【ホンダe 5000km試乗】トリコにさせる走りとデザイン、本当にくすぶったままで終わるのか?[後編]
ホンダのサブコンパクトBEV(バッテリー式電気自動車)、『Honda e Advance(ホンダe アドバンス)』での5100km長距離試乗レポート。前編ではロングドライブを支える走行性能、ライドフィールについて紹介した。後編は航続性能、充電、電費&動力性能、居住感&ユーティリティ、先進システムなどについて述べる。
小容量バッテリーBEVでのロングランは無茶、は承知の上
ホンダe アドバンスのバッテリーパックは総容量35.5kWh、WLTCモード走行時の公称航続距離は258km。俗に90kW機などと呼ばれる高速タイプの200A充電器に対応し、それを使用した場合30分で200kmぶんの電力をチャージ可能というのが開発陣の主張である。これが実現できていればホンダeは生産段階で大量のエネルギーを消費するバッテリーの搭載量を削減しながら自在な移動を担保する、エシカルな次世代パーソナルモビリティとして多くの支持を得られたことだろう。
小容量バッテリーのBEVでのロングランは無茶というのが一般的な認識だが、筆者にはそれなりに目算があった。35.5kWhの9割が32kWh。その8割が約25kWh。空に近い状態から30分でそれだけの電力量をチャージでき、平均電費が8km/kWhとすれば、ホンダのエンジニアの言葉どおり200km走ることもできるだろう。それなら過去のBEVロングランの経験にかんがみて東京~鹿児島ツーリングも楽勝なはず、と考えたのがトライのきっかけだった。
実際に走ってみると、売り文句はすべて空手形。いつまでも走っていたい思うほどに素晴らしいライドフィールにまったく見合わない航続性能の低さであった。満充電スタートでの航続はせいぜい200km。急速充電受け入れ性もセールストークとはほど遠く、俗に90kW機と呼ばれる高速タイプの200A充電器を使おうが従来型の108A(最大44kW)充電器を使おうが30分チャージで17kWhには一度しか届かなかった。
今回は幸か不幸か、ロングドライブ本番の前に所要で栃木方面に250kmほどプレドライブをする機会があった。その道程で電費、急速充電受け入れ性とも想定を大幅に下回ることが判明していた。途中1回の充電を挟んで栃木・宇都宮から東京への帰路、区間電費6.3km/kWh、バッテリー充電率1%で埼玉・草加の200A高速充電器のある場所に滑り込んだ。30分充電を行ったところ充電電力量は16.4kWh、充電率は63%までしか回復しなかった。
偶然得られたこのデータにより、最初から苦戦は必至と腹を据えてツーリング本番のスタートを切ることができた。充電率75%で東京・葛飾を出発し、首都高速、東名高速などを経由しつつ最初に充電したのは神奈川・厚木を少し過ぎたところにある日産テクニカルセンターバスターミナル。走行距離は89.6kmで充電率は17%。うむ、想定内だ(白目)。
この足の短さでは高速道路に乗る意味はほぼ皆無だ。国道246号線で山深い鮎沢沿いに走って御殿場、沼津へと抜け、清水市で2回目の充電。静岡西部の道の駅潮見坂で3回目の急速充電+普通充電で80%まで回復。三重のいなべ市で4回目…といった具合。広島の江田島、鹿児島の長島などへの寄り道も含めて1655kmの途中、低速な60A充電器なども使いながらではあるが、急速充電の回数は実に17回にのぼった。
高出力充電器でも充電量は変わらない?
往路の長距離走行、および鹿児島滞在期間、いろいろな充電器をいろいろな充電残量で散々試した結果判明したことを箇条書きで記すと、
1. バッテリーのSOC(ステートオブチャージ。実使用範囲)は総容量35.5kWhに対して2割強低い26~28kWhにとどまる(コンディションにより若干変動した)と推計される。
2. 急速充電器は最大電流108A(通称44kW機)、125A(50kW機)、200A(90kW機)のどれを使っても30分で得られる充電電力量はほぼ同じで高速機を選ぶ意味は皆無。
3. 充電率20%以上で急速充電を行うと電流の落ちが早く、充電電力量が少なくなる。15%以下、できれば1桁%で充電を行うのが効率が良い。
4. 低速な50A機では30分で9kWh、60A機では同11kWh程度の充電電力量。エマージェンシー用途では使える。
5. 強力な冷却システムを装備しているため、急速充電の繰り返しにだけは滅法強い。
これらを踏まえ、山陰ルートを選択した鹿児島から東京への帰路においては作戦を少々変更した。充電スポットはきっちり何キロごとにあると決まっているわけではないが、距離が短い区間で電力を余らせても充電速度が落ちるだけなのであまり意味がない。距離が長いときはしっかり節電し、距離が短いときはスピード重視。とにかく次の充電スポットまでしっかりリーチできさえすればよしとした。
その帰路の充電データを紹介しよう。充電時間はすべて30分。鹿児島出発時の充電率は96%であった。
1. 鹿児島~宇城(熊本南部):走行157.1km。電費6.7km/kWh。充電器スペック=44kW。充電率8%→72%。項目以下同順。
2. 宇城~久留米(福岡北部):89.5km。6.6kW/kWh。90kW。24%→79%。
3. 久留米~菊川(山口西部):121.0km。7.5km/kWh。44kW。20%→76%。
4. 菊川~益田(島根西部):122.4km。6.8km/kWh。44kW。5%→69%。
5. 益田~大田(島根中部):101.3km。6.9km/kWh。44kW。9%→70%。
6. 大田~大山(鳥取西部):111.5km。7.0km/kWh。44kW。8%→70%。
7. 大山~粟倉(岡山東部):111.2km。6.2km/kWh。44kW。2%→64%。
8. 粟倉にて2度目の充電:64%→96%。
9. 粟倉~亀岡(京都南部):173.7km。7.8km/kWh。50kW。12%→73%。
