クラウン マイナーチェンジ 開発責任者に聞く(2015年10月)

僕らの世代のクラウンを造る

日本の高級セダンをリードしてきたクラウンは、2012年にフルモデルチェンジを行い、スタイルを一新して登場した。発売から2年半が経過し、今回大幅なマイナーチェンジを行った。

その開発を指揮した秋山晃チーフエンジニアにお話を伺った。

ReBORNクラウン

現行のクラウンがデビューしたのは2012年12月でした。その開発期間中にはリーマンショック、東日本大震災など私たちの価値観、危機意識を根底から覆すような出来事がありました。その暗く長いトンネルから少しでも早く抜け出し、日本の皆様に元気な笑顔を取り戻していただきたい。日本に育てられてきたクラウンだからこそ、日本とともにReBORNしたい。そんな思いで発表したクラウンは、ピンクのボディカラーとハイブリッドで大きく打ち出しました。

この現行モデルになってお客様の購買傾向に3つの大きな変化がありました。
1つは、ピンクのクラウンを出したことによって、これまで全くクラウンに興味を持っていただけなかった女性の方から注目を集めることができ、ショールームにクルマを見に来られたり、展示会などで写真を撮る姿をお見受けするまでになりました。

2つ目は、FRハイブリッド専用に新開発された直列4気筒2.5Lエンジンを搭載し、飛躍的に燃費を向上したハイブリッドモデルが好評で、最近ではハイブリッドの販売比率は8割を超えています。
発売前は、直列4気筒の振動騒音にかなりネガティブなイメージがあって、大丈夫か?との声をいただいていたのですが、しっかりと対策をしたことにより、静粛性も確保でき、ハイブリッドの燃費の良さや走りの良さを評価いただいています。

そして3つ目は、今回、初めて、アスリートの販売台数がロイヤルを抜きました。これまでは、ロイヤルの販売比率がだいたい55~60%くらいでしたが、アスリートの比率が約60%に逆転し、ロイヤルからアスリートに乗り替えるお客様も多くいらっしゃいました。

アスリート、ロイヤルの個性をより際立たせる

今回のマイナーチェンジでは、こういったお客様の購買傾向の変化をはじめ、お客様や販売店の方など様々な声を受け、改良を加えました。

まず外観デザインは、ロイヤル、アスリートそれぞれの個性をさらに際立たせました。
ロイヤルは「もっとロイヤルらしく品格のあるものを」という声を多くいただきました。賛否両論がありましたが、フロントのロアグリルの厚みが厳つさを醸し出していて、ロイヤルらしくないとの声を多くいただき、これに対してロアグリルの厚みを薄くするとともに、あわせてフロントグリル、ヘッドランプなどの造形を微修正し、上質感、品格を強調しました。

アスリートは「フロントに比べてリヤのデザインがおとなしい」というお客様からのご指摘を受けて、バカラのショットグラスをイメージした奥行きのある存在感の際立つ、かつてないリヤランプが完成。夜間の見え方は、火炎を吐く「戦闘機のジェットエンジンのアフターバーナー」をイメージ。さらにフロントデザインにも手を加え、新型アスリートのデザインは精悍さを増し、スポーティで迫力のあるものに仕上げました。

マイナーチェンジ前のクラウンロイヤル 厳つさのあった厚いロアグリル
新型クラウンロイヤル ロアグリルの厚みを薄くし品格を強調
マイナーチェンジ前のクラウンアスリート
新型クラウンアスリート バカラのショットグラスをイメージした奥行きのあるデザインに

さらなる走りの革新。乗り心地の質感向上

今回、アスリートに、直列4気筒2.0Lターボエンジンを新たに投入しました。低回転から高回転まで全域にわたり高トルクを出すことができ、低速では扱いやすさ、中間加速では気持ちよい加速フィールを実現しています。8速ATとの連携によって、ドライバーの意図どおりの加速感が体感できると思います。発売前に実施した販売店スタッフ向けの商品研修会でも「やっぱりターボはいいね!」と好意的な意見をいただきました。

