【DS 3 クロスバック 新型試乗】PSA最後のディーゼルを搭載した「小さな高級車」…南陽一浩

  • DS 3 クロスバック BlueHDi 130
PSA最後のディーゼルを搭載した『DS 3 クロスバック』
燃費のいい小さな車で遠くへ気ままに行きたい、というのは車好きの根源的欲求のようなもので、軽自動車で車中泊しながら遠出するといった遊び方に、青春18きっぷめいた楽しみを見つける人は少なくないと思う。ただし電動化の時代になって、コミューター用途に限られやすい小さなEVではできないことを、埋め合わせてくれるという意味でディーゼルはやはり、EVの「アンチポデス」だという思いを新たにした。

アンチポデスとは、地球が平らと信じられていた近世以前の奇想で、水面に倒立した逆像が映るように、足裏の地球の向こうに貼りついている似て非なる創造物のこと。もちろん「アンチポッド」と同根で、多様性の時代ならもっと尊重されていい概念のはずだが、「モノポール」だらけの地表ではそうはいかない。

前置きが長くなったが、今夏より追加された『DS 3 クロスバック BlueHDi 130』、つまりディーゼルエンジン版に乗って、そんな感慨を覚えた。DS 3クロスバックには当然、EV仕様の「E-テンス」とガソリン仕様(それぞれ136ps・260Nmと 130ps・230Nm)が元々あるので、これで当初の本国とまったく同じく、3つのパワートレインを乗り手が乗り方に応じて自由に選べる「パワー・オブ・チョイス」状態が完成したのだ。また後述するが、ガソリンには多分に年間30台ほど、ほぼ限定モデル扱いで日本に上陸する、「パフォーマンス・ライン」という155ps・240Nm仕様もあるので、事実上DS 3 クロスバックには4種類ものパワートレインが用意されている。

これまで輸入車のBセグメントでディーゼルといえば、ほぼMINI(ミニ)の独壇場だった。ミニが1.5リットル3気筒ターボとクーパーSD系の2リットル4気筒ターボであるのに対し、DSは1.5リットル4気筒ターボでスペック的にもちょうど中間といえる。

とはいえこの130ps・300NmのDV5というディーゼル自体は初出ではない。2018年以降、日本市場ではプジョー『308』や同SWの後期型に積まれてきた信頼性の高いユニットで、本国では当然、旧PSAグループのラインナップの隅々にまで行き渡っている。DV系はPSAと欧州フォードが90年代、ユーロ4規制の時代から共同開発したディーゼルエンジン・ファミリーだ。分けてもユーロ6対応を睨んで開発されたDV5の中でも、130ps版は1.5リットルで唯一のDOHC 16バルブヘッドとバリアブルジオメトリーターボを備え、PSAとして最後のディーゼルユニットとして、肝煎りで開発された。それがステランティス・グループ傘下で、BセグでもっともハイエンドなDS 3 クロスバックに、ついに日本市場でスモールカー採用されたのだ。

最たる特徴は「小さな高級車」であることに尽きる
そのエクステリア外観において、ディーゼルであるという主張はどこにも見当たらない。E-テンスと違ってマフラーのテールパイプは見えるが、ガソリン仕様に対して際立った差別化がなされている訳でもない。ようはメカニズム毎に異なるアピアランスが要るのではなく、DSとしては異なる多様なパワートレインでもDS 3 クロスバックという同じスタイルの1台であること、そこに重きがあるのだ。

ちなみに、見えない中でじつに秀逸なディティールは、見えないことにある。それはルーフ塗装下に印刷されていて、全体のシルエットを乱さないルーフアンテナだ。もちろんDS 3 クロスバック以前にも、日産やメルセデス、ジャガーのサルーンで採用例があるが、BセグのSUVクロスオーバーでありながら採用されている点が、DS 3 クロスバックの斬新さでもある。

しかしDS 3 クロスバックの最たる特徴とは、何といっても「小さな高級車」であることに尽きるし、高級車たらしめる最大のファクターはインテリアだ。内装トリムはナッパレザー仕様の「オペラ」。DS 3 クロスバックのインテリアの立てつけ・組つけレベルは、同じく旧PSAグループのCMPプラットフォームを採用したシトロエン『C4』やプジョー『2008』といった兄弟モデルと並んで、一見の価値がある。

