パッソ 開発責任者に聞く (2016年4月)

小さなクルマの本命。小粋な街乗りスマートコンパクト

「トヨタ最小5人乗り」のコンパクトカー・パッソが6年ぶりにフルモデルチェンジした。取り回しの良さやガソリン登録車(除く軽自動車)ナンバーワン低燃費という従来から特長を維持し、デザインを一新、車内空間も広く、乗り心地や操縦安定性が大きく向上。先進安全装備をはじめとした機能や装備も充実。軽自動車も含めた「小さなクルマ」の本命として、新登場した。その3代目パッソの開発責任者である正木淳生エグゼクティブ チーフエンジニアをダイハツ工業本社に訪ねて、お話をお聞きした。

企画やデザインからすべてをダイハツが担当

1983年にダイハツに入社し、9年間ボディ設計を担当した後、1992年に製品企画の部署に異動になり、以来20年以上、様々なクルマの開発に携わってきました。これまでチーフエンジニアとしては、発売後の改良やマイナーチェンジは担当してきましたが、フルモデルチェンジの企画の最初の段階から発表までを一貫して担当するのは初めての経験でした。また、初代、2代目のパッソはトヨタ自動車との共同開発という開発形態をとっていて、企画とマーケティング、そしてデザインはトヨタさんが主体で担当し、製品開発と製造をダイハツが担当するという役割分担で開発してきましたが、今回は企画からすべてをダイハツが担当することになりました。自ずと力が入り、ダイハツが長年、軽自動車をはじめとした「小さなクルマ」の開発で培ってきたノウハウを開発に活かし、徹底的にこだわり抜いて開発しました。

『小粋』なクルマを作ろう!

開発にあたって、時間を掛け、そして苦労したのは、なんといっても企画のフェーズです。「パッソって、どんなクルマ?」ということを一から見直してみることから始めました。

「トヨタ最小プチトヨタ!」のキャッチフレーズとともに2004年に登場した初代パッソは軽自動車とコンパクトカーの中間に位置するクルマとして、取り回しや使い勝手の良さ、そして手頃な価格が若い女性を中心に支持され、爆発的なヒットを記録しました。

そして、2010年にフルモデルチェンジした2代目パッソはより女性にターゲットを絞って、女性目線を取り入れたフレンドリーなクルマにしました。ただ、その頃、空間効率を高めたスペース系の軽自動車が販売台数を大きく伸ばしていました。車内空間の広さだけを比較するとパッソと大きく変わらない。しかも、燃費がすごく良くなっている。そして、次々と出てくる軽自動車の新型モデルには、(パッソにはない)スマートアシストのような先進の安全装備が装着されるようになってきました。
一方で、コンパクトカーはボディサイズの大型化、装備の充実、そしてアクア、Fitのような燃費の良いハイブリッドカーがでてきたこともあり、セダンなど上のクラスからのダウンサイジングのニーズを着実に取り込み、大きく販売を伸ばしていました。
その結果、デビュー当初は軽自動車とコンパクトカーの中間の絶妙なバランスの上にあったパッソのポジションは、増大する二つのカテゴリーに挟まれて埋没し、存在感が薄くなっているとの危機感を持っていました。

もはや、軽自動車を除くガソリン登録車ナンバーワンの低燃費や取り回し、使い勝手の良さだけでは不十分。もっと明確で個性が新型パッソには必要だったのです。さらには初代や2代目パッソに乗っていただいているお客様に買い替えていただくという点でも、分かりやすい目新しさや大きな変更が求められていました。

そんな中、何度も社内でブレストを重ね、アイディアを出し合って、私たちが導き出したキーワードは、『小粋(こいき)』です。小が大を兼ねる、小さな中にスモールカーの魅力がギュッと凝縮しているクルマにしよう!と考えました。

