【ホンダe 5000km試乗】一言で表現するなら“未完の大器”[前編]
2020年10月にホンダがリリースしたBセグメントサブコンパクトクラスのバッテリー式EV(BEV)『ホンダe(ホンダe)』で5000km超ツーリングする機会があったので、インプレッションをお届けする。
駆動用電気モーターを車体後方に配置し、後輪を駆動するRR(リアエンジン・リアドライブ)方式を取る全長3.9mの5ドアハッチバックである。プラットフォームは既存のエンジン車との共通性がなく完全新造品。主機の最高出力はベーシックなスタンダードが100kW(136ps)、装備充実型のアドバンスが113kW(154ps)。リチウムイオン電池パックの総容量は35.5kWhでWLTC公称航続距離はベーシックが283km、アドバンスが259km。
ロードテスト車は上位グレードのアドバンス。カーナビ、ETC車載器等々最初からフル装備状態なので追加装備はフロアマット等のディーラーオプションのみ。ドライブルートは広範に及び、北は栃木、南は鹿児島で総走行距離5109.8km。大まかな道路種別は市街地3、郊外路6、山岳路1、高速僅少。1~3名乗車、エアコンAUTO。
まずホンダeの長所と短所を5つずつ列記してみよう。
■長所
1. パーソナルモビリティの持続可能性への不安を吹き飛ばすネアカなキャラ。
2. かつてないほど人から話しかけられた柔和デザイン。
3. 超精密フィーリングの足まわりが生む快感ライドフィール。
4. 明るく、カジュアルなデザインが心地良く感じられるインテリア。
5. 自由自在感を果てしなく感じさせる超小回り性能。
■短所
1. 競合モデルに対してあまりに高い価格設定。
2. バッテリーの使用範囲が狭く実航続距離が短い。
3. 急速充電の受け入れ速度が遅い。ただし繰り返し充電には強い。
4. 走行メカニズムにスペースを食われて後席、荷室が狭い。
5. カーナビやインターフェースのソフトウェアが煮詰め不足。
どこであっても車内は「平和」が保たれる
では本論に入っていこう。ホンダのリテール(一般顧客)向け4輪BEV第1号としてリリースされたホンダe。その初モノの出来を一言で表現すると“未完の大器”だ。
クルマとしての動的なフィールは独特なもので、一般的なBセグメントモデルとはかなり異なる。鉄壁のボディワークに守られているかのような室内空間はマイルームのような落ち着き感があり、フリクション感が極度に小さいサスペンションの恩恵で中高速域での乗り心地に優れ、静粛性も非常に高い。走行性能も卓越の一言で、高速直進性は素晴らしいし、峻険な山岳路をかなりのハイペースで走ってもオンザレール感が保たれる。
この快適性と走行性能の取り合わせはホンダeでのドライブを特別なものにした。のんびりとした速度域の郊外路、流れの速い高速道路、そして路面の悪い山岳路と、どこであっても車内は平和が保たれる。オーディオのボリュームを少し上げ気味にするともうロードノイズやメカニカルノイズは音楽にかき消されてほとんど認識できなくなる。BGMにアンビエントテクノなどムード系のものをセレクトすると、フロントウインドウを通して見える景色の移ろいがまるでラウンジに流れるチルアウトムービーのように感じられる。
これは例のひとつで、ホンダeでロングドライブをしていると今までのクルマと時間の流れ方、空気感がどこか違うと感じさせられる局面に頻々と遭遇する。それらがもたらす奇妙な陶酔感はホンダeの大きな魅力で、他に類例をみない性格を帯びているという一点においてはアメリカのテスラと重なるものがあるように思えた。
21世紀で最もホンダらしさを感じさせられるクルマ、だけど
そんな夢心地なドライブを頻繁に邪魔したのが、急速充電の「受け入れ性の悪さ」と意外に伸びない電費による「足の短さ」。ホンダeのバッテリーの実際の使用範囲であるSOC(ステートオブチャージ)は推定27kWhで、100%充電でスタートしても航続距離は200km程度にすぎないのだが、超ロングドライブではスタート後1発目の航続距離よりもその後の急速充電受け入れ性のほうがはるかに重要で、それが良ければ問題ないはずだった。が、その急速充電受け入れ性が悪い。ホンダの技術陣は「出力90kWの充電器を使えば30分で200kmぶん」と宣伝していたが、これは完全に空手形で、30分で得られる航続距離は100kmからせいぜい120kmといったところだった。
