トヨタ 86/スバルBRZ 比較試乗  河口まなぶ

トヨタ86(写真左)とスバルBRZ(同右)。2016年8月には、ともに大幅な仕様変更が実施された。

同じ地平を目指している

基本のメカニズムを共有する、トヨタ86とスバルBRZがそろってマイナーチェンジを果たした。デビュー4年目の仕様変更がもたらした変化と、2台の走りの違いを、モータージャーナリスト・河口まなぶが詳しく解説する。

「楽しさの86」と「安定感のBRZ」

2012年の登場から4年を経た2016年、トヨタ86とスバルBRZはともにビッグマイナーチェンジが施され、さらなる進化が図られた。これまでの4年間の中で、最も大規模なマイナーチェンジはしかし、“非常に興味深い進化”をそれぞれのモデルにもたらしたといえる。

今回はデザインうんぬんよりも、スポーツカーとしての走りの質の部分に焦点を当て、それぞれの特徴について記していこう。しかしパワートレインに関してはともに同じ進化を果たしており、この部分での違いはないので、主にハンドリングやその他の部分について記していくことになるので、その辺はご了承ください。

スバルBRZのエンジンルーム。水平対向4気筒エンジンを含む機関部分は、トヨタ86のものと共通である。

さて、早速2台の違いについて語っていきたいと思うが――その前に、トヨタ86とスバルBRZにおける、走りに関する考え方の基本的な違いを述べておこう。

2012年に両車が登場した時、メカニズムのほぼすべてが共通であったものの、サスペンションの設定は2台で異なっていた。最も大きな違いとして挙げられるのが、スプリングレートの違い。端的な特性として記すならば、トヨタ86の方がフロントのゲインが高く、操舵に対してキビキビと向きを変えるような性格が与えられていた。そして相対的な設定として、リヤは動きやすい特性が与えられていたのだった。そしてこれをして、ドリフトやテールスライドがしやすい、FRの醍醐味(だいごみ)を存分に感じられる設定だった。

対するスバルBRZは、フロントのゲインは86よりは低めになっており、操舵に対してより落ち着いた動きをするような性格とされていた。相対的に、リヤは安定志向の特性が与えられていた。そしてこうした設定の結果として、FRながらもなるべくリヤを踏ん張らせてコーナリングの限界領域を高める設定となっていたわけだ。

こうした違いには、各ブランドの思想と哲学が反映されているといっていいだろう。トヨタは86において、かつてのAE86をほうふつとさせるようなFRスポーツの楽しさを前面に押し出す味つけとした。一方スバルは、BRZで、同社のAWDスポーツモデルと同じような高い走行安定性を実現する味つけとしたわけだ。その味つけの違いはある意味、真逆にあるともいえる。しかし同じメカニズムを持つクルマながら、そうした味つけの違いがあることがまた、ひとつの話題でもあった。

スバルBRZ(写真左)とトヨタ86(写真右)のリヤビュー。バンパーやヘッドランプ形状が大きく異なるフロントまわりに比べ、リヤのデザインは違いが少ない。

BRZが“別物”に!?

その後、両車は年次改良を何度も経ながら進化し、今回の後期型へとたどり着いた。今回は、86/BRZ史上において最大の規模といわれるマイナーチェンジであり、2台はともに顔つきやその他を変更した。中でも大きく変わったのは、乗り味や走りの部分であった。

2016年夏に開催されたプロトタイプのプレス向け試乗会は、スバルの方が2週間程度早かったが、この時BRZに乗って、かなりの衝撃を受けた。僕は、この時点で既にBRZを2台乗り継いでいたのだが、その乗り味は「前期型とは全く別物になった」と表現してもいいほど違っていたからだ。

走りだすとまず「乗り心地がよくなった」と感じられ、以前よりもはるかにしっとりした大人っぽい感触が生まれていた。それまでのクルマで顕著だった、路面のざらつきを拾って微振動として伝えてしまうような性格は影を潜め、非常にまろやかな当たりを感じさせた。

スバルBRZ(写真)、トヨタ86ともに、マイナーチェンジ後のMT仕様車は、最高出力が200PSから207PSへとアップした。

さらに驚きなのは操舵した時の感触だ。これまではステアリングのセンターがしっかりしていて(その分ビシッと直進するように感じられて)、そこから左右に操舵を始めると、ほんのわずかに“壁”(=抵抗)を感じた。しかし、それが今回のモデルでは極めて滑らかにステアリングシャフトが回るような感覚になったのだ。乗り心地と操舵感、この2点でBRZは大幅に大人っぽい、上質な乗り味、走り味を手に入れていたわけだ。

