コンパクトの価値を革新するクラスレスな新時代コンパクト、ヤリス開発責任者に聞く。

トヨタのBセグメントのコンパクトハッチバックモデル、ヴィッツが世界ブランドであるヤリスに生まれ変わる。走ることが楽しくなるという真の軽快感。ハイブリッドでの世界最高レベルの低燃費、今にも走り出しそうなデザイン、最新の安全安心など、すべての人に走る楽しさを提供する、このヤリスについてチーフエンジニアである末沢泰謙氏に話をうかがった。

ヨーロッパでのコンパクト市場を徹底的に調査

クルマの内装設計を少し担当して、9年ほどで製品企画部へ異動しました。それからヨーロッパに渡り、ヨーロッパのクルマの商品企画などを担当、欧州市場の要望を汲みあげるため、そのリサーチを徹底的にやりました。

国によって多少違いはありますが、クルマの使われ方がヨーロッパと日本とでは全然違いますね。まずクルマが一人に一台という感じがあり、Bセグメントのハッチバックが非常に多いんです。これは私が赴任していた時だけでなく、今でもそうです。BセグとCセグのハッチバックが圧倒的に多いです。4人で一緒に乗っていくなら別のクルマで行くというわけで、このあたりハッチバックはあくまでパーソナルユースでした。かなりステイタスのヒエラルキーがあって、ステイタスが上がるとその上のクラスのセダンに乗るのですが、Bセグメントのハッチバックにはみんな乗っていましたね。

いろいろな欧州向け車両の商品企画を日本に提案したり、いろんなことをやって、ヨーロッパから帰ってきてからは、プロセス改革ということをやっていました。これは今と同じ製品企画の中での業務なんですが、ちょっと毛色が違っていますね。それまでの開発期間って非常に長くて、その企画から商品を出すまでの期間を短くするために、こういった仕事の進め方をすれば開発期間が短くできますという提案をしていく、というものです。

過去の事例はもちろん、その在籍した3年間に起きている全プロジェクトの進行をそこで見ていました。完成まで持っていくのに、あるマイルストーンの時に、ここまで完成していないと後で失敗するとか、なにかが遅れていると絶対どこかで爆発するとか、そういった事例をたくさん見てきました。うまく行くときはこういうときで、うまく行かないときはこういうときだってことはわかってきましたね。これは今の仕事に相当役立っています。

ただ、学んだことといえば、進行具合の良し悪しと、そのクルマが売れるか売れないかというのは全く関係がないってことです。もちろん、遅れてしまえば、関係部署だけでなく、その次の開発プロジェクトにも多大な迷惑をかけてしまいますが…。3年で立ち上げなければいけなかったのに、それが3年ちょっと掛かったとしたとしても、そのクルマが売れることの方が大事。3年どころか2年8か月で仕上げたとしても、それが売れるかってことは関係なくて…。逆に売れないとその後の商品強化で余計に時間を要することになります。。。

いかにプロジェクトの最初のころに企画を固め、商品としての魅力を高めるか、かなぁと思っています。最初の人が動き出す前に将来を見据えて予測して、商品力を磨いて・・・。こういったものはミズモノなのでわからないですけどね。わからないですけど、最初の商品企画の部分はしっかりやることは大事です。

オーリス、そしてヴィッツ(欧州ヤリス)の開発を担当

その後、初代オーリスの途中、マイナーチェンジから2代目オーリスを担当しました。Cセグメントのハッチバックって、各欧州メーカーが力を入れてくるところで、けっこういいクルマが出てきてるんで厳しいんですよ。プラットフォームはキャリー(継続使用)でしたので、その中でどう走行性能を高めるか、苦労しました。面白かったですけどね。その時に次はこうしたいねというのがいくつもありました。

それで2014年、3代目オーリス、次のカローラ(現行)の先行企画をやらしてもらっていた時に突然呼ばれまして、次はBセグだということで異動しました。びっくりしましたね。これからいよいよ行くぞってところで、いきなりですからね。「今?」って感じでした。

そしてやってきたのが3代目ヴィッツ(欧州向けはヤリス)のマイナーチェンジのタイミングですね。当時はヴィッツ・ヤリスだけじゃなくて、アクアもアイゴもやってて、現行アクアのマイナーチェンジをやりました。僕の企画なんですけど「Crossover」を加えたりしました。そうこうしているうちに、新型ヤリスの企画が本格化してきて、アクアは他の方に任せて、私はヴィッツ(欧州はヤリス)専任となりました。2回目のマイナーチェンジ(現行モデル)とハイブリッドの追加、自動ブレーキの追加をやりながら、このヤリスもやりました。

ヴィッツの現行モデルと新型(ヤリス)の開発同時進行

ヴィッツを見ながら、その横でヤリスをやっている状態です。ヴィッツはネッツ店の専売車で、ネッツ店ではヴィッツに対してすごく思い入れをいただいています。そこで、メンバーは10名くらいですけど、ネッツ店の各地域の基幹店代表の方に、この開発でアドバイザーとして入っていただいてました。3か月に一回の頻度で、相談をいろいろと聞いてもらっていました。クルマのデザインを見てもらったり、企画に対して意見をもらったり、そういう交流がすごくあり、アドバイスをいただいきました。

