にアルミサッシのような形状の背骨となる材料を何本も止めるという構造になっています。従来製作してきたアルミサッシの応用として道路標識の背骨材へとシフトしていき、道路標識の製作へと移っていったんです。
- 背骨材としてアルミ押し出し型材が使われる
さらに、うちでは、アルミは押し出し型材という技術で加工しています。これは簡単に言うとアルミを圧延する際に、ところてんのように口金のところからアルミをぎゅっと押し出して、棒状に形を作っていくんです。口金に当たる部分の形の断面を持ったアルミの棒ができるわけですね。この方法ではアルミの板を曲げて形を作るよりはずっと丈夫で複雑な形を作り出すこと可能です。その利点を活かして、高速のインターチェンジなどで使われている、箱型で中に照明の入った超大型の標識なども、補強材を一切入れずに軽量で堅牢な構造のものを作ることができます。そうして、道路標識、鉄道の看板類などが主力商品となっていったわけです。
丈夫で長持ち! ……が、困ったことに
――アルミ製の丈夫で良質な標識を製作されていたんですね。
非常にモノとしてはよくなったのですけど、実はその分、ある時期から買い替え需要が著しくダウンしてしまったのです。通常、道路標識の耐用年数は10~20年と言われていますが、障害がなければ20年を越えてもそのまま使えてしまいます。高速道路などで新しい道路が接続されたり、ルートが変わったりで表示を変える必要が出てくれば付け替えていきますが、一般道の「止まれ」、「駐車禁止」などは事故などで曲がったり破損したりしない限り、一度立ててしまうと付け替えすることはありません。今から10~15年前くらいが道路標識自体の需要がピークで、それ以降は減ってまいりまして。
それまでのエンドユーザーさんというのは、扱っているのが道路標識ですので、警察や道路公団などのお役所中心で分野としては産業材だったんですね。新しく何かを始めていこうという時点で、今度は一般向けの消費材を作っていこうじゃないかということになりまして、新規事業として立ち上げた中のひとつがミニチュア標識のトラフィックンだったのです。
- フィルムを貼る前にはホコリが入らないように細心の注意をはらう
土木学会からの注目がきっかけで
――人気のほどはいかがですか?
それが、最近になってようやく注目していただけるようになってきたんです。
売り始めて5年くらいになるのですが、最初は、社内でも「こんなもの作って誰が買うんだ?」という声があったくらいで。鉄道マニアの皆さんの市場というのがある程度あるように、道路マニアという方もいるのでは? と想定していたのですが、当初はどこに行って誰に向けて売ったらいいかも、全くわからなかったんです。
たまたま玩具の問屋さんから、模型の中でも実物の何十分の一と表示するスケール品という分野で売ってみては? というヒントをいただき、模型品の内覧会や商談会のようなところで、本物に非常に近いタイプの模型と注目していただけました。でも、なかなか数は売れない状態だったんです。
そんな折、関西方面で土木関係の趣味のお話をされているサークルがあるということを聞きつけまして、そこから調べていき土木学会という学会組織があるというのを知りました。しかも、2014年に100周年を迎えるとのことで、その数年前から「どぼくカフェ」という活動が全国で行われていました。ダム好きや、高速道路の構造物好き、橋が好き……という方々が集まって土木を趣味として楽しい話をしましょうというもの。そのコーディネーターをされていた京都大学の高橋良和教授が道路マニアだったのです。高橋先生のお声がけで、土木学会関西支部の一般のお客様も入る講演会などに何度か参加させていただきました。そこから全国へ、こんなものを作っている会社があるのだと徐々に広がっていきました。
人気は土木マニアから海外観光客にまで
――今はどのようなところで手に入りますか?
