グランエース開発責任者に聞く。新たな市場開拓を図る「上質なおもてなし空間」へのこだわり
これまでトヨタ自動車からトヨタ車体に委託されていたバン、ミニバン、バスといったバン事業の企画・開発・生産業務が2018年11月に移管され、移管後初の国内投入モデルとなるのが東京モーターショー2019でお披露目されたグランエースだ。全長5.3m、全幅1.97mものフルサイズボデーで生み出した広大な室内空間へ与えられているのは、大人4人がゆったりとくつろげるオットマン(リクライニング式足置き)付き本革キャプテンシート。これまでのミニバンとは一線を画す、贅を尽くした空間構築にはどのような想いが込められているのか、グランエースのチーフエンジニアである石川拓生氏に話をうかがった。
自分自身の幅を広げた乗用車設計部門への配属
学生時代は戦艦や戦闘機といったプラモデル作りへ没頭していた時期もありましたが、クルマに対して特別な思い入れがあるワケではありませんでした。実際、大学時代は卒業後に商社へ行きたかったんです。
ただ、愛知県で生まれ育ってきて、幼少の頃から慣れ親しんでいたのはトヨタやクルマ関係の会社。デンソーやアイシンといった部品メーカーも気になりましたが、どうせならクルマそのものに関わりたいと考えたんです。トヨタ車体を選んだのは、自分にとって面白そうかなと直感したから。「規模が大きいトヨタ自動車よりもトヨタ車体なら自由に色んなことができるんじゃないか」と勝手に考えていました。今は優秀な人材がたくさんいますから、おそらく入社できなかったでしょうね(笑)。
トヨタ車体は、トラックやバンといった商用車がメインのメーカーなんですが、最初に配属されたのは当時、社内では主流ではない乗用車設計を担当している第4構造設計課でした。カリーナやコロナ、カルディナといったボデー設計に携わりました。でも、主流から外れていたおかげで私自身の幅を広げることができましたし、今では乗用車からスタートできて良かったなと感じています。
子どもが生まれてからは、自分が開発したクルマを所有
大学生の頃の愛車は、スプリンターのハードトップ。入社後に初代スープラ(A70)へと乗り換えました。子供が生まれて「スープラに乗ってちゃいかんよね」と、普通のクルマに乗り換えようと考えたんですが、何を血迷ったのかセラを買ってしまいました。
スープラを下取りに出せば追い金なしで買えるからと販売店の方に言われ、奥さんがお産で帰っている時に勝手に決めたんですけど、実車を見て「ベビーカーはどうするの!?」って無茶苦茶怒られましたよ(笑)。
さらに、セラはグラストップだからエアコンも効きにくく、夏は非常に暑い。仕方なくカルディナへと買い替えました。その次がガイア。その後はエスティマを二台乗り継ぎましたね。実は、カルディナから後は、すべて自分が設計を担当したクルマだったので、新車が納車されてもまったく新鮮さがなかったです。子供が生まれてからは自分が担当したクルマばかり買っていますね。
今は会社のクラウンに乗っています。
巨大な箱形ボデーの難しさ
入社後から一貫してボデー設計へ関わっているのですが、モノコックボデーは大きな箱型のクルマになるほど捻られます。さらに、クルマとしての使い勝手を考えれば、スライドドアやバックドアはできるだけ大きくしておきたい。当時はシャシー設計が良い足まわりをつくっても、肝心のボデーが剛性不足でその良さを活かしきれず、足まわりに対しアンバランスなボデーでした。
ミッドシップからFFへと変更された2代目のエスティマを担当したのですが、あの頃からやっと足まわりに追いついてきたボデーとなりましたね。解析ソフトもありましたけど、試作車を走らせて応力のかかり方やどこに変形が生じるのかを徹底的に調べました。
信じられないかもしれませんが、ボデーが変形しない究極を知るため、スライドドアやバックドアといった開口部へバッテンの斜交いを入れて溶接でガチガチに固めたりもしました。それで、その時の応力を調べて少しでも究極に近づけようとトライをしました。開口部まわりの少ない支持点数を考えると現実的には不可能ですが、ヒンジとストライカーだけで固定されているバックドアひとつにしても、サイドストッパーの硬さとか位置を工夫することで少しでも究極に近い剛性を引き出せないかと試行錯誤しました。
もちろん、一番大事なのは構造ですし、欧州車なども徹底的に勉強してきました。10〜15年前と比べれば、今のボデー設計は大幅な技術進化を遂げています。
それまでの知識では対応できなかった5代目(現行型)ハイエース
2002年ボデー設計部第一ボデー設計室室長となり、ハイエースを担当しました。入社以来、自動車の設計に長く関わり、それなりに設計者としての自信もありましたが、5代目(現行型)ハイエースには見事にプライドを壊されましたね。でも、様々な勉強もさせてもらった一台でもあります。
