【名車を次の時代へ】NAロードスターのレストアに込めたマツダの思い

NAロードスターレストアサービスにて、トライアルで製作された2台のレストア車両。
NAロードスターレストアサービスにて、トライアルで製作された2台のレストア車両。

1989年に誕生した名車「ロードスター」。そのレストアサービスを、“生みの親”であるマツダが手がけているのはご存じだろうか? プロジェクト発足にいたる経緯と、レストアへのこだわりを聞いた。

1989年に誕生した“小さな名車”

マツダ・ロードスターは、今年で生誕30周年を迎えた。このライトウェイトオープンカーが世界に与えた影響は大きく、名だたるメーカーが2シーターオープンカーをリリースする発端となった。また「2人乗り小型オープンスポーツカー」の“累計生産台数世界一”であることをギネスが認定しており、その数は2016年に100万台を突破した。

マツダは、2017年8月、その原点となる初代モデル「ユーノス・ロードスター(NA型)」のレストアサービスを開始することを正式に発表。同時に、失われた純正パーツの復刻に取り組むことも明かされた。そして、同年12月より受け付けを開始し、現在までに2台のレストアを完了。新車同様によみがえらせ、オーナーの元へと送り届けた。ちょっと懐かしい80~90年代のクルマの人気が高まる今、マツダの取り組むレストア事業について、奮闘する担当者たちに話を伺った。

取材に出向いたのは、広島県安芸郡府中町にあるマツダ本社。このマツダ本社こそ、レストアサービスの本拠地なのだ。迎えてくれたのは事業に深く関わる面々。現行である「ND型」の開発を指揮し、現在はロードスターアンバサダーに就任している山本修弘さん、同事業の専任スタッフである伏見 亮さんだ。

今回話を伺った、ロードスターアンバサダーの山本修弘さん(左)と、NAロードスターレストアサービスの専任スタッフである伏見 亮さん(右)。
今回話を伺った、ロードスターアンバサダーの山本修弘さん(左)と、NAロードスターレストアサービスの専任スタッフである伏見 亮さん(右)。

長かった事業化までの道のり

そもそも、レストアとは古いクルマを新車のようによみがえらせることを意味する。マツダの中で、そんな事業に取り組もうという機運が生まれたのは、2011年のことだったという。当時、マツダは将来的に新車販売だけの経営が難しくなるだろうと考え、販売したクルマに対しても何かビジネスを展開できないかと模索していた。そこで注目したのが、マツダ車の中でも、顧客との結び付きが強い一台であるロードスターだった。

  • 1989年当時の、貴重なユーノス・ロードスターのカタログ。
    1989年当時の、貴重なユーノス・ロードスターのカタログ。
  • 山本修弘さんはNC型、ND型と2代にわたりロードスターの開発を主導した人物。レストアサービスについても積極的に取り組んだが、販社からの「現実的ではない」という反対には正直、凹んだという。
    山本修弘さんはNC型、ND型と2代にわたりロードスターの開発を主導した人物。レストアサービスについても積極的に取り組んだが、販社からの「現実的ではない」という反対には正直、凹んだという。

社内で提案された意見の中から、「レストア」と「販売したロードスターのフォロー」のふたつが取り上げられ、ビジネス化へと動き出すことになる。この背景には、最終型でも生産から14年が経過し、年々減少していく初代モデルの厳しい現実もあった。今でも、年間約700台が失われているが、当時はエコカーを対象とした補助金や減税などの政策もあり、約1000台が廃車となっていたという。

そのチームの取りまとめ役は、ND型の主査だった山本さんが担当することに。まずはモデルケースを作ろうと、全国の販社に提案するも猛反対を受けた。非現実的なものと受け止められてしまったのだ。「正直、凹(へこ)みました」と山本さんは笑いながら当時を振り返る。社内からの応援もあり、再び奮起した山本さんも、2014年になるとND型の開発が忙しくなり、手が回らなくなってしまった。そのフォローを開発本部のメンバーが引き受け、ND型開発の裏で、純正部品の調査やレストア作業のトライアルなど、事業化に向けてコツコツと準備が進められた。

2015年になるとようやくビジネス化への見通しが立ち、レストア事業は本格的に動き出すことになる。そこからビジネスプランの作成やメニューづくりのためのさらなるトライアルなどを経て、2017年8月、ようやく「NAロードスターレストアサービス」が正式にアナウンスされることになったのだ。

費用は“新型ロードスター1台分”から

現在、マツダのNAロードスターレストアサービスは、排気量が1.6リッターだった初代ロードスターの初期型(NA6CE型)のみを対象としている。内容については、250万円からの基本メニューに加え、「インテリア」「エンジン&パワートレイン」「シャシー&サスペンション」「エアコン」「アルミホイール&タイヤ」という5つのオプションメニューも設定。これらをすべて含めたフルレストアは、485万円からとなっている。現行型のNDロードスターのエントリーモデル「S」の価格が約255万円だから、基本メニューだけで新車1台分、フルレストアだと2台分近くになる計算だ。

