トヨタ シエンタ クロスレビュー ~ 熊倉 重春 ~

クルマのあるべき姿

いくら排気量や出力などメカニズムを語っても、トヨタ シエンタの正体は見えない。これに乗るとかドライビングを楽しむとかが目的ではないからだ。「How do you design today?」のキャッチフレーズでもわかるように、「どんな一日を過ごすか」を軸として見るべきなのだ。それに対してメディアの大半は、まったく的外れの談義に終始している。

前半分を大ヒット作アクアと共用しているため、走りはトヨタのハイブリッド車ならではの完成度に到達している。普通の運転のためには何のスキルも緊張も求められないし、そこそこ静かで滑らかで、その気になれば速くも行ける。というより、中身がどうなっているかなど、おそらく誰も知ろうとさえしないだろう。上半分が表示部、下半分が日常的な操作部に分割されたダッシュボードも、なぜそうなっているかなど考えず、まったく予備知識なく自然に扱えているはずだ。

さらに言うなら、せっかくの3列シート車であるにもかかわらず、実際には2列シートの便利なワゴンとして使われることがほとんどだろう。これまでよりクッションが分厚くなり、座り心地も快適になった3列目だが、やはり全長4.2m級ではスペースに限界もあり、どうにか座れる程度にすぎない。実質的には4+2か5+2の補助席だが、ここにもドリンクホルダーを備えるなど、四方八方への気配りが見える。
スライドドアの敷居が地上33cmと低いだけでなく、2列目を倒し込んだ際の空間も広いので、3列目への出入りもけっこう楽。それより大切なのは3列目の扱い方だ。2列目を持ち上げた下にストンと押し込むだけで、もともと存在しなかったかのようにフラットに畳み込めるのはファンカーゴ譲りだが、これが効く。同クラスのライバル車の場合、ここを左右分割にして横に跳ね上げる方式が多いが、普段ワゴンとして使うと、どうしても斜め後ろの視界が遮られてしまう。このように床下に収納できても、床そのものが低く(テールゲートの敷居は地上50.5cm)、全高が1.6mを超えるから、前輪を外さなくても余裕でMTB を載せられる。床の低さは乗り降りにも有効で、普通に歩み寄った動作の続きでヒョイと入れる。だから周囲を見て回って内部をのぞいただけで、シエンタと暮らす毎日の光景がまざまざと脳裏に描かれる。

このように紹介すると、一部の自動車マニアには刺激のないモデルと映るかもしれない。しかし、本来それがクルマのあるべき姿なのだ。
例えばカメラマニアは機械の構造に詳しいかもしれないが、優れたフォトグラファーではない。アンプやスピーカーの能書きを垂れるオーディオマニアが、真の音楽愛好家とは限らない。熱くクルマを語るマニアが本当のユーザーといえるかどうかは疑問なのも、それと同じだ。そこから離れて、洗濯機や炊飯器のように日常生活に溶けこんでくれるのがシエンタ。これを使いこなして(使い倒して)こそ、クルマ文化も本物になる。

(文=熊倉 重春)

熊倉 重春(くまくら しげはる)

1970年から1995年まで『カーグラフィック』編集部に勤務し、クルマに関する、ほぼあらゆるジャンルを担当。
現在はE・COMPANY代表として、EVをはじめ次世代車に向かい合っている。
というか、クルマのことなら何にでも首を突っ込む、単なるやじ馬根性の塊。

[ガズー編集部]