また、走りと乗り心地の質感向上をテーマに、ロイヤル、アスリートともにボディ接合剛性を強化しました。通常、マイナーチェンジでは、大きな投資をしてボディの生産設備を変えるような変更までは行いませんが、生産部門に協力いただいて、スポット溶接および構造用接着材追加のための設備を導入しました。生産部門のメンバーは最初、難色を示していましたが、実際に接合剛性を向上させた試作車に乗ってもらったら、彼らはすぐにその走りの質感の高さを分かってくれて、是非やりましょうということになったわけです。

スポット溶接の増し打ちにより、ボディ接合剛性は高めることができます。しかし、ただ単に打点を増やせば走りが良くなるわけではなく、どの部位に打つのか?それが何に効くのか?は実際に打って確かめるしか術はありません。しかも、「乗り心地」というのは人間の感覚なので定量値は出てこない、機械には測定不能の部分も多いのです。だから試作車を作って、走って確かめるしかないのですね。

どの部位にスポット溶接をすれば効果的か部位を絞り込むため、効果的と想定される箇所全てをくり抜いて穴を開け、そこをビス留めしたあと、一つ一つビスを外しては取り付けて、クルマを走らせて評価することを繰り返して「一番効くのはどこだ?」と探していったんです。最初は「こんなに数多くの作業はやってられないから、勘弁してくれ」と言われました(笑)。でも、ボディ剛性を高めるために最適な部位を絞り込むためにどうしても必要な作業なので無理を押してやりきってもらいました。

こうしてボディ接合剛性を高めたことにより、路面の凹凸などから伝わる振動を抑え、走行時やコーナリング時の安定感やステアリングの応答性が各段に向上しました。

このほか、新型クラウンでは、先進の安全技術を採用しています。
車庫入れや縦列駐車の際、車両がハンドル操作をアシストするインテリジェントパーキングアシストや、衝突回避支援のプリクラッシュセーフティシステムを採用しています。

また、これからの安全技術になるのですが、クルマ同士が通信して位置を検知したり、交差点の信号情報や歩行者の有無などの情報を交通インフラと通信して検知し、危険回避する安全装備(ITS Connect)をオプション設定しました。 交通インフラとの通信については、まだ東京都内と愛知県の一部のエリアに限定されており、また、この装備がついているクルマ同士でなければクルマ間の通信は行えないのですが、これから普及していくと画期的にクルマの安全性が高まる技術と思っていますので、今後もインフラ整備とも協調しながら普及に努めたいと思います。

Hybrid アスリートG
2.5ロイヤルサルーンG

クラウン チーフエンジニアとしての重責

私は昭和38年生まれの52歳。昭和61年(1986年)にトヨタ自動車に入社しました。ながく実験部に所属し、現在の製品企画の部署に異動したのは2007年。もうすぐ45歳を迎えようとしていました。かなり遅咲きのデビューです。

それまで実験部では他の人が企画したクルマを実際に開発する現場の仕事をやってきていましたが、「自分で企画してクルマを造りたい。きっと達成感がぜんぜん違うはず」という思いがあって、ずっと製品企画部署への異動を希望していました。しかし、なかなか順番が回ってこなくて、この時ばかりは「これが最後のチャンスかも?」と上司に掛け合い、そして、新人時代に直属の上司だった13代目クラウンのチーフエンジニアに拾ってもらう形でクラウンの開発に途中から開発主査として参加。主に3.5Lハイブリッドモデルの開発を担当しました。

そして、現行クラウンの開発では、最初の企画段階から関わってきました。その後、今回のマイナーチェンジを開発責任者として任せてもらえることになり、2014年1月にクラウンのチーフエンジニアになりました。