10. 亀岡~四日市(三重東部):132.5km。8.0km/kWh。90kW。7%→71%。
11. 四日市~豊橋(愛知東部):107.8km。6.9km/kWh。50kW。10%→72%。
12. 豊橋~静岡(静岡東部):115.7km。7.0km/kWh。90kW。8%→72%。
13. 静岡~伊勢原(神奈川西部):125.0km。7.0km/kWh。44kW。3%→67%。
13番目を出て71.2km走行し、充電率34%で東京・葛飾に到着。電費7.9km/kWh。1540.5km(切り捨ての影響で区間走行距離とのズレが0.6km発生している)走行で経路充電30分13回は我ながら上出来。途中、岡山の粟倉で2回充電を行ったのは、通行を予定していた丹波篠山を経て京都に至る国道372号線の沿線に低速充電器しかなく、亀岡まで無充電で走り切りたいと考えたからである。
が、道中何の問題もなかったわけではない。とりわけ肝を冷やしたのは7番目、大山~粟倉間だった。夜間の山陰道は交通量が少なく、流れは非常にスムーズ。そこを飛ばしすぎないように走った。70km弱先の鳥取に達した時、充電率は40%を少し切った状態。そこから粟倉までは40km少々だが、その途中に中国山地越えがある。といって、この充電率で急速充電を行っても好パフォーマンスは期待できない。
ええいままよとドライブを続けた。ほどなくして登り勾配が始まった…えっ、鳥取道の登り坂ってこんなにきつかったっけ!? エンジン車でドライブをしているときには特段意識することがなかった登り坂が無茶苦茶厳しいものに感じられる。電費はみるみる低落し、充電率も減少していく。何km走ったっけ…まだ15kmか。後続車がいるわけでもないのに無意味に登坂車線に移動してしまったりする。
約30km走行。充電残はすでに10%だ。ハザードをつけながら制限速度70km/hを下回るペースで走行する。いつもはあっという間にやってくる最高標高地点が遠い遠い。たしかこのトンネルを抜ければ…ダメだ、まだ先だったか。勾配はいよいよきつさを増す…というか、きつく感じられる。
充電率が5%、4%と無慈悲に減っていき、パワーセーブモードに入ったのを見て、頭の中をJAFの3文字がよぎる。ここまで来れば辛うじてレッカー無料範囲だよな。しかし電源が落ちてしまったら充電で無事に再起動できるのか!? などという心配をしている間に、ついにその時が訪れた。残量0%である。あとはホンダeの電気駆動系エンジニアしか知らない0%マージンだけが命綱。登山で言えばハーケンが全部抜け、サブビレイにぶら下がっているようなものだ。
直後、目の前に福音の看板が現れた。志度坂トンネル。ああ、そういえば旧道の志度坂峠が鳥取~岡山県境だったっけ。このトンネルを登り切れば、今度こそ下り坂か。バッテリーよそこまで持ってくれ。トンネル途中で勾配はついに長い下り坂に切り替わった。ハレルヤ!!無料充電スポットがある「道の駅あわくらんど」まであと3km少々。最寄りのインターチェンジを出るまでに充電率は3%まで回復した。平地なら6kmほどの航続が期待できる数値。もう大丈夫だ、よく頑張ってくれたホンダe。
なぜホンダeの電費は伸びないのか
実に心臓に悪いドライブとなったが、いろいろなシーンにおける限界を知ることは一人前のホンダe使いになるための通過儀礼のようなものだ。が、不便を楽しむというのはあくまでイレギュラーなもの。現状では総容量の8割を切る水準にあるバッテリーの使用範囲を広げることと、5109.8kmのオーバーオール電費が6.7km/kWhと倍以上もパワーがあるテスラ『モデル3 ロングレンジAWD』にも負けるスコアに終わった電費の向上による性能改善は欲しい。そうなればホンダeでのドライブの自由度は飛躍的に上がるだろう。
まずはなぜホンダeの電費が伸びないかだが、電気モーターやインバーター部分の熱効率の低さが理由とはちょっと考えられない。かつて同社が販売していたプラグインハイブリッドカー『クラリティPHEV』で4000kmツーリングを行ったことがあるが、主基の最高出力が135kW(184ps)とハイパワーでかつ車両重量がホンダeより300kg以上重いにもかかわらずEV走行区間の電費はホンダeにより上だった。エンジンを発電に用いるシリーズハイブリッドシステム「i-MMD(現在のe:HEV)」を初採用した旧型『アコード』で東京~鹿児島ツーリングを行った時は長距離移動の平均燃費が25km/リットルを超えた。電気駆動の技術力が低ければそんな芸当は到底無理だ。
犯人はバッテリーパックではないかというのが筆者の推測である。巡航速度が速い、登り勾配などの条件はBEVが苦手とするものだが、ホンダeはそのBEVの中でもアベレージ未満。それに対して東京~鹿児島ツーリング終了後に別の目的で東京~山梨の一般道を走ったさい、平均車速が低かった区間で10km/kWh超とBEVの中でも傑出した数値を記録した。内部抵抗か何かの関係で高負荷時にバッテリーパックの熱効率が著しく悪化するのではないかと考えたゆえんである。BEVなのだから高速道路を走らなければいい、飛ばさなければいいという考え方もあるが、それは日本ローカルでしか通用しない。メインターゲットである欧州は一般道でも制限速度が80km/hから100km/h。そのレンジで高効率を発揮できなければ顧客に受け入れられるはずがない。
急速充電受け入れ性の低さも改良してほしいポイント。ホンダeが充電量を稼げないのは早め早めに電流を絞るようプログラムされているためだ。静岡で200A充電器を使った時を例に取ると、140A(受電電力49kW)で充電がスタートし、3分30秒後に120A(42kW)、11分03秒後に84A(30kW)、26分15秒後に54A(20kW)。まがりなりにも200A機対応を謳っているのに充電率80%までかなりの余裕がある段階で54Aという目を覆わんばかりの数字が表示されるのを最初に見た時はショックを受けた。