そもそもパッソというクルマは、「ベーシックで合理的な」クルマです。決して、派手で人目を引くクルマではありません。親しみやすく、愛着を持って、長く乗り続けていただいて、ご購入いただいたお客様には「いいクルマを買った」と満足していただきたい。そのためには、ちょっと「潤い」みたいなものがほしい。ちょっと気が利いていて、存在感がある、それが『小粋』というキーワードに込められた私たちの想いです。見た目(デザイン)だけでなく、使い勝手や乗り心地などにも当てはまるキーワードです。あくまで『小粋』にとどめる。『粋』までいってしまうと行き過ぎなんです。飽きが来ず、良さがじわじわと沁みこんで愛着が湧く、「ちょっとした」とか「さりげなく」にとどめておくことが重要なポイントです。

老若男女を問わないクルマ。お客様のお好みに合わせて選べる2つのスタイル

2代目パッソでは女性をターゲットに商品コンセプトが作られましたが、新型パッソでは、あえて性別やライフステージではなくて、「ベーシックで合理的な中に、気が利いていて洒落た存在感に魅かれる」というそんな共通の価値観を持った人という括りにしました。性別や年齢を問わず、そんな価値観の持ち主ならば、20代の若い女性が乗っても、60代のシニアの方が乗っても、誰が乗っても様になる、そんなクルマを開発することを目指しました。

そのため、新型パッソの外観スタイルは、「シンプル(Simple)で活き活き(Lively)」をコンセプトに、安定感・存在感がある『小粋』なスタイル・デザインに一新しました。また、ベーシックなタイプのスタイルに加えて、「MODA」という名称で‘Cool&Elegant’をイメージしたものの2種類のスタイルを設定しました。ボディカラーも2トーンカラーを含め、全19色に増やし、お客様には多彩なスタイル、カラーからお選びいただけるようにいたしました。

インテリアでは車内の広さをより一層感じていただけるようにインパネの形状を水平基調にするとともに、全車標準でベンチシートを採用しました。また、標準車ではグレードに応じて、ピアノブラック加飾やシルバー加飾を効果的に施し、上質感を演出。さらに、MODAでは黒基調の空間に横方向の拡がりを感じさせるようグレージュをあしらい、更にシート表皮も合わせアクセントカラーとして艶やかなマゼンダ(濃いピンク色)を効果的に使い、個性と上質感を表現しています。

走りや安全性能でも『小粋』を表現

新型パッソを開発するにあたり、最初に決めていたこと、「これだけは変えてはいけない」と自らに課していた制約が2つありました。一つは、クルマの外形サイズ(全長、全幅など)は変えないということ。もう一つは、ボディ・足回り剛性の向上など重量が増えてしまう要因がありましたが、軽量化を図って車両重量は重くしないということです。この制約のもと、『小粋』というキーワードに従って、「ガソリン登録車ナンバーワン低燃費の維持」「広い室内空間を実現」「取り回しや使い勝手の良さを向上」「快適で安心感のある乗心地・操縦安定性」「最新の安全性能の装備」を重点課題に掲げて取り組みました。 長年、軽自動車の規格という制約の中で開発してきているので、制約があると燃えるというか、いろいろな知恵が湧いてきて、工夫が産まれます。これが私たちの性分なんです(笑)

燃費は、先代モデルをマイナーチェンジした時に大幅に燃費を向上させ、ガソリンエンジン登録車ナンバーワンの27.6km/Lを達成していたので、これを上回るのはかなりキツかったのですが、エンジンの進化に注力して改良を行い、28.0km/Lを実現しました。燃費を良くするだけではなく低回転からフラットなトルク特性にした事により、スムーズで力強い走りも実現しています。

室内空間については、後輪の位置を後ろに移動し、ホイールベースを50㎜伸ばすことで、2代目と同じ外形サイズながら、室内長は145㎜拡がり、前後乗員間距離も75㎜伸ばし、扱い易い外形サイズを変えないことと合わせ、クラストップの高いスペース効率のパッケージを実現しました。荷室容量が削られることになるのですが、ベビーカー・ゴルフバッグ・スーツケースや給油タンクなどこれまで積載できていたものは同じように積むことができるよう、1㎜に拘って荷室長の減り分をミニマムにしました。