プレミアムである分、(造り手側に)使用が許される素材や仕上げについても制限が少ないため、DS 3 クロスバックの内装の静的質感は、Bセグでは輸入車も国産も含め、随一のレベルにある。プレミアムたるゆえんは、シートセンターを貫くブレスレットのコマのようなブロック形状と、ダッシュボードのレザーやサイドサポートのレザーに施されたパティーヌ仕上げ、あるいはレザーの縁を彩るパールステッチだろう。ようはイメージの話ではなく、じつに物理的な部分でプレミアム感が裏打ちされている。

例えばシート座面から背面にかけての、ブレスレット状のブロックは、異なるパーツを繋ぎ合わせたのではなく、一枚革から造られている。当然、触り心地が均質でないとか、座り心地が骨盤の左右で違う、といった風にはならない。安い素材や端材使いに慣れてしまうとスルーされがちな、ディティールというより全体である。

こういうソフト・マテリアル、「柔モノ」素材における匠の技というか「アルティザナル(手工芸的)」な伝統を、DSは「サヴォワール・フェール」として強調するが、これはフランス語では英語の「ノウハウ」を移し替えた感覚で、単なる加工テクニックや技法ではなく、素材の特性や扱い、用途ごとの設計思想といった無形部分から始まって、形作るための動作・所作は最後の一部分に過ぎないところがある。いずれ、そうした前知識や蘊蓄はさておいても、日常的に心地よく過ごせそうとか、長く愛でられそうな雰囲気の漂うところが、DS 3 クロスバックの吸引力であることは確かだ。

1330kgの車重に300Nmは、ダテではない
イグニッションONにしてアイドリング当初は、いわゆるディーゼルらしいガラガラ音はするものの、暖まるとすぐにそのニュアンスが弱まっていくのは、DV5の美点だ。街中でのトルクの出だし、ピックアップや加速はガソリン仕様より1.5段ほど鋭く、その分、ガソリンエンジンより音・振動はワントーン、増している。まだ1000km前後の慣らし走行を終えたか終えないかの走行距離だったせいもあるだろう。そうはいっても遮音性の高いDS 3 クロスバックのボディゆえ、力強く静かなディーゼルのドライバビリティは、間違いなくBセグのスタンダードを遥かに超えている。1330kgの車重に300Nmは、ダテではない。

その最上の瞬間は、やはり高速道路を巡航速度でクルーズしている時だろう。滑らかに力強いトラクションで地面を蹴るフィールが手元に伝わりつつ、室内はあくまで静かで、剛性感に守られた強力なプライバシー空間であり続ける感覚は、Bセグ離れしているというか、クラスレスですらある。ワインディングでも、ガソリンよりノーズの入りからリアの姿勢が決まるまでワンテンポだけ、やや間を感じることはあるが、あくまで1.2リットル3気筒ターボのピュアテック130psと比べての話。操舵初期からロールモーメントのつき方が自然で、ボディの動きに対する抑えは効きつつ全般的に軽快な乗り心地も、好印象だ。

いわば、元よりディーゼルらしからぬ鼻先の軽さがウリのDV5だけに、速度域を問わないトルク・レスポンスのよさとは、些少なトレードオフ関係にある。むしろこのハンドリングのリズムに慣れてしまえば、峠の上りなどでストレスを感じないのは、当然BlueHDi 130の方だし、WLTC方式のカタログ値で21km/リットルという好燃費も効いてくるだろう。高速道路だけなら1割とはいわないが5%以上、さらに伸びるのだ。DS 3 クロスバックをファーストカー使いして距離が伸びるタイプなら、ガソリンやEVと比べてもおそらくBlueHDi 130の方が、長期的なオーナーシップ満足度は高そうだ。

2つの欠点とは
それでも欠点はふたつほど指摘しておく。まず前席乗員だけで乗られることの多いBセグ・スモールSUVにとって、後席の広さやドアパネル素材の固さは仕方ないところ。だがサルーンめいたディーゼルの乗り味でつい期待してしまう分、快適性への期待値が上がってしまうので、ドライバーより後席に乗せてあげた人に対し、罪作りといえる。

ふたつ目は、489万7000円という車両価格は、昨今の円安ユーロ高を思えば不可抗力かもしれないが、上位モデルであるはずの『DS 4 リヴォリ BlueHDi 130』の469万円に対して下剋上になっていること。つまり後席も重視して無難に選ぶなら、DS 4に誘導されるインセンティブが働いてしまう。

早晩、DS 4に価格改訂の可能性もあるが、小気味よく走らせられる小さなツアラーとして、唯一無二の存在であることは確かだ。

“瞬間蒸発”してしまう最強スペックの「パフォーマンス・ライン」
もうひとつ、1.2リットル3気筒ターボで155psというDS 3 クロスバックとして最強スペックが与えられた、「パフォーマンス・ライン」にも触れておこう。

