【試乗記】マツダMX-30 EVモデル ハイエストセット(FWD)

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    マツダMX-30 EVモデル ハイエストセット(FWD)

見事な落としどころ

マツダから「MX-30」の電気自動車(EV)バージョン、その名も「EVモデル」が登場した。クリーンディーゼルや「スカイアクティブX」など、かねて内燃機関に対する強いこだわりを主張してきたマツダ。ブランド初となる量産EVの仕上がりは?

“本命”のEVモデル

待望の、と表現していいだろう。マツダMX-30にEV版が登場した。すでに2020年11月にマイルドハイブリッドモデルがデビューしていたが、本命視されていたのはEVである。2019年の東京モーターショーに展示されていたのはEVであり、マツダ初の量産電気自動車ということで期待が高まっていたのだ。

とはいえ、見た目が大きく異なるわけではない。リアには「e-SKYACTIV」のバッジが付いている。マイルドハイブリッド版は「e-SKYACTIV-G」なので、ここが分かりやすい違いだ。マツダは2030年までに電動化を完了すると表明しているから、e-SKYACTIVは次世代モデルにとって重要なキーワードなのだ。

ひと目見ただけでは分からないが、少しだけディメンションが異なる。全高がマイルドハイブリッド版に比べて15mm高い1565mm。床下にバッテリーを収めているからだ。下からのぞき込むと、バッテリーのロアケースが確認できる。突起物があると当たってしまわないかちょっと心配になったが、最低地上高は130mm確保されていて問題ないのだそうだ。バッテリーケースはボディーと強固に結合されていて、剛性向上に貢献している。重量物を下に配置することで重心が低くなるというメリットもある。

乗り込んでみても、特別にEVを感じさせるものはない。センターコンソールにコルク、ドアトリムにペットボトル由来のリサイクル素材が使われているのも同じだ。燃費以外の面でもサステイナビリティーに配慮するのは、もはや自動車会社にとって必須事項となっている。メーターパネルに表示される情報がEV専用になっているのはもちろんだが、シフトセレクターなどの操作系はまったく同じだ。しかし、走り始めると印象は一変する。

緻密な制御ができるモーター

EVだから発進がなめらかで静かなのは当然である。すぐにトルクが立ち上がるモーターの特性をそのまま見せつけるようなことはしない。実にナチュラルな感覚で、微低速でのコントロールが容易だ。アクセルペダル、いや「モーターペダル」を踏み込んでいくと、急ぐ様子は見せないものの着実に加速していく。重厚で、高級車然とした振る舞いである。路面の乱れを上手にいなして、乗員に伝わらないようにする。

さらに加速していくと、サウンドの高まりで室内に活気が満ちてくる。モーターやインバーターが発しているのではなく、デザインされた音である。EVは静かだといわれるが、かえって嫌なノイズが気になると開発者が語っていた。ギアが発する音とロードノイズ、風切り音の3つだ。単純に静粛性を高めるのではなく、ドライバーの感覚に合ったサウンドを設計することで心地よさを追求する。エンジン音を模倣しているのではない。トルクの増大に合わせて音量を高めることで、速度コントロールの精度が高まるというデータがあるのだという。

2016年に導入された「G-ベクタリングコントロール(GVC)」が採用されているのはもちろんのこと。ステアリング操作に応じて減速Gを変化させ、荷重移動によってクルマの動きを制御する。MX-30 EVモデルに搭載されているのは「エレクトリックG-ベクタリングコントロールプラス(e-GVC Plus)」という最新のシステムだ。モーターは内燃機関に比べて格段に緻密な制御ができるので、理想に近い効果が期待できるという。自然な運転感覚を実現するのに役立っているのだろう。

EVやシリーズハイブリッド車には、モーターの特性を生かした「ワンペダル運転」を可能にしたモデルがある。アクセルペダルから足を離すと強力な回生ブレーキがかかり、フットブレーキを使わずに停止できるというものだ。MX-30 EVモデルでは、この方法を採用していない。プレス資料に「マツダの安全思想にもとづき、発進から停止までモーターペダルだけで操作するシステムは採用していません」とわざわざただし書きを付けているほどで、「人馬一体」を掲げるマツダの考え方とは相いれない運転方法なのだ。

