カムリ開発責任者に聞く / Unprecedented change(前例のない変革)

カローラと並ぶトヨタの世界戦略車として、日本はもとより、北米、オセアニア、中国、東南アジアなど世界中で生産され、1980年のデビュー以降、累計販売台数が2,000万台に迫る勢いのベストセラーカー、それがカムリである。とくに全米では2002年以降、15年連続で乗用車部門の販売台数ナンバーワンという絶大な人気を誇る。また、アジアの新興国においても、ワンランク上のプレステージ・カーとしての揺るぎない地位を確立してきた。

そんなカムリが2017年のフルモデルチェンジで、デザインや走りが大きく変化し、話題をよんでいる。「本当にこれがカムリなのか?」今年のデトロイトモーターショーでジャーナリストたちを驚かせたカムリ。なぜ、そこまで大胆で革新的なモデルチェンジに挑戦し、またそれを実現することができたのか。

「Unprecedented change (アンプレシデンテッド チェンジ)―前例のない変革」を合い言葉に、開発チームをけん引してきた勝又正人チーフエンジニアに話を聞いた。

商用車の海外プロジェクトを通じて、若いうちからクルマ作り全般を経験

 子どもの頃から、静止している構造体より動くものに興味がありました。大学では船舶工学科に在籍し、主に流体の研究をしていました。一方で、愛車のハチロクでラリーもやっていて、クルマにも興味がありました。バスやけん引の免許も持っています(笑)。造船業界への就職も考えましたが、先輩に誘われて、トヨタに入社しました。

 配属されたのは商用車のシャシー設計の部署。“走り”の開発がやりたかったので、シャシー設計は希望通りでしたが、配属はまさかの商用車部門。ちょっとがっかりしたのを覚えています。

 しかし、いざ、やってみると、この仕事がとても面白い。なぜなら、アンダーボデーとアッパーボデーで構成されるモノコック構造の乗用車とは異なり、商用車は基本的に鉄でできたシャシーフレームにエンジンや車軸などが配置されるフレーム構造になっています。ですから、ボデー設計の部門がクルマの大家さんになって開発が進む乗用車に比べて、商用車の開発はシャシー設計が活躍する割合が高いのです。

 さらに、海外向けのハイラックスを担当していたので、若いうちから海外の現場に一人で放り出されました。フォルクスワーゲン ハノーバー工場や、GMとの合弁会社NUMMI(ヌーミ)での合弁生産に、日本から図面を抱えて、RE(Resident Engineer/現場駐在技師)として現地に赴き、工場の人たちと一緒になって設計の不具合をつぶしていきました。すごくやり甲斐があり、おのずと経験と度胸も身に付いていって、現場で研さんを積むことができました。

カムリとの1回めの出会い

 そんな、仕事が面白く、脂がのっていた時期のこと。突然、辞令が出て、製品企画の部門に異動になりました。それはまさに青天のへきれきでした。

 このとき(1994年)、担当することになったのがカムリです。当時は姉妹車のビスタとともに、5ナンバーサイズの日本仕様のカムリと3ナンバーサイズの海外仕様のカムリが併存していて、私は海外のチームに入りました。

 国内ではちょうど、5代目カムリ(1996年 日本発売)の開発が進められていたタイミングでしたが、私の担当は一つ前の世代のカムリをオーストラリアで生産し、中東の市場に輸出するプロジェクトでした。フルモデルチェンジという華やかな仕事を横目に見ながら、ちょっと地味な仕事にも思えましたが、CKD(コンプリート・ノックダウン)のプロジェクトはクルマ開発の要素が小規模ながらも基本的にすべて揃っている箱庭のような開発現場です。それを一人や二人の少人数で担当するので、短期間で広く浅くクルマ作りを勉強することができました。大変でしたが、ミニ・チーフエンジニア的にいろいろな経験ができ、めちゃくちゃ面白かったです。

 また、5代目カムリの堤工場の生産立ち上げに関わり、さらには、2001年にデビューした6代目カムリのコンセプトを担当。このときは約7年ほど製品企画部に在籍しました。この間、ずっとカムリに関わってきました。1997年にはカムリが初めて乗用車販売台数で全米ナンバーワンを記録。ベストセラーカー・カムリの礎づくりに微力ながら関わることができました。

写真(左):5代目カムリ(車名「カムリグラシア」) (1996年日本発売)
写真(右):6代目カムリ(2001年日本発売)

ベストセラーカーのジレンマ

 その後は営業部門の商品企画部や技術部門に戻って車両企画部の立ち上げなどを経て、トヨタモーターヨーロッパに赴任。2013年に帰国してから、チーフエンジニアとして再び、カムリを担当することになりました。8代目カムリのビッグマイナーチェンジ最終段階の開発を経て、今回の新型カムリ(9代目)の開発がスタートしました。
セリカ カムリを初代とカウントした場合は10代目 )