外装と内装いずれのトリムも、ブラックトーンの控えめさは通常ラインに通底するが、ところどころにルージュカルマン&ホワイト&ゴールドの差し色が用いられ、スポーツ・シックといえる仕上がりが異なる。いわゆるスポーティ・グレードの黒ずくめというと、フロントもリアも通常モデルならクロームとなるガーニッシュは、ブラックアウトされ、マッチョで重たい雰囲気の仕上がりが多いが、DS 3 クロスバック パフォーマンス・ラインは濃いグレートーンでまとめられているため、スポーティなのに柔らかに見せるのが巧い。しかもアクセントが控えめでストイックだからこそ、その分、効果的に際立っているのだ。

例えばフロントのドアサイドには、パフォーマンス・ラインであることを示すバッジが備わり、ボンネット・エンブレムやリアの車名エンブレムの頭にも、ルージュカルマン&ホワイト&ゴールドがあしらわれる。装着タイヤは意外なことに、BlueHDi 130らと同じミシュラン・プライマシー4で、サイズも同様の215/55R18ながら、オニキスブラックのダークトーンに赤いセンターキャップが控えめアクセントとなっている。

そして乗り手の心理に、より強く訴えかけるアクセントが置かれているのは内装、というDS 3 クロスバックの定石も貫かれている。ダッシュボードからドアパネルにかけてはアルカンターラ張りだ。マットな質感のアルカンターラは素材テーマとしてシートのサイドサポート周りにも用いられ、座面と背面に用いられるメインのファブリックはルージュカルマンとゴールドのジャガード織り風の立体的な生地だ。もちろんステッチラインもこれらに合わせて、ルージュカルマン&ゴールドでまとめられ、スポーツ・シックな雰囲気が際立っていた。

肝心の動的質感、走りについては、クランクカバーごと別仕立てという155psエンジンは、インジェクターとターボチャージャーもより容量の大きなもので、コネクティングロッド・ベアリングも専用設計。有り体にフィールを述べると、いつもの130psより低回転域での静粛性は増しているのに、踏み込んだ時のパンチが断然、効いていた。トルクは240Nmなので+10Nmのトップアップでアイシン製の8速トルコンATもいつも通りであるにも関わらず、回転域全体で燃調マッピングそのものが元気というか、ヴィヴィッドさを増している。

しかもシャシーについては、ボディの上下動やロール量が巧みに抑えられ、結果的により素早くレスポンシブ。クイック過ぎないがリア側の車軸をも素早く追従するステアリング特性に、シトロエン譲りのしなやかコンフォートのライド感という、全速度域で解像度の増したハンドリングを味あわせてくれた。ノーマルよりスプリングレートを強めたのみの変更とのことだが、それだけ素のシャシーの筋がいいからこその芸当でもある。毎年、日本市場へのパフォーマンス・ラインの割当は数十台程度で、瞬間蒸発してしまうというのも、頷ける話だ。参考までに、すでに売り切れた2022年モデルの車両価格は454万6000円だった。買えた人はほくそ笑むべき、だろう。

フランスらしさを感じる音づくり
ちなみにBlueHDi 130とパフォーマンス・ライン、いずれも共通のロングドライブの質を上げる装備として強調しておきたいことだが、フォーカル・エレクトラの12スピーカーによるHiFiオーディオシステムには少々、癖がある。デフォルト状態のままだと、恐ろしく平べったい音しか吐いてくれない。ところがどうもそれは、乗り手を好みの音に調整することへ誘う仕掛けのようなのだ。

というのも、タッチパネル内で少しだけイコライザとサラウンドのバランスを変えてみると、筆者は懐メロ専門なのだが、まるでダッシュボード辺りの眼前にジョルジュ・ブラッサンスが降り立ったかのように音像がはっきりと結ばれて驚いた。プレミアム系の純正車載オーディオというと、クリアでキンキンした音や、妙に音圧にこだわったタイプが多い中で、艶も伸びもあって空気感ごとナチュラルな、じつに優しい音なのだ。長時間、ボーカルを聞くのに向いているし、リアトランク床下に備わるサブウーファーもかなり効くのでドンシャリ風のパーティ・セッティングに振れなくもないだろう。

いわば音そのものの素材を大事にしつつ、アナログ感のパンチを伝えてくるオーディオというのに、フランスらしさを感じたのだ。

■5つ星評価
<ディーゼルモデル>
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★★★★

<パフォーマンス・ライン>
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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