【ホンダ シビックタイプR 新型試乗】ここまで自由自在なクルマには乗ったことがない…中村孝仁
とはいえ、ニュルブルクリンクでFF車最速を標榜するようなモデルである。街中で試乗したところでその良さがどの程度理解できるのかは多少の疑問を伴ったのだが、考えてみれば同じニュルブルクリンク最速を争うルノー『メガーヌR.S.』は、街中で乗ってもそのファンなドライブを存分に楽しめるモデルだったから、まあそんな心配は無用と思い、いつも通り青山のホンダ本社からタイプRを街中の雑踏に連れ出した。
◆かつてのトラウマも払拭する仕上がり
フィット感抜群の赤いバケットシートは体をすっぽりと包み込んで、実に快適。街中での乗り心地も想像していたよりもはるかに快適である。ドライブモードはコンフォート、スポーツ、インディビデュアル。それに個別の+Rスイッチでさらに一段高いスポーツモードが選択できる。
街中に乗り出した際チョイスされていたのはコンフォートモード。正直言ってスポーツモードを試してみたものの、コンフォートとは大きな違いはないと感じてしまった。説明によれば応答性を高めるとあったが、その差は少ない。一方これが+Rモードになるとクルマは激変する。まず排出されるエクゾーストサウンドが異なる。それらしい雰囲気だし、回転をあげるに従ってメーターパネル最上段にあるLEDライトが中心に向かって数を増していく。その眺めはまさにF1マシンのそれ。
全体的な車両の硬質感は一段増しかそれ以上。流石に路面からの突き上げ感も増幅されるが、全く苦にならない。実は個人的にはタイプRにトラウマがあって、その昔乗った(それも大昔)タイプRはおよそレーシングカーを公道に引っ張り出した感満載で、とてもじゃないが快適に一般道を走れるとは口が裂けてもいえない代物だっただけに、それ以降タイプRの試乗を控えた経緯がある。
そんなわけだから少しバイアスのかかった眼で見てしまう傾向にある私だが、今回のタイプRは手放しで賛辞を送れるモデルに仕上がっていると思う。
◆まるで吸盤、スリックでサーキットを走る感覚の接地感
エンジンはコンフォートやスポーツモードでは静かなもので、およそニュル最速を感じさせるような部分はない。ただ、さすがに高回転まで回していくと力強いサウンドを残すのだが、それとてまるで黒子のようでオラオラムードを醸し出すことはない。今の時代のクルマはヒール&トゥなどという昔のテクニックは全く不要である。ごく普通にダウンシフトしてもちゃんとエンジン回転を合わせていきなりクルマがつんのめるような症状は起こさない。
これを裏でやってくれるのがレブマッチという機能なのだが、昔のヒール&トゥで行うエンジン回転を高めてダウンシフトする時の感覚と違って、エンジン回転は必要な分だけ上げるように作られているから、サウンド的にはただエンジン回転が少し上がるだけ。派手さは皆無で、少し拍子抜けしてしまうが効率的にはこれが良いのだろう。ちょっとつまらないが…。
走行の多くはインディビデュアルモードで走った。私のチョイスした仕様はエンジンをスポーツ、ステアリングは+R、サスペンションはコンフォート、エンジンサウンド+R、レブマッチはコンフォート、メーターは+Rという設定で、メーターディスプレイは通常だと右と左にスピードとタコメーターが並ぶオーソドックスなものだが、これが+R仕様となると波が駆け上がるようなバーグラフの大型タコメーターとその横にデジタルのスピードメーターが並ぶデザインとなる。
流石に街中を+Rのサスペンション仕様で走る気にはならず、もっぱらコンフォートを使用したが、コンフォートであってもグリップ力の高さは半端ではなく、まるでスリックを履いてサーキットを走る感覚の接地感である。これが+Rになるとさらに増幅されて、まるで吸盤で路面に吸い付いている感覚。まあ表現は正しくなくて、吸盤で吸い付けばクルマは動かないわけだがそれほど強い接地感であるという意味である。
◆意のままに、とはまさにこのことだ
ワインディングを走るとドラマチックそのもので、思い通りのコーナリングをいかなるスピード領域でも行えそうな気になる。意のままにとはまさにこのことだ。ここまで自由自在な感覚のクルマには乗ったことがない。
高々と掲げたリアのウィングが派手だし、よく見ればそのフェンダーの膨らみ具合は半端じゃないから、止まったクルマを見たら存在感はものすごいが、すれ違った程度ではごく普通のセダン。これがまさに昔の「羊の皮を被った狼」の姿である。これで車両価格499万7300円(試乗車はオプション込みで510万8400円)は非常にリーズナブルである。ただし現在は注文受付を停止中であるが…。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来45年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。
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