このチューニングはバッテリーの劣化を徹底的に防ぎたいという意図によるものと推察されるが、それなら30分200kmなどと大ぼらを吹くべきではなかった。なぜそんなほらを吹いたのか真相は不明だが、それを信じてホンダeを買った顧客に対してあまりにも不誠実というものである。ちなみに小容量バッテリーBEVでの高速充電はすでに先例がある。たとえば総容量42kWhバッテリーを積むイタリアの自動車メーカー、フィアットの小型BEV『500e』は欧州規格の高速充電器で最高230A以上を受け入れ、充電率80%まで3桁アンペアが維持される。繰り返し充電への耐性や抗劣化性については未知数だが、
SOC拡大以外にもうひとつ改良の方向性がある。30分で16kWh台というのを15分でチャージできるようにするというものだ。足は短いが、その範囲に限れば日産『リーフe+』と同等のパフォーマンスを得られるというのなら、製造時の環境負荷が大きいバッテリーの搭載量は少ないに越したことがないというホンダeの思想への賛同者は今より格段に増えるだろう。いずれにせよバッテリーの改良はホンダeにとって急務だ。
動力性能、パワーフィール、ブレーキは
試乗車であるホンダe アドバンスの主基の最高出力は113kW(154ps)。車両重量が1540kgなので、パワーウェイトレシオはちょうど10kg/psとなる。エンジン車であればいささか心もとない数値だが、低回転域から全力運転が可能なBEVの場合はこのくらいの出力があれば十分以上に軽快に走る。急勾配区間で登坂車線を走る低速車の追い越し、高速道路への流入などの高負荷シーンでも速力不足で困る気配は一切なかった。
ドライブ中、合法的に計測可能な場所でGPSロガーを用いて加速を一度だけ計測してみたところ、静止状態から実速度100km/h(メーター読み105km/h)への到達時間は8.1秒。ハイパワーBEVのリーフe+や『アコードハイブリッド』の7秒台に比べると見劣りするが、Bセグメントスポーツとしては十分な速さであろう。サウンドは普段の走行時はほぼ無音だが、高出力を発揮しているときは言葉で説明すると複数の音程のキュイーンという音が速度を増すに従って混じり合っていくという感じで、なかなかのハイテク感であった。
ただ、加速フィールについてはホンダの電動車としては少しのっぺりしている。クラリティPHEVやアコードハイブリッドは速度が上がるにつれてドライバーの期待値を少し超えるという、高回転型エンジンを搭載するスポーツカーのような伸びきり感を覚えさせる加速フィールを示していた。ホンダeが同様のチューニングであったら、快感はさらに倍という感じになったであろう。
ブレーキはホンダご自慢の電動サーボブレーキ。通常のフットブレーキ制御とブレーキリリースで停止までできるワンペダル制御の2モードを備える。一定の減速度までは電気モーターの発電で発生させた抗力のみを使って減速させるため、減速エネルギー回生の度合いに大差が出ることはないだろう。ワンペダル制御は大変コントローラブルで、ちょっと慣れれば停止線にピタリと停めることも造作なくできるようになる。
BEV商品として非凡な商品力を持つホンダe
ホンダeがBEV商品として非凡な商品力を持っていると筆者が感じた要因はドライバビリティだけでなく、キャビンの空間デザインも大きな比重を占める。
豪華さ、高質さとはまるで無縁という簡素な仕立てで、高価なモデルなのにパワーシートすら装備されない。インパネその他のパーツはプラスチッキーで、ダッシュボードやセンターコンソールに貼られている木目調フィルムも安物ライクだ。ところがホンダeに乗っているとそういうことはどうでもよくなる。一般的な小型車とはまったく異なる心地良さがあり、狭い車内にどれだけ長くいてもそれで苦痛を覚えることがなかった。
防音ガラスによる外の世界との隔絶感と静粛性の高さ。直線的で低いダッシュボードは圧迫感僅少。操作系はじめ触りたいもの、欲しいものがほぼすべて手の届く範囲に配置されている。8スピーカーオーディオは無銘ながらヌケの良いサウンドを奏でる。フロントウインドウとドライバーのアイポイントの距離が長すぎず、眺めはパノラミック。そして窓面積が広いうえにサンルーフも標準装備で採光性抜群。言うなれば、床面積は狭いが必要最小限の家具が効率よく配置された南向き、天窓付きのワンルームマンションで自分の時間をゆるりと過ごしているような空気感だ。
速く走ろうがのんびり走ろうがドライブが楽しいというのはホンダeの大きな特質のひとつで、5100kmの移動の間、走る場所によらず少しも退屈することがなかった。普通であればドライブが嫌になりそうなひどい交通状況にハマってもまったく平気だったのは、自分の部屋にいるような感覚のたまものではないかと思われた。素晴らしい空間設計である。
もっともこれは前席の話で、後席は4シーターとは到底呼べない狭さ。ホンダeと同じく後方に原動機を置き後輪を駆動する1クラス下のAセグメントミニカー、ルノー『トゥインゴ』のほうがよほど広い。車載バッテリーだけでなく、素晴らしい走りを実現させる走行メカニズムに完全にスペースを食われた格好だ。救いは後ドアの開閉角が90度近くあることで、子供や小柄なお年寄りが乗るのであれば乗降性の良さが美点になり得る。
荷室は完全に手荷物置き場レベル。公称値は一応171リットルあるのだが、高さと奥行きが足りないため積む荷物の形状はかなりの制約を受ける。が、2名乗車であれば後席を倒すことで公称565リットルまで拡大可能。シートバックは左右分割ではなく一体可倒式なので2名乗車or4名乗車の二択である。
未来感ある先進装備も、生かされていないインターフェース
ホンダeはステアリング介入ありのADAS(先進運転支援システム)「ホンダセンシング」が標準装備。また、試乗車のアドバンスには一定条件下で自動駐車を行う「ホンダパーキングパイロット」も標準で装備される。