ホンダeが謳い文句である「都市型コミューター」「街なかベスト」を体現した単に可愛いだけのクルマなら何の問題もなかったであろう。そんなクルマで無理やりロングドライブをするのなら、最初から苦難は覚悟の上だ。が、実車は全長3.9m、全幅1.75mというディメンジョンの多くをシティコミューターには不要な卓越した走行性能やロングツーリングにおける快適性を実現させるための構造やメカニズムを包み込むのに使い、本来シティコミューターが重視するはずの室内空間や荷室は極小というツーリングカー的なクルマ。そんなホンダeでの素敵なひとときが充電でぶった切られるのは、感動的な映画に浸りきっているときに誰かから話しかけられるようなもので、残念に感じられることこのうえなかった。
ホンダeはデビュー以降、ホンダの思惑とは裏腹に日本とヨーロッパの両市場で苦戦を続けている。圧倒的な主因は同格のライバルに比べて価格があまりにも高すぎること、次いでこの充電特性の悪さであろう。この2点はいずれも本格BEVにとってはかなり重大なもので、欠点で片づけられるレベルのものではない。
逆の見方をすれば、その2点が大きく改善され、最初に述べた美点を美点として生かせるようになれば、今からでも逆襲は十分可能と筆者は思う。ハッキリ言って、充電に散々苦労させられてもなおホンダeは忘れ難いほど魅力的で、21世紀に入ってからリリースされたモデルの中で一番ホンダらしさを感じさせられるクルマだった。
2040年にグローバル100%電動化という目標を掲げるホンダだが、先進国市場の商品計画については2024年に軽商用車のBEVを出すということと、ソニーとのコラボで新ブランドのBEVを出すことくらいしか明らかにしていない。2024年まで待たせて出すBEVがホンダが苦手とするジャンルである軽商用車とは、あまりにもユーザーに対するプレゼンスが弱すぎる。一方せっかく作ったホンダeはというと、すでに投げ出し気味だ。せっかく作ったBEVのホンダeをしっかり改良し、価格を引き下げてホンダeが持っているエシカルな資質を生かす努力をすべきではないか。そうすれば未完の大器が完成に至るかもしれないのに。本当に惜しい。
走行性能・ライドフィールは「エクセレントな出来」
では、要素別にもう少し細かく見ていこう。まずはロングツーリングを支える走行性能とライドフィールについてだが、個人的には90点という印象。これといった欠点がほとんど見当たらず良さのほうが一方的に際立つ、エクセレントな出来であった。
ホンダeの走行感は素晴らしい。走っていると真円のホイールが車体の下であたかも地球ゴマのごとく精密に回転しているように感じられる。実際には道路は平坦ではないので、サスペンションは絶えず不規則に上下しているものだし、ブッシュやラバーは変形するし、タイヤもたわむ。タイヤ、ホイール、ハブ、ショックアブゾーバー、アッパーマウントラバー、ボディシェル等々、それぞれ変位の出方が異なるパーツをあたかも一つのバネに見立てられるくらい実車を使って徹底的にチューニングしないとこういうフィールにはならない。
プレミアムセグメントのモデルでも容易にモノにできないこのフィールをBセグメントのホンダeが持っているのは驚異的なことだが、意地悪な言い方をすると価格的には同社のDセグメントサルーン『アコード』よりも高いのだからこのくらいは出来ていないと価値がないというのも確かだ。
こういう足を持っているクルマはフラット感が高く、荒れた道でも跳ねてタイヤグリップが不安定になりにくいものだが、ホンダeも例に漏れず、サスペンションが路面の荒れたワインディングロード、減速を促す段差舗装、高速道路のジョイントなど、様々なパターンの不整を動きを実によく吸収した。サスペンションの可動範囲が小さいサブコンパクトカーやミニカーはピッチの大きな不整になると音を上げる傾向があるが、ホンダeは車体がよほど強固に作られているのか、そういう大きな入力にも実によく耐えた。
