トヨタ エスクァイア 開発者インタビュー(チーフエンジニア編)

第3のモデルには高級感と上質さを

ヴォクシー/ノアに続き、トヨタにとって第3の5ナンバーミニバンとなるエスクァイアが2014年10月29日に登場した。

「クラスを超えた高級感」をうたい、日産 セレナ、ホンダ ステップワゴンといったライバルに対してアドバンテージを築くことを狙っている。基本的な作りはヴォクシー/ノアと共通で、ミニバンとしての居住性や使い勝手などはしっかりと受け継いだ。

開発を主導したチーフエンジニアは、ヴォクシー/ノアと同じ水澗英紀氏。ミニバンの新たなジャンルを切り開くにあたってはどんな試行錯誤があったのか、語ってもらった。

提案型の要素を持ったモデル

「何より重要なのは、ヴォクシーとノアにかぶったり、2台の中間のクルマになったりしてはいけないということでした」

ヴォクシーもノアも、トヨタにとっては売れて当然のモデルだ。幸い2台とも売れ行きは好調だが、さらに販売を拡大するためには車種を増やす必要がある。しかし、悪くすれば共倒れになってしまうかもしれない。水澗さんに与えられたのは、容易ではない課題だった。

「3つというのは難しいんです。2つに分けるのは、比較的簡単です。はっきりとした性格の違いを見せればいいわけですから。3つ目を作って、ヴォクシーにも見えるしノアにも見えるというのでは、何をやっているのかわからない。だから、ヴォクシーとノアをしっかり作り、その上で違うものを考えたわけです。それで、結果として発売時期も変わってしまいました。もちろん、あの2台を作るときにも、エスクァイアのことは考えていました。2台よりも上級なミニバンを作ろうという考えが固まっていったんです」

ヴォクシー/ノア自体の質感が相当に上がってしまっている。それを上回るのは、簡単なことではない。

「エスクァイアを目立たせるために、ヴォクシー/ノアを抑える、わざわざ安っぽく作るようなことはしていませんよ(笑)。2台とも、それぞれベストを目指しています。ただ、この2台はマーケットインなんですね。お客様がこのクラスに求めるものを徹底的に考え、商品力を上げていくという方向です。エスクァイアは、提案型の要素を持っています。生まれ方として違うんです。これまで5ナンバーミニバンはファミリーのクルマというイメージでしたが、もう少し普遍的なクルマとして提案できるのではないかと考えました」

豪華絢爛とは異なる高級感

どんな方向性を目指すのか議論し、出てきたのが高級感、上質さというキーワードだった。

「初代ノアは2001年に登場していますから、あのモデルに乗っていた方はもうお子さんがずいぶん大きくなっているはずです。子育てもそろそろ終わりという時期に差しかかっているかもしれません。ミニバンというのはライフステージ型の商品で、以前は子供が大きくなると乗用車(セダン)に戻るのが普通でした。ミニバンの使いやすさや機能性に慣れてしまい、乗り続けることを選択される方が多くなってきたのは最近の傾向です。ただ、今までのミニバンでは物足りない、もう少し高級感が欲しいと考える方もいる。それもじじ臭いものではなくて、スマートなクルマがいいという、新しい志向性です」

ミニバンだから仕方がないというストレスをなくしたかった、と水澗さんは話す。トヨタには大型高級ミニバンのアルファード/ヴェルファイアもあるが、エスクァイアは別の世界観を持っている。

「目指す高級感がどういうものなのかについて、議論を重ねました。アルファードは豪華絢爛で、いかにも高級車に乗っているというたたずまいです。まわりからも、高級車だねと言われるわけです。エスクァイアは、乗っている人が自分なりに満足することに主眼を置いています。確かにグリルは大きくしましたが、故意に押し出しを強くするようにはしていません。いわゆるオラオラ系からは遠いと思います。特に内装を作りこんで質感を高めていく。きらびやかというのではなく、乗っている人が落ち着く感じですね。男性のスーツみたいなものです。ブランドを外に出さなくても、1万円のスーツと10万円のスーツでは着心地やシルエットがまるで違います。そういう満足感を得られるクルマを作ろうと思いました」

エスクァイアにはエアロ仕様のモデルがない。それも、このクルマの性格を物語っている。

「ヴェルファイアやヴォクシーは、若々しさやアグレッシブさを表現しています。だから、スポーツグレードが売れるんですね。エスクァイアは、モダンさと上質さがコンセプトです。都会的でオシャレなスタイルを求めています。あえて、エアロ仕様は作りませんでした」

機能美を追求してエモーショナルに

ヴォクシー/ノアよりも価格帯が上になることは決まっていた。だからといって、むやみに高くすることはできない。50万円高くなればエスティマの価格帯に重なり、さらに50万円上にはアルファードとヴェルファイアがある。