開発を始めるにあたり、まず考えたことは「カムリを理屈抜きでかっこいいクルマにしよう」ということでした。その背景にあったのは、「カムリが北米で売れている(消去法的な)理由」、すなわち、カムリのジレンマともいえるこのクルマならではの課題でした。

 15年連続で全米ナンバーワンを達成しているカムリは、ベストセラーカーと言えますし、購入されたお客様の満足度が高く、それがリピートにつながっているのも確かです。しかし、私には以前からずっとひっかかっていたことがありました。 

 北米では、カムリはしばしば食パンやバニラアイスに例えられます。そのココロは?「無難な選択」という意味です。「迷ったなら、カムリを買っておけば安心。壊れないし、運転もしやすい。車内も広い。上質な見た目と乗り心地で家族の誰も文句はいわない。価格も手頃だし、リセールバリューも高い....などなど」。

大変ありがたい評価ですが、残念ながら、そこには、ワクワクとかドキドキとかいったポジティブな動機が希薄です。カムリは価格やクルマの基本性能といった合理的で機能的な価値を限りなく追求し、高めてきたクルマではありますが、感性に訴える感性価値の要素が足りない。いつまでも、「無難だから」というコンサバで消去法的な選ばれ方に甘んじていては、ナンバーワンであり続けることはできない。そんな危機意識があったのです。

千載一遇のチャンス到来

そこで、私たちはひたすら「理屈抜きでかっこいいクルマ」を実現する挑戦を続けました。目指したのは、エンジンフードを下げ、車高が低くて、ワイド&ローに構え、四隅にタイヤが配置され、ちょっとFRスポーツのようなテイストが感じられるプロポーションです。

「エンジンフードを下げる」と口で言うのはたやすいですが、これを実現するのはなかなか大変なことです。新型カムリでは、室内の広い空間はそのままに、運転席を低い位置に配置し、フードも屋根も現行モデルより約30ミリ下げています。これが実現できたのは、すべての部品をゼロから設計し直し、小型化を図り、さらには部品を配置する位置も、いったん更地にして自由に配置することができたからです。 たとえば、エンジンルームの中にある、たった一つの部品がフードを突き破っても実現できません。

あわせて、そのデザインに相応しい走りの実現にも挑戦しました。エンジンや電池などの重たいコンポーネントを低い位置に再配置するなど、低重心化をはかり、基本的な物理特性を飛躍的に向上させました。その上で、ボデーやステアリング系の剛性を上げ、リアサスペンションもダブルウィッシュボーンにし、次世代のセダンにふさわしい“意のままの走り”を実現しています。

いわば、新型カムリは、ゼロから新しいクルマを開発したようなものです。

 では、なぜ今回のカムリではそれが可能だったのか? その一つは、トヨタのクルマづくりを根本から見直すTNGA(Toyota New Global Architecuture)です。

しばしば、TNGAは部品を共有化してコストを削減する方法と勘違いされているようですが、それは正しくありません。もちろん、部品の共有化は大事な手法の一つではありますが、TNGAとは「もっといいクルマづくり」に向けた大変革そのものです。

たとえば、共有化という切り口ひとつとっても、従来の単なる「部品の共有化」ではなく、もっと広く捉えています。

クルマづくりには、多くの部署が関係しますし、車種ごとにそれぞれチーフエンジニアが居ます。放っておくと、各部署や各車種が、それぞれ個別に最適化を図ってしまい結局、バラバラになってしまいます。そういった"不要な・意図しない差別化や重複業務"を"組織の壁を"打ち破り、徹底的に排除していくことと捉えています。

そうなると、いわゆるカタチの共有化だけではなく、車種をまたいだ評価の共有化、カタチは違っても組付方法を共有化するなど、多くの手法が考えられます。

さらにもう一つは、プラットフォーム、エンジン、ハイブリッドシステムなどが、ちょうどゼロから設計してもいいタイミングにさしかかっていたということです。

TNGAによる社内大変革に、プラットフォームなどが一新できる機会もおとずれ、すべての部品をゼロから配置をし直し・設計ができるかもしれない、まさに、数十年に一度の千載一遇のチャンスが目の前にありました。

「ここでやらなきゃ、技術屋として悔やんでも悔やみきれない!」「最大のチャンス!」そう強く思いました。

 “感性に訴える本当にカッコいいセダン”、“セダン本来の運動性能を有し、意のままの走り”を実現する“本気のモデル”を創り出し、セダンの市場そのものを活性化していきたい。不遜な言い方になりますが、新型カムリがその“ブームの火付け役”になれるかもしれない。