やはり「大きくしないほうがいい」っていう話は常にありましたね。ヴィッツってモデルチェンジの度に100~150mmくらい大きくなっているんですよ。ライバル車もそうなんですけど、ね。人の大きさが変わるわけじゃないし、サイズもそろそろいいんじゃないの?って意見はありました。

ヴィッツではハイブリッドモデルも追加しました。でも新しいユニットとか新しい技術なんか入れるわけなくて、やっぱり、アクアのハイブリッドシステムのオサガリなんですよ。燃費もアクアほど行かなくて。当然そういうところがありますよね。新型車では、最新のハイブリッドシステムを投入してハイブリッド世界最高レベルの燃費を実現させて、ネッツ店の皆さんにびっくりしてもらわなければいけないなと感じていました。

他にも「いつになったら自動ブレーキ付くの?」ってさんざん言われてました。遅ればせながらヴィッツに付けたんですが…。だからヤリスでは、性能と燃費、そして安全技術は、オサガリじゃなくて、全部最新のものにしました。

誰もが乗るし、コンパクトだからって妥協するってのは、ナシ

最新装備だとか最新の安全装備っていうものは、やはり上から順に降りてくるものというのがこれまでの通例でしたね。内装部品でもボデー部品でも、上のクラウンから始まって、いろいろな車種に来て、一番下がヴィッツなんです。それを変えることができたひとつが、車種ごとに分かれて開発する「カンパニー制」です。縦の壁みたいなものが取り払われて、コミュニケーションの密度とかも全然違っています。

自分の部署の持っている車種が絞られるので、売れるようにしたいという思いが今まで以上に強くなって、工場はもちろん生産技術でもより結束力が強まって、困ったときは以前よりも助けてくれるようになりました。

クルマを作っているといろいろ問題起きるじゃないですか? 図面もできて型もできてて、でも衝突がうまく行かないって、対策練って設計変更しなければいけないでしょ? そういう時、今までだと技術領域のみならず、製造側の皆さんには、敷居が高いところは有りましたが、今は「カンパニーのクルマ」としての意識からいろんな話を聞いて考えてくれ、いろいろ相談に乗ってくれてます。他にも意思決定がすごく早くなりましたし、仕事は回しやすくなりましたね。

ヤリスとなるからには、コンパクトを超える走りを

日本は「走り」では売れない市場なんです。それよりも、ルーミーだとか、かわいらしさとか、ニーズが違うというところがありました。開発の現場では、営業もそうですし、コンセプト的にもその方向でってのが以前のヴィッツではありました。一方、ヨーロッパはBセグメントのライバル車が明確に速くて「走り」という確固たるものがありました。マーケティング的にヤリスという名前になることで、「ヤリスは走りなんだ」と日本の営業が「走り」に近づいてきてくれたので、すごく楽になりました。ヤリスがトヨタの基軸車という認知度みたいなものがあって、グローバルにヤリス・ブランドを作るってことになって、当然燃費の数字の要求はありましたけど、とにかく走りのイメージに振ることがやりやすくなりました。

新しいものも投入していきますから、もちろんコストは苦しいです。でも、車両を大きくしなかったのは結構大きく貢献してくれてますね。TNGAって原価低減の技術がかなりあって、それをコンパクトだけに絞った形でアレンジできコストにも効きました。少し開発をし直すところもありましたが、シャシーで妥協した部分はないですね。

NCAPのような安全性評価基準がどんどん厳しくなっていっていて、そこで最高の星を獲らなければいけませんから、クルマを大きくせずにやるというのは大変で、ハイテン材を使用したりしさまざまな工夫をすることも強いられましたが、その両立を実現しました。

パワーユニットは、新開発の1.5Lダイレクトスポーツエンジンに、スムーズでダイレクトな加速を実現する新型ワイドレンジのCVTを搭載。ハイブリッドは、その1.5Lエンジンに新世代のハイブリッドシステムをプラス。さらに改良を加えた小型1Lエンジンと小型軽量化したCVTをラインナップしています。

TNGAの4気筒エンジンが基本にありまして、それの1気筒を取り払って、全部3気筒エンジンにしました。気筒あたり500ccのモジュールなので、低速トルク、一発のパワーはすごいんですよね。低速トルクと出だしの走り、燃費もいいですし、軽量化にも貢献しています。苦手な振動などはバランスシャフト付けてうまくクリアしてあげればよくて、ヨーロッパ系でも3気筒車両は多いですよね。車両の軽量化と相まって、市街地から高速道路、ワインディングまで気持ちよく走ることができます。

