【日産 セレナ 試乗】物足りなさの理由は、据え置きのプラットフォーム…松下宏
『セレナ』は日産が2年半振りに投入したフルモデルチェンジ車だった。これだけ長い間、新型車やフルモデルチェンジがなかったのだから、日産の国内市場への取り組み姿勢に全く力が入っていなかったのが分かる。日本に由来する自動車メーカーとは思えない商品戦略だ。
セレナの後『ノート』のe-POWERが登場し、少しは国内向けの新型車が登場するようになったのは、わずかな救いというところか。今後もこの調子で頑張ってほしいと思う。
新しいセレナは小技というか、中技といった感じのアイデアが盛り込まれている。その例を挙げてみよう。
◆新型セレナの“中技”アイデア
室内では2列目シートのシートベルトが格納部分をシート内蔵タイプになった。日産はこれによって2列目シートに乗員がいても3列目シートへの乗り降りが可能であることをメリットとして強調する。
メリットはそればかりではない。シートベルトをシート格納にすることで、ベルトを乗員の体型に合わせやすくなり、安全性が高まることの方が大きなメリットだ。小柄な人がシートベルトを装着しても、ベルトが首にかかりにくくなるのが良い。
3列目のシートの格納は左右に跳ね上げる方式を採用する。これは特に良い方式ではないが、操作が比較的簡単でさして力を必要とせず、女性にも容易に操作できるのが良い。また斜め後方視界を遮らないように低く跳ね上げる仕組みにしているのも良い点だ。
クルマへのアクセスも向上した。スライドドアの開閉がドアハンドルに設けられた押しボタンだけすむほか、運転席のスイッチやドアレバーを引く方式でも開閉できる。更にキーを持っていれば片足のキック操作で開閉できるハンズフリー・オートスライドドアを採用した。
キック操作によるドアの開閉はミニバンのスライドドアでは初だが、SUVやステーションワゴンなどのバックドアにたくさんの例があるので珍しくない。ただ、小犬がセンサー部分を横切ったり、あるいはボールなどが飛んできたりしても、そのようなことでは開かず、人間のキック操作による足の出し入れをしたときにだけ開くようにした点が優れている。
デュアルバックドアと呼ぶ後部ドアもなかなかの優れモノだ。全体を開くだけでなく、上半分だけを開くことができ、小さな荷物の積み下ろしに便利な仕様とされている。更にいえば、上半分だけを開いたときにそのドアを閉めるためのフックにも工夫が凝らされている。
これもステーションワゴンなどにガラスハッチだけが開くものがあったし、樹脂製の軽いバックドアも『ステージア』が採用していたから、そう目新しいものではない。でも、ミニバンのバックドアとして狭い場所でも簡単に開け閉めできるのが良い点であるほか、いろいろなノウハウを詰め込んで使い勝手の良いドアにしている。
◆燃費を追求するために走りがやや鈍く
パワートレーンは変わっていない。簡易型のマイルドハイブリッドであるSハイブリッドを採用する。4気筒2.0リットルエンジンにスターターとジェネレーターを統合したISGと呼ぶ部品を組み合わせたもので、この方式のハイブリッドは旧型セレナに始まり、最近では軽自動車にも広がっている。
新型セレナは車両重量も従来とほとんど変わらないが、効率を追求することでJC08モード燃費が向上した。新旧の「ハイウェイスターG」同士で比較すると、旧型モデルの15.4km/リットルから16.6km/リットルへと向上した。最も燃費の良い仕様は17.2km/リットルで、『ステップワゴン』で最も燃費の良い仕様の17.0km/リットルを上回っている。
ただ、燃費を追求するために走りがやや鈍くなったのは難点。じんわり発進するような設定になっているため、高速道路の料金所を通過した直後のように加速が欲しいシーンで思うように加速しない。ついついアクセルを踏みすぎになりがちで、踏むとエンジン音はうるさくなるし、当然ながら燃費が悪くなる。
燃費志向の設定自体は悪いことではないが、走りとのバランスに配慮することも必要である。カタログ燃費を重視して実用燃費が悪くなるような設定にしたのでは意味がない。
ゆったりとクルージングしているときは、これまでに比べて静かなクルマになっているし、走りに不満を感じることもないのだが、ちょっと加速しようと思ったときに騒音が大きい。
◆プラットフォームがキャリーオーバーであるゆえに
足回りについても似たようなことがいえる。家族を乗せて走らせているようなときには普通の走りが可能ながら、ちょっと元気良く走らせようとすると操縦安定性が物足りないし、ブレーキの効き味にも物足りなさがある。ステップワゴンなどがもう少しスポーティな方向を指向しているのに比べると、操縦安定性については語るべき点が少ない。
乗り心地も運転席や助手席に座っている分には特に悪い印象はないが、2列目シートに座ると床からシートに振動が伝わっているのを感じる。本来ならミニバンの2列目シートは特等席であるべきだが、そこに座ったときに振動を感じさせるのは何とも物足りない。