ハイエースはロングライフなモデルですので、4代目の図面関係は残されているといっても当時設計していた人はすでに退社されていました。当然、安全基準も4代目の設計当時からはずい分厳しくなっていますので、プラットフォームも刷新することが必要でした。
一方、僕はずっとミニバンをやってきましたから、最初は乗用車感覚で設計していました。でも、実際に設計してみるとボデーは真四角と言えるほど箱形で大きいし、足まわりからの入力も全然違うので、商用車として求められている耐久性が全然確保できないんです。
例えば、4ナンバー法規の中で最大の室内空間を確保するために、㎜単位で詰めなければならないピラーの厚みの問題がありました。欧州の商用車はピラーが150mmくらいありますが、ハイエースの厚みは100mm。その条件でボデー剛性を確保しなければなりません。
また、ミニバンみたいに箱形でもボデーの丸みがあれば面剛性が出るのですが、ハイエースはとにかくフラットスクエア。ボデーだけではなくて、スライドドアやバックドアもトヨタ最大の大きさなんです。今までに経験したことのないボデーでした。
さらに、お客様が以前の使用方法で使っていたら壊れちゃったというようなことは、商用車ではとくに許されません。商用車は1年間に30万キロ走る車もいます。使われ方も、想定以上にハードだったりします。でも、壊れても修理できなければいけないし、ボデー本体は最後に壊れなければいけない。ということで、「壊し切り評価」と言っていますが、ずーっと走って壊れるまで耐久試験をやるとか、ドアの開閉耐久試験は、基準をクリアしても壊れるまでやる。基準をクリアするだけではなく、壊れたらどう壊れるかを試験します。壊れてもドアが閉まらないということはないようにする。お客様も壊れたところが分かるように作らないと、商用車はなかなか商売にならないんですね。ハイエースに限らず、商用車はそういうアプローチでやるんです。そんなこともあって、評価という評価は一発でOKが出たものはないぐらいに苦労させられました。
実は5代目(現行型)ハイエース開発から10年以上経過していますが、奇しくも今回のグランエース開発は当時と同じような設計者布陣でした。ボデーサイズの大きさはもちろん、スライドドアの開口部にしても一段と大きくなって条件的には厳しくなっていましたが、当時の経験や反省が活かされていて開発中の不具合は驚くほど少なかったです。そう考えれば、「5代目(現行型)ハイエースのリベンジだ!」って僕を筆頭に変に全員が燃えていましたね(笑)。
新たな市場へ向けて生み出したグランエース
まず、5代目(現行型)ハイエースに関しては、バンをベースとしてコミューターを企画していました。ただ、海外においてハイエースは8割がコミューター、つまりバスとして使用されています。そこで海外用新型ハイエースを開発するにあたっては、バンではなくバスを中心に据えました。ですから、当然走行安定性や乗り心地へ配慮して色々と手を加えています。
ちなみに、5代目(現行型)ハイエースは海外で色々と加飾したワゴンも作っていて、結構な台数が売れています。市場としてはコミューターが売れているのですが、上級送迎車としてのワゴンもかなりの伸びを見せている。バンとしてのプラットフォームを持つ5代目(現行型)ハイエースからはなんちゃってワゴンになってしまいますが、海外向けの新型ハイエースはバスをメインとしたプラットフォームです。そうした経緯もあって、海外向け新型ハイエースが開発スタートしてから少しして、プラットフォームは共通だけど上は全部変えて真剣に作り込んだワゴンを追加しようと決めました。
サイズ感やアルファードとの兼ね合いもあって、最初は国内に海外向け新型ハイエースのワゴンは導入しない予定でした。しかし、今回、海外向け新型ハイエースのワゴンを、国内専用のチューニングを施したグランエースとして導入することとなったきっかけは、VIPの方が乗られているクルマ事情です。多くはアルファードを利用されていて、リヤシートに1人もしくは2人のVIPが乗られています。ただ、VIPの人数が増えたり、人数が少なくても空港やホテルの送迎といったシーンで荷物が増えるといった場合では、リヤ2列目以降の居心地が落ちて、荷物も載せにくいアルファードでは十分ではない。市場としての規模は小さいかもしれませんが、グランエースは新たな市場開拓を図る上質なおもてなし空間の実現を目指してアプローチしました。ですから、海外仕様とは異なりグランエースは各部の加飾から足まわりまで様々な部分を国内専用へと変更しています。
新幹線の車内デザインから得られたヒントも!?