ワインディングでの敏捷性は前後重量配分50:50、後輪駆動レイアウトというスペックから想像される水準を超えて良かった。試乗車のアドバンスは前205/55R16、後225/45ZR17という前後異径サイズの高性能タイヤ、ミシュラン「パイロットスポーツ4」を履いていたこともあり、まず絶対的なコーナリングスピードには不満の持ちようもない。
それをふまえたうえでホンダeの操縦性の特徴と言えそうなのは、冒頭で述べたオンザレール感の高さだった。道中、北九州から筑紫平野に抜ける国道322号線の旧道八丁峠をはじめサブルートの山岳路を積極的に選択して走ってみたが、ステアリングを切ってからロール、ヨー(鼻先の向きが変わる力)の発生までのつながりが異様にスムーズで、これがオンザレール感の高さの要因のひとつであろうと思われた。半径の大きな中高速コーナーだけでなく、切り戻しが激しくなるタイトなS字コーナーでもオンザレールな動きが保たれた。
操縦安定性に関するもう一つの特徴は、リアサスの柔軟性が高いことだ。ホンダeは後輪駆動なので、コーナーを3分の2くらい回ったところでスロットルを開けるとリアが外側に張り出すような動きを一瞬見せる。その動きをリアサスをロールさせることで抑え込み、前に弾け飛ぶような感じでコーナーを脱出する。実にコントローラブルかつ気持ちの良いチューニングだった。
ホンダeのご自慢ポイントである小回り性能は、それ自体がプレジャーと言えるくらいにすごい。片側1車線道路でも普通の国道レベルであれば切り返しなしにグルリと方向転換できてしまう。最小回転半径4.3mは軽自動車並みの数値だが、全幅1.75mにロープロファイルのタイヤを組み合わせたホンダeは前輪の最大ステア角を大きく取ることでその数値を実現させている。方向転換のためステアリングをフルに切ると鼻先がまるで水平移動するように向きを変えていくので路肩や壁に寄せられる限界値がとてもつかみやすく、最小回転半径のスペックを目いっぱい使いきれる。体感的な小回りのしやすさは軽乗用車どころではなく、最小回転半径3m台の軽トラック並み。試乗期間中、ロングツーリング、市街地を問わず、この小回り性能の恩恵を受けたシーンは枚挙にいとまがなかった。
足まわりで唯一の弱点は
足まわりで唯一の弱点と感じられたのは、コーナリング時のアンダーステアのインフォメーションがいささか希薄であること。ステアリングを切り増していくときのタイヤのねじれ、タイヤの向きとクルマの進行方向のズレを示す摩擦感などがステアリングの反力、微振動やタイヤのパターンノイズの変化等々の形で伝わってくるクルマは何も考えなくとも感覚的にクルマをコントロールできる。ホンダの現行モデルでは『シビック』がその典型だが、ホンダeはそうなっていない。ちょっと変わったレイアウトの前サスペンションに起因するものなのか、チューニングポリシーでそうなっているのかは不明だが、これが出来ていれば超一流とすら言えたのにと惜しく思われた。
タイヤ、サスペンションからボディにわたる緻密なチューニングは操縦性だけでなくライドフィールを良くすることにも貢献していた。全長3.9m、ホイールベース2.56mというショートボディのサブコンパクトクラスなのでピッチング(縦方向の揺れ)はそれなりにあるのだが、サスペンションの上下動がスムーズなため揺れが嫌な形で残ることなく次の瞬間にはピタリと収束する。結果、車内では常にフラットな状態が保たれているように感じられた。また、ハンドリングを磨いたことの恩恵でコーナリングや路面の不整で車体にローリングが起こったときに体に真横方向のGがかかるといったことがなく、クルマの動きがマイルドに感じられる。予測と異なるGに体をこわばらせることが少ないため、ロングドライブでの疲労は非常に小さなものとなった。