日常使いが多いコンパクトカーだからこそ、低燃費にもこだわりました。新世代ハイブリッドシステムの採用と量販グレードで50㎏減の軽量化により、トヨタ車はもとより、世界のハイブリッド車の中でトップレベルとなるガソリンエンジン燃費36km/Lを達成しています。これは現行のヴィッツに比べると20%以上燃費が向上したことになります。また、EV走行可能車速も70km/hから130km/hに拡大し高速走行時の燃費低減も実現いたしました。昔から「なんでハイブリッドに4WDがないの?」って北海道、東北や北陸の皆さんを中心にかなりご迷惑をかけてまして、念願の4WD(E-Four)モデルもラインナップに入れました。

デザインは今にも走り出しそうな躍動感のある凝縮デザインを目指しましたが、これは苦労しました。フロントフェイスのデザインがなかなか決まらなかったんですね。「シャキッとスポーティにアグレッシブに」ってヨーロッパからのリクエストがあり、日本では「きつすぎるのはダメよ」って感じで、誰が見てもきつくなくかわいくもなく、でも親しみを持てるような、というもの。我々もそれに応えられるスケッチとかデザインがなかなか出せなくて…。

長年親しまれた「ヴィッツ」の名を捨て、ついに「ヤリス」へ

ヤリスへの車名変更については、以前から議論はずっとあったんです。スターレットから変わった最初の時に、ヨーロッパはヤリス、日本はヴィッツと、地域の人に一番耳障りの良い車名ということで決まったわけです。その後アメリカ、アジアと形は違えど、ヤリスがグローバルブランドとなってきていて、もうあのクルマでヴィッツと名乗っているのは日本だけ、という状況です。そろそろかなっていうのもあったんです。

ヴィッツかヤリスかって、ずっとくすぶっている中で、プラットフォームもエンジンも新しく刷新して今までのヴィッツとは違うクルマになります、ヤリスがWRCに出て「ヤリス=走りの楽しいクルマ=レースでも強い」っていうブランドがはっきりしてきましたってことがあって、こりゃヤリスだろって名前を変えて新しいスタートを切ろうって話になりました。あとはチャネル併売となって、ネッツ=ヴィッツっていう絆も薄れたこともありました。

開発って苦労の連続なんですけど、ヤリスは意外とすんなりいきましたね。意気込みは、コンパクトっていう潜在的なイメージをぶち壊すという思いで作ったクルマなので、そうあってほしいと思っています。今までのヴィッツではファーストカーというところになかなか行けなかったですが、ヤリスではシニア、ミドルの方でも誇りをもって乗っていただけるようになったらいいなと思います。走って楽しいですし、燃費もいいですし、最新の安全装備もついています。トヨタ車の中で最もユニットのラインナップも広くて選択肢もありますし、この後、GRヤリスが登場します。ヤリス・ファミリーで「ヤリス」というブランドをしっかり日本に根付かせていけたらと思います。

豊田章男社長も所有している、まさに「誰もが乗るクルマ」であるコンパクトカー「ヴィッツ」を、ヒエラルキー度外視の「ヤリス」に変えてしまった末沢さん。今回の開発インタビューでは、さぞかし苦労話てんこ盛りになるのでは? と期待していたのだが、順調に開発は進んだ様子で、インタビューも肩透かしを食らった感じだ。 そもそも末沢さんはどこか飄々としていて、苦労を苦労と感じないのか、強敵を相手にしてもさらりと倒してしまうような強さなのか、捉えどころのない雰囲気がある。

しかし、インタビューの最後には「GRカンパニーでやる(GRヤリスのこと)って言っているのに、その元のクルマがしょぼいと話にならないじゃないですか。僕はそこが一番心配でした」と、繊細な一面も垣間見えた。 普段使いをしっかり確認できるように常に自宅には自身が手掛けたクルマとその競合車を並べ、実際に使用しているというベーシックカー・マイスターともいえる末沢さんの渾身の一台、ダイナミックな走行性能ばかりに目が行くかもしれないが、実はその普段使いにこそ、その良さがにじみ出てくる一台であることは間違いなさそうだ。

<プロフィール>

末沢泰謙(すえざわ・やすのり)

1965年香川県高松市生まれ。瀬戸内の海で遊び育つ。大学で設計工学を学び、1991年トヨタ自動車入社。入社後はボデー設計部で安全装備設計、内装部品設計業務を経て、2001年に製品企画部門に異動。その後TME(トヨタモーターヨーロッパ)に出向し、3年半ヨーロッパ向け車両の商品提案や現地と国内の連携を図る業務を担当。2008年より製品企画本部で、海外向けカローラの先行業務を担当した後、初代オーリスのマイナーチェンジを担当し、2代目オーリスは開発責任者として現場を指揮、そして2016年からヴィッツ(欧州ヤリス)のチーフエンジニアに就任。趣味は高校時代から現在まで続けているテニス。そして録画してある全TVドラマを1.5倍速で鑑賞すること!

(文=青山義明/写真=佐藤宏治)

[ガズー編集部]