ほかのミニバンでも2列目シートに座ると大きな振動を感じることが多いので、セレナの振動が際立って大きいわけではないが、決して優れているとはいえない。
操縦安定性や乗り心地に物足りなさが残るのは、基本プラットホームがキャリーオーバーであることに起因していると思う。国内でたくさん売れているミニバンなのだから、新プラットホームの採用で走りの性能を挙げてほしいところだった。
◆話題のプロパイロットは…
日産は自動運転の時代がやってきたかのように宣伝しているが、実際にはごく限定的な状況で一定の効果が得られる程度である。
ステアリングホイールに設けられたメインスイッチと、セットスイッチを押すという2回の操作で簡単に作動を開始し、それがインパネ内に緑色のハンドルや車線で表示されるので、作動の様子も分かりやすい。
しかしながら車線をうまく認識できないことも多く、思ったほどには作動してくれない。高速道路で渋滞してしまったときなど、ごく限られた条件のときには一定の効果があるといった程度である。ごく限定的な運転支援技術と考えたら良いだろう。
◆ミニバンとしては高額車種に
新型セレナは価格も大幅に高くなった。試乗したハイウェイスターGの車両本体価格は300万円強だが、プロパイロットなどを含めたセーフティパックBのオプション価格が24万3000円とかなり高めであるほか、ボディカラーやオートエアコンなどのメーカーオプションを合わせると、約42万円分ものオプションが装着されていた。
別途カーナビを追加する必要がある。カーナビは車両価格の割高感を分かりにくくするためか、メーカーオプションではなくディーラーオプションの設定になっていて、カーナビにカーペットを合わせた約45万円を足すと、試乗車は合計で390万円弱の仕様になっていた。
税金や諸費用を考えたら400万円を超える予算が必要なクルマであり、多くのユーザーがミニバンの購入時に想定する予算からはかなりかけ離れたクルマになってしまった。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★
フットワーク:★★★
オススメ度:★★★
松下宏|自動車評論家
1951年群馬県前橋市生まれ。自動車業界誌記者、クルマ雑誌編集者を経てフリーランサーに。税金、保険、諸費用など、クルマとお金に関係する経済的な話に強いことで知られる。ほぼ毎日、ネット上に日記を執筆中。
(レスポンス 松下宏)
セレナの後『ノート』のe-POWERが登場し、少しは国内向けの新型車が登場するようになったのは、わずかな救いというところか。今後もこの調子で頑張ってほしいと思う。
新しいセレナは小技というか、中技といった感じのアイデアが盛り込まれている。その例を挙げてみよう。
◆新型セレナの“中技”アイデア
室内では2列目シートのシートベルトが格納部分をシート内蔵タイプになった。日産はこれによって2列目シートに乗員がいても3列目シートへの乗り降りが可能であることをメリットとして強調する。
メリットはそればかりではない。シートベルトをシート格納にすることで、ベルトを乗員の体型に合わせやすくなり、安全性が高まることの方が大きなメリットだ。小柄な人がシートベルトを装着しても、ベルトが首にかかりにくくなるのが良い。
3列目のシートの格納は左右に跳ね上げる方式を採用する。これは特に良い方式ではないが、操作が比較的簡単でさして力を必要とせず、女性にも容易に操作できるのが良い。また斜め後方視界を遮らないように低く跳ね上げる仕組みにしているのも良い点だ。
クルマへのアクセスも向上した。スライドドアの開閉がドアハンドルに設けられた押しボタンだけすむほか、運転席のスイッチやドアレバーを引く方式でも開閉できる。更にキーを持っていれば片足のキック操作で開閉できるハンズフリー・オートスライドドアを採用した。
キック操作によるドアの開閉はミニバンのスライドドアでは初だが、SUVやステーションワゴンなどのバックドアにたくさんの例があるので珍しくない。ただ、小犬がセンサー部分を横切ったり、あるいはボールなどが飛んできたりしても、そのようなことでは開かず、人間のキック操作による足の出し入れをしたときにだけ開くようにした点が優れている。
デュアルバックドアと呼ぶ後部ドアもなかなかの優れモノだ。全体を開くだけでなく、上半分だけを開くことができ、小さな荷物の積み下ろしに便利な仕様とされている。更にいえば、上半分だけを開いたときにそのドアを閉めるためのフックにも工夫が凝らされている。
これもステーションワゴンなどにガラスハッチだけが開くものがあったし、樹脂製の軽いバックドアも『ステージア』が採用していたから、そう目新しいものではない。でも、ミニバンのバックドアとして狭い場所でも簡単に開け閉めできるのが良い点であるほか、いろいろなノウハウを詰め込んで使い勝手の良いドアにしている。
