プリウス 開発責任者に聞く (2015年12月)

「21世紀に間に合いました」というCMのキャッチコピーとともに、1997年世界初の量産ハイブリッドカーとして誕生したプリウスは、その高い燃費性能とともに、トヨタの環境技術の先進性を強く印象付けた。続く2003年発売の2代目プリウスはハイブリッドという基本特性に加え、「デザイン」「走行性能」というクルマ本来の価値を向上させるとともに、多くのハリウッドスターが愛車として購入し、「地球にやさしい低燃費のクルマに乗ることがステイタス」という新しい価値観を創造した。そして、2009年「ハイブリッドカーの市場を拡大し、お客様のすそ野を広げる」という大きな使命を持って登場した3代目プリウスは爆発的な販売を記録し、ハイブリッドカーの普及に大きく貢献した。

今では、プリウスやアクアなどのハイブリッド専用車に加えて、様々な車種にハイブリッドがラインナップされ、もはやハイブリッドカーは特別なクルマではなくなり、また、プラグインハイブリッドカーや電気自動車(EV)、そして燃料電池(FCV)などの環境車も市販化し、徐々に普及してきている。

そういった中、プリウスがフルモデルチェンジされる。普通に考えると、これまで歴代プリウスが進化を続け、世界をワクワクさせてきたような開発の余地は、あまり残されていないように思われる。それゆえ、新型の開発は想像を絶するようなプレッシャーと苦労があったはずだ。果たして新型プリウスはどんなクルマなのか? どんな想いと決断の末にそのクルマは完成したのか? 開発の舞台裏と苦労について、開発責任者の豊島浩二チーフエンジニアにお話を聞いた。

数字に表れない五感で感じる部分にこだわる

​​​​​大学では船舶工学を勉強していましたが、元々、クルマが大好きで、学生時代はマツダのファミリアをガンガンに改造して、生駒山や高野山の峠を走りこむということをやっていました。就職する頃にはそれも卒業して、むしろスポーツカーよりも普通のクルマ、人とモノを安心快適に運ぶ大衆車に興味があり、トヨタに入社しました。入社してからは、クルマ全体のことが勉強できると考えて、ボデー設計部を希望し、配属されました。

ボデー設計部には17年間在籍し、エンジンのように出力など数字に表される部位ではありませんが、操縦安定性、乗り心地、騒音・振動、耐久性などクルマの基本性能の根幹であるアンダーボディについてほぼ全ての部品の設計を経験しました。
2001年にレクサスLSの製品企画室に異動になり、4代目レクサスLSの開発を通して、クルマの製品開発の仕事を一から学びました。4代目LSは高級車として、「ダントツ」をテーマに掲げて様々な世界初を盛り込んだクルマで、パワーや静粛性など数値に表示できる分かりやすいところに目がいきがちですが、実は、開発時に大切にしていたのは、むしろ数値には表れない人の五感に感じる部分でした。見た目の美しさ、心地よいエンジン音や室内の静寂性といった音、清潔感や高級感の漂う室内の香り、シートに乗り込んでハンドルを握った時の体、手から伝わる感触、そして走ってみた時のクルマの応答性などの走りの味にこだわって開発していきました。その時の経験は今回のプリウスを開発する上で、すごく役立っています。

プリウスを担当する前から、私はユーザーとしてプリウスに乗っていました。言うまでもなく燃費性能はずば抜けていますし、乗りやすく本当に商品力の高い、いいクルマだなと思っていました。でも一方で、クルマとして何かもの足りなさを感じるところがありました。それって、一体何だろう?そう考えたとき、思い出したのがLSの開発で学んだ五感に感じる部分の大切さです。LSの開発での経験に加え、ボデー設計の時代に長年、アンダーボディというクルマの乗り味や快適性に影響する部分のパーツを設計して来たという自信の裏付けもありました。「なんだか分からないけど、新しいプリウスに乗ったら、すごく気持ちがいい」、お客様にそう感じてもらえるクルマ、見て、触って、乗って、五感でその良さを感じてもらえるクルマ、そんなクルマを目指して開発しました。

コンセプトは、Beautiful HV(美しい地球・美しいクルマ)

プリウスの担当をすることになったのは2011年11月です。それまではプリウスの開発には参加しておらず、「なぜ私が?」と思いましたが、上司から「新しい風を入れることが次のプリウスには必要なんだ」と任されました。この言葉を受け、今までとは違う新しい視点や考え方で、自分の思うようにクルマを造ってみようと決意しました。元々、大衆車の開発がしたかった自分にはプリウスは願ってもないクルマでした。ただ、そのプレッシャーは正直、半端なかったです(笑)

