【ボルボ S60 T6 新型試乗】近年まれに見る出来の良いセダンだ…中村孝仁

ボルボ S60 T6
ボルボ『S60』というクルマは個人的には近年まれに見る出来の良いセダンだと思っている。その端正なスタイルや控え目な押し出し感、バランスの良い性能などどれをとっても大きなネガ要素が見当たらない。そんなS60のプラグインハイブリッドモデルが『T6』である。


◆国産車にはない輸入車の魅力

S60には『T4』、『T5』と、このT6がある。いずれもB420という2リットル直4エンジンを搭載するが、他の2モデルがチューンの異なるターボ付きであるのに対し、T6だけはターボに加えてスーパーチャージャーを装備するうえ、前後アクスルにひとつづつ電気モーターを備えている。というわけでリアを電動モーターで駆動するAWDでもある。

最近とあるお風呂屋さんでの若者と70代と思われるおじさんとの会話を聞いた。「で、何乗っているの?」「あっ、BMWです」「へぇ~、イイの乗ってるじゃん」「ええ、まあ」「やっぱりいいかい?」「そうですね、国産と比べるとやっぱり魅力ありますね」「そうだよなぁ、BMWって聞いただけで高級車って思うもんなぁ」…ここでは話がBMWだったけれど、ごく一般の人々の印象というのは、やはり輸入車には国産車に無い魅力を感じているらしい。


その前から耳をダンボにして聞いていたのだが、どこがどういいかというのではなくて漠然と輸入車はイイ…と思っているようである。きっと乗っているクルマが「ボルボです」と言っていても同じような話が続いていたように思う。

その漠然とした良さとは一体何なのかを考えた時、やはり外からしか見ていないわけだから、単純にそのデザインであり、スタイルなのだと思うが、一般に人々も一目でその違いがわかるデザインには憧れを感じているのだろう。だからそうした人々がインテリアをのぞき込むと、さらに惹かれるであろうことは想像に難くない。ボルボの場合は何と言ってもドリフトウッドの存在。そしてこのT6ではオレフォス社製のクリスタルシフトノブが目を引く。明るい色調なども日本車にはない別世界感を作り出している。


◆使い方が区別された前後のモーター

とここまでは、あくまでも見た目のお話。ここからは走りの世界である。

ボルボのPHEVは、前後に二つのモーターを持つが、後輪は駆動用。前輪のそれはエンジンとトランスミッションの間に設置されたもので、最高パフォーマンスを発揮する時にエンジンをアシストするほか、エンジンスタートなどにも使う。とまあ、使い方が区別されている。

走りはデフォルトのハイブリッドモードで走行すると、基本的にはアクセルを余程踏み込まない限り電動走行し、エンジンは顔を出さない。そして徐々に電池残量が減ってくるとエンジンが顔をのぞかせるようになる。


実はその一部始終はメーターで読み取ることが出来るのだ。クラスター内の右側大型メーターがそれ。走り始めるとそのメーターの丁度9時の位置にあったreadyというマークの上に付く滴マークが上がり始め、その下から稲妻マークが顔を出す。アクセル開度を示すブルーの表示が稲妻を超えて滴の領域に達するとエンジンがかかった証拠。だから、アクセルの開度を調整しながら出来るだけ電気走行をするような調整もドライバーが可能なのだ。

もっとも電気がほとんど無くなると、稲妻がすぐ下がってきて、ブルー表示が追い越してエンジンをかけてしまう。


◆新プラットフォームがようやく本領発揮

2リットルのエンジンは若干の性能差こそあれ、T5と基本的には同じだ。他のボルボも基本的にはすべてこのエンジンを使っているのだが、車種によってそのサウンドがだいぶ違う。T6のそれは正直あまり良いサウンドを奏でない。

それとT5と比べるとずっしりと重さを感じる。何せ車両重量が350kgも重いのだから当然と言えば当然だが、通常こうした重さは乗り味に重厚感をもたらすのが 普通なのだが、T6の場合は必ずしもそれが重厚感に繋がっていないのは少々残念だ。

とはいえ、乗り心地全体は上質で新世代ボルボすべてに使われている新しいプラットフォームがようやく本領を発揮し始めたという印象である。誰もがボルボというクルマに抱く安心安全は当然として、PHEVになるとさらに「環境に優しい」が加わる。元々ジェントルなドライバーが多いはずのボルボだから、どこまでいい人が乗っているのだろう。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★★★★★

中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来42年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める

(レスポンス 中村 孝仁)

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