ハーシュネスカットやロードノイズの抑制もBセグメント離れしており、車内の快適性向上に寄与していた。前記のようにタイヤはミシュランのパイロットスポーツ4。このタイヤは高性能ツアラー用として非常に良い特性を持っているのだが、足のチューニングが生煮えだとハーシュネスが強めに感じられる傾向がある。その点ホンダeの履きこなしは見事なもので、ミシュランの根拠地である欧州メーカーのBセグメント、Cセグメントを含めてもトップランナー級。サスペンション各部のフリクションがよほど小さいのだろう。
“話しかけられた人の数”がブッチギリの1位
ホンダeのロング試乗の中で、筆者のテストドライブ史上ブッチギリの1位だったものがある。それは“話しかけられた人の数”だ。
筆者の自宅は東京の下町、派出所の隣にある。さて、いよいよツーリングを開始しようかとクルマに乗り込もうとしてたとき、おまわりさんから「こんばんわー」と声をかけられた。何かと思いきや「この小さなのがミラーなんですよね。すごいなーって同僚と話してたんですよー。どんなふうに映るんですか。いやあ、こういう時代がきたんですねえ」。
この会話を皮切りに関東~九州行脚の途中、何と30人以上もの人から声をかけられた。山口県のとある道の駅では、ひとしきり話をした後にもうひとり話をしたくて待っている人がいたなどということもあった。興味のポイントは電子ミラーをはじめ航続距離や急速充電の性能、充電で不便はないか、速さ、デザインが可愛いなどまちまち。そして皆さん、値段が高くて自分は買えないとため息をつく。
過去にも珍しいクルマ、話題性の高いクルマでドライブしたことはいくらでもあるが、カーマニアが集まる場所以外でこんなにも話しかけられたことはない。関心は大いに持たれ、素知らぬふりをしながら停めてあるクルマをチラ見する人はたくさんいた。が、実際に話しかけてくる人は大抵はゼロ、そんな中でホンダeだけこれほどいろいろな人から話しかけられたのは、赤の他人に話しかけるハードルを低める効果がこのクルマにあったということだ。
その効果を生んだのはコロッとした台形フォルムに丸目ライトを組み合わせた、ちょっと古典的な可愛い系デザインだろう。全体がつるんとしたフラッシュサーフェイス。最近のクルマの空力デザインの定番となっているフロントエンドの怒ったようなエアダム形状すら皆無。丸目ライトは上から見下ろせば上目づかいの子犬みたいな目つきであるし、低い位置から見れば相手をまっすぐ見る子供顔。こんなのに乗っている人なら話しかけても大丈夫だろうと思わせたのではないか。
このデザインの面白いところは、可愛ささえあればあとはどうでもいいというデザイン至上主義でないところ。パッと見はたしかに攻撃力ゼロなのだが、細部を見ると隠しきれない凄味がある。ホンダeはキャビンは小さいが全幅は1.75mとワイド。走行性能を高めるためトレッド幅(左右タイヤの中心線間の距離)はタイヤの細い標準型で1520mm、幅広タイヤのアドバンスでも1510mmときわめて広く取られている。それを包み込むには全幅1.75mが必要なのだ。
それを小さく可愛く見せようとしてボディ各部を絞りに絞り、さらに丸みをつけているのだが、それにともなってタイヤハウス周辺のフェンダーは盛り上がりを増すことになる。ホンダeは前タイヤが直径616mm、後タイヤが634mmと、性能追求型の欧州Bセグメントと同水準の大径タイヤを履いているためタイヤハウスの容積も大きく、余計に迫力が出る。ボディの原型を作るクレイモデラーはそう見せないように見せないようにと薄皮一枚のレベルで膨らみをそぎ落としたことだろう。
結果、ホンダeのデザインは一見可愛さ丸出しなのにどこか緊張感をたたえた独特の雰囲気のものとなった。丸みを帯びたフェンダーとツライチのところまでタイヤが張り出しているあたり、このヤル気満々ぶりのどこが都市型コミュータ―なのかと言いたくなる。デザインコンシャスなBEVの代表格にイタリアのフィアットが作る『500e』がある。ホンダeはそれと方向性が全然違うが、攻撃力を感じさせるデザインファクターを全部排除したのにヤル気が隠しきれないというデザインフォースはそれに一歩も負けていないと思った。
後編では充電性能、動力性能、居住性、先進装備などについて述べる。