そんな想いと期待をかけて、開発を進めていきました。

「Beautiful」という最高の賞賛を得る

売れているカムリを大きく変えることに対して、少なからずそれを心配する意見はありました。「無難」だからこそ選ばれているカムリを「ワクワク・ドキドキするクルマ」に変えることで、新しいお客様は獲得できるかもしれないが、それ以上に、失うお客様の方が多くなるのではないかと。

 しかし、私たちは「食パン」をつくるのをやめて、「カレーパン」を作ろうとしていたわけではありません。カムリがお客様から高く評価されてきた品質、耐久性、信頼性といった基本価値はそのままに、いや、さらに高めたうえで、いままで欠けていた「ワクワク・ドキドキする要素(感性価値)」を付加した、理屈抜きにおいしくて食べたくなる『究極の食パン』を作りたかったのです。

 こうした開発方針を口だけで説明してもなかなか理解されないことも多くありましたが、実際にクレイモデルを製作して、それを見てもらうと、誰もが「かっこいい、いいね!」と口を揃える。モノを見せて否定する人は誰もいませんでした。

そして、この「かっこいい」がさらなるチャレンジする上で大きな武器になりました。特に若いメンバーが「(これを実現するために)やりましょうよ」といって頑張ってくれました。改めて、デザインの力ってすごいなと思い知りました。

 こうして、新型カムリは誰もが振り返る、理屈抜きにかっこいいプロポーションへと大きく変わりました。

 これまで北米や日本で、ジャーナリストや販売店の関係者を集めての試乗会を実施し、約1万人の方に乗っていただきました。そして、試乗車を降りた後、多くの方々が新型カムリのデザインや走りに対して、「Beautiful」という言葉でその素晴らしさを表現してくださいました。

『究極の食パン』にとっては、最高の褒め言葉と思っています。

新型カムリ(国内仕様)
新型カムリ(北米仕様)

カムリに関わるすべての人が、会心の笑顔になる

 新しいことに挑戦するとき、障害になるのは「成功体験」であり、そこから導かれる「常識」です。新型カムリの開発では「Unprecedented change(前例のない変革)」をスローガンに掲げ、「技術、製造、営業、関係者の方々と立場は違っても、カムリに関わる人は“One Team(ワンチーム)”」というポリシーでみんなが連携し、カムリに関わるいろいろな殻を打ち破ることができました。

 今年2月、北米のデトロイトモーターショーでは新型カムリの発表の場に、2017年のNASCARに参戦するカムリが登場し、好評でした。量販車の新型カムリとそれをベースにしたレースカーを同時に発表するためには、それらを同時開発しなくてはできないことです。「“One Team(ワンチーム)”」という考え方のもと、量販車カムリの開発チームとNASCARカムリの開発チームが連携した結果です。そして、2009年からNASCAR参戦を推進してきた北米の営業サイドからすれば、組織の殻が破れた「画期的な瞬間」でした。同時に、毎週末のレースで量販車とほぼ同じデザインのNASCARカムリが活躍することはカムリのコンサバなイメージの殻を打ち破ることに大きく貢献しています。

  • 新型NASCARカムリ
  • 2017年2月NASCAR初戦「デイトナ500」。
    レース開始直前のサーキットにて新型NASCARカムリ、
    新型カムリの2台と並ぶ勝又チーフエンジニア。

 新しいことに挑戦することは苦労が多く、大変でしたが、後から振り返ってみて、「あのときのカムリの開発は“会心”だった」と思えるような仕事にしよう、購入いただいたお客様が会心の笑顔になるクルマを作ろうと取り組んできました。私にとって“会心”といえるクルマになったと自負しています。ぜひ、販売店で実際のカムリを確認してみてください。

<プロフィール>
勝又正人(かつまた・まさと)
東京都出身。1987年東京大学工学部卒。同年、トヨタ自動車入社。商用車のシャシー開発を担当。1994年より、製品企画部門に異動。海外向けのカムリの開発に関わる。コンセプトプランナーとして2001年に日本で発表されたカムリの初期企画および開発を担当後、営業部門の商品企画部を経て、技術部門の中期開発計画などを担当する車両企画部の設立に参画。2009年よりトヨタモーターヨーロッパ(TMME)に駐在、技術部門長となる。2013年に帰国し、製品企画本部付 日米欧地域統括部長、そして8代目カムリよりチーフエンジニアを努め、現在に至る。

取材・文・写真:宮崎秀敏(株式会社ネクスト・ワン)

写真提供:トヨタ自動車