クラウンのチーフエンジニアは、トヨタの主査制度の先鞭となった伝説的な初代クラウン中村健也開発主査から続く伝統ある役職なので、正直すごくプレッシャーもありました。クラウンのチーフエンジニアにとって一番大事なことはやっぱり「信念を持つ」ということだと思っています。自分の中で、「このクルマはこうあるべき」という強い信念を持ち、それを曲げないこと。そして、それを実現するための自分の強固な城を築き上げることです。色んな人が色んなことを言って来るクルマだから、それに負けない説得力が必要です。

クラウンは長い歴史の中でお客様に愛され、育てられてきたクルマです。でも、時にその歴史の重み故、新しいお客様に気軽に来ていただけない、そういう構造に最近なってきているのでは?と危惧しています。造り手にもクラウンに対する先入観みたいなものがあって「クラウンだからこうすべき」と慣例的に考えてしまうことがよくあります。でも、こういう考えを自分たちの方から変えていかなければいけないと思っています。「クラウンはどうあるべきなのか?」それを日々、スタッフと議論し合い、そして、一人になってじっくり考えをまとめていく。いまはその繰り返しです。

僕たち新人類世代のクラウンを造る

クラウンのチーフエンジニアになって、とにかくいろいろなモノを見て回るように心掛けています。とくに、日本の美などについて勉強もしています。先日は、最近、15代を襲名された有田焼の柿右衛門さんにお会いしてきました。私もこれから15代クラウンを企画するという立場にあるので、意気投合してじっくりお話を聞くことができました。

柿右衛門さんは、「先代が亡くなり、引き継いで直ぐなので大変だけど、そこは職人さんがきちんと技術や心を伝承されているので、まずは、職人さんから学んで自らを磨き、その上で、少しずつ、自分のスタイルや色を出して、新しいものを造っていきたい。守っていくべきことと自分の色を付加するところをきちんとわきまえてやっていきたい」と話されていました。すごく共感できました。

現行のクラウンは「いつかはクラウン」から「いよいよ私のクラウン」をスローガンに開発を進め、よりパーソナルなクルマへと進化させました。

クラウンは、「いつかはクラウン」と憧れてご購入いただき、長く乗り継いでいただいているお客様に支えていただいています。一方、次の世代のお客様が増えてきていないのが実情です。クラウン本来の魅力をしっかり継承し、ご愛顧いただいているお客様を大切にしつつも、40代後半から50代前半の私たちの世代の方々にも、もっとクラウンの良さを知ってもらいたい。そのためには私たちの世代が乗りたくなる「僕らの世代のクラウン」を造っていかなくてはいけないと考えています。

私たちはかつて「新人類世代」と呼ばれた世代で、団塊世代に次いで人口ボリュームもありますし、ちょうど会社組織や地域においてリーダーとなっていく世代です。これまでもクラウンにお乗りいただいていたのは「地域のリーダー層」のみなさまです。ですから、これからの日本を牽引する「新人類世代のリーダー層」にも是非乗っていただきたいと願っています。

新人類世代の方々は、クラウンに興味はあるけど、「自分にはまだ早い」という妙な固定観念がある。新型クラウンはこうした固定概念を打破し、「いまこそクラウン」「僕らの世代のクラウン」と思っていただけると自負しています。言葉で説明するまでもなく、一度、乗っていただければ、きっとお分かりいただけるはずです。

<プロフィール>
秋山 晃(あきやま・あきら)

1986年横浜国立大学工学部卒。同年、トヨタ自動車入社。第2技術部第2振動実験課配属。現在の実験部にあたる部署で、NV(騒音・振動)技術開発や、クラウン(10代)、アリスト(2代)、セルシオ(3代)など、主にFR系のNVを担当。2001年に先行車両開発企画室に異動し、カローラやRAV4などが使っていたMCプラットフォームの開発を担当。2004年、実験部に戻り、RAV4の製品開発を担当。2007年、製品企画部門に異動し、13代クラウンの開発、そして、現行の14代クラウンの開発を担当。2014年1月よりクラウンのCE、現在に至る。

取材・文・写真:宮崎秀敏(株式会社ネクスト・ワン)