新型トヨタ・アベンシス 開発責任者に聞く(2015年10月)

トヨタブランドのヨーロッパ車 ―アベンシス マイナーチェンジ

歴史を持つ自動車メーカーがひしめく欧州。速度無制限のドイツのアウトバーン、山道のワインディングロード、石畳の道、北欧の極寒の道など様々な道で鍛え込まれた欧州車と、欧州で競うために生まれたトヨタの欧州車がアベンシスだ。

アベンシスは、トヨタの欧州ラインナップのフラッグシップモデルで、欧州ではDセグメントと呼ばれるミディアムサイズのクラスの中で、VWパサートやプジョー、ルノーなどの同クラスの主力車種と戦っており、1997年に初代モデル発売以降、2004年に2代目、2009年に3代目へ進化してきた。欧州で生産・販売されており、日本国内には2011年から、ワゴンタイプの車両のみ逆輸入の形で販売している。
このアベンシスがさらに進化を遂げるべく、2015年10月にマイナーチェンジが施された。この8月より、アベンシスの開発責任者になった上田泰史主査に今回のマイナーチェンジのポイントをお伺いした。

アベンシスの開発責任者 上田泰史主査

アベンシスというクルマ ー トヨタのヨーロッパでのフラッグシップカー

トヨタの欧州でのシェアは日本国内とは違って4%程です。欧州ではドイツ、フランスなどの歴史がありブランド力の高いメーカーがひしめき、トヨタは苦戦しているのが実情です。トヨタが欧州で販売する主力車種は、ヤリス(日本名:ヴィッツ)、カローラ、オーリス、ヴァーソ(欧州専用モデル)などがありますが、その中でアベンシスはトヨタブランドのフラッグシップモデルとして、認識されています。特に北欧ではアベンシスは高い評価をしていただいています。北欧の極寒の中、品質という面ではトヨタ車は評価が高くて、トヨタ車をご購入いただいた方は次もトヨタ車を買い求めていただけるケースが多く、お客様からの信頼は高いと自負しています。

欧州では、クルマのサイズ別にクラス分けされていて、アベンシスはDセグメントに分類されます。Dセグメントの中で、メルセデスベンツCクラス、BMW3シリーズ、アウディA4などのプレミアムモデルにはレクサスブランドで対抗し、VWパサートやプジョー、ルノーといった量販車種とアベンシスは競合しています。

Dセグメントのクルマは、個人でクルマをご購入するお客様に加えて、「カンパニーカー」という制度を活用してお求めになるお客様がかなり多くいます。日本でいう社用車と違って、欧州では福利厚生の一部として会社が社員の方にクルマをリースする、貸与する制度があるのですね。このカンパニーカーの制度は、会社側で貸与してもよい車種候補のリストを作り、そのリストの中から社員の方がクルマを選ぶ仕組みになっています。だから、まず、車種候補リストに載らなければならない。選定基準はクルマの基本性能。燃費、安全性能、品質、バリューフォーマネーで評価されたクルマでなければ選ばれないのです。アベンシスは基本性能の良さが評価されており、カンパニーカーの車種候補リストに載せていただいています。
ただ、リストに載ったからと言っても、社員の方にリストの中から選んでもらわなければなりません。社員の方は、一般のお客様が個人でクルマをご購入されるのと同じように、自分の好みのスタイルや質感、使い勝手などからクルマを選ばれます。そういったニーズに応えるためにも、基本性能だけでなく、スタイリング、質感、使い勝手などお客様の嗜好性を両立させなければならないんです。

欧州の方はクルマに対して、走行安定性、ハンドリング性能、動力性能を高い次元で要求されます。アクセルペダルやブレーキペダルを踏んだ時、ハンドルを切った時のクルマの応答性の高さ、思い通りにクルマをコントロールできるか、また、凹凸のある路面や坂道、コーナーでの走行安定性の良さにこだわりをもっています。よく、欧州車は足が硬い、と言われますが、ただ硬くて、路面の凹凸、段差でクルマが跳ねるのはダメで、凹凸、段差の衝撃をうまく吸収しながら、かといって、ふわふわと揺れることのない高い操縦安定性が求められています。アベンシスはこの走行性能についても、欧州車に引けを取らないレベルに良い評価をいただいているクルマです。

