トヨタ MIRAI(ミライ) 開発者インタビュー(チーフエンジニア編)
100年先に向けての第一歩
世界初の量産型燃料電池自動車(FCV)となるMIRAIは、2014年12月に販売が始まった。注目度は高く、1カ月で約1500台もの受注が集まった。当初の生産計画は年間約700台を予定していたが、3000台にまで増やすことが決定された。
MIRAIは単なる新型車ではなく、トヨタの、いや自動車のこれから100年先までを見据えた重要なモデルである。車名のとおり、未来のクルマと社会を作り出そうとする最初の一歩なのだ。
チーフエンジニアの田中義和氏は、言葉が止めどなく溢(あふ)れ出てくるかのような情熱的な口調で、新世代車への取り組みを語ってくれた。
インフラとクルマのシナジー現象が起きる
「“H2 Pioneer for the next Century”というキーワードを最初に掲げました。これから迎える次の100年に向けて、水素エネルギー社会の先駆となるクルマ、これまでになかった新しい価値を提供するクルマを作ろう、という意味です」
2020年の東京オリンピックでは、FCVをオフィシャルカーとして使う構想があり、日本政府と東京都は、世界に向けてクリーンな水素社会をアピールしようと考えている。MIRAIは、そのためのトップランナーの役割を果たす。
「経済産業省の有識者会議は、2015年を水素元年とするロードマップを示しました。それに向けて、攻めの姿勢を持つ必要があります。ただ、クルマ単体では、解決がつかないことがあります。インフラの整備や政治・行政の動向、国際的な関係など、いろいろなことを気にしなければなりません。技術の進展も、これからどうなるか誰もわからない。今は汚泥から水素を作り出す研究だってありますから、どこかでポーンとすごい技術が生まれる可能性だって否定できません」
普及に向けては、水素ステーションの増設など、さまざまな条件をクリアしていかなければならない。
「急速充電器に比べて、インフラが整備されていないといわれていますね。でも、大事なのは場所です。東京23区で言うなら、半径5kmで水素ステーションに行けるようにするには40カ所あればOKなんですよ。地方ではショッピングモールが生活のコアになっているので、そこに水素ステーションを設置していくのがいいでしょう。これから、インフラとクルマのシナジー現象が起きるはずです。プリウスだって、クルマ単体で受け入れられたわけじゃない。インフラを含めて、だんだん普及していきました。30万台、50万台と増えていって、みなさんに乗ってみたいと思っていただけるようになっていったんです」
二重三重に安全性を確保
燃料電池が使う水素は、これまでガソリン車に乗っていたユーザーにはなじみがない。それで不安を感じる人もいるようだ。
「水素が爆発することがあるのは確かです。でも、水素だけでは燃えません。一定の割合で酸素が混ざらないかぎり、危険なものではないのです。密閉空間に充満するのはよくないのですが、水素は軽いので上部から逃がしてやることによって安全性を保(たも)てます」
クルマの中に700気圧の高圧水素タンクを収めているが、それも怖がる必要はないという。
「普通に家庭に備えられているプロパンガスも、高圧という点では同じです。しっかりコントロールしていれば、危険なものではありません。MIRAIの水素タンクは十分な強度を持っていますし、もし火災が発生しても、溶栓弁によって水素を逃がすので爆発することはありません。二重三重に危険を避ける仕組みが作ってあるんです」
水素タンクは炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製で、70MPa(メガパスカル:約700気圧)の圧力に耐えられる。5.7wt%(重量パーセント濃度=タンクの重量に対する水素貯蔵可能量の割合を表す)の貯蔵性能は、世界トップレベルを誇る。
「FCスタックと同様、水素タンクもトヨタで作っています。やはりコアとなる部分を自社製にすることで技術が進められるんですね。技術だけでなく、もの作りの面でも重要です。自分たちで作らなければ、品質面で高い水準を確保することはできません」
重要なのは燃料の選択肢を増やすこと
次世代車としては、FCVのほかにも電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)が注目されている。FCVはその中でどんな位置づけになるのだろうか。
「ほかの次世代車にもそれぞれの良さがあります。ハイブリッド車(HV)もまだまだ大きな役割を果たすでしょう。どれも否定するべきではありません。オール・オア・ナッシングではなく、燃料の選択肢を増やしておくことが重要です。HVはこれからもっと増えるでしょうし、PHVにはさらに可能性がある。EVも近距離の移動手段としては優秀です。ただ、EVは夜間に家で充電するのが正しい使い方ですね。急速充電は、エコの流れには逆行しています。昼間に大量の電気が必要とされるのでは、社会全体としてうまく機能していかないでしょう。水素は電気に比べてはるかにエネルギー効率が高いことがメリットです」
MIRAIの航続距離は約650kmで、水素充填(じゅうてん)にかかるのは3分程度。ガソリン車と変わらない。
「ガソリンと違って、水素はまだ採算がとれません。これから価格が半分程度に下がらなければ事業として続けていくのは難しいでしょう。それは、インフラの整備や量産効果によるコストダウンにかかっています。数が増えていけば、必ず価格は下落するはずです」
未来技術好きはトヨタのDNA
MIRAIの新しさは、形にも表れている。左右に分割されたフロントグリルは、これまでに見たことのないスタイルだ。
「これが、FCVならではの形です。水素で走るクルマということを、デザインで表現しています。空気を使って水を排出するという新しいシステムだということが、一目でわかります。環境性能だけでなく、走りだっていいですよ。クルマ好きにとってスポーツカーというのはやはり魅力的ですから、FCVも走りには力を入れました。重いパーツを中心寄りの床下に集めていて、重心が低い上にフロントミッドシップのような重量配分となり、回頭性がよくなっています。乗って頂ければ良さはわかりますから、まずは形でアピールする必要があります」
MIRAIは2015年のうちにアメリカでも販売が開始されることになっている。日本から始まって世界に広がったHVのように、ワールドワイドな展開を視野に入れている。
「新しいことを始めるんですから、そこにはストーリーが必要です。いいクルマを作る、それで将来が開けていく。そう思っていなければ、何のためにやっているのかわからなくなりますから。考え方が重要なんです。どの時点でブレークスルーが起きるか、誰もわかりません。準備しておくことが大切です。リスクをとってチャレンジしなければならないのは、当然のことです」
果敢に新しい技術に取り組むのは、トヨタの伝統でもある。
「手探りでトヨタ初の乗用車トヨダAA型を作った大先輩たちも、同じような気持ちだったでしょう。トヨタにはそういうDNAがあります。豊田佐吉翁は、晩年に蓄電池の開発コンペを行っています。未来技術を手がけるのが好きなんでしょうね。まずは、MIRAIが受け入れられることが大事です。このクルマが増えなければ、インフラは育たない。だから、責任を感じていますし、それだけにやりがいがあります」
プロフィール
トヨタ自動車株式会社
製品企画本部
ZF 主査
田中義和
1987年入社。初代「ヴィッツ」などのAT開発を担当し、2005年に実験解析室室長。2006年からプラグインハイブリッドの製品企画業務を担当し、2007年「プリウスPHV」のチーフエンジニアに。2012年から燃料電池自動車開発責任者として製品企画業務を担当。
[ガズー編集部]
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