NAロードスターレストアサービスでは、対象となる車両はご覧の通りの状態まで分解され、各部品を交換し、再塗装を施した上で丁寧に組み上げられる。その工程は、職人によるハンドメイドだ。
NAロードスターレストアサービスでは、対象となる車両はご覧の通りの状態まで分解され、各部品を交換し、再塗装を施した上で丁寧に組み上げられる。その工程は、職人によるハンドメイドだ。

ただ、フルレストアの内容は充実しており、交換されるパーツは約1000点にも上る。まさにすべてが新車同様に生まれ変わるのだ。もちろん基本メニューの内容も充実している。こちらでも全塗装を含む外観の仕上げを行うのだが、車両からすべてのパーツを取り外し、ボディーパーツのほとんどを新品と交換。丁寧な塗装を施した上で、各部の測定と調整を行いながら、再び組み上げる。もちろん、すべて職人による手作業だ。プロジェクトの関係者は、その工程を「ゼロからクルマを作り直しているようなもの」と称する。単なる全塗装ではないのだ。

フルレストアで交換の対象となる部品は実に約1000点(!)。交換作業はもちろん、再生産や調達の手間も考えると、気が遠くなる。
フルレストアで交換の対象となる部品は実に約1000点(!)。交換作業はもちろん、再生産や調達の手間も考えると、気が遠くなる。

具体的な内容を聞けば聞くほど、この価格が決して高くないことが分かるが、それでも山本さんをはじめとした関係者を大いに悩ませたという。山本さん以下のチームでは、「いくら良い内容でも、お客さんが納得しなくては意味がない」と考え、ファンミーティングに出向き、レストアに関するアンケートを実施したという。その結果を踏まえて導き出したのが、上記のメニュー構成だった。

理想を追求し、フルレストアのみとしたら当然高くなる。そこでリーズナブルな選択もできるよう、基本メニューはメーカーだからこそできる内容に絞り込んだ。その他の部分は、必ずしもマツダで行わなくとも、専門ショップでサポートしてもらい、自分のペースで仕上げてもらおうとしたのだ。実際、メニュー開発には多くの専門ショップにも協力してもらい、ノウハウを提供してもらったという。彼らとのWIN-WINの関係づくりも、マツダのレストア事業が大切にしたところだ。部品の安定した供給体制が整えば、彼らに腕を振るってもらうことで、ユーザーが安心してカーライフを満喫できるからである。

  • ボディーとエクステリアを中心とした基本メニューに加え、インテリアや足まわり、エアコンなどのレストアをオプションメニューとして用意。エンジン&パワートレインについては80万円~という価格で提供されている。
    ボディーとエクステリアを中心とした基本メニューに加え、インテリアや足まわり、エアコンなどのレストアをオプションメニューとして用意。エンジン&パワートレインについては80万円~という価格で提供されている。
  • レストアされたトライアル車両。ND型でも期間限定色として採用された、クラシックレッドのボディーカラーをまとう。
    レストアされたトライアル車両。ND型でも期間限定色として採用された、クラシックレッドのボディーカラーをまとう。

考え抜いたメニュープランと完成したトライアル車両を携え、2017年12月に、オーナー対象のレストア説明会を実施。参加したオーナーたちに向けて、レストアについて丁寧な説明を行った。ただ不安だったのは、やはり価格への反応だった。ファンミーティングで行ったアンケートの結果では、「最大200万円」という回答が最も多かったのである。ところが、説明会の最後に山本さんが価格について問うと、参加者全員が「問題ない」と答えてくれた。さらにレストアを望む人を尋ねると、7割の人が手を挙げたという。山本さんはその反応に驚くとともに、少し安堵(あんど)したとか。実際、ウェブ上でレストアサービスの受け付けを開始すると、47人もの希望者が集まった。こうしてNAロードスターレストアサービスはいよいよ動き出すことになる。

こだわったのは、マツダ純正品質

NAロードスターレストアサービスでこだわったのは「オリジナルに戻す」という点だ。純正部品を使い、マツダならではのクオリティーを実現しようとした。そこから生まれるのは、新車当時の味わいだ。どんなにロードスターに詳しい人でも、発売から30年を経た今、当時の味わいを鮮明に思い出せる人はまずいない。それを体感してもらうのが狙いだ。

  • トライアル車両のインテリア。シートも表皮が新品に張り替えられている。
    トライアル車両のインテリア。シートも表皮が新品に張り替えられている。
  • ブリヂストンの協力のもとに製作された“復刻タイヤ”。当時純正装着していた「SF-325」のデザインだけでなく、走り味までが再現されている。
    ブリヂストンの協力のもとに製作された“復刻タイヤ”。当時純正装着していた「SF-325」のデザインだけでなく、走り味までが再現されている。

その味の再現のために復刻させたのが純正装着タイヤ。ブリヂストンの協力が得られ、当時の「SF-325」のデザインだけでなく、乗り味までがしっかりと再現されている。実はこのタイヤ、今ではすっかり人気商品となっており、既に400本が販売されたというから驚く。「あの頃の味わいをもう一度」と考えるオーナーがそれだけ多いのだろう。山本さんたちの狙いは、当たったわけである。