歴代のプリウスが世の中に先駆けて新しいものを生み出してきたのに続く、新型プリウスの「先駆け」ってなんだろう? まずは、ここから悩みが始まりました。
ハイブリッドカーや環境車が定着した昨今、新しいプリウスに対するお客様からの期待度は高く、さらなる進化や変化がかなり高いレベルで求められています。また、「新しいプリウスには、いくつの世界初が入っているのですか?」という質問もきっと受けることになるだろうとも思いました。

しかし、プリウスに本当に求められているのは、「世界初」が満載のクルマなのだろうか?という想いが私にはありました。プリウスを「もっといいクルマ」にするためには何が必要なのか?をしっかり見極め、そこを造り込んでいくことこそが必要だと考えました。
クルマのモデルチェンジで、よく「進化」という言葉が使われることがありますが、ただ「進化」するだけでなく、さなぎが蝶になるように「変化」していかなければならない。「世界初」だけでクルマを造るのではなく、ハイブリッドカーのあるべき姿を徹底的に追求し、一つ一つの課題をトヨタならではの改善を積み重ねで新しいプリウスをつくっていこうと決心しました。

新型プリウスは、お客様へ「笑顔」のご提供を目的に、「Beautiful HV(美しい地球・美しいクルマ)」を開発コンセプトとしました。
​圧倒的な環境(燃費)性能を土台とし、感性に響くスタイルや、人間中心にこだわったインテリア。ワクワクドキドキを感じさせる運転の楽しさと、先進の予防安全性能。そして災害時にはエネルギー機器(給電装置)になるという社会との共存への配慮。美しいクルマが美しく走り、それが美しい地球を作り上げる。それがこの開発コンセプトに込めた想いです。お客様ひとりひとりの笑顔を想像しながら、その想いをクルマの一つひとつの部品に込めていきました。

トヨタのクルマづくりの構造改革 TNGA

トヨタは、お客様に笑顔をお届けするために、「もっといいクルマをつくろう」をスローガンに、TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)と称して、クルマづくりの構造改革、新たなプラットフォーム構築に取り組んでいます。

TNGAの目指すものは「もっといいクルマづくり」で、私自身は3つの柱があると感じています。1つ目は「良品廉価」。いいものを徹底的に考え抜き、基本を大切にして、その上で、リーズナブルな価格でつくり、お客様にご提供することです。また、そのために今までは個別車種対応していた部品をグルーピングし、開発の効率化も実現することです。
2つ目は「ものづくり改革」、効率化された部品を効率的に大量に造ることでコスト低減をも両立していくことです。
そして3つ目として、このクルマづくりの​プロセスを通じての「人づくり」をすることです。これにより、持続的にいいクルマづくりの風土を定着していくことが出来ると理解しております。口で言うのは簡単なことですが、その開発は設計・生産技術、及び仕入れ先の協力会社の方々、多くのメンバーが不可能に向けて挑戦をし続けた結果なのです。

TNGA開発と新型プリウスの開発は二人三脚で、同時進行で行われました。TNGAの部品が初めから存在していたわけではなく、一緒になって造り上げました。

先進的でエモーショナルなデザイン

まず、新型プリウスのデザインの特徴は、まるでスポーツカーのような、低重心になっていることです。これはTNGAで新たに作り上げたに新たなプラットフォームによるもので、低重心で車高も低く、先進的でエモーショナルなデザインになっています。

サイドシルエットは、フロント中央のトヨタマークからバックドアまでつながるラインが、前傾姿勢を取って、今にも走り出しそうな印象になっています。さながらイルカのようなシルエットに仕上がりました。イルカのいろんなセンサーを使って器用に泳ぐところが、新型プリウスのイメージに合っているのかもしれませんね。

フロントは、しっかりと前を見つめる野獣をイメージし、どのようにすると魅力的になるのか、デザインを固めました。デザイナーも新たなトヨタの顔を造り出したいということで、色々とトライをしました。デッザンやモデルを山ほど作り、その中から今回のフロントデザインを仕上げました。

リアは、よりワイドに広がり感と踏ん張り感を強調しました。特に夜にランプを点灯した際は、より個性的なものになっています。新型プリウスはサイドシルエットも特徴的でありますが、特に後姿がきれいでより魅惑的(セクシー)になっていると思っています。