「高級感を出すといっても、例えばグリルが立派なので10万円高くなりますということではお客様は納得しません。デザインと質感を気に入ってもらうことが必要です。ヴォクシー/ノアを買った方にうかがうと、満足度はほとんど9割ですが、改善の要望はあります。それは、圧倒的に質感に関するものです。パワーではありません。特に若い方はファッションにセンシティブで、従来のモデルは合理的に過ぎると感じる方が増えてきています」

20世紀の5ナンバーミニバンは商用車ベースで、乗り心地や操縦性は乗用車には及ばなかった。2001年に登場したノアは、ドライビングポジションやパッケージングの面で違和感のないものになり、両側スライドドアの利便性もあって爆発的に販売を伸ばした。それからこのジャンルは隆盛を極めるが、スペース効率を追求していくにつれて、各車が似通ってくることは必然だった。

「コンパクトキャブワゴンが売れているのは、室内が広くてスライドドアが使いやすく、シートアレンジが多彩というところの使い勝手のよさが評価されているのだと思います。でも、それには限界が近づいています。エスクァイアでは、例えばステッチ使いを多用しています。従来は高級車のシンボルでしたが、技術の進歩でこのクラスでも使えるようになりました。ベースの色と糸の色の組み合わせで、さまざまな表情を出せます。こういう細かいところを積み上げていくことで、高級感を表現するわけです」

ミニバンは実用車であることが最優先であり、デザインのためのデザインは禁物だ。

「ミニバンの場合、最初からエモーショナルを追求するのではなくて、機能美なんですね。カタマリ感を目指すのではなく、むしろ室内の広さを見せたほうがいいんです。グラスエリアが広いことが、ポジティブに受け取られます。10年前に比べると、どのモデルも窓の部分が大きくなっているはずですよ。広さ感がありながらエモーショナルなところも見せなければなりません。室内を狭くすればデザインできる領域が広がりますが、それでは本末転倒です。軽自動車よりは寸法をとれるとはいえ、限界までスペース効率が高まった今、違いを出すのは難しいですね」

優先したのは普通の道を走る性能

走りの部分でも、実用車としての性能向上がテーマになる。常用域でナチュラルに安心して走れることを、開発の指針にした。

「走りの味とか、コーナリングでのアジリティを感じるためのクルマではありません。家族でのドライブや、奥さんの買い物で使われることが多いでしょう。日本では、9割以上が普通の道を走ります。ワインディングロードを走ることは、めったにない。急激なレーンチェンジを素早くこなすことよりも、普通に交差点を曲がるときに素直に走れることが大切です。速く走ることよりも、破綻がないことが優先されます。乗り心地がよく、静かで、ステアリングを切った時に変な動きをしない。運転手も乗員も、疲れずにいられるクルマが理想です」

テストドライバーによる評価では、フル乗車でのシミュレーションが繰り返された。すべての基本になるのは、ボディ剛性の強化だった。

「底床化してドアを大きくしているのですから、剛性面では不利です。ただ、ボディというのは、均一にねじれるわけではありません。ボディは複雑な構造物なので、弱点があると曲がってしまう。まずは、弱いところをなくすことを考えました。その上で、必要な部分は補強する。スポット打点を増やすと、ガシャガシャという微振動が減り、走りの質感が上がる。そうやって仕上げていくと、大きな入力があってもどこかがグネっと曲がったりしなくなり、結果的に山道でもスムーズに走れるようになります」

違いを出すのは難しいと言いながらも、見た目も走りも従来とは異なるミニバンを作り上げた。困難なミッションだったからこそ、達成感も大きい。

「パッケージに関しては、限界までやったと思っていますよ。5ナンバーという枠の中で考えるわけですから、デザインに使えるスペースは限定されますし、法的な規定も考慮しなければならない。0.5mm単位のやりとりになります。乗用車では後退角をつけるシャープなデザインが主流になっていますが、ミニバンはフードが短くてオーバーハングが少ないので、そのトレンドを取り入れるのは難しいんです。上下方向にしかサイズがなくて、立体の自由度が低いんですが、その面積の中で工夫するんです」

苦労ばかりが多そうだが、それにしては水澗さんの表情は明るい。

「制約の中でやるのは、楽しい部分もあるんですよ」

そう言って、水澗さんは笑顔を見せた。

プロフィール

トヨタ自動車
製品企画本部 ZH チーフエンジニア
水澗英紀
1985年入社、実験部でライトエースを皮切りに車両の機器、強度等の評価を担当し、車両実験部信頼性実験室長を経て製品企画本部へ異動。ヴォクシー/ノアを2代目、3代目と連続で担当し、エスクァイアの開発もとりまとめた。

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