トヨタブランドのアイデンティティをより鮮明に、外観スタイルを変更

アベンシスは欧州で、基本性能、外観スタイル、使い勝手、実用燃費といった点では高い評価をいただいています。
今回のマイナーチェンジでは、まず、これまでも好評頂いているスタイルを継承しつつ、トヨタがグローバルで進めているデザインコンセプト、鋭い目つきの「キーンルック」と、踏ん張り感、低重心をイメージする「アンダープライオリティ」を打ち出したデザインへ進化させ、スポーティーで精悍な印象とダイナミックさを強調しました。
欧州では、まだまだトヨタのクルマはメジャーではありません。クルマを運転している時に、後方にトヨタ車がきたら、一目で‘トヨタ’とわかってもらえるように、アベンシスだけでなく、オーリスなどトヨタの欧州でラインナップされている車種のデザインの流れに合わせて、トヨタブランドのアイデンティティをより鮮明にしていくことを狙っています。

「キーンルック」と「アンダープライオリティ」を強調したフロントデザイン

内装・インテリアはフルモデルチェンジ並みに一新

今回、最もこだわって改良した点が内装・インテリアの質感の向上です。フルモデルチェンジ並みに一新しました。
インストルメントパネルは、これまでの縦基調の、今となっては時代遅れな感じがしてしまうデザインから、横基調に伸びやかな広がりのあるデザインにし、上質感を演出しました。欧州の方は感性というか、見て、触った本物感ですとか、上質感とかを非常に気にされるのですね。その点も踏まえて、例えばエアコン送風口などインストルメントパネルの所々に施されているクロムでの加飾の使い方、ラインの太さの統一感を出すであるとか、メーターパネル周りの加飾の統一感、色のあわせ、面のあわせなど、一つ一つ細かいところまでこだわって上質感を出しました。
シートについても、上級グレードは本革にアルカンターラ、標準グレードはファブリックにアルカンターラを組み合わせ、質感を高めるとともに、かなり恰好良くしました。またホールド性も高め、操縦安定性にも寄与しています。

横基調で上質感の高めたインストルメントパネル(写真は上級グレードLi)
シートはアルカンターラR素材と組み合わせ格好良さと上質感を向上。さらにホールド性も向上(写真左:Li、右:Xi)

燃費改善に加え、乗り心地、静粛性、操縦安定性を向上

燃費についても改良を施しました。エンジンそのものは従来のままですが、一つ一つの部品の摩擦抵抗を下げるとかファインチューニングを施して効率をあげ、また、CVTとの組み合わせの中でもファインチューニングをして最適化を図り、JC08モード燃費で14.6㎞/L(従来差+1㎞/L)に向上させ、平成27年度燃費基準を達成しています。

アベンシスの足回りについてはこれまでもご好評いただいていましたが、さらにそこに磨きをかけたいと考え、スポット溶接の打点を増やしたり、ガラスに高剛性接着剤を使って、ボディ剛性を向上しました。ただ、単純にボディ剛性を上げただけだとバランスが崩れるので、合わせて足回り(サスペンション)のファインチューニングも実施しました。乗り心地、静粛性、操縦安定性を1ランク上げています。

欧州の安全基準を満たすべく、衝突予防安全パッケージ“トヨタ・セーフティ・センス・C”を標準装備

先ほどお話した通り、欧州でカンパニーカーのリストに載るためには安全性能で評価される必要があります。欧州では、欧州の安全基準‘ユーロNCAP’で評価されます。既にアベンシスは2009年の時点で最高評価の5つ星をとっていますが、ユーロNCAPの基準が年々厳しくなってきており、今年の新基準で5つ星をとるためにも、日本国内でも関心の高い衝突予防安全装備、トヨタ・セーフティ・センス・Cを標準装備いたしました。

衝突の危険がある場合にまずドライバーに警報を発し、さらに衝突の危険が増した時に、ドライバーがブレーキを踏むと強力なブレーキアシストを行い、ドライバーがブレーキを踏まなかった場合には自動ブレーキを作動し、衝突回避を支援する機能(プリクラッシュセーフティシステム)を搭載しています。また、車線をはみ出したときの警報機能(レーンディパーチャー)や、夜間の視界をよくするため、前方車両、対向車の有無を検知して自動的にライトの高さを調整する機能(オートマチックハイビーム)も装備しています。