ホンダセンシングのほうは車線認識、夜間の作動の安定性、前車を認識する距離など、検出部分は今日の標準レベル。比較的優れているのはステアリング制御の入り方で、普段はドライバーの操作とほとんど喧嘩することがなく、修正を要するシーンでは結構力強く介入するという印象だった。難点は2018年の『インサイト』あたりから急にシステムの持病となった路外逸脱警告の誤作動が健在だったことで、車線に近づいてもいないのに頻々と「ピピピピ、ポーン」と鳴ってうるさい。この持病の解消をみたのは現行『N-ONE』以降である。
ちょっと興味深かったのはホンダパーキングパイロットのパフォーマンスである。縦列駐車、バックでの車庫入れともそれぞれ前後、左右にクルマがあれば白線がなくともターゲットを決めて駐車できるというのは今日の最新システムの標準レベルだが、特徴的だったのはクルマによる駐車操作の機敏さ。これまでの経験からもっとゆっくり、じりじりと駐車するのかと思っていたが、予想よりはるかに素早く、かつスムーズに駐車が完了する。最小回転半径の小ささの恩恵か、こんなスペースで自動は無理かなと思うようなところで試してみても駐車OKの判定が出た。筆者はこの種のシステムをあまり信用しないクチなので常用はしなかったが、なかなかのお助け機能である。
車内前方には左右デジタルミラー、インパネにさらに2画面の情報ディスプレイを加えた液晶パネル5枚のインターフェースが備えられる。長距離試乗を行う前そうまでして何のメリットがあるのかと懐疑的に思っていたが、いざ使ってみるとカーナビを運転席から遠いほうのディスプレイに表示させることができ、他のインフォメーションとの入れ替えもワンタッチで完了するなど大変機動的。なかなかの未来感であった。
残念な点は、そんなインターフェースのポテンシャルを生かすだけの情報表示、コネクティビティのアイデアがあまりに貧弱であること。表示できるのは停止している時の水族館、従来もインパネに表示可能な程度の車両インフォメーション、そして若干のアプリ。このうちアプリについてはホンダe以外のモデルも含めてよほど利用が低迷したのか、今年6月に来年のサービス廃止がアナウンスされるという体たらくである。
こういう次世代インフォメーションのアイデアは中高年のエンジニアが考えても知ったかぶり、年寄りの冷や水になるだけ。それこそデジタルネイティブ世代の考えに中高年が従うべきだ。ハードウェアはすでに出来上がっているのだから、インフォメーションやエンターテインメントのポリシーを全面的に見直してソフトウェアアップデートで価値を出してほしい。ホンダはソニーとの協業を決めているので、自分で素晴らしいアイデアが出せないならソニーに手伝ってもらうのも手だ。
「OKホンダ」と発話するとそら豆のような可愛い顔が応対してくれるボイスコマンドシステム「ホンダパーソナルアシスタント」は、本家「OK Google」に比べると精度は格段に落ちるものの、一般的な車載ボイスコマンドに比べるとはるかに高精度に認識してくれる。が、これも視覚的インターフェースと同様、ハードウェアは作り込めているが車両との一体化は進んでいない。
音楽を再生する、ハンズフリー電話をかけるなど、車両と切り離されたコマンドは機能するが、車両制御との連動はほぼすべてアウト。たとえばエアコンをボイスで操作しようとしてもその機能はありませんと謝られておしまいである。ステアリング上の2個のジョグダイヤルつき十字キーとボイスでハンズフリーのままほぼすべての操作ができてしまうテスラ・モデル3のような先進性を実現させてほしい。
まとめ
常時充電との戦い、這々の体という感があったホンダeでの5000kmツーリングだったが、長いテストドライブを終えてテストカーをホンダに返却する時は名残惜しい気分でいっぱいだった。また乗れと言われたら同じような苦労をすることがわかっていても大喜びでドライブすることだろう。コージーな居住空間、気持ち良いライドフィール、ドライビングの爽快さは一級品で、乗る人を虜にさせるモノがある。それだけにあまりにも高い価格設定、充電特性や電費の悪さという致命的な取りこぼしがつくづく残念に感じられる。
ホンダeの本質は少ない資源で大きな楽しみ、移動の自由を得るエシカル、ミニマルさだ。世は環境至上主義の真っ盛りで、パーソナルモビリティを使った移動の自由が強く制限される時代が来かねない状況である。ホンダeはそういう自由の剥奪に対するアンチテーゼになる素養を持っている。省資源、低CO2で移動できるのなら、そんな時代でも人間は自由を手放さくなくてすむかもしれないという期待感を持たせるようなキャラクターを持っている。
が、現状ではそういう商品性は実現できていない。テスラ・モデル3に電費で負けたのは論外だ。かりにもイノベーション企業であることを期待されているホンダが小さいクルマの正当性を主張するなら9km/kWh、10km/kWh、条件が良ければそれ以上といった良好な電費でライバルを蹴散らすくらいのパフォーマンスを見せるべきだ。
価格の高さ(ホンダeが451万円、同アドバンスが495万円)は論外である。エシカル、ミニマルといった思想は賢い消費という要素も多分に含んでいる。極論すれば、安さもカッコ良さのひとつなのだ。たとえば内装の素材の質感などどうでもいい、重要なのは居心地が良いことだということを感じさせるホンダeの秀逸な空間デザインも、価格が高いとなると合理性を喪失する。
何の根拠もないが、価格、充電効率、電費が大きく改善されればホンダeを見る人の目は今とはまるで違うものになると筆者は思う。価格の高さは最初から少量生産と決め打ちするというホンダの経営陣の判断によるものだが、ツーリング中にあれだけ多くの人の目を引いたこのクルマを欧州のCO2排出規制対応のためだけに使うなど、もったいないにもほどがある。
