こだわりとフルスイング [アクア 小木曽聡 チーフエンジニア](2/2)

2020年のコンパクトカーを目指して開発しました

新型コンパクトハイブリッドカー アクア
新型アクアのスタイリッシュなシルエット

アクアは2007年の企画段階から5年の歳月をかけ、開発メンバーと「お客様に喜んでもらえるためには?」をテーマに創り上げたクルマです。ですから、随所に「こだわり」と「フルスイング」が満載。量産型ハイブリッド車開発17年間の技術と知恵を結集し、妥協を許さずこだわり抜いて創り上げた渾身のクルマです。
開発コンセプトは「2020年のコンパクトカー」。おかげさまでプリウスをはじめとしたトヨタのハイブリッド車の世界累計販売台数は2011年3月に300万台を突破しました。
そして、「ハイブリッド車をさらにより多くの人たちに楽しんでいただきたい」という想いから、次の10年を見据え、コンパクトカーの革命を起こすようなクルマを目指して開発しました。いいかえれば、これまでプリウスが開拓してきた先進・環境を中心としたマーケットやターゲットとは異なる、世の中のマーケットのど真ん中、世界的に見ても最も競争が激しいコンパクトカーのマーケットにハイブリッド車を投入していくというものです。
そのために必要な要件は「スタイリッシュなのにおどろき(技あり)の室内空間」「世界一の低燃費と爽快な走り」「使いやすく楽しいハイブリッド」「お求めやすい価格」です。それらは同時に、一つ一つがとてつもなく高い目標、渾身の「フルスイング」でもなかなか到達できない開発テーマでもありました。
まず最初にこだわったのは「スタイリッシュなのにおどろき(技あり)の室内空間」です。世界のコンパクトカー市場の中で勝負していくわけですから、いろいろなことに過不足なく使える十分な広さがあって、しかもスタイリッシュでなくてはいけません。「燃費がいいから、その分、ちょっとくらいは…」なんて妥協は許されるわけありません。しかし、そもそもコンパクトカーというのは小さい車台にいろいろなモノ(部品)が載っているのでどうしてもマッチ箱なような形になりがちです。ハードの要件の制約からデザインの余地が少なく、そもそもスタイリッシュにしにくいのです。私が実現したかったのは、空力性能も高く、そしてかつ、伸びやかなシルエット。車高が1.5メートル未満で全長4メートルを切るサイズのボディで、そのシルエットを作り出すのにはとても努力が必要でした。そして、ただでさえ狭いスペースにハイブリッドシステムや電池が加わる訳ですからもう大変です。ただし、同時に他のハードの開発も並行して進めなければいけないし、ましてはハイブリッドシステムの開発のリードタイムは長いので、早く車両のパッケージデザインを決定してしまわないと、後から変更が難しい分、スタイリッシュさが犠牲になりかねない。通常ならデザイナーとキャッチボールをしながら作り上げていくのですが、そんな時間の余裕はない。だからいろいろな部品やユニットを担当しているメンバーと相談しながら、それを元に1/5パッケージ図に落とし込んでいき、それにテープドローイングしてシルエットを浮かび上がらせたものを壁に貼り出して、じっとそれを眺めてみる。その作業を何度も繰り返してシルエットの要件を決めていきました。
その結果、プリウスに比べて全高が50ミリ低くなった。そうすると、前方の視界を確保するためにエンジンルームの位置を50ミリ下げる必要がある。すると、パワートレーンのチームから「えっ、」という声が上がります。