以上が、今回のアベンシスのマイナーチェンジでの主な強化ポイントになります。

国内のお客様へ、トヨタのバッチを付けた本格ヨーロピアン・ワゴンを

アベンシスは欧州の道で走り込み、走行性能、操縦安定性、静粛性を鍛え上げてきたクルマです。欧州の道の環境は本当に厳しいんですね。ハイウェイで200㎞/hのスピードを出すということだけでなく、様々な道、路面、加速・減速が繰り返されるような所で、いかに滑らかにスムーズに走るか、ということが求められます。
トヨタのバッチが付いていますが、欧州で造った欧州車の走りの良さを、是非、このアベンシスで多くのお客様にご体感いただければと思っています。
また、ステーションワゴンとしての使い勝手の良さ、ショッピングセンターでカート2台分に詰め込んだ荷物も入るくらいの荷室の広さや、今回、特にこだわって仕上げた室内・インテリアの上質感も味わっていただければと思います。

上田 泰史(うえだ やすし)
<プロフィール>
奈良県生まれ、奈良県育ち。京都大学工学部精密機械工学科卒。
愛車遍歴は、入社してからトレノ、サーフ、ガイア。米国に行ってカムリ。日本に戻ってクルーガー、アルファード。そして欧州に行ってからはヴァーソ(ディーゼル)、レクサスISと様々なクルマに乗り継ぐ。現在は、海外赴任から戻ってきたところでクルマ選定中とのこと。

子供のころは、まさにスーパーカーブームの時代で、当時の多くの男の子と同じようにクルマ好きで、近くにランボルギーニやフェラーリなどのスーパーカーの展示イベントがあると見に行っていたとのこと。また、父親がずっとワゴン車を好きで乗り継いでいたため、小さいころからワゴン車に親しみをもっていた。
数学、物理が得意で、京都大学に入学し、機械工学を専攻。精密機械、歯車の技術を学ぶ。学生時代は、クルマではなく中型バイクを好きで乗っていたとのこと。
就職先は、先行技術の開発・研究よりも、一般のお客様により近い、自分に身近な商品を造る仕事をしたいということから自動車メーカーに絞る。職場見学をした際に設備などの環境が揃っていると考え、トヨタ自動車を選んだ。

1991年トヨタ自動車入社。学生時代に学んだことを活かしたいと思い、トランスミッションなど駆動関係の部署を希望。希望が叶い、駆動関係の実験部署に配属。CVT、ハイブリッド等の駆動部の機械要素、部品を設計し、実際にトランスミッションに組み付け、実験・評価する一連の業務を担当。配属当初は、トヨタの初期のCVTのベルトのノイズ対策にも取り組み、途中、2000年からアメリカのオハイオ州立大学で駆動の機械要素の研究室に研究生として留学、戻ってからはハイブリッドの駆動部分のノイズ対策や、北米向けSUV車両のリアデフ等の駆動要素の開発グループ長を担当。駆動部の機械要素のスペシャリストとして充実の日々を過ごす。

自動車会社に入ったからには、パーツ、ユニットの設計だけでなく自動車全体もやってみたいとの思いから車両実験部への異動希望を数回出していたら、その希望は通らなかったものの、2006年に突如、製品企画のセクションに異動となる。
最初の仕事は、2代目イストの立ち上げ。異動時、既に立ち上げまで残り半年の段階であったが、製品企画という立場で開発に携わり、立ち上がりまで担当する。その後、3代目ヴィッツ(欧州でのヤリス)の開発に、開発の初期から携わり、駆動系出身ということもあり、エンジンとトランスミッションの関係を担当するとともに、欧州ヤリスへのHV導入プロジェクトのリーダーも担当。
2011年より欧州開発拠点TME(トヨタ・モーター・ヨーロッパ)へ赴任し、TMEでの製品企画を担当し、引き続きヤリスなど欧州生産車の製品企画、欧州での開発まとめを担当。2012年からは今回のアベンシスのマイナーチェンジにTMEの立場で企画、開発に参画。そして、2015年 日本に帰任し、製品企画部署に戻り、アベンシスの開発責任者を任せられる。

開発責任者として海外のスタッフも含めて組織をまとめて一つのクルマを造り上げるために必要なものは何か?との質問に対して、「コミュニケーションをとることが最も重要。欧州のスタッフは、どれだけ現地の意見を聞こうとしているか、という点を注目しています。まずはしっかり相手の意見に耳を傾けることに心掛けました。日本人でも、欧州の人でも違う考えを持っている人はいます。文化・考え方の違いはあっても、スタッフはみんな、自動車会社に入ってきていて、良いクルマを造りたいという思いは同じです。しっかりとしたコミュニケーションをすれば、コミュニケーションの中から目指すべき方向が自ずと決まってくると思います。」と語られた。