実店舗では東急ハンズの新宿店、ヨドバシカメラ新宿本店、秋葉原店です。先日、東急ハンズ札幌店で期間限定での販売もありました。あとは弊社のウェブサイトからご購入いただけます。
他によく声をかけていただくのは博物館、美術館です。土木関連の企画がある時にショップに置いていただいています。これまで京都国際マンガミュージアムで土木学会関西支部主催で行われた「どぼく+マンガ展」や六本木の21_21DESIGN SIGHTでの「土木展」などで出品しました。
「どぼく+マンガ展」の時は、実際に施設の周辺に立っている案内看板と同じ標識のミニチュアも作って並べました。「土木展」が行われた会場の21_21DESIGN SIGHTは、海外からのお客様がとても多いところなんですね。それでジャパニーズトラフィックサインだよってことで「止まれ」や「徐行」などの漢字の入ったプレートがとても人気があるんです。さらに、これは実在はしないのですが「東京サービスエリア」とオリジナルでデザインしたものが非常にウケが良くて、ものすごく売れましたね(笑)。
- 地名を入れ替えるオーダーも可能
本物のこだわりとオリジナルデザインの広がり
――実在しないサービスエリアのものを作るということはオリジナルのオーダーもOKなのですか?
発売から2年ほどは、実際にある標識を実物と同じデータで作っていまして、それ以外のオーダー品は一切受け付けてはいませんでした。リアルなものしか作りませんというこだわりがありましたので。作り方も完璧に本物の標識と一緒で、アルミの基板の上にEGPという反射シートを貼り、次に絵柄のフィルム、最後にUV保護フィルムでカバーするという構造です。
- 反射材も保護フィルムも本物と同じ(トラフィックンパンフレットより)
そのうち、だんだん「国道のこの番号はないのか?」という声も出てきて、そこから少しずつセミオーダー的にご要望にお応えするようになり、さらに、実存する標識であればオーダーに応じることにして……と、広げていきました。そのように対応していくうちに、デザイン的なことも評価されているのだということにも気づいたものですから、こだわりを捨てて、やっぱり見た目が面白い標識をそろえていこうという方針に変えていきました。
――オーダーでは面白いものはありましたか?
店舗のディスプレイ用にというオーダーも多いのですが、沖縄県西表島の飲食店さんのオーダーで、沖縄県道の標識の応用で県道と書いて「ヤマネコ専用道路」と入れたのを作りました。これは実際の県道の標識の実物大のものを数枚作りこれは店舗の看板やディスプレイに、ミニチュアのものを30台くらい作ったのはグッズとして販売されたそうです。
また、変わったところでは、青山学院大学の山岳部のOB会からのオーダーで、山に登った時に山頂で掲げる札を大型のトラフィックンで作りたいということで、通常のトラフィックンの5倍くらいの大きさのものを作りました。
ご自宅の表札を、というのも結構多いですね。
- 「戦車横断注意」は現在北海道河東郡鹿追町にしか現存しないそう。「猫バンバン」はキャンペーンに賛同し毎年違うパターンのものを制作している※非売品(トラフィックンパンフレットより)
オーダー以外でも面白標識は増やしていっています。北海道に実際にある「動物注意 きつねとたぬき」ですとか、「戦車横断注意」など珍しいものを加えていっています。最近作り始めたのは「矢羽」ですね。「矢羽」とは北海道で雪が積もった時にクルマが路肩から落ちないように道路の端を指し示すものです。
これは、北海道以外で売り出しても何だかわからず売れないだろうとこれまでは作っていなかったのですが、先ほどお話した東急ハンズ札幌店での限定販売が決まったのを機会に作りました。これにもこだわりがありまして、実際の「矢羽」は吹雪の時にも見やすいよう、より反射率の高いHIPというシートを使用していますので、トラフィックンのほうにも通常の反射シートのEGPではなくHIPを貼っています。より本物に近い状態にしているんです。コストは高いですが(笑)。
- 中嶋さんの手元には標識デザインのシートを貼ったノートが
トラフィックンを作り始めた頃、全国にいるミニチュア標識を自作する方たちにも、意見を求めることがあったそうです。
「おたくの商品はよくできているけど、我々のレベルから比べると大したことはない。今後もこちらはこちらでオリジナルでやっていくから」というゆるぎない自信に満ちていたと中嶋さんは笑ってらっしゃいましたが、トラフィックンの職人的こだわりと遊び心も大したものです。これからも、ミニチュア面白標識をたくさん目にできることを期待しています。
(取材・写真・文:わたなべひろみ 編集:ミノシマタカコ+ノオト)
[ガズー編集部]
取材協力
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