EVを意識させない運転感覚

MX-30 EVモデルのステアリングホイールには、パドルが装備されている。一般的にはギア選択に使うデバイスだが、このクルマにはトランスミッションがない。パドルで変化させるのは、回生減速度なのだ。5段階あり、デフォルトでは真ん中の「D」に設定されている。右のパドルを操作すると回生減速度が低くなり、左のパドルを操作すると回生減速度が強まる。ペダルを踏んだときのパワーの高まりとも連動していて、高速走行時や上り坂では右パドルを使ってスムーズに走行。コーナリングや下り坂では、左パドルを使うことで効率的に減速できる。

要するに、操作目的が内燃機関車のパドルと同じなのだ。MX-30 EVモデルに乗り換えても、ドライバーが戸惑うことはないだろう。EVであることを意識することなく、従来どおりの運転ができるはずだ。回生ブレーキも見事に調整されていて、違和感を覚えることは一切なかった。

EVだからといって特別な気構えを求めないというのがマツダの考え方なのだ。もちろん純内燃機関車やハイブリッド車とは違う乗り味になる。2リッターエンジン付きのMX-30に乗ってみると、明確な差を感じた。EVが重厚だったのに対し、軽快な走りである。スポーティーであり、若々しくもある。MX-30 EVモデルが新しい価値を示しているのは確かだが、慣れ親しんだエンジンの感覚から離れがたいというのも理解できる。

MX-30の開発過程で、先につくられたのはEVだったという。後でマイルドハイブリッド版がつくられたわけだが、優先順位があるわけではない。マツダのイデアともいうべき走りと乗り心地の目標があり、それに向けてパワーユニットごとに仕上げていく。そこで差が生じるのは必然だ。開発陣によると、エンジンには「ファジー」、モーターには「不寛容」という特徴があるという。細かい技術的なことは分からないが、思い通りにコントロールできるということではモーターに軍配が上がるというのは理解できる。

LCA評価でCO2排出量を最小化

MX-30 EVモデルの販売計画台数は年間500台(国内)。商売として成り立つのか心配になる規模である。マツダはEVが現時点で実用的な乗り物だとは考えていないということなのだろう。このモデルがヨーロッパの環境規制に対応する目的を持っていることは、マツダ自身が公言している。日本においてはマイルドハイブリッド版(月販目標1000台)が主流となることが想定されているのだ。

MX-30 EVモデルは、内燃機関車と同等の実用性を持つクルマではない。航続可能距離は256km(WLTCモード)にすぎず、日常の買い物や通勤で使うことに特化した設定である。このクルマで東京から箱根を目指してもいいかとエンジニアに尋ねたら、できればおやめくださいと言われた。まっとうな態度だと思う。EVがすぐに内燃機関車にとって代われると言い張るのは不誠実だ。

35.5kWhというバッテリー容量は、発電用燃料の採掘・精製や車両の製造〜廃棄までをも考えに入れた、ライフサイクルアセスメント(LCA)評価でのCO2排出量を最小化することを目指した設定である。試算では「マツダ3」のディーゼル車よりも低くなるということだ。マツダが用意した資料にはバッテリー容量95kWhのEVが比較対象として取り上げられていて、グラフを見るとそちらのほうが明らかにCO2排出量が多い。最近たまたま95kWhのEVに試乗する機会があったが、ロングドライブでは冷や汗をかいた。やみくもにバッテリー容量を増やすことが正義ではないことは明らかである。

航続距離や充電時間、車両価格などの項目に目を配り、現時点での最適解としてMX-30 EVモデルを提示したのだろう。マツダらしい細やかな視線が行き届いた魅力的なクルマに仕上がっているのは確かである。誰にでも薦められないのは仕方がない。現在の技術では、EVがすべての面でユーザーを満足させることは困難なのだ。それを前提としたうえで、できる限りのソリューションを探ったのがMX-30 EVモデルである。

(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)

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