◆燃費を追求するために走りがやや鈍く
パワートレーンは変わっていない。簡易型のマイルドハイブリッドであるSハイブリッドを採用する。4気筒2.0リットルエンジンにスターターとジェネレーターを統合したISGと呼ぶ部品を組み合わせたもので、この方式のハイブリッドは旧型セレナに始まり、最近では軽自動車にも広がっている。
新型セレナは車両重量も従来とほとんど変わらないが、効率を追求することでJC08モード燃費が向上した。新旧の「ハイウェイスターG」同士で比較すると、旧型モデルの15.4km/リットルから16.6km/リットルへと向上した。最も燃費の良い仕様は17.2km/リットルで、『ステップワゴン』で最も燃費の良い仕様の17.0km/リットルを上回っている。
ただ、燃費を追求するために走りがやや鈍くなったのは難点。じんわり発進するような設定になっているため、高速道路の料金所を通過した直後のように加速が欲しいシーンで思うように加速しない。ついついアクセルを踏みすぎになりがちで、踏むとエンジン音はうるさくなるし、当然ながら燃費が悪くなる。
燃費志向の設定自体は悪いことではないが、走りとのバランスに配慮することも必要である。カタログ燃費を重視して実用燃費が悪くなるような設定にしたのでは意味がない。
ゆったりとクルージングしているときは、これまでに比べて静かなクルマになっているし、走りに不満を感じることもないのだが、ちょっと加速しようと思ったときに騒音が大きい。
◆プラットフォームがキャリーオーバーであるゆえに
足回りについても似たようなことがいえる。家族を乗せて走らせているようなときには普通の走りが可能ながら、ちょっと元気良く走らせようとすると操縦安定性が物足りないし、ブレーキの効き味にも物足りなさがある。ステップワゴンなどがもう少しスポーティな方向を指向しているのに比べると、操縦安定性については語るべき点が少ない。
乗り心地も運転席や助手席に座っている分には特に悪い印象はないが、2列目シートに座ると床からシートに振動が伝わっているのを感じる。本来ならミニバンの2列目シートは特等席であるべきだが、そこに座ったときに振動を感じさせるのは何とも物足りない。
ほかのミニバンでも2列目シートに座ると大きな振動を感じることが多いので、セレナの振動が際立って大きいわけではないが、決して優れているとはいえない。
操縦安定性や乗り心地に物足りなさが残るのは、基本プラットホームがキャリーオーバーであることに起因していると思う。国内でたくさん売れているミニバンなのだから、新プラットホームの採用で走りの性能を挙げてほしいところだった。
◆話題のプロパイロットは…
日産は自動運転の時代がやってきたかのように宣伝しているが、実際にはごく限定的な状況で一定の効果が得られる程度である。
ステアリングホイールに設けられたメインスイッチと、セットスイッチを押すという2回の操作で簡単に作動を開始し、それがインパネ内に緑色のハンドルや車線で表示されるので、作動の様子も分かりやすい。
しかしながら車線をうまく認識できないことも多く、思ったほどには作動してくれない。高速道路で渋滞してしまったときなど、ごく限られた条件のときには一定の効果があるといった程度である。ごく限定的な運転支援技術と考えたら良いだろう。
◆ミニバンとしては高額車種に
新型セレナは価格も大幅に高くなった。試乗したハイウェイスターGの車両本体価格は300万円強だが、プロパイロットなどを含めたセーフティパックBのオプション価格が24万3000円とかなり高めであるほか、ボディカラーやオートエアコンなどのメーカーオプションを合わせると、約42万円分ものオプションが装着されていた。
別途カーナビを追加する必要がある。カーナビは車両価格の割高感を分かりにくくするためか、メーカーオプションではなくディーラーオプションの設定になっていて、カーナビにカーペットを合わせた約45万円を足すと、試乗車は合計で390万円弱の仕様になっていた。
税金や諸費用を考えたら400万円を超える予算が必要なクルマであり、多くのユーザーがミニバンの購入時に想定する予算からはかなりかけ離れたクルマになってしまった。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★
フットワーク:★★★
オススメ度:★★★
松下宏|自動車評論家
1951年群馬県前橋市生まれ。自動車業界誌記者、クルマ雑誌編集者を経てフリーランサーに。税金、保険、諸費用など、クルマとお金に関係する経済的な話に強いことで知られる。ほぼ毎日、ネット上に日記を執筆中。
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