【試乗記】ホンダNSXタイプS(4WD/9AT)
錬磨の極み
見えないところもずいぶん違う
試乗車は取材日のわずか1週間前にオハイオのパフォーマンス・マニュファクチュアリング・センターから届けられた個体で、アキュラ版とホンダ版の2台が用意されていた。カラーはタイプS専用色となる「カーボンマットグレー・メタリック」。この先、品質確認や保持などのためにホンダ社内でのみ使われるもので、当然門外不出であり、シリアルナンバーは000/000となっている。
比較用のベースモデルと並ぶタイプSは、やはりひと目でわかる精悍(せいかん)さを放っていた。塗色の強さや前後バンパー形状などの違いはさておき、専用鍛造ホイールのインセットによって拡幅されたトレッドがたたずまいに効いている。とあらば、ベースモデルと変わらぬ全高もちょっといたずらしたくもなるが、試乗後にはそんな助平心が毛ほども生えなくなるとは思いもよらなかった。
タイプSのパワートレイン&ドライブトレインはベースモデルと同じ、専用設計の75度バンク3.5リッターV6ツインターボにモーターを組み合わせ、前軸側に2つのモーターを配置する「SH-AWD」だ。が、エンジン側はGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルター)装着を必須とする欧州仕様の高耐熱型小径タービンをパワーとレスポンスの側に転用し、過給圧のピーク値を5.6%向上、それに合わせて直噴とポート噴射を併用するインジェクターの吐出量をピーク値で25%増強している。さらにインタークーラーはフィンピッチを狭めて高密度化し、冷却性能を15%アップ。これらによってエンジン単体出力をベースモデルより22PS/50N・m向上させている。
モーター側は前軸のツインモーターユニットのギア比を20%ローギアード化し、蹴り出し力を高めたほか、駆動用のバッテリーはSOC(充電状態)の主に上限側で多くとられていたマージンを振り分けて出力を10%、使用容量を20%アップした。これによりモーターの瞬発力を高めるとともに、EV走行領域を拡大している。
洗練された乗り心地
シャシーまわりでは従来用いるBWI製マグネライドダンパーの減衰特性を大小入力の両側で見直し、特にバネ上側の動きをしっかり抑える方向でセットアップされている。また、デザインと両立させながらもこだわり抜いたというエアロダイナミクスはフロントリップスポイラーの形状を工夫し大型化されたリアディフューザーへと流れる風の流量や流速を高めるとともに、車体の浮き上がりを抑えながら適切に冷却口へと風を導くフロントバンパー形状などを採り入れている。水上さんによれば空力特性の変化は40km/h程度の速度からわかるほどで、オプションのリアスポイラーが装着されるとリアが安定しすぎるきらいさえあるという。
内装は専用表皮やアクセントなどで飾られるも、コックピットにおさまってしまえば大きな変化は感じられない。「シートやステアリングにも新しいアイデアはあったんですが……」と水上さんは苦笑するが、少量の限定車ゆえ限られた開発リソースのなかでやり繰りしたことは外野からでも察せられる。
そのぶん、中身の変化は走り始めから明快だ。触れ込み通りEV走行領域ははっきりと広がり、アクセルワークに気遣うこともなく40km/hくらいまでは緩い上り坂でさえスルスルと加速していく。メーカー認証を示す「HO」マークの付いた「ピレリPゼロ」は望外に路面のアタリが穏やかで、微小入力域からのダンパーの動きの良さも相まって、スッキリとした転がり感をみせてくれる。少し大きなギャップを踏めばそれなりにキツいはね返しもくるが、総じて常用域での乗り心地はかなり洗練されている。
スイッチひとつで走りが変わる
また、サーキット走行を前提としたトラックモードでもシフトダウンコマンドを受け付ける許容回転数を1500rpm高め、旋回Gを6%向上させるなどのチューニングが施され、鈴鹿サーキットでのラップタイムを約2秒短縮、先だっては、2019年型NSXが記録した米ロングビーチ市街地コースのコースレコードを約3秒短縮したと発表されている。
スポーツモードとスポーツプラスモードは、ともに同じコース環境で試すことができたが、その差は呼び名のような延長線上的なものではなく、異なる属性のようにも感じられた。つまり同じハードウエアでも、アクセルのオンオフでキビキビと軽快に向きを変えていく印象のスポーツに対して、パワーオンでねっとりとライントレースしていくステイブルな印象のスポーツプラスという具合に、その性格を違えている。左様に、同じハードでここまで性格を変えられるのが第2世代NSXの特質で、その開発時に現在の自動車を取り巻くデジタライズ的な環境があれば、がらりとパフォーマンスを変化させるアップデートの提供など面白い試みもできたかもしれないと思うが、それも後の祭りである。
「やり切った」感がある
と、そんな路面環境でもタイプSのドライバビリティーはしなやかのひとことで、上屋の挙動も徹底的にフラットだ。トラックモードでは連続するギャップに恐れおののきながらも時折アクセルをドン踏みしてみたが、リアがグリップを失うこともない。ジャンプスポットでは着地後フルボトム状態からのリバウンドもスッと素早く一撃で収束させるなど、不安な動きは徹底的に丸めとられていることが伝わってくる。開発ドライバーが前を引っ張ってくれているとはいえ、この過酷な状態のコースで貴重なクルマを預けてくれた理由は、ドライバビリティーへの絶対的な自信があったからかと、またしても膝を打つ。
駆動レスポンスが大きく向上した前軸のゲインは、アクセルオン時に握るステアリングを介してピクピクと伝わるが、四駆の制御そのものはクローズドコースの速度域でも意思を自然に反映してくれる。カウンターを当てた側に鼻先が引っ張られていくような動きは2019年型でもずいぶん抑えられていたが、もはやそういう固有の癖は一切気にすることはない。気分や用途によって仕組まれた駆動制御を使い分けながらドライビングに没頭できる。過酷な路面環境をものともしないこの安心感、針の穴に糸を通すような話ではないドライビングの余幅の広さ、これこそが「タイプR」ではなくタイプSたるゆえん。それを知ればアシの長さにツッコミなど挟む余地もない。
同じ素材を磨きに磨いて雑みを除きうまみを引き出した……と言えば大吟醸酒のような話だが、タイプSはまさにそういうものに仕上がっていた。もうこれ以上の革新を望むならハードウエアの根本に手を加えるほかないだろう。時に翻弄(ほんろう)された感はあれど、やり切った感も存分に伝わってくる。完走したその姿をしっかりたたえたい。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4535×1940×1215mm
ホイールベース:2630mm
車重:1770kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.5リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:9段AT
エンジン最高出力:529PS(389kW)/6500-6850rpm
エンジン最大トルク:600N・m(61.2kgf・m)/2300-6000rpm
フロントモーター最高出力:37PS(27kW)/4000rpm(1基当たり)
フロントモーター最大トルク:73N・m(7.4kgf・m)/0-2000rpm(1基当たり)
リアモーター最高出力:48PS(35kW)/3000rpm
リアモーター最大トルク:148N・m(15.1kgf・m)/500-2000rpm
システム最高出力:610PS(449kW)
システム最大トルク:667N・m(68.0kgf・m)
タイヤ:(前)245/35ZR19 93Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター
価格:2794万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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