インテリアにもこだわりました。プリウスのインテリアは人間中心が基本です。「優しさをもつ」デザイン案をベースに、1/1模型を何度も作り直し、スイッチの配置やシフトの位置を、使い勝手の良さをとことん追求して、微調整を繰り返し、造り込みました。例えば、エアコンの操作スイッチの高さの調整には、長爪の女性でも気を使わずに操作できるよう、私自身が長爪を付けさせてもらってチェックしたりもしました。そういった感覚の部分を、みんなが大事にしながら現地現物で、開発の早い段階からインテリアに時間をかけることができたので、かなりの自信作になりました。

写真はプロトタイプ

乗れば違いがすぐにわかる、走りの楽しさ、乗り心地の良さ、静かさ

TNGAで目指したプリウスの走りの性能は、「人の意図に対して素直にクルマが応える事」と「上質感」です。お客様には、この2つの性能により「安心・安全・快適」をご提供できると考えました。乗る瞬間は静かで、発進時はスーと出て、停止時はスーと止まる。市街地での加減速が滑らかで、ワインディング走行も軽やか、そして高速道路では安心して走行できるクルマ。

これを実現するために、まずは体幹を鍛えました。すなわち、ボディ剛性を上げることです。基本骨格を見直し、高張力銅板の使用率の拡大、レーザースクリューウエルディングという新たな接合技術の採用など様々な技術を導入し、ボディ剛性を上げ、走行時のクルマのねじれを抑えることができました。加えて、足回りにダブルウィッシュボーンを採用し、操縦安定性と乗り心地の良さを両立しました。

アクセルペダルを踏んだ時の応答性の良さや加速感も、お客様が走りの良さを感じるところです。これまでのハイブリッドカーは、アクセルペダルを踏む感覚と、エンジンの始動するタイミングや加速していく感覚に少しズレがありましたが、今回はその点も見直し、ドライバーの意図通りに、アクセルペダルを踏んだ時の加速のリニア感、上質なエンジン音が得られ、心地よい運転ができるようになっています。

音については、エンジン音だけでなく、クルマに乗り込むところからこだわりました。ドアを開け閉めする時の重厚感のある音、室内に入った時、雑踏音から開放され、全く無音になる訳では無いのですが、少し包まれた感のある程良い音が聞こえる感覚。そしてハイブリッドシステムを始動し、走り出しの時のモーターの高周波音を抑え、少しだけ路面からの入力音が伝わる感覚。決してザラザラ、ゴトゴトという濁りのある音ではなく、走っていることを体感できる心地よい音。そして加速していくときの心地よいエンジン音を実現しました。

乗り心地については、足回り、加速感だけでなく、実際に体に触れるシートやハンドルについてもこだわりました。
シートは座り心地を良くするだけでなく、ドライブ中、乗員をしっかりサポートしないといけません。シートバックの肩の部分や背中の部分など適正なクッション硬度をトライ&エラーで造り込んでいきました。クッションは、柔らかくすると気持ちよい座り心地が得られるのですが、長時間座っているとへたってきて、体が沈み込んで快適な状態とは言えないものになります。今回は材料開発にまで踏み込み、へたりが低いクッション材料を開発し、ソフトで柔らかな座り心地で、いつまでも疲れにくいシートが出来上がりました。

ハンドルは、握っていただいた時、その握り心地の良さ、特に夏の暑い時期を考慮して、今回開発した世界初の昇温抑制効果にも驚いていただけると思います。ハンドル形状も、これまでのプリウスで採用していた異形(D型)から、使いやすさを考慮して小径の丸型に変更しています。

新型のプリウスは、見て、触って、乗って、五感で感じるところにこだわり抜いて開発しました。実際に乗っていただければ、走りの楽しさ、乗り心地の良さ、静かさを体感いただけると思います。

圧倒的な低燃費性能、40.8㎞/Lを達成

プリウスは、燃費に関しては絶対に負けられない。徹底的に数字にこだわり、40.8km/L(JC08モード)という圧倒的な低燃費を実現しました。
先代プリウスに搭載した高熱効率エンジン「2ZR-FXE」に磨きをかけ、世界トップレベルの最大熱効率40%を実現。さらにハイブリッドシステムの小型軽量化、省スペース化などにより損失低減を図り、燃費を向上させています。

