トヨタ MIRAI(ミライ) 開発者インタビュー(デザイナー編)

新しい形が新しい価値を伝える

​​​​​2014年12月に販売が開始されたトヨタのMIRAIは、世界初の量産型燃料電池自動車(FCV)である。100年先までを視野に入れた新しいエネルギーに注目が集まったのはもちろんだが、斬新なスタイリングも人々を驚かせた。

フロントには左右に逆三角形の大きなグリルがあり、リヤにも同じく逆三角形のコンビネーションランプを備える。今までのクルマとは違うということが視覚的に伝わる大胆なデザインだ。

FCVならではの特異なスタイルを作り上げた狙いについて、デザイナーの西 友康氏にうかがった。

大胆に解釈し、正確に表現する

「FCV独自のシステムを大胆に解釈し、巧妙かつ正確に表現していく。新たな価値をひと目でわかるようにすることがデザインの狙いでした。形に入る前の考え方として、まずそれを決めました」

従来のガソリン車とはまったく異なる動力システムを持つクルマなので、機能を勉強するところから始めたという。ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)との違いを表にまとめ、FCVの特徴を理解するように努めた。

「クルマ単体だけではなく、インフラや社会的価値までを考えることが必要になりました。その上で、メッセージとしての形を作ることができます。最初にデザインフィロソフィーを明確にすることが大切です。これは具体的な形を示すのではなく、デザインする上のルールのようなものです。“知恵をカタチに”という言葉がテーマとして定められました。最先端の技術を、ひと目見ただけでわかるデザインに結実させるのです。もともとトヨタ全体のデザインフィロソフィーがありますが、こういうクルマは個別の考えをしっかり固める必要があると思いました」

結果として「カッコいい」という評価を受けたが、それを意図したわけではないと話す。

「カッコいい、カッコ悪いというと、これまでの延長線上にあるものということになってしまいます。でも、FCVはまったく新しいシステムのクルマなので形から入るというアプローチはしていません。カッコよさを追求するというより、魅力的なものを作ることを目指しました」

FCVの価値が見える左右の大型グリル

「FCVはもちろん環境車です。それは間違いないのですが、世の中には環境商品を名乗るものがあふれていて、中には必ずしもあまりエコではないものもあったりします。技術やロジックを理解しない限り、本当に環境性能が高いのかどうかはわかりません。だから、ユーザー目線で機能の見える化を進めるアプローチが必要なのです。作り手側の考え方をわかりやすく発信することで、ユーザーはその商品の価値を知ることができるわけです」

MIRAIで何よりも特徴的なのは、フロントの左右に位置する大型のグリルだ。これこそが、FCVの特徴と価値を表現したデザインである。

「FCスタックは、空気を吸い込んで水を出すというシステムです。FCVではエアマネージメントが重要なカギになります。エンジンはありませんが、FCシステムも高温になります。排気で熱を逃がすことができないので、冷却効率を高めなければなりません。FCスタックで水素と反応させるための酸素を取り込み、放熱のためにも大量の空気を必要とします。それでサイドラジエーターが装備されているのです。冷やすことを象徴的に見せるために、左右に大型のグリルを配しました。子供でもわかるくらいの認識性の高さが必要で、丸と三角でアイコニックな見せ方にしています」

FCスタックは、水素と酸素を反応させて水を排出する。水のデザインは、サイドのフォルムに取り入れた。

「横から見ると、ボディとキャビンがウォータードロップ(水滴)のような形状になっています。FCスタックや水素タンクが収められているアンダーユニットの上に水滴が乗っているというイメージです。リヤにはマフラーがありませんから、船底を意識した造形にしました。カヌーやヨットのようなクリーンな形で、空気が後ろにスゥッと流れていくような感じです」

先進的でありつつ心地よい空間

内装にも“知恵をカタチに”という考え方は貫かれている。洗練された機能で再構築することを目指したという。

「FCVパッケージの特徴を生かした空間を作りたかったんです。パッケージそのものが知恵なんですね。人間を中心とした空間を、ゼロから考えなおしました。通常はメーターフードと車体前方の柱部分となるAピラーは連続していませんが、途切れることのない伸びやかなデザインを取り入れています。フロントウインドゥを大きなモニターととらえ、ひとくくりにしたわけです。そうすると要素が一つ減り、今までとは違う世界観が表れます。ウインドゥとメーターを一体化することで、シンプルな造形が生まれました」

機能的な作りは得てして冷たい印象を与えがちだが、ソフトな質感とハードな質感のコントラストを強調することで洗練の価値を表現する手法を使った。

「先進的でありつつ心地よい空間であることを意識しました。圧迫感や狭苦しさを感じさせないことが前提になります。Aピラーから後部座席後方の柱部分となるクォーターピラーまで連続するような造形で、空間を広く感じられるように構成しました。シートもエコな素材を使ってスリムな形状とし、スッキリとした空間に見せています」

“知恵をカタチに”しようとすると、ともすれば理屈っぽく見えてしまいそうだ。しかし、これは形に意味を持たせたいという気持ちの表れでもある。

「ただの飾りのようなものを付けたくありませんでした。たとえば、FCVにはマフラーがありませんが、従来の形にこだわるならばダミーで加えることも可能でしょう。でも、それではこのクルマの成り立ちと矛盾することになってしまいます。新しいものを作っているのですから、従来のクルマに近づけることは考えませんでした」​

ランプもエアロデバイスとして使用

逆に、未来のクルマのイメージとして定着していたものをそのまま使うこともしなかった。

「将来はグリルレスになるのが当たり前のように思われていましたが、実際には冷却というのは大きな要素であり続けます。イメージだけで未来風にするというのは、いいことだとは思えません。本当は冷却のためにもグリルは必要で、だったらそれを特徴にしようと考えました。左右にエアインテークを持つクルマはありましたが、グリルとは言わないんです。MIRAIでは、左右のグリルにメッキを施しています。これはグリルですよ、と強調しているのです」

理想の形を追求していくと、エンジニアとの利害の違いが表面化することもあった。

「熱担当と空力担当のエンジニアとは、何度もケンカになっちゃいましたね(笑)。フロントのヘッドランプは、上下に薄い形になっています。サイドのグリルを強調するためには、大きなヘッドランプでは困るわけです。薄さというのは先進感を出すのに都合がいいものでもあります。薄くするにも限界がありますから、エクステンションを取っ払って上下の寸法を詰め、1列に4個並べています。デイライトランニングランプを独立させ、グリルの両端に配しています。アウターレンズの形状を工夫して、エアロデバイス(空力パーツ)としても使えるようにしました。空気の流れが乱れるのを防ぎ、きれいに空気が抜けていくようになっています」

黒のガーニッシュでフェンダーから浮いているように見えるフロントフードも、ドアミラー付近の空気の流れを整える役割を果たしている。これによって風切音を抑えているのだ。空気の流れをデザインとして表現するとともに、空力的な機能も突き詰めている。

「エンジニアもデザイナーも一つの製品を作っているわけで、お互いに妥協はできませんね。それで決裂するわけではなく、彼らの知恵をユーザーにわかりやすく伝えることがデザイナーの役割です。“知恵をカタチに”というデザインフィロソフィーは、そういう意味でもあるんです」

プロフィール

デザイン本部
トヨタデザイン部 グループ長
西 友康

2代目レクサスLS、初代ハリアーなどのエクステリアデザインに関わり、2代目レクサスISのデザインを指揮。先行開発に携わった後MIRAIのエクステリアデザインを手がけ、途中からは内装も担当した。

[ガズー編集部]