新型コンパクトハイブリッドカー アクア
新型アクアのスタイリッシュなシルエット

あちらこちらで、驚きの「えっ、」が聞かれる

新型アクアの室内

パワートレーン開発のお話をする前に、まだ「おどろき(技あり)の空間」の確保のことをお話しなければいけません。大きなテーマは「リアシートのヘッドクリアランス」と「後部ラゲッジスペース」の十分な広さの確保です。従来のハイブリッド車ではリアのオーバーハングに電池を配置しますが、そうすると荷室が狭くなる。車両のパッケージ寸法を犠牲にせず荷室以外にバッテリーを搭載しようとすると必然的にリアシートの下に配置することになります。ただし、ここは本来、燃料タンクが配置されているスペースです。通常は1つしか入れていないところにタンクと電池の2つを配置する。しかも、車高は低くなっていて、十分なヘッドクリアランスを確保するためにはリアシートはより低くしなければいけない。ますますスペースは小さくなっていきます。
開発当初から燃費の目標はJC08モードで35km/L以上と決めていました。(これは発売を前にしたいまでこそ、圧倒的な低燃費を実現するにはそれくらいは必要と感じられるかも知れませんが、開発を始めた5年前では、みんなが「えっ、」と驚いた極めて高い数値です)。目標としている燃費は通常のクルマの2倍くらいの低燃費ですから、当然のようにメンバーからは「じゃあ、燃料タンクの容量は小さくてもいいですね」という提案がありました。でも私はタンクを小さくはしたくなかった。タンクが大きいと、航続距離が長くできるし、その分、給油回数は少なくて済むのでお客様の利便性につながり、満足度も高くなる。これは前述のクルマの企画屋の「こだわり」です。「タンクの容量は37L」。これが私の掲げた目標でしたが、メンバーは「無理、無理、無理…」と主張する。しかし、みんなでいろいろと創意工夫を繰り返した結果、目標から1Lだけ少ない36Lで実現できました。
そして、ハイブリッドパワートレーンです。テーマは「小型・軽量化。そして3代目プリウスをしのぐ圧倒的な低燃費の実現」です。普通に考えるとプリウスに比べて車体が小さく・軽くなっている分、自ずと燃費はよくなると思われるでしょうが、実はプリウスは回生ブレーキ協調システムによって運動エネルギーを制動時に効率良く回収するため、車重のハンデを7割程度吸収してしまいます。ですから、軽量化によるアクアのアドバンテージは思ったほどなくて、むしろ電池が小さいことによりモーターの効率が悪くなるハンデの方が大きかったりします。そのため、エンジンは、排気量こそ2代目プリウスと同じ1.5Lですが、小型・軽量化、そしてなによりも燃費目標を達成するためにエンジン自体の燃費性能を高める必要から結局、部品の7割くらいが新開発になってしまいました。ハイブリッドトランスアスクルはほぼ100%が新開発。モーターも構造からあらため、小型・軽量でかつ効率を高めた新設計のモーターを採用しています。これまでの世界記録保持者だった3代目プリウスの記録を軽量・安価なシステムで更新するには想像を絶する努力が必要でした。

新型アクアの室内

とびっきりの「良品廉価」

いつも打ち合わせや会議では赤鉛筆を愛用。テーブルの引き出しの中にはいつも何本かの束で赤鉛筆が入っていて、テーブルの上には電動鉛筆削りも完備。そのほか、鉛筆、ドローイング用のテープが必需品。

一事が万事、こんな感じです。メンバー全員による「フルスイング」の結果、目指してきたテーマを実現することが出来、アクアが完成しました。加速性能、静粛性、重心高(低重心)にこだわり、プリウスとは乗り味が異なる、コンパクトカーならではの軽快なフットワークとパフォーマンスによる壮快な走りも実現できました。
使いやすく楽しいハイブリッドというテーマでは、「km/L」という燃費の単位ではピンと来ないというお客様の要望にお応えして新しく「エコウォレット」という考え方を採用。「何キロ走行して、いくらのガソリン代を消費したか」を「円/km」の単位で表示し、さらに「それでいくら得したのか?」の金額を表示する機能をつけるなど、これまでのプリウスが訴求してきた「環境負荷を軽減し、地球に優しい」から一歩踏み込んで「家計やおサイフにも優しい」ことを分かりやすく伝えています。カラーリングにおいても従来のハイブリッド車にはなかったビビットなカラーもラインナップに加え、これらによって、プリウスの「ちょっと理数系の優等生」的なイメージからすると、ずっとフレンドリーな体育会系のイメージになったのではないかと自負しています。
「お求めやすい価格」というのも徹底的にこだわって実現したテーマです。しかし、そのために「コストが厳しいから」といって妥協することはありませんでした。「安価でコンパクトなハイブリッド車」というと「ちょっとずつ、いろんなことを妥協して、バランスさせる」「どれだけ割り切って、何を省いていくのか?」というところから発想しがちですが、アクアの開発においてはこの入口のところで一切妥協しなかった。そして、一貫して「妥協しない」ことにこだわり続けてきました。だから、アクアは飛びっきりの「良品廉価」を実現したクルマです。ぜひ、実際に乗ってみてください。
最後に、アクアはこれまでご説明したように、最初から困難で高い目標を設定して、チーム全員が一丸となって開発してきたクルマです。5年間の開発期間中に何度も壁にぶち当たり、失敗したことも数え切れないほどありました。さらに今年3月には東日本大震災が発生し、開発スケジュールにも大きな影響が出ました。それにもかかわらず、アクアの開発は当初の予定から1週間たりとも遅れずに完了することができました。これは、ひとえに、この車の開発・設計にかかわったすべてのメンバー、そして今回、ボデーメーカーとして共同開発していただいた関東自動車工業をはじめ社外の協力会社のみなさんの努力の賜物です。また、開発の後半は半年以上にわたって関東自動車工業の岩手工場にて開発の仕上げと量産品質の確保の活動を行いました。ここでは、岩手工場のメンバーのアクアに懸ける強い想いと共に活動をすることができ、本当に良いクルマに仕上げることができました。最後の最後まで、アクアプロジェクトの「こだわりとフルスイング」に付き合い、一緒に汗をかいて開発に夢中で取り組んでいただいた関係メンバー全員に大変感謝しています。

いつも打ち合わせや会議では赤鉛筆を愛用。テーブルの引き出しの中にはいつも何本かの束で赤鉛筆が入っていて、テーブルの上には電動鉛筆削りも完備。そのほか、鉛筆、ドローイング用のテープが必需品。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )