レクサスNX特集 Special記事:プロに聞く「NXのデザイン」
プロフェッショナルな刺激
レクサス初のコンパクトクロスオーバーモデルNXは、コンセプト“Premium Urban Sports Gear”を具体化した内外装も大きな見どころとなっている。では、そんな“こだわりのかたち”を、デザインの専門家はどう評価するのだろうか? 日本を代表するプロダクトデザイナーである深澤直人氏に聞いた。
かつてのレクサスとは違う
あらためて説明するまでもなく、深澤直人さんはヨーロッパのメジャー家具ブランドのほとんどに関わり、ご自身がデザインしたCDプレーヤーや携帯電話などがMoMA(ニューヨーク近代美術館)の永久保存作品に選定されるなど、世界的に活躍するプロダクトデザイナーである。
今回は、レクサス NXのデザインを評価していただく目的で深澤さんをお招きした。ちなみに深澤さんの現在の愛車は、アストンマーティン V8ヴァンテージと現行のアバルト 500。深澤流のクルマ選びは、「定期的に吟味して買い換えるのではなく、気に入ったクルマが出たらいつも衝動買いです」とのことだ。
「自動車専門誌を読んだり、クルマ番組を見たりするほうじゃないんですよ。根っからのカーマニアではないと思います。でも造形作家的見地からすればカーデザインが好きで、いま街を走っているクルマの特徴はすべて言えますね。意識せずともクルマの形が目に入ってくるのだと思います」
そしてレクサス NXの周囲をぐるっと回りながら、深澤さんは「10年ほど前でしたか、レクサスというブランドが日本に入ってきた頃とは、随分とイメージが変わりましたね」という第一印象を述べた。
「レクサスは、2006年にLSが出たときは印象的でした。あの頃のモデルは、もう車体全体の筋肉を特徴化しようとしているように見えた、いや筋肉ではなく滑らかな脂肪が骨の上に直接のった肉体のようなデザインでした。一方この新しいモデルは、ディテールで特徴を出そうとしているクルマだと思います」
そして深澤さんは、2005年に登場した3代目となるアウディ A6が採用した、シングルフレームグリルの影響を指摘した。
「それ以前の自動車は、フロントにバンパーというものがあって、フロントのグリルを上下に2分割していました。2分割されていたバンパーをひとつにしたあの顔は、初めて見た人に違和感を与えたと思います。ただし時間がたつにつれ、それが強烈なアイコンになりました」
そしてこのアウディのディテールが、自動車業界に大きな影響を与えたというのが深澤さんの見立てだ。
“エグ味”も時には武器になる
「当然ながらアウディのデザインは、レクサスにも影響を与えているでしょう。レクサスがこういう顔を作ったのは、アウディのグリルと同じくらい強いものが必要だと思ったからでしょうね」
2011年にデビューした現行型のレクサス GSからスピンドルグリルが採用された背景を、深澤さんはこう分析した。
「このクルマのデザイナーは、ディテールがキャッチーに見える方法を探すという使命を背負っていたと想像します。その手法が最初に“ウッ”ときて、ちょっとエグいなと思いました。ただ、クルマっておもしろいのは、出てきた時にはエグいと思っても、それが当たり前になっていくんですね。だから元には戻れない。元の方がよかったと思っても、そうなってみるとそういうもんかな、と。ピンク色のクラウンも強烈だったけれど、走っているのを見るとそういうものかと。褒めているのかけなしているのかわからないけれど(笑)」
深澤さんによれば、スピンドルグリルを初めて見た時の違和感は、いまではかなり落ち着いてきたという。
「やはり完璧なものがデザイナーから出てきた場合には、すーっと溶けるようにいろいろな人の気持ちに入っていくと思います。逆に、逆なでして刺激を与えるやり方もあると思いますが、レクサスは刺激を与えようとしたんですね。アクがあるクルマを作ろうとした。その狙いに対しては、プロフェッショナルとして忠実に表現できている感じはしますね。専門家的というか、デザインした本人がそこまでほれ込んでやったかどうかはわかりませんが、アクを出すという企画に対して忠実に、スキルを伸ばしたところはあると思います」
ディテールがスピード感を生む
フロントからリア方向に移動した深澤さんは、レクサス NXのリアクォーターパネル付近の鋭いキャラクターラインに目をとめた。そして人さし指で空中にシュシュッと素早くアルファベットの「S」と「Z」を描いた。
「スケッチをする時に、人間がどうしても描いてしまう線があるんです。“S字”とか“Z型”なんですが、これはゆっくりだと描けないんですよ、プレちゃうから。サインにもありますよね。このクルマのデザインは、そういう線をスケッチで描いておいて、コンピューターで解析して面にした感じがありますね」
では、そういう線を用いてデザインすると、どのような特徴が生まれるのだろうか。
「“S字”とか“Z型”の線を基にして面を構成すると、スピード感が出ます。一方、アウディのシングルフレームグリルは、もっとゆっくり描いた線だと思うんです。ゆっくり描けるということは、頭の中にしっかりと造形を思い描いているということ。手の動きで描いた線とは思考のプロセスからして違うと思います。これはかなり専門的な見方だと思いますよ」
深澤さんのお話をうかがっていると、このレクサス NXというモデルが「強いアク」や「スピード感」を狙ったことがすんなりと理解できた。
続いて、カッコいいとかカッコ悪いとは別に、実用性と造形の関係についてうかがう。直感でクルマを買われる深澤さんは、例えば、買ったあとで使い勝手を気にされることはないのだろうか。
「それだらけですよ(笑)。こんなに高いのに、なんでゴルフクラブが載らないのかとか、ハンドルは重いし段差で前は擦るし、タイムズには止められない、とか(笑)。でも、すごく気に入った物は、少しぐらい使いにくくても許しちゃうところがある。逆に、レンタカーで実用的なモデルに乗ると、運転のしやすさに驚きます。だから、用途としてのクルマ選びとほれてしまったクルマ選びは、選ぶ基準が全然違うと思います。そのふたつが同時に僕の中にあるので、実用車のほうで技術の進化を感じたりします。精緻に作り込んでいるし、燃費や安全などで時代の要求に応えています」
“いま”を感じるインテリア
最後に運転席にお座りいただき、インテリアの印象をうかがう。
「インテリアで最初に気になるのは色じゃないですかね。僕は保守的だから黒い色を選ぶけれど、最近はこのクルマのように明るい色を使っているケースも多いですね」
そう言いながらインテリアを見わたし、ステアリングホイールに手をかける。そしてインストルメントパネルの枠やシフトノブの頂点に、スピンドルグリルの形状を反復していることを指摘した。
「あんまりたくさん使うとくどく見えるんで、これくらいに抑えているのでしょう」
続いて、深澤さんはメーター類やスイッチ類を注意深く観察した。
「いわゆる操作系というのは人間工学的に出来上がっているものだから、あまり言うことはありませんが、このクルマに関しては外観のアクに比べると内側はおとなしい感じがします」
そう言いながら深澤さんが目を付けたのは、タッチパッド式のリモートタッチだ。ここに触れることで、ナビゲーションシステムやオーディオを直感的に操作することができる。
「人間の正面にステアリングホイールとメーター類があるという眺めは昔から変わらないけれど、インターフェイスは変わりましたね。外で使っているパソコンやスマートフォンのインターフェイスと連動する時代がもう来ていますね。こうしたOSは共有されるんじゃないかな」
そして指先でリモートタッチを操作しながら、「クルマは前方を見て運転しなければならないから、ここに集中するわけにはいかないんですね」と続けた。
「だから何も考えずに操作できる、直感的なインターフェイスになっていくでしょうね。クルマ以外で使われているインターフェイスが、クルマに搭載しても問題ないように歩み寄っている、そんな印象を受けました」
おそらく深澤さんも、携帯電話やPCをデザインするにあたってはインターフェイスについて深く考えを巡らせたはずだ。そんな深澤さんの言葉だけに、重みがある。いずれは自動車に、深澤さんが考えたインターフェイスが採り入れられる日が来るのかもしれない。
(interview&text:サトータケシ/photo:小林俊樹)
深澤直人(ふかさわ なおと)
プロダクトデザイナー
NAOTO FUKASAWA DESIGN 代表。卓越した造形美とシンプルに徹したデザインで、イタリア、フランス、ドイツ、スイス、 北欧、アジアなど世界を代表するブランドのデザインや、日本国内の企業のデザインやコンサルティングを多数手がける。電子精密機器から家具・インテリアに至るまで手がけるデザインの領域は幅広く多岐にわたる。2010年よりグッドデザイン賞審査委員長。 日本民藝館五代目館長、多摩美術大学教授。
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