駆動用電気モーターを車体後方に配置し、後輪を駆動するRR(リアエンジン・リアドライブ)方式を取る全長3.9mの5ドアハッチバックである。プラットフォームは既存のエンジン車との共通性がなく完全新造品。主機の最高出力はベーシックなスタンダードが100kW(136ps)、装備充実型のアドバンスが113kW(154ps)。リチウムイオン電池パックの総容量は35.5kWhでWLTC公称航続距離はベーシックが283km、アドバンスが259km。
ロードテスト車は上位グレードのアドバンス。カーナビ、ETC車載器等々最初からフル装備状態なので追加装備はフロアマット等のディーラーオプションのみ。ドライブルートは広範に及び、北は栃木、南は鹿児島で総走行距離5109.8km。大まかな道路種別は市街地3、郊外路6、山岳路1、高速僅少。1~3名乗車、エアコンAUTO。
まずホンダeの長所と短所を5つずつ列記してみよう。
■長所
1. パーソナルモビリティの持続可能性への不安を吹き飛ばすネアカなキャラ。
2. かつてないほど人から話しかけられた柔和デザイン。
3. 超精密フィーリングの足まわりが生む快感ライドフィール。
4. 明るく、カジュアルなデザインが心地良く感じられるインテリア。
5. 自由自在感を果てしなく感じさせる超小回り性能。
■短所
1. 競合モデルに対してあまりに高い価格設定。
2. バッテリーの使用範囲が狭く実航続距離が短い。
3. 急速充電の受け入れ速度が遅い。ただし繰り返し充電には強い。
4. 走行メカニズムにスペースを食われて後席、荷室が狭い。
5. カーナビやインターフェースのソフトウェアが煮詰め不足。
どこであっても車内は「平和」が保たれる
では本論に入っていこう。ホンダのリテール(一般顧客)向け4輪BEV第1号としてリリースされたホンダe。その初モノの出来を一言で表現すると“未完の大器”だ。
クルマとしての動的なフィールは独特なもので、一般的なBセグメントモデルとはかなり異なる。鉄壁のボディワークに守られているかのような室内空間はマイルームのような落ち着き感があり、フリクション感が極度に小さいサスペンションの恩恵で中高速域での乗り心地に優れ、静粛性も非常に高い。走行性能も卓越の一言で、高速直進性は素晴らしいし、峻険な山岳路をかなりのハイペースで走ってもオンザレール感が保たれる。
この快適性と走行性能の取り合わせはホンダeでのドライブを特別なものにした。のんびりとした速度域の郊外路、流れの速い高速道路、そして路面の悪い山岳路と、どこであっても車内は平和が保たれる。オーディオのボリュームを少し上げ気味にするともうロードノイズやメカニカルノイズは音楽にかき消されてほとんど認識できなくなる。BGMにアンビエントテクノなどムード系のものをセレクトすると、フロントウインドウを通して見える景色の移ろいがまるでラウンジに流れるチルアウトムービーのように感じられる。
これは例のひとつで、ホンダeでロングドライブをしていると今までのクルマと時間の流れ方、空気感がどこか違うと感じさせられる局面に頻々と遭遇する。それらがもたらす奇妙な陶酔感はホンダeの大きな魅力で、他に類例をみない性格を帯びているという一点においてはアメリカのテスラと重なるものがあるように思えた。
21世紀で最もホンダらしさを感じさせられるクルマ、だけど
そんな夢心地なドライブを頻繁に邪魔したのが、急速充電の「受け入れ性の悪さ」と意外に伸びない電費による「足の短さ」。ホンダeのバッテリーの実際の使用範囲であるSOC(ステートオブチャージ)は推定27kWhで、100%充電でスタートしても航続距離は200km程度にすぎないのだが、超ロングドライブではスタート後1発目の航続距離よりもその後の急速充電受け入れ性のほうがはるかに重要で、それが良ければ問題ないはずだった。が、その急速充電受け入れ性が悪い。ホンダの技術陣は「出力90kWの充電器を使えば30分で200kmぶん」と宣伝していたが、これは完全に空手形で、30分で得られる航続距離は100kmからせいぜい120kmといったところだった。