​しかし、実は企画段階において、大きな問題が発覚し、この燃費に到達するのに、かなり苦労しました。それは「いいクルマづくり」のために、様々な部品開発、性能強化を進めていた中で、計画していた車両質量を大幅に超過し、その結果、燃費性能に悪影響が出てしまったのです。
とにかく、各領域の開発部署に、質量の状況を説明し、各部品のグラム単位での軽量化をお願いして回りました。怒鳴られることもありました。人生の中で、これほど謝り、頭を下げてお願いしたのは初めての経験です。そして、各部署でたくさんの軽量化のアイディアが出され、さらには空気抵抗の改善などにより燃費改善ができました。
ハイブリッドユニットの開発陣も、燃費向上策を思いつきレベルの案まで含めて出してもらいました。10個案が出て、1個採​用という効率で、しかもその燃費効果は「1Lあたり数十メートル」程度の効果、といった具合です。しかし、諦めることなく、それらを一つひとつ積み上げて改善していき、その改善の塊により、40.8m/Lを達成することが出来ました。

よりよい社会、よりよい地域を目指して

3.11、未曾有の東日本大震災後、今、クルマが「環境への貢献」だけでなく「地域社会への貢献」に踏み出す時が来ていると感じています。よりよい社会、よりよい地域のためにクルマができること。新型プリウスが出した答えのひとつ、それが外部給電システムです。トヨタのハイブリッドシステム(THS)は、エンジンと発電機、蓄電池が搭載されていて、自ら電気を作ることができます。その電気をクルマの外に取り出すことによって、非常時の電源としても利用いただけます。1500Wの電力で、電子レンジやドライアーも動かすことができます。この外部給電機能は東日本大震災以降、プリウス、プリウスPHVなどにオプション設定しましたが、世間には余り知られていません。そこで今回は、この外部給電機能を、従来よりコストダウンし、上級グレードには標準装備、その他のグレードでもオプション設定しました。
万一の非常時の電源として、お客様のお役立てればと思います。

また、事故を減らす社会の先駆けを目指して、新型プリウスは安全性を徹底的に高めました。「交通事故を減らし、ドライバーや歩行者などの生命を守る」ということです。トヨタが事故ゼロを目指して推進してきた「実安全の追求」の取り組みが生んだ衝突回避支援パッケージ「Toyota Safety Sence P」を設定しました。

新しいトヨタのクルマづくりの先駆け

新型プリウスはTNGAから最初に出すクルマとして、トヨタが考える「もっといいクルマ」の基準となります。トヨタが言う「もっといいクルマっていうのはこの程度なのか?」と思われないためにも、基準は高くしておかなければいけません。そして、後に続くクルマの開発において、「もっと高く」と挑戦することで、トヨタのクルマはさらにどんどん良くなっていきます。

2013年の秋、開発途中のプリウスの試作車を豊田社長に試乗してもらった際、社長からは「今度のプリウスは多くのいろいろな人が注目している。プリウスであるということもそうだけど、TNGAの先駆けとして、いいクルマづくりの最初のクルマ。だから、君は少しだけ背伸びをしないといけないよ。みんなを(これはすごくいいクルマだ!と)驚かせないといけないからね」と言われました。笑いながらの、厳しいダメ出しでした。

私はこの言葉を聞いて、「いいクルマとは何か?どのように背伸びすべきか?」を自分なりに考え直し、それは妥協せずにこだわり抜いて造ることという結論に至りました。こだわり抜いて、至る所に改善を積み重ね、まさに改善の塊で新型プリウスを造り上げました。改善後は改善前、改善に終わりはありません。限りない改善、それがトヨタのDNAであり原点ですから。

改めて、私がプリウスのチーフエンジニアになった時、最初にぶつかった「新型プリウスの先駆けって何だろう?」という疑問に対する私の導いた答え、それは「新しいトヨタのクルマづくりの先駆け」です。トヨタは変わります!プリウスを先駆けとして…。新しくなった「ALL NEW PRIUS」そして「新しいトヨタのクルマづくり」をぜひ、実際に、見て、触って、乗って、体感ください。

<プロフィール>
豊島浩二(とよしま・こうじ)
1961年大阪府出身。大阪大学工学部卒業後、1985年トヨタ自動車に入社し、ボデー設計部に配属。カローラの設計室で17年間ボデー設計に携わる。2001年にレクサスLSの製品企画室に異動し、LS460とLS600hを担当。その後、チーフエンジニアとして欧州向け商用車を担当し、2010年にはBREV開発室でEVの企画を開始。2011年11月、次世代環境車全般を取りまとめる部署「ZF」において、3代目プリウス、プリウスPHVのチーフエンジニアに就任、現在に至る。
また、クルマの地域社会への貢献のため、災害に強い地域を目指した外部電源の普及活動「SAKURAプロジェクト」(http://www.facebook.com/Toyota.Sakura.pjt/)も主宰している。

取材・文・写真:宮崎秀敏(株式会社ネクスト・ワン)

[ガズー編集部]