二律背反するチャレンジ。 [3代目プリウス 大塚明彦チーフエンジニア](2/2)

3代目開発の重圧と楽しみ

またプリウスの場合、米欧など世界各国で発売され、その台数も月産数万台になります。エスティマやアルファードのハイブリッドとは比較にならない多くの台数が販売されます。その分だけ、お客様とのコミュニケーションの機会が増えるわけです。自分たちが作ったクルマが世界中のお客様のもとに届き、乗って楽しんでいただく。そう考えるととてもエキサイティングでワクワクしてきます。とくにクルマの場合、私たち作り手は日常的に街中で、お客様の利用シーンに触れることができます。どんな人に? どんな風にお乗りいただいているのか? 私たちはごく簡単に、直接、目にすることができます。冷蔵庫や電子レンジ、パソコンなど他のプロダクトだったらこうはいきませんね。これもクルマを作る歓びのひとつです。
もちろん世界中が期待している3代目。トヨタのフラッグシップカーを担当することの重圧(プレッシャー)はかなりのモノでした。ましてや私の場合、CEとして初めて担当するクルマがプリウスだったわけですから。
しかし、プリウスの場合、目標も高い一方で、プロジェクトのモチベーションもひと際高い。メンバー全員の目指している方向がきっちり一致していて、ベクトルがずれることはない。ですから、コンセプトを明確に固めて、目指すターゲット(目標)を決めるまではたいへんでしたが、それ以降は、CEとしてプロジェクトのモチベーションを高く維持することに配慮していれば、自ずと前に進んでいった。とてもやり甲斐があり、苦労以上にそれを忘れさせてくれる楽しさや達成感がありました。さらには、新米CEとして、経験がないからこその、怖いもの知らずの無邪気さと、その裏返しとなる謙虚さ、慎重さがいい結果をもたらしたと思っています。

原点に返って、プリウスってなんだ?を問い直す

初代プリウス
2代目プリウス

私たちが学生の頃は携帯電話もインターネットもありません。その時代、クルマは重要なコミュニケーションツールでした。フェイス・トゥ・フェイスがコミュニケーションの基本でしたから、相手に会うためにクルマは重要な役割を果たしていました。さらには、車内という隔離された空間も素敵なコミュニケーションを演出していました。当時、私たちがクルマに求めていたことは“速く、快適に”であり、どちらかというと道具としての物質的な価値が強かったと思います。それと比較して、近年では、自分のステイタスやライフスタイル、アイデンティティを表現するものとしての、感性的な価値が強くなっていると感じています。
とくに、プリウスの場合、感性価値はとても重要です。それは、ブランドと言い換えることができます。プリウスはハイブリッドの代名詞であり、トヨタとしてのハイブリッドのブランドです。私たちはこれを大切に守り、そして育てていかなければいけません。
ブランドを評価していただいているお客様との強い絆を大切にし、価値を共有し、そこにズレがあってはいけない。一方で、先進技術を提供し、未来のクルマのあり方を提案する革新性もプリウスには求められています。しっかり守り、同時に、革新的に攻める必要がありました。
そして、先進技術をどんどん採り入れていくのでクルマのカタチはどんどん変化していい。つまり、守るべきは“コンセプト”だったのです。

初代プリウス
2代目プリウス

3代目プリウスに課せられた2つのタスク

私たちはまず取り組んだのがこのコンセプトの策定です。多くのお客様や社内の営業企画部門にヒヤリングを実施し、「これがプリウスの価値だ」という仮説を立てました。それは、
1.ハイブリッドにより環境性能が圧倒的に優れていること。
2.クルマ全身で表現されるデザイン的な先進性、最新の装備など、クルマの未来を感じさせ、提案するものであること。
を感じさせ、提案するものであること。
でした。そして、この仮説を持って、世界中のお客様にインタビューをおこない、検証していったのです。
さらに3代目プリウスには「ハイブリッドのエントリーカーとして、トヨタのハイブリッドの魅力をより多くの人に伝え、ファン層を拡大する」という大きな使命がありました。
つまり、3代目プリウスには「これまでのプリウスのブランド価値を高め、ブラッシュアップして、ハイブリッド=トヨタという確固たるイメージを構築する」。その一方で、「ハイブリッドの市場を拡大し、お客様のすそ野を拡げる」という正反対の2つのタスクがあったのです。

先進性と革新性。一方で実利も追求。

より多くの人にハイブリッドの魅力を理解していただくためには、これまでの感性価値の追求だけでは不十分です。もっと分かりやすい“実利”。乗って感じる“ありがたみ”や“お得感”が必要なのです。
そのために、圧倒的な低燃費を実現すると同時に、それを安い価格で提供することが求められる。そして、見て、触って、乗って、楽しいクルマ、使い勝手のいいクルマでなくてはいけない。
ここにも二律背反な命題が待ち受けていました。これを実現することは容易ではありません。しかし、そもそもプリウスというクルマは目標志向型で開発してきたクルマです。出きることを積み上げ、それをターゲットにして開発したり、マーケット・オリエンティッドで作ってきたクルマではありません。あるべき姿を追求し、そこをターゲットに定めてあらゆる技術を投入し、ブレークスルーを生み出してきたクルマです。トヨタの考える未来のクルマを提示する提案型のクルマです。
迷っているうちは精神的にもたいへんプレッシャーがありましたが、いったんターゲット(目標)を決めた後は、あとはやるだけです。そこからは少し気持ちが楽になりました。そして、結果的には、ハイブリッドパワートレーンの90%以上を一から開発することになりました。
こうしてでき上がった3代目プリウスでは“先進技術の追求と大衆化の推進”の両方を実現することができました。ある意味、ものすごく矛盾しているこの2つのことができたのは日本的な和の精神があればこそだと思います。そして、次のフェーズではそれを海外生産も視野に入れて実現しなくてはいけません。それはまた大いなる挑戦です。ハイブリッドの大衆化と海外生産。この点においてもプリウスはまだまだやるべきことが沢山あるクルマだと思います。

この3代目プリウスは私の自信作です。ぜひ、乗って、確かめてください。より多くの人にトヨタのハイブリッドの魅力がお伝えできればと願っています。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )