レクサスRC 開発者インタビュー(チーフエンジニア編)

レクサスのイメージを変える

レクサスブランドでは久しぶりの2ドアクーペとなるRCが、2014年10月に登場した。ヨーロッパのプレミアムクーペに真っ向から対抗し、レクサスの「エモーショナルな走り」をリードする使命を持つ。 テーマは「アバンギャルドクーペ」で、コンセプトとして「見るものを魅了し、誘惑する“Sexy”なデザイン」が挙げられている。ブランドの方向性を示すトップモデルは、どのような考えで開発されたのか。

話を伺ったチーフエンジニアの草間栄一氏は、穏やかな表情でRCへの熱い思いを語ってくれた。

カッコいいクルマを作ろう!

「大きなことを言えば、このクルマを所有していただくと、ライフスタイルも変わるんじゃないかと思うんです」

確かに、なかなか大胆な発言だ。しかし、草間さんは気負いを見せずに静かに話す。

「昨日は雨の中を“F SPORT”で走ってきたんですが、ノーマルモードでハンドルに軽く手を添えているだけで、ダーッと走ってくるわけですよ。暗いし雨は降っているし、旅客機のパイロットになったみたいな気分になりました。オートパイロットで走っているような、飛んでいるような感じで。たまに微修正舵(だ)を軽く入れるだけで、安全にクルーズすることができます。でも、サーキットを走れば、それなりに楽しめる。RCは、ふだんの通勤にも使えるし、長距離ドライブにも使えるし、エレガントにドレスアップして乗ろうという状況にも合うクルマです。エレガントにラグジュアリーに乗りたいんだけど、たまにサーキットも走ってみたいよねという人には、3.5リットルの“F SPORT”がオススメですね。このクルマ1台で、さまざまな人生のシチュエーションを楽しむことができるわけです」

サーキットで高いポテンシャルを発揮しながら、エレガントに振る舞うことを忘れず、日常ではドライバーに負担をかけない。相反する要素を、高いレベルで成立させることを目指したのだ。

しかし、理想を形にするには、多くの困難を克服していかなければならない。RCの開発も、簡単ではなかった。ただ、苦労はしたものの、思いのほかスムーズに進んだのだという。

「こういうものを作りたいという思いが、みんなの中にあったんでしょう。とにかくカッコいいクルマを作ろう、そしてレクサスのイメージを変えていこうという意気込みを誰もが持っていたんです。こういうものを作りたいという思いが、みんなの中にあったんですね。こんな経験は、長い会社人生の中で初めてかもしれません」

デザインに関しても、初期の段階ですんなり決まった。カッコいいクルマ、エレガントなクルマのイメージが、デザイナーとの間で共有されていた。

「ISとGSの間にクーペを作れと言われて、2カ月半くらいで大体のパッケージとかサイズ感は決まっちゃったんですよ。1年くらいかけることもありますから、これは相当早いんです。早くサイズ感を決められたのは、こうすればカッコよくなるということがわかっていたからなんですよ。全幅を広くとって、キャビンはあまり大きくしない。車高は下げて、大きいタイヤを付ける。そして、ホイールベースも全長も短くする。そうすれば、カッコいいのが作れることがわかっていました。サイズ感を決めると、デザイン部門から“これならできるよ!”と言われました。デザインの方向性に、極めて理想的な寸法になっている、と。デザイナーが自信を持てるパッケージだったんです」​

社内外の協力で量産化を実現

RCは、2012年のパリモーターショーに出展されたコンセプトカーLF-CCが基になっている。2013年には、東京モーターショーで新型2ドアクーペとしてRCが初公開された。デザインコンセプトは、一貫して変わっていない。

「最初からいきなり1分の1のクレイモデルを作ってしまったので、変えようがないというのもありますね(笑)。本当はイメージスケッチから始めるものですが、具体的な形が最初からあったんです」

ショーモデルとは違って、量産化するにはさまざまな条件をクリアしなければならない。

「そこは、ものすごく協力してもらいました。社内の生産部門で要件が決まっていて、本当はその中で作らなければならないんです。でも、実はISの時にすでに30mmほど逸脱していました。それで図に乗って(笑)、今回は60mmはみ出しちゃったんですね。社内的には、ものすごくハードルの高いことなんですよ。このクルマには、みんな協力してくれたんです。じゃあちょっと型を作らせてくれ、ということで何度もトライして、最終的に“いいよ、やるよ”と言ってもらえました。コストもかかるんですが、量産技術のプラスアルファが必要になってくるんです。おかげで、リヤのホイールアーチの張りが、このセグメントのほかのクルマにはないと思うんですよね。ひとケタ違う価格のクルマの造形じゃないかな、と僕は思うんです」

新しいボディカラー「ラディアントレッドコントラストレイヤリング」についても、営業から工場まで社内外の担当者の協力なしでは量産化は難しかったという。

「東京モーターショーにはこの色のモデルを出展したんですが、お客さまから“こんなの初めて見た。このまま出るんですか?”と何度も聞かれました。実はその段階では技術的には完成していなかったんですが、簡単には諦められませんよね。ショーのインパクトが強すぎて、後戻りできない状況だったんです。量産するのは大変なんです。膜圧の管理とか。営業から工場まですべての担当者が協力してくれて、量産にこぎつけたんですね。社内も協力メーカーさんも、やろうぜ、と。太陽のもとで見ると、深みのあるいい色なんです。最初にほかのクルマに塗ってテストして、ダメだと言った人がひとりもいないんです。普通は賛否があるものなんですよ。でも、この色に関しては、みんな“これいいよね”としか言わなかったんです」

外観デザインに呼応する俊敏な走り

走りの味付けは、見た目のイメージに合わせて決めていった。「見るものを魅了し、誘惑する“Sexy”なデザイン」というフレーズは、「乗るものを情熱的にさせるAgile(俊敏)な走り」という考え方に呼応している。

「キャビンを大きくせずに全幅を広くとったので、ワイド&ローのフォルムが強調されています。キャビンはISとほぼ同じなんですが、全幅は大きい。張り出した感じで車高を下げているので、なおさらどっしりとした感じに見えるんでしょう。そもそもがデザインとしてクーペですから、走りをイメージさせます。リヤが張り出していますから、後ろが踏ん張るというイメージで見るはずなんですよ。だから、味付けもよりリヤを踏ん張らせて回頭性をよくしました」

事前の情報ではISのクーペ版と思われていたが、成り立ちはまったく異なる。

「そういうことを言う人は少なくなってくるでしょうね。骨格にはISのコンバーチブルのものを使い、剛性を上げるとともにホイールベースを短くしています。フロントはGS、リヤはオーバーハングを短くしたいので、現号のISを持ってきています。溶接に加えて接着剤を使用し、ボディ剛性を上げています」

回頭性を向上させるのに貢献しているのが、リヤホイール操舵(そうだ)のLDH(レクサス・ダイナミック・ハンドリングシステム)だ。

「ハードのデバイスは、GSから持ってきています。でも、走ってもらえれば明確に違うことがわかりますよ。まったく味付けが違います。GSまでは社内のルールに基づいてやっていましたが、今回は枠を外しました。このクルマは、FRとして楽しい走りを優先させるということに決めたんです。RC Fと同時開発ですから、サーキットに行く時についていって、LDHを徹底的に試しました。チューニングは、FRとして楽しい走りができるのなら枠を外してもいい、そして安心で楽しく走れるようにしてくれと。だから、今までのLDHを知っている人だと、違いがわかると思います。キャプティベイティングクーペというんですが、まさに俊敏でありながら安心してコーナーを抜けていく。安心して、サーキットをそれなりに走れてしまうクルマに仕上がったと思います」

枠を外して道を切り開く

草間氏は、何度も「枠を外す」と発言した。RCにとって、この言葉は重要なキーワードだったのだ。

「カッコいいものを作れと指示されて、そのとおりに旗を振っただけなんです。量産技術には標準化ということが必要で、それで諦めなければならないことも出てきます。でも、今回はカッコいいものを作るために、あえて今までの枠を外しました。例えば、ユーティリティを気にするのはやめようとか、これまで社内的には常識だよねということになっていたところを、枠を外してきているんですよね。そこには共通理解があって、誰もユーティリティのためにもう少しキャビンを広げようとは言いませんでした」

枠といっても、何か明文化されたものがあったわけではない。

「決まり事もありますが、なんとなく共有されていた枠があるんです。見た目に関しても、走りに関しても、今回は枠を外そうということでやりました。レクサスのイメージを変えるというのも、RCの大きなミッションなんです。だから、考え方から変えなくてはいけないんですよ。プロジェクトが始まった頃、各部署のリーダーを集めた会議でひとつクイズを出したんです。スタンフォード大学の教授が作った図形パズルで、固定観念にとらわれていては絶対に解けない問題なんですね。楽しくていいクルマを作ろうと思ったら、枠を外さなければいけないよね、ということを伝えたかったんです。これで意思統一ができて、仕事がしやすくなりました」

1989年のブランド設立から積み上げてきたレクサスらしさというものがあるが、新たな道を切り開くためには変化が必要だ。

「キーワードは、枠外しですから。こういう方向で作るぞと旗振って、ダーッとボクが勝手に走っていくと、まわりの人間がついてきてくれましたし、上も了解してくれました。もちろん好き勝手にやっていいわけじゃないんですが、社内の話ですから。社外のルールは守らなければいけませんが、極端な話、社内のルールは破ってもいいんです!」

自由な雰囲気の中で枠を外してクルマ作りができたのは、「もっといいクルマを作ろうよ!」とかけ声を発している社長の存在も大きいようだ。

「社長のそのかけ声は、たぶんこのクルマのアクセルになっていると思います。“いいクルマ”の解釈はさまざまですが、それぞれの思う“いいクルマ”が、かなり許容されると思っています。社員はみんなそう思っているはずです。社長はもしかすると“違うよ……”と言うかもしれませんが(笑)、みんなそう思っています」​

プロフィール

Lexus International製品企画 主査
草間栄一

1983年入社。2003年までシャシー設計にてスープラをはじめとするプレミアムカーのサスペンション開発などを担当。ヨーロッパ駐在を経て、製品企画室でマークXやレクサスHS250hなどの企画を手がけた。

MORIZO on the Road