新しい時代のホンダブランドを作る一助、もっと言えばゲームチェンジャーにすらなれるだけのポテンシャルを持ちながら水面下でくすぶっているこのクルマをホンダが放置するのか、それともユーザーを燃え立たせるような性能と価格を実現させるべく改良を目指すのか。その判断に注目したい。
小容量バッテリーBEVでのロングランは無茶、は承知の上
ホンダe アドバンスのバッテリーパックは総容量35.5kWh、WLTCモード走行時の公称航続距離は258km。俗に90kW機などと呼ばれる高速タイプの200A充電器に対応し、それを使用した場合30分で200kmぶんの電力をチャージ可能というのが開発陣の主張である。これが実現できていればホンダeは生産段階で大量のエネルギーを消費するバッテリーの搭載量を削減しながら自在な移動を担保する、エシカルな次世代パーソナルモビリティとして多くの支持を得られたことだろう。
小容量バッテリーのBEVでのロングランは無茶というのが一般的な認識だが、筆者にはそれなりに目算があった。35.5kWhの9割が32kWh。その8割が約25kWh。空に近い状態から30分でそれだけの電力量をチャージでき、平均電費が8km/kWhとすれば、ホンダのエンジニアの言葉どおり200km走ることもできるだろう。それなら過去のBEVロングランの経験にかんがみて東京~鹿児島ツーリングも楽勝なはず、と考えたのがトライのきっかけだった。
実際に走ってみると、売り文句はすべて空手形。いつまでも走っていたい思うほどに素晴らしいライドフィールにまったく見合わない航続性能の低さであった。満充電スタートでの航続はせいぜい200km。急速充電受け入れ性もセールストークとはほど遠く、俗に90kW機と呼ばれる高速タイプの200A充電器を使おうが従来型の108A(最大44kW)充電器を使おうが30分チャージで17kWhには一度しか届かなかった。
今回は幸か不幸か、ロングドライブ本番の前に所要で栃木方面に250kmほどプレドライブをする機会があった。その道程で電費、急速充電受け入れ性とも想定を大幅に下回ることが判明していた。途中1回の充電を挟んで栃木・宇都宮から東京への帰路、区間電費6.3km/kWh、バッテリー充電率1%で埼玉・草加の200A高速充電器のある場所に滑り込んだ。30分充電を行ったところ充電電力量は16.4kWh、充電率は63%までしか回復しなかった。
偶然得られたこのデータにより、最初から苦戦は必至と腹を据えてツーリング本番のスタートを切ることができた。充電率75%で東京・葛飾を出発し、首都高速、東名高速などを経由しつつ最初に充電したのは神奈川・厚木を少し過ぎたところにある日産テクニカルセンターバスターミナル。走行距離は89.6kmで充電率は17%。うむ、想定内だ(白目)。
この足の短さでは高速道路に乗る意味はほぼ皆無だ。国道246号線で山深い鮎沢沿いに走って御殿場、沼津へと抜け、清水市で2回目の充電。静岡西部の道の駅潮見坂で3回目の急速充電+普通充電で80%まで回復。三重のいなべ市で4回目…といった具合。広島の江田島、鹿児島の長島などへの寄り道も含めて1655kmの途中、低速な60A充電器なども使いながらではあるが、急速充電の回数は実に17回にのぼった。
高出力充電器でも充電量は変わらない?
往路の長距離走行、および鹿児島滞在期間、いろいろな充電器をいろいろな充電残量で散々試した結果判明したことを箇条書きで記すと、
1. バッテリーのSOC(ステートオブチャージ。実使用範囲)は総容量35.5kWhに対して2割強低い26~28kWhにとどまる(コンディションにより若干変動した)と推計される。
2. 急速充電器は最大電流108A(通称44kW機)、125A(50kW機)、200A(90kW機)のどれを使っても30分で得られる充電電力量はほぼ同じで高速機を選ぶ意味は皆無。
3. 充電率20%以上で急速充電を行うと電流の落ちが早く、充電電力量が少なくなる。15%以下、できれば1桁%で充電を行うのが効率が良い。
4. 低速な50A機では30分で9kWh、60A機では同11kWh程度の充電電力量。エマージェンシー用途では使える。
5. 強力な冷却システムを装備しているため、急速充電の繰り返しにだけは滅法強い。
これらを踏まえ、山陰ルートを選択した鹿児島から東京への帰路においては作戦を少々変更した。充電スポットはきっちり何キロごとにあると決まっているわけではないが、距離が短い区間で電力を余らせても充電速度が落ちるだけなのであまり意味がない。距離が長いときはしっかり節電し、距離が短いときはスピード重視。とにかく次の充電スポットまでしっかりリーチできさえすればよしとした。
その帰路の充電データを紹介しよう。充電時間はすべて30分。鹿児島出発時の充電率は96%であった。
1. 鹿児島~宇城(熊本南部):走行157.1km。電費6.7km/kWh。充電器スペック=44kW。充電率8%→72%。項目以下同順。
2. 宇城~久留米(福岡北部):89.5km。6.6kW/kWh。90kW。24%→79%。
3. 久留米~菊川(山口西部):121.0km。7.5km/kWh。44kW。20%→76%。
4. 菊川~益田(島根西部):122.4km。6.8km/kWh。44kW。5%→69%。
5. 益田~大田(島根中部):101.3km。6.9km/kWh。44kW。9%→70%。
6. 大田~大山(鳥取西部):111.5km。7.0km/kWh。44kW。8%→70%。
7. 大山~粟倉(岡山東部):111.2km。6.2km/kWh。44kW。2%→64%。
8. 粟倉にて2度目の充電:64%→96%。
9. 粟倉~亀岡(京都南部):173.7km。7.8km/kWh。50kW。12%→73%。
10. 亀岡~四日市(三重東部):132.5km。8.0km/kWh。90kW。7%→71%。
11. 四日市~豊橋(愛知東部):107.8km。6.9km/kWh。50kW。10%→72%。
12. 豊橋~静岡(静岡東部):115.7km。7.0km/kWh。90kW。8%→72%。