また、ホイールベースが伸びると最小回転半径が大きくなり、小回りが利かなくなりますが、そこは左右の車輪の間隔(トレッド)を10㎜広げることで解消し、逆に最小回転半径は2代目の4.7mから4.6mへとより小回りが利くようになっています。
ホイールベースとトレッドを拡大することで、タイヤ四隅配置で踏ん張り感・安定感あるスタイルの実現と、操縦安定性や乗心地の向上にも貢献しています。

また、軽で開発した技術である軽量高剛性ボディの採用や、樹脂材を所々に採用するなど軽量化を図り、それを原資に燃費性能に影響する車重を上げることなく、ボディ剛性・足回り剛性を強化してしっかり感を高め、操縦安定性と乗り心地を根本的に向上しました。併せて、騒音や振動の低減にもかなりこだわって取り組みました。

エンジンはこれまで選択されることが少なかった1.3Lを廃し、1.0Lのみに絞り込みました。これによって、"低価格で低燃費"というパッソの立ち位置がより一層明確になったと思います。1.0Lのエンジンでも、先ほどお話しました低回転からのフラットなトルク特性に加えアクセルの開度とエンジンのスロットルの開度のセッティングを見直すことで、スムーズで力強く発進し、キビキビ走ります。さらに、ある程度の坂道ではその勾配を自動で判断して駆動力が上がり、ストレスを出来るだけ感じさせないような制御も入れています。

そして、先進の安全装備に関しては、ダイハツ車で実績のある衝突回避支援システム「スマートアシストII」を採用しました。
漫然・脇見運転での追突事故(人身)の約6割は、30km/h以下の低速域で発生しています。「スマートアシストII」は、このような低速での事故防止に主眼を置いた衝突回避支援システムです。街中や市街地を走行することが多いパッソにはピッタリの装備と考えて採用しています。

トヨタとダイハツの新しい関係

こうした走りや装備の改良によって、日常のドライブの様々なシーンで、軽自動車や上級コンパクトとはひと味違う、パッソならではの『小粋』をきっと実感していただき、歓び、満足していただけることと思います。

先頃、ダイハツが今年の8月からトヨタの完全子会社となり、今後、両ブランドの特性を生かした魅力的でグローバルに競争力のある商品開発に取り組んでいくことが発表になりました。
新型パッソの開発が始まった2012年の時点ではそんな話は全くありませんでしたが、今回のパッソでのダイハツの役割変更は、過去の受託生産・共同開発など様々な協業を行ってきた中での進化であり、ダイハツが培ってきた‘低価格‘、‘低燃費‘、‘スペース効率の高いパッケージ‘、‘小さいクルマに適した衝突回避システム‘などの開発ノウハウ、特技がふんだんに盛り込んだ、「もっといいクルマづくり」ができたと自負しています。もし新型パッソが、トヨタとダイハツの新しい関係の先鞭となったクルマと評価されたら、それは嬉しい限りです。

正木淳生(まさき・あつお)

<プロフィール>
和歌山県出身。東京農工大学卒業後、1983年ダイハツ工業入社。ボディ設計部に配属。1990年より製品企画の部署に異動。ミラ、オプティ、ムーブなどを担当。2006年のソニカを最後に、2007年からはコンパクトカーを担当。初代シエンタのマイナーチェンジでDICEの開発を手がける。パッソは2代目の開発の途中から参加。発売後にチーフエンジニアを引き継ぎ、マイナーチェンジそして3代目パッソのフルモデルチェンジを開発責任者として担当した。現在はパッソの他、bB、ラッシュ、プロボックス/サクシードも担当している。ダイハツ工業株式会社 製品企画部 エグゼクティブ チーフエンジニア。趣味はお買い物。クルマに限らずいろいろなモノを見て回るのが好き。新しいモノ好きで食品の新商品などが発売されると、"どこの何に惹かれてお客様が買うのかというのを想像するのが好き・楽しい"っていうところもありますという。

取材・文:宮崎秀敏(株式会社ネクスト・ワン)

[ガズー編集部]