ホンダeが謳い文句である「都市型コミューター」「街なかベスト」を体現した単に可愛いだけのクルマなら何の問題もなかったであろう。そんなクルマで無理やりロングドライブをするのなら、最初から苦難は覚悟の上だ。が、実車は全長3.9m、全幅1.75mというディメンジョンの多くをシティコミューターには不要な卓越した走行性能やロングツーリングにおける快適性を実現させるための構造やメカニズムを包み込むのに使い、本来シティコミューターが重視するはずの室内空間や荷室は極小というツーリングカー的なクルマ。そんなホンダeでの素敵なひとときが充電でぶった切られるのは、感動的な映画に浸りきっているときに誰かから話しかけられるようなもので、残念に感じられることこのうえなかった。
ホンダeはデビュー以降、ホンダの思惑とは裏腹に日本とヨーロッパの両市場で苦戦を続けている。圧倒的な主因は同格のライバルに比べて価格があまりにも高すぎること、次いでこの充電特性の悪さであろう。この2点はいずれも本格BEVにとってはかなり重大なもので、欠点で片づけられるレベルのものではない。
逆の見方をすれば、その2点が大きく改善され、最初に述べた美点を美点として生かせるようになれば、今からでも逆襲は十分可能と筆者は思う。ハッキリ言って、充電に散々苦労させられてもなおホンダeは忘れ難いほど魅力的で、21世紀に入ってからリリースされたモデルの中で一番ホンダらしさを感じさせられるクルマだった。
2040年にグローバル100%電動化という目標を掲げるホンダだが、先進国市場の商品計画については2024年に軽商用車のBEVを出すということと、ソニーとのコラボで新ブランドのBEVを出すことくらいしか明らかにしていない。2024年まで待たせて出すBEVがホンダが苦手とするジャンルである軽商用車とは、あまりにもユーザーに対するプレゼンスが弱すぎる。一方せっかく作ったホンダeはというと、すでに投げ出し気味だ。せっかく作ったBEVのホンダeをしっかり改良し、価格を引き下げてホンダeが持っているエシカルな資質を生かす努力をすべきではないか。そうすれば未完の大器が完成に至るかもしれないのに。本当に惜しい。
走行性能・ライドフィールは「エクセレントな出来」
では、要素別にもう少し細かく見ていこう。まずはロングツーリングを支える走行性能とライドフィールについてだが、個人的には90点という印象。これといった欠点がほとんど見当たらず良さのほうが一方的に際立つ、エクセレントな出来であった。
ホンダeの走行感は素晴らしい。走っていると真円のホイールが車体の下であたかも地球ゴマのごとく精密に回転しているように感じられる。実際には道路は平坦ではないので、サスペンションは絶えず不規則に上下しているものだし、ブッシュやラバーは変形するし、タイヤもたわむ。タイヤ、ホイール、ハブ、ショックアブゾーバー、アッパーマウントラバー、ボディシェル等々、それぞれ変位の出方が異なるパーツをあたかも一つのバネに見立てられるくらい実車を使って徹底的にチューニングしないとこういうフィールにはならない。
プレミアムセグメントのモデルでも容易にモノにできないこのフィールをBセグメントのホンダeが持っているのは驚異的なことだが、意地悪な言い方をすると価格的には同社のDセグメントサルーン『アコード』よりも高いのだからこのくらいは出来ていないと価値がないというのも確かだ。
こういう足を持っているクルマはフラット感が高く、荒れた道でも跳ねてタイヤグリップが不安定になりにくいものだが、ホンダeも例に漏れず、サスペンションが路面の荒れたワインディングロード、減速を促す段差舗装、高速道路のジョイントなど、様々なパターンの不整を動きを実によく吸収した。サスペンションの可動範囲が小さいサブコンパクトカーやミニカーはピッチの大きな不整になると音を上げる傾向があるが、ホンダeは車体がよほど強固に作られているのか、そういう大きな入力にも実によく耐えた。