13. 静岡~伊勢原(神奈川西部):125.0km。7.0km/kWh。44kW。3%→67%。
13番目を出て71.2km走行し、充電率34%で東京・葛飾に到着。電費7.9km/kWh。1540.5km(切り捨ての影響で区間走行距離とのズレが0.6km発生している)走行で経路充電30分13回は我ながら上出来。途中、岡山の粟倉で2回充電を行ったのは、通行を予定していた丹波篠山を経て京都に至る国道372号線の沿線に低速充電器しかなく、亀岡まで無充電で走り切りたいと考えたからである。
が、道中何の問題もなかったわけではない。とりわけ肝を冷やしたのは7番目、大山~粟倉間だった。夜間の山陰道は交通量が少なく、流れは非常にスムーズ。そこを飛ばしすぎないように走った。70km弱先の鳥取に達した時、充電率は40%を少し切った状態。そこから粟倉までは40km少々だが、その途中に中国山地越えがある。といって、この充電率で急速充電を行っても好パフォーマンスは期待できない。
ええいままよとドライブを続けた。ほどなくして登り勾配が始まった…えっ、鳥取道の登り坂ってこんなにきつかったっけ!? エンジン車でドライブをしているときには特段意識することがなかった登り坂が無茶苦茶厳しいものに感じられる。電費はみるみる低落し、充電率も減少していく。何km走ったっけ…まだ15kmか。後続車がいるわけでもないのに無意味に登坂車線に移動してしまったりする。
約30km走行。充電残はすでに10%だ。ハザードをつけながら制限速度70km/hを下回るペースで走行する。いつもはあっという間にやってくる最高標高地点が遠い遠い。たしかこのトンネルを抜ければ…ダメだ、まだ先だったか。勾配はいよいよきつさを増す…というか、きつく感じられる。
充電率が5%、4%と無慈悲に減っていき、パワーセーブモードに入ったのを見て、頭の中をJAFの3文字がよぎる。ここまで来れば辛うじてレッカー無料範囲だよな。しかし電源が落ちてしまったら充電で無事に再起動できるのか!? などという心配をしている間に、ついにその時が訪れた。残量0%である。あとはホンダeの電気駆動系エンジニアしか知らない0%マージンだけが命綱。登山で言えばハーケンが全部抜け、サブビレイにぶら下がっているようなものだ。
直後、目の前に福音の看板が現れた。志度坂トンネル。ああ、そういえば旧道の志度坂峠が鳥取~岡山県境だったっけ。このトンネルを登り切れば、今度こそ下り坂か。バッテリーよそこまで持ってくれ。トンネル途中で勾配はついに長い下り坂に切り替わった。ハレルヤ!!無料充電スポットがある「道の駅あわくらんど」まであと3km少々。最寄りのインターチェンジを出るまでに充電率は3%まで回復した。平地なら6kmほどの航続が期待できる数値。もう大丈夫だ、よく頑張ってくれたホンダe。
なぜホンダeの電費は伸びないのか
実に心臓に悪いドライブとなったが、いろいろなシーンにおける限界を知ることは一人前のホンダe使いになるための通過儀礼のようなものだ。が、不便を楽しむというのはあくまでイレギュラーなもの。現状では総容量の8割を切る水準にあるバッテリーの使用範囲を広げることと、5109.8kmのオーバーオール電費が6.7km/kWhと倍以上もパワーがあるテスラ『モデル3 ロングレンジAWD』にも負けるスコアに終わった電費の向上による性能改善は欲しい。そうなればホンダeでのドライブの自由度は飛躍的に上がるだろう。
まずはなぜホンダeの電費が伸びないかだが、電気モーターやインバーター部分の熱効率の低さが理由とはちょっと考えられない。かつて同社が販売していたプラグインハイブリッドカー『クラリティPHEV』で4000kmツーリングを行ったことがあるが、主基の最高出力が135kW(184ps)とハイパワーでかつ車両重量がホンダeより300kg以上重いにもかかわらずEV走行区間の電費はホンダeにより上だった。エンジンを発電に用いるシリーズハイブリッドシステム「i-MMD(現在のe:HEV)」を初採用した旧型『アコード』で東京~鹿児島ツーリングを行った時は長距離移動の平均燃費が25km/リットルを超えた。電気駆動の技術力が低ければそんな芸当は到底無理だ。
犯人はバッテリーパックではないかというのが筆者の推測である。巡航速度が速い、登り勾配などの条件はBEVが苦手とするものだが、ホンダeはそのBEVの中でもアベレージ未満。それに対して東京~鹿児島ツーリング終了後に別の目的で東京~山梨の一般道を走ったさい、平均車速が低かった区間で10km/kWh超とBEVの中でも傑出した数値を記録した。内部抵抗か何かの関係で高負荷時にバッテリーパックの熱効率が著しく悪化するのではないかと考えたゆえんである。BEVなのだから高速道路を走らなければいい、飛ばさなければいいという考え方もあるが、それは日本ローカルでしか通用しない。メインターゲットである欧州は一般道でも制限速度が80km/hから100km/h。そのレンジで高効率を発揮できなければ顧客に受け入れられるはずがない。
急速充電受け入れ性の低さも改良してほしいポイント。ホンダeが充電量を稼げないのは早め早めに電流を絞るようプログラムされているためだ。静岡で200A充電器を使った時を例に取ると、140A(受電電力49kW)で充電がスタートし、3分30秒後に120A(42kW)、11分03秒後に84A(30kW)、26分15秒後に54A(20kW)。まがりなりにも200A機対応を謳っているのに充電率80%までかなりの余裕がある段階で54Aという目を覆わんばかりの数字が表示されるのを最初に見た時はショックを受けた。
このチューニングはバッテリーの劣化を徹底的に防ぎたいという意図によるものと推察されるが、それなら30分200kmなどと大ぼらを吹くべきではなかった。なぜそんなほらを吹いたのか真相は不明だが、それを信じてホンダeを買った顧客に対してあまりにも不誠実というものである。ちなみに小容量バッテリーBEVでの高速充電はすでに先例がある。たとえば総容量42kWhバッテリーを積むイタリアの自動車メーカー、フィアットの小型BEV『500e』は欧州規格の高速充電器で最高230A以上を受け入れ、充電率80%まで3桁アンペアが維持される。繰り返し充電への耐性や抗劣化性については未知数だが、
SOC拡大以外にもうひとつ改良の方向性がある。30分で16kWh台というのを15分でチャージできるようにするというものだ。足は短いが、その範囲に限れば日産『リーフe+』と同等のパフォーマンスを得られるというのなら、製造時の環境負荷が大きいバッテリーの搭載量は少ないに越したことがないというホンダeの思想への賛同者は今より格段に増えるだろう。いずれにせよバッテリーの改良はホンダeにとって急務だ。
動力性能、パワーフィール、ブレーキは
試乗車であるホンダe アドバンスの主基の最高出力は113kW(154ps)。車両重量が1540kgなので、パワーウェイトレシオはちょうど10kg/psとなる。エンジン車であればいささか心もとない数値だが、低回転域から全力運転が可能なBEVの場合はこのくらいの出力があれば十分以上に軽快に走る。急勾配区間で登坂車線を走る低速車の追い越し、高速道路への流入などの高負荷シーンでも速力不足で困る気配は一切なかった。
ドライブ中、合法的に計測可能な場所でGPSロガーを用いて加速を一度だけ計測してみたところ、静止状態から実速度100km/h(メーター読み105km/h)への到達時間は8.1秒。ハイパワーBEVのリーフe+や『アコードハイブリッド』の7秒台に比べると見劣りするが、Bセグメントスポーツとしては十分な速さであろう。サウンドは普段の走行時はほぼ無音だが、高出力を発揮しているときは言葉で説明すると複数の音程のキュイーンという音が速度を増すに従って混じり合っていくという感じで、なかなかのハイテク感であった。
ただ、加速フィールについてはホンダの電動車としては少しのっぺりしている。クラリティPHEVやアコードハイブリッドは速度が上がるにつれてドライバーの期待値を少し超えるという、高回転型エンジンを搭載するスポーツカーのような伸びきり感を覚えさせる加速フィールを示していた。ホンダeが同様のチューニングであったら、快感はさらに倍という感じになったであろう。
ブレーキはホンダご自慢の電動サーボブレーキ。通常のフットブレーキ制御とブレーキリリースで停止までできるワンペダル制御の2モードを備える。一定の減速度までは電気モーターの発電で発生させた抗力のみを使って減速させるため、減速エネルギー回生の度合いに大差が出ることはないだろう。ワンペダル制御は大変コントローラブルで、ちょっと慣れれば停止線にピタリと停めることも造作なくできるようになる。
BEV商品として非凡な商品力を持つホンダe
ホンダeがBEV商品として非凡な商品力を持っていると筆者が感じた要因はドライバビリティだけでなく、キャビンの空間デザインも大きな比重を占める。
豪華さ、高質さとはまるで無縁という簡素な仕立てで、高価なモデルなのにパワーシートすら装備されない。インパネその他のパーツはプラスチッキーで、ダッシュボードやセンターコンソールに貼られている木目調フィルムも安物ライクだ。ところがホンダeに乗っているとそういうことはどうでもよくなる。一般的な小型車とはまったく異なる心地良さがあり、狭い車内にどれだけ長くいてもそれで苦痛を覚えることがなかった。
防音ガラスによる外の世界との隔絶感と静粛性の高さ。直線的で低いダッシュボードは圧迫感僅少。操作系はじめ触りたいもの、欲しいものがほぼすべて手の届く範囲に配置されている。8スピーカーオーディオは無銘ながらヌケの良いサウンドを奏でる。フロントウインドウとドライバーのアイポイントの距離が長すぎず、眺めはパノラミック。そして窓面積が広いうえにサンルーフも標準装備で採光性抜群。言うなれば、床面積は狭いが必要最小限の家具が効率よく配置された南向き、天窓付きのワンルームマンションで自分の時間をゆるりと過ごしているような空気感だ。
速く走ろうがのんびり走ろうがドライブが楽しいというのはホンダeの大きな特質のひとつで、5100kmの移動の間、走る場所によらず少しも退屈することがなかった。普通であればドライブが嫌になりそうなひどい交通状況にハマってもまったく平気だったのは、自分の部屋にいるような感覚のたまものではないかと思われた。素晴らしい空間設計である。
もっともこれは前席の話で、後席は4シーターとは到底呼べない狭さ。ホンダeと同じく後方に原動機を置き後輪を駆動する1クラス下のAセグメントミニカー、ルノー『トゥインゴ』のほうがよほど広い。車載バッテリーだけでなく、素晴らしい走りを実現させる走行メカニズムに完全にスペースを食われた格好だ。救いは後ドアの開閉角が90度近くあることで、子供や小柄なお年寄りが乗るのであれば乗降性の良さが美点になり得る。
荷室は完全に手荷物置き場レベル。公称値は一応171リットルあるのだが、高さと奥行きが足りないため積む荷物の形状はかなりの制約を受ける。が、2名乗車であれば後席を倒すことで公称565リットルまで拡大可能。シートバックは左右分割ではなく一体可倒式なので2名乗車or4名乗車の二択である。
未来感ある先進装備も、生かされていないインターフェース
ホンダeはステアリング介入ありのADAS(先進運転支援システム)「ホンダセンシング」が標準装備。また、試乗車のアドバンスには一定条件下で自動駐車を行う「ホンダパーキングパイロット」も標準で装備される。
ホンダセンシングのほうは車線認識、夜間の作動の安定性、前車を認識する距離など、検出部分は今日の標準レベル。比較的優れているのはステアリング制御の入り方で、普段はドライバーの操作とほとんど喧嘩することがなく、修正を要するシーンでは結構力強く介入するという印象だった。難点は2018年の『インサイト』あたりから急にシステムの持病となった路外逸脱警告の誤作動が健在だったことで、車線に近づいてもいないのに頻々と「ピピピピ、ポーン」と鳴ってうるさい。この持病の解消をみたのは現行『N-ONE』以降である。