現在の部品供給について最も詳しい伏見さんによると、約5000点の構成部品のうち、半分に相当する約2500点が入手可能だという。さらにレストアサービスと部品供給のために、欠品となっていた約150点を復刻させた。欠品部品の復刻と聞けばさぞ大売れしているかと思ったが、現実は異なり、ほとんどの部品の売れ行きは1カ月あたり5~10個程度だという。

古いマツダ車の部品事情を伺うと、「数が残っているクルマに限っては、消耗品だけでなく外装パーツや足まわりに一定のニーズがあるため、今でも入手可能なものが多い」とのこと。逆に、欠品してしまった部品はあまり交換する機会のないものが多いのだとか。このため、ロードスターの場合も復刻したからといって急激に需要が増えるわけではないのである。

  • 同じくトライアルで製作された「Vスペシャル」。曇りのないビニール製のリアウィンドウにも注目。
    同じくトライアルで製作された「Vスペシャル」。曇りのないビニール製のリアウィンドウにも注目。
  • 部品の再生産について語る伏見 亮さん。板金修理などで必要となる外装パーツは用意しやすいが、特に電装品は調達が難しく、再生産も厳しいのだとか。
    部品の再生産について語る伏見 亮さん。板金修理などで必要となる外装パーツは用意しやすいが、特に電装品は調達が難しく、再生産も厳しいのだとか。

それでも伏見さんは「需要があるうちに行わなければ、どんどん難しくなる。まだ現役の車両が多い今から始めていかなくてはいけません」と言い、今後もパーツ復刻に精力的に取り組んでいく姿勢を見せた。特に、消耗品ではゴム関係の、内装関係では樹脂パーツの復活に力を入れたいとのこと。既にNA型の生産終了から22年の歳月がたち、時間との勝負となっているのだ。それでも、サプライヤーがレストア事業の趣旨に理解を示し、助けられることも多いそう。彼らの協力的な姿勢に、自分たちと同じロードスターへの強い思いを感じることもあるのだそうだ。

このサービスで実現したかったこと

2019年2月時点におけるレストア完成車は2台。現在は3台目の作業に取り掛かっているところだ。一台一台、状態や要望も異なるために新たな課題が見つかり、挑戦の連続だという。

山本さんは「とにかく小さい規模でスタートした。目標とする完成台数も最大で年6台にすぎない。でも小さく産んだものを大きく育てたいという思いがある。レストアを続けていけるようにレベルを上げ、お客さんの受け付け条件も下げていきたい。そして何よりも、事業を継続していかなくては意味がない」と今後への意気込みを語った。山本さんたちのもとには、現在対象外であるNA型の1.8リッターモデルや、2代目であるNB型のオーナーたちからの期待の声だけでなく、海外からもレストアを望むユーザーから手紙が届いているという。その期待に応えるべく、まずは現在のレストアメニューでの実績作りに励んでいるのだ。

オーナーに渡すレストアリポートを前に談笑する山本修弘さん(左)と伏見 亮さん(右)。リポートはアルバムのようにきちんと製本されており、オーナーにとってはたまらない宝物になるだろう。
オーナーに渡すレストアリポートを前に談笑する山本修弘さん(左)と伏見 亮さん(右)。リポートはアルバムのようにきちんと製本されており、オーナーにとってはたまらない宝物になるだろう。

駆けまわるメンバーたちの共通の思いは、「これからもずっとロードスターに乗り続けてほしい」ということ。その品質と価値が認められるように、国際的な認証機関であるテュフ ラインランドから世界初のクラシックガレージ認証も取得した。これは資産価値を高めるためではなく、しっかりとした補償が受けられる車両保険への適応を目指すためのもの。実際、賛同する保険会社の声もあるという。マツダ自身でもレストア箇所に対して1年間の保証をつけている。これもすべてはユーザーに、ロードスターとの生活を満喫してほしいからなのだ。

ユーザーとマツダ車の将来に向けて

2019年1月のオフィシャルサイト更新を機に、NAロードスターレストアサービスを中心とした事業には「CLASSIC MAZDA(クラシック マツダ)」という総称が与えられた。この名称には、クラシカルなモデルを対象に、マツダが古いクルマに乗り続けられるサービスを提供し続けることで、世の中の自動車文化に貢献したいという信念が込められているそうだ。

将来的には他のロードスターだけでなく、ロードスターと同じくマツダのアイコンであるロータリー車への対応も検討しているという。ただ、今は初期型ロードスターのみで手一杯。愛車に一生乗り続けたい、そんなユーザーの願いをかなえるために、山本さんたちは今日も奮闘を続けている。

NAロードスターレストアサービスのスタッフ。これからもずっとロードスターに乗り続けてほしいという思いを込めて、レストアおよび部品復刻に奮闘している。
NAロードスターレストアサービスのスタッフ。これからもずっとロードスターに乗り続けてほしいという思いを込めて、レストアおよび部品復刻に奮闘している。

(テキスト:大音安弘 / 写真:マツダ、webCG)

[ガズー編集部]