ワインディングでの敏捷性は前後重量配分50:50、後輪駆動レイアウトというスペックから想像される水準を超えて良かった。試乗車のアドバンスは前205/55R16、後225/45ZR17という前後異径サイズの高性能タイヤ、ミシュラン「パイロットスポーツ4」を履いていたこともあり、まず絶対的なコーナリングスピードには不満の持ちようもない。
それをふまえたうえでホンダeの操縦性の特徴と言えそうなのは、冒頭で述べたオンザレール感の高さだった。道中、北九州から筑紫平野に抜ける国道322号線の旧道八丁峠をはじめサブルートの山岳路を積極的に選択して走ってみたが、ステアリングを切ってからロール、ヨー(鼻先の向きが変わる力)の発生までのつながりが異様にスムーズで、これがオンザレール感の高さの要因のひとつであろうと思われた。半径の大きな中高速コーナーだけでなく、切り戻しが激しくなるタイトなS字コーナーでもオンザレールな動きが保たれた。
操縦安定性に関するもう一つの特徴は、リアサスの柔軟性が高いことだ。ホンダeは後輪駆動なので、コーナーを3分の2くらい回ったところでスロットルを開けるとリアが外側に張り出すような動きを一瞬見せる。その動きをリアサスをロールさせることで抑え込み、前に弾け飛ぶような感じでコーナーを脱出する。実にコントローラブルかつ気持ちの良いチューニングだった。
ホンダeのご自慢ポイントである小回り性能は、それ自体がプレジャーと言えるくらいにすごい。片側1車線道路でも普通の国道レベルであれば切り返しなしにグルリと方向転換できてしまう。最小回転半径4.3mは軽自動車並みの数値だが、全幅1.75mにロープロファイルのタイヤを組み合わせたホンダeは前輪の最大ステア角を大きく取ることでその数値を実現させている。方向転換のためステアリングをフルに切ると鼻先がまるで水平移動するように向きを変えていくので路肩や壁に寄せられる限界値がとてもつかみやすく、最小回転半径のスペックを目いっぱい使いきれる。体感的な小回りのしやすさは軽乗用車どころではなく、最小回転半径3m台の軽トラック並み。試乗期間中、ロングツーリング、市街地を問わず、この小回り性能の恩恵を受けたシーンは枚挙にいとまがなかった。
足まわりで唯一の弱点は
足まわりで唯一の弱点と感じられたのは、コーナリング時のアンダーステアのインフォメーションがいささか希薄であること。ステアリングを切り増していくときのタイヤのねじれ、タイヤの向きとクルマの進行方向のズレを示す摩擦感などがステアリングの反力、微振動やタイヤのパターンノイズの変化等々の形で伝わってくるクルマは何も考えなくとも感覚的にクルマをコントロールできる。ホンダの現行モデルでは『シビック』がその典型だが、ホンダeはそうなっていない。ちょっと変わったレイアウトの前サスペンションに起因するものなのか、チューニングポリシーでそうなっているのかは不明だが、これが出来ていれば超一流とすら言えたのにと惜しく思われた。
タイヤ、サスペンションからボディにわたる緻密なチューニングは操縦性だけでなくライドフィールを良くすることにも貢献していた。全長3.9m、ホイールベース2.56mというショートボディのサブコンパクトクラスなのでピッチング(縦方向の揺れ)はそれなりにあるのだが、サスペンションの上下動がスムーズなため揺れが嫌な形で残ることなく次の瞬間にはピタリと収束する。結果、車内では常にフラットな状態が保たれているように感じられた。また、ハンドリングを磨いたことの恩恵でコーナリングや路面の不整で車体にローリングが起こったときに体に真横方向のGがかかるといったことがなく、クルマの動きがマイルドに感じられる。予測と異なるGに体をこわばらせることが少ないため、ロングドライブでの疲労は非常に小さなものとなった。
ハーシュネスカットやロードノイズの抑制もBセグメント離れしており、車内の快適性向上に寄与していた。前記のようにタイヤはミシュランのパイロットスポーツ4。このタイヤは高性能ツアラー用として非常に良い特性を持っているのだが、足のチューニングが生煮えだとハーシュネスが強めに感じられる傾向がある。その点ホンダeの履きこなしは見事なもので、ミシュランの根拠地である欧州メーカーのBセグメント、Cセグメントを含めてもトップランナー級。サスペンション各部のフリクションがよほど小さいのだろう。