スバルBRZのコックピット周辺部。写真は上級グレードに位置づけられるSのもので、各部がレッドステッチでドレスアップされている。

大人になった後期型の86

では、一方の86はどんな乗り味、走り味だったのか? BRZの試乗から2週間後に初めて後期型86のステアリングを握って驚かされたのは、86がBRZよりもさらに大きな振れ幅で、大人っぽく変化していたことだった。86はそれまで操舵に対して非常にビビッドに反応する感覚を持っていたのだが、このモデルでは実にしっとりとした操舵感を手に入れていた。その滑らかな感覚はある意味BRZ以上と感じたほど。86の方が前期型のキャラクターとの変化のギャップが大きかったこともあって、余計に驚かされたのだった。

また乗り心地に関しても、以前はキビキビした感じが印象的だったが、それが年次改良が施されるたびに良くなってきて、この新型ではすっかり大人っぽい感覚まで手に入れた。その変わりようには、先のステアリングフィールと同様、もともとのキャラクターとのギャップが大きかっただけに驚かされた。

ワインディングロードを行く、トヨタ86 GT“Limited”。リヤピラーのスポット打点増し打ちなどにより、操舵応答性と乗り心地の向上が図られた。

しかし、最も衝撃的だったのはハンドリングの変化だった。86には以前からBRZに比べると、ドリフトしやすいキャラクターが与えられていたが、これが以前に比べると安定感の高い性格へと変化していたのだ。それでも後期型BRZと比べると、快活なハンドリングと記せるのだが、これまでの86としては大幅に落ち着いたハンドリングとなった。端的に言えば、コーナリング中に即座にドリフトやテールスライドに入っていくのではなく、ある程度踏ん張ってその先で流れていき、流れた際のコントロール性もさらに精度を増していたのだった。

以前は86とBRZでフロントのスプリングレートが異なったが、後期型は2台とも、スプリングやスタビライザーまで同じものを用いているという。違いはショックアブソーバーのセッティングと、電動パワーステアリングの制御の2点となる。つまりメカは同一ながら調整できる部分でのセッティングが異なるのみということである。

マイナーチェンジで足まわりに手が入れられたスバルBRZ。前後ショックアブソーバーのバルブ構造やコイルスプリングのばね定数が変更された。

似て非なるもの

トヨタもスバルも、発売から4年の間に数々のトライ&エラーを経験した上で、互いに満を持してのビッグマイナーチェンジに着手した。特にハンドリング面に関しては互いに情報交換はしておらず、それぞれのブランドが個々にビッグマイナーにふさわしい走りの味つけをしたといえる。そして、いざフタを開けてみると、結果的に86もBRZも、同じような方向性の味になっていた、というところが興味深い。

同じような方向性の味付けになった……と記すと、2台の走りには違いがなくなったのかと思われる方がいるかもしれないが、セッティングの違いはあるがゆえに、味つけに関してはいまだ異なる部分はある。先にも記した通り、後期型の86はこれまでの86と比べると大幅に落ち着きを増したが、それでもBRZと比べればより快活で、ドリフトやテールスライドを使って積極的に走りが楽しめる性格であることは間違いない。そうした領域へ踏み込むまでの過渡特性が落ち着いたのであり、ここが以前とは違うわけだ。

フロントデザインが改められた、後期型のトヨタ86.。空力性能を高めるノーズフィンやフォグランプベゼルフィン、カナードなどが装着されている。

こうした走りを前提にすると、86はやはり、サーキット走行も含めてその走りを限界まで楽しむ方にふさわしいだろう。一方BRZは、サーキットでも楽しめるが、どちらかといえば生活の中のあらゆるシチュエーションで走りのよさを堪能したい方にふさわしいといえる。

けれど、目指す方向としては同じ地平を見ていることは、あらためてわかった。そんな風にして走りの「深化」が、86とBRZにはもたらされたわけだ。

(文=河口まなぶ/写真=小河原認)

河口まなぶ(かわぐち まなぶ)
1970年生まれ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。テレビ、ラジオ、新聞、ウェブ、専門誌等に出演・執筆を行うほか、独自のYouTubeチャンネル「LOVECARS!TV!」にて自動車動画を配信している。趣味はトライアスロン。

[ガズー編集部]