穏やかな衝撃 [10代目カローラ 藤田博也チーフエンジニア](1/2)

10代目カローラは、一見、穏やかである。「変わらなきゃ」のスローガンとともに登場した先代(9代目)のインパクトに比べると、その“変わりかた”は小さいように見える。
しかし、よく見てみると、その第一印象が誤りであることが分かる。バックモニターとパーキングアシスト、ワゴンのワンタッチ格納リアシート……。レクサスに積まれた高級装備や、世界初の先進装備が、大衆車の代表たるカローラに奢られているのだ。そこには「新しいカローラはこんなクルマであるべきだ」という強い意志が感じられる。
そして、マーケットはその意志を受け入れた。発売後の販売台数が目標を遥かに上回っているのである。10代目カローラは、その穏やかな顔つきとは裏腹に、ある意味では、今後の大衆車の行方を左右してしまうほどの衝撃を、私たちに与えていると言えるだろう。
編集部が会った開発責任者・藤田博也チーフエンジニアは、一見、穏やかな紳士。だが、その笑みの奥には改革・前進への強い意志が隠されていた。彼が開発した10代目カローラと同じように。

10代目の開発は9代目の発売日に始まった。

【プロフィール】
藤田 博也(ふじた・ひろや)
三重県出身。 東大工卒。
1980年トヨタ自動車工業に入社。長くエンジン開発部門に在籍し、“世界一スムースで静かなエンジン”と評された初代セルシオのV8エンジンなどを手がける。1997年から商品開発部門に移り、9代目カローラなどを担当。2003年、10代目カローラの開発責任者となる。
プライベートではエスティマに乗る、4人家族の“穏やかな”父親。学生時代からのボート競技を今も続ける、スポーツマンの一面も。
トヨタに入社し、はじめて自分で買ったクルマはカローラだったという。

私は1980年の入社以来、エンジン開発部門一筋に歩んできたので、クルマ全体の商品開発に携わったのはずいぶん遅くて、1997年、先代(9代目)カローラの開発からでした。
「カローラという日本を代表するクルマは、いったいどうやって創られているんだろう」とワクワクする気持ちで取り組んだのを覚えています。私は、9代目カローラの開発を通して、クルマ作りを総合的に勉強したのです。
そして2000年、9代目を世に送り出したわけですが、そのゴールの日は、新しいスタートの日になりました。何が良くて何が悪かったのか、次には何にチャレンジすべきなのか。その日から、10代目の開発が始まったのです。
10代目の開発責任者・チーフエンジニア(以下CE)に、という話があったときは、ついに来るべき時が来たか、と思いました。商品開発の部門で仕事をしている以上、いずれ手がけたいことではありましたが、諸先輩方が築いてきた伝統に恥じないクルマを創らねばならないという、大きなプレッシャーを感じましたね。
反面、周囲には優秀なエンジニアが大勢いましたから、私がキチンと間違えずにコンセプトを打ち出すことさえできれば、優れたクルマができるのは間違いないと思っていました。

【プロフィール】
藤田 博也(ふじた・ひろや)
三重県出身。 東大工卒。
1980年トヨタ自動車工業に入社。長くエンジン開発部門に在籍し、“世界一スムースで静かなエンジン”と評された初代セルシオのV8エンジンなどを手がける。1997年から商品開発部門に移り、9代目カローラなどを担当。2003年、10代目カローラの開発責任者となる。
プライベートではエスティマに乗る、4人家族の“穏やかな”父親。学生時代からのボート競技を今も続ける、スポーツマンの一面も。
トヨタに入社し、はじめて自分で買ったクルマはカローラだったという。
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