“話しかけられた人の数”がブッチギリの1位
ホンダeのロング試乗の中で、筆者のテストドライブ史上ブッチギリの1位だったものがある。それは“話しかけられた人の数”だ。
筆者の自宅は東京の下町、派出所の隣にある。さて、いよいよツーリングを開始しようかとクルマに乗り込もうとしてたとき、おまわりさんから「こんばんわー」と声をかけられた。何かと思いきや「この小さなのがミラーなんですよね。すごいなーって同僚と話してたんですよー。どんなふうに映るんですか。いやあ、こういう時代がきたんですねえ」。
この会話を皮切りに関東~九州行脚の途中、何と30人以上もの人から声をかけられた。山口県のとある道の駅では、ひとしきり話をした後にもうひとり話をしたくて待っている人がいたなどということもあった。興味のポイントは電子ミラーをはじめ航続距離や急速充電の性能、充電で不便はないか、速さ、デザインが可愛いなどまちまち。そして皆さん、値段が高くて自分は買えないとため息をつく。
過去にも珍しいクルマ、話題性の高いクルマでドライブしたことはいくらでもあるが、カーマニアが集まる場所以外でこんなにも話しかけられたことはない。関心は大いに持たれ、素知らぬふりをしながら停めてあるクルマをチラ見する人はたくさんいた。が、実際に話しかけてくる人は大抵はゼロ、そんな中でホンダeだけこれほどいろいろな人から話しかけられたのは、赤の他人に話しかけるハードルを低める効果がこのクルマにあったということだ。
その効果を生んだのはコロッとした台形フォルムに丸目ライトを組み合わせた、ちょっと古典的な可愛い系デザインだろう。全体がつるんとしたフラッシュサーフェイス。最近のクルマの空力デザインの定番となっているフロントエンドの怒ったようなエアダム形状すら皆無。丸目ライトは上から見下ろせば上目づかいの子犬みたいな目つきであるし、低い位置から見れば相手をまっすぐ見る子供顔。こんなのに乗っている人なら話しかけても大丈夫だろうと思わせたのではないか。
このデザインの面白いところは、可愛ささえあればあとはどうでもいいというデザイン至上主義でないところ。パッと見はたしかに攻撃力ゼロなのだが、細部を見ると隠しきれない凄味がある。ホンダeはキャビンは小さいが全幅は1.75mとワイド。走行性能を高めるためトレッド幅(左右タイヤの中心線間の距離)はタイヤの細い標準型で1520mm、幅広タイヤのアドバンスでも1510mmときわめて広く取られている。それを包み込むには全幅1.75mが必要なのだ。
それを小さく可愛く見せようとしてボディ各部を絞りに絞り、さらに丸みをつけているのだが、それにともなってタイヤハウス周辺のフェンダーは盛り上がりを増すことになる。ホンダeは前タイヤが直径616mm、後タイヤが634mmと、性能追求型の欧州Bセグメントと同水準の大径タイヤを履いているためタイヤハウスの容積も大きく、余計に迫力が出る。ボディの原型を作るクレイモデラーはそう見せないように見せないようにと薄皮一枚のレベルで膨らみをそぎ落としたことだろう。
結果、ホンダeのデザインは一見可愛さ丸出しなのにどこか緊張感をたたえた独特の雰囲気のものとなった。丸みを帯びたフェンダーとツライチのところまでタイヤが張り出しているあたり、このヤル気満々ぶりのどこが都市型コミュータ―なのかと言いたくなる。デザインコンシャスなBEVの代表格にイタリアのフィアットが作る『500e』がある。ホンダeはそれと方向性が全然違うが、攻撃力を感じさせるデザインファクターを全部排除したのにヤル気が隠しきれないというデザインフォースはそれに一歩も負けていないと思った。
後編では充電性能、動力性能、居住性、先進装備などについて述べる。
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2024.11.05
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