ちょっと興味深かったのはホンダパーキングパイロットのパフォーマンスである。縦列駐車、バックでの車庫入れともそれぞれ前後、左右にクルマがあれば白線がなくともターゲットを決めて駐車できるというのは今日の最新システムの標準レベルだが、特徴的だったのはクルマによる駐車操作の機敏さ。これまでの経験からもっとゆっくり、じりじりと駐車するのかと思っていたが、予想よりはるかに素早く、かつスムーズに駐車が完了する。最小回転半径の小ささの恩恵か、こんなスペースで自動は無理かなと思うようなところで試してみても駐車OKの判定が出た。筆者はこの種のシステムをあまり信用しないクチなので常用はしなかったが、なかなかのお助け機能である。
車内前方には左右デジタルミラー、インパネにさらに2画面の情報ディスプレイを加えた液晶パネル5枚のインターフェースが備えられる。長距離試乗を行う前そうまでして何のメリットがあるのかと懐疑的に思っていたが、いざ使ってみるとカーナビを運転席から遠いほうのディスプレイに表示させることができ、他のインフォメーションとの入れ替えもワンタッチで完了するなど大変機動的。なかなかの未来感であった。
残念な点は、そんなインターフェースのポテンシャルを生かすだけの情報表示、コネクティビティのアイデアがあまりに貧弱であること。表示できるのは停止している時の水族館、従来もインパネに表示可能な程度の車両インフォメーション、そして若干のアプリ。このうちアプリについてはホンダe以外のモデルも含めてよほど利用が低迷したのか、今年6月に来年のサービス廃止がアナウンスされるという体たらくである。
こういう次世代インフォメーションのアイデアは中高年のエンジニアが考えても知ったかぶり、年寄りの冷や水になるだけ。それこそデジタルネイティブ世代の考えに中高年が従うべきだ。ハードウェアはすでに出来上がっているのだから、インフォメーションやエンターテインメントのポリシーを全面的に見直してソフトウェアアップデートで価値を出してほしい。ホンダはソニーとの協業を決めているので、自分で素晴らしいアイデアが出せないならソニーに手伝ってもらうのも手だ。
「OKホンダ」と発話するとそら豆のような可愛い顔が応対してくれるボイスコマンドシステム「ホンダパーソナルアシスタント」は、本家「OK Google」に比べると精度は格段に落ちるものの、一般的な車載ボイスコマンドに比べるとはるかに高精度に認識してくれる。が、これも視覚的インターフェースと同様、ハードウェアは作り込めているが車両との一体化は進んでいない。
音楽を再生する、ハンズフリー電話をかけるなど、車両と切り離されたコマンドは機能するが、車両制御との連動はほぼすべてアウト。たとえばエアコンをボイスで操作しようとしてもその機能はありませんと謝られておしまいである。ステアリング上の2個のジョグダイヤルつき十字キーとボイスでハンズフリーのままほぼすべての操作ができてしまうテスラ・モデル3のような先進性を実現させてほしい。
まとめ
常時充電との戦い、這々の体という感があったホンダeでの5000kmツーリングだったが、長いテストドライブを終えてテストカーをホンダに返却する時は名残惜しい気分でいっぱいだった。また乗れと言われたら同じような苦労をすることがわかっていても大喜びでドライブすることだろう。コージーな居住空間、気持ち良いライドフィール、ドライビングの爽快さは一級品で、乗る人を虜にさせるモノがある。それだけにあまりにも高い価格設定、充電特性や電費の悪さという致命的な取りこぼしがつくづく残念に感じられる。
ホンダeの本質は少ない資源で大きな楽しみ、移動の自由を得るエシカル、ミニマルさだ。世は環境至上主義の真っ盛りで、パーソナルモビリティを使った移動の自由が強く制限される時代が来かねない状況である。ホンダeはそういう自由の剥奪に対するアンチテーゼになる素養を持っている。省資源、低CO2で移動できるのなら、そんな時代でも人間は自由を手放さくなくてすむかもしれないという期待感を持たせるようなキャラクターを持っている。
が、現状ではそういう商品性は実現できていない。テスラ・モデル3に電費で負けたのは論外だ。かりにもイノベーション企業であることを期待されているホンダが小さいクルマの正当性を主張するなら9km/kWh、10km/kWh、条件が良ければそれ以上といった良好な電費でライバルを蹴散らすくらいのパフォーマンスを見せるべきだ。
価格の高さ(ホンダeが451万円、同アドバンスが495万円)は論外である。エシカル、ミニマルといった思想は賢い消費という要素も多分に含んでいる。極論すれば、安さもカッコ良さのひとつなのだ。たとえば内装の素材の質感などどうでもいい、重要なのは居心地が良いことだということを感じさせるホンダeの秀逸な空間デザインも、価格が高いとなると合理性を喪失する。
何の根拠もないが、価格、充電効率、電費が大きく改善されればホンダeを見る人の目は今とはまるで違うものになると筆者は思う。価格の高さは最初から少量生産と決め打ちするというホンダの経営陣の判断によるものだが、ツーリング中にあれだけ多くの人の目を引いたこのクルマを欧州のCO2排出規制対応のためだけに使うなど、もったいないにもほどがある。
新しい時代のホンダブランドを作る一助、もっと言えばゲームチェンジャーにすらなれるだけのポテンシャルを持ちながら水面下でくすぶっているこのクルマをホンダが放置するのか、それともユーザーを燃え立たせるような性能と価格を実現させるべく改良を目指すのか。その判断に注目したい。
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