上質なおもてなし空間を目指したグランエースでは、オットマン付きキャプテンシートを4脚据えた6人乗りモデルを用意しました。バニティミラーを4つ用意したり、上品な雰囲気を醸し出しつつ読書灯としても活用できるイルミネーションをベルトラインに入れたり、真四角な室内だからこそ感じられるゆったりとした空間を大切にしています。海外仕様とは違うアコースティックガラスなども採用し、遮音・吸音に関しても高級ワゴンにふさわしい仕上がりを目指しました。
実は「今回、こういうクルマを作りたい」とデザイナーに伝えて、日本中の新幹線に乗ってもらったんです。掃除がしやすいカーペットとトリムの位置関係やシートまでの導線の魅せ方、手で握れるようにしたシートベルトのベゼル形状など、グランエースには新幹線で得たヒントをけっこう採り入れています。
もちろん、そうしたおもてなし空間の演出だけでなく、乗り心地や取り回しといった部分にも入念にこだわっています。FR、RRともサスペンションを新設し、細かいチューニングをしています。東京モーターショーでグランエースを見られた方の大半は「でかっ!」といった第一声でしたが、フロントタイヤの切れ角は45度を確保して最小回転半径5.6mへと収めていますし、ミラー・トゥ・ミラーを狭くするために新設した縦型ミラーはバックする際の安心感を左右するリヤタイヤがしっかりと見えるんです。
外観に関してはヘッドランプを薄く左右に流し、L字のRRコンビネーションランプへメッキを突き刺すようなあしらいにしたりと、グランエースのワイド感を魅せようと意識しました。ただ、アルファードなどと違ってモデルライフが長い車ですので、デザイナーには受けや派手さを狙うのではなく、落ち着いた存在感があって飽きのこない日本車らしいデザインをお願いしました。
新たな市場開拓への挑戦
今後はグランエースへ注いだ細かなこだわりが、どう市場から評価されるのかを楽しみにしています。今までは、クルマを設計し、完成した後は、クルマのPRや広報についてはトヨタ自動車の広報やマーケティング担当に任せ一切口を出したことはありませんでした。でも、グランエースについては、開発で想い描いた世界観をしっかり伝えたくて、プロモーションビデオにも積極的に意見を出しました。
VIP送迎といった新たな市場開拓ということで「もし売れなかったら……」というプレッシャーはなく、今までにない自由な感覚です。グランエースを知っていただいた皆さんからは「なるほど」と世界観を理解していただけていますし、これからグランエースがどう受け入れられていくのか楽しみですね。
今回のインタビューで、石川さんからはグランエースの開発秘話のみならず、商用車に求められる要素や設計開発の苦労話など、ここでは紹介しきれないほど数多くの話を楽しく聞かせていただきました。なかでも印象に強く残ったのは「クルマ作りへの熱き情熱」。企画・開発だけではなく生産や販売まで総合的に関わる立場のチーフエンジニアは、どちらかというと一歩引いたスタンスで情熱を抑えて全体を見渡しているようなイメージを勝手に抱いていました。しかし、石川さんが技術面から世界観までグランエースへ妥協なく注いだ想いやこだわりを話されている姿は、まさに情熱溢れる1人のエンジニア。VIP送迎といった市場を考えるとなかなか自分が関わることができる機会は少なそうですが、おもてなし空間のくつろぎを味わうのはもちろんのこと、ステアリングもぜひ握ってみたいと感じさせられた一台です。
<プロフィール>
石川拓生(いしかわ・たくお)
1962年、愛知県生まれ。1985年名古屋工業大学・工学部 生産機械工学科卒業後、トヨタ車体へ入社。入社後は乗用車のボデー設計を担当する第一設計部第4構造設計課に配属され、カリーナやコロナ、カルディナなど車種開発に取り組んだ。以後、2000年ボデー設計部第一ボデー設計室G長、2002年ボデー設計部第一ボデー設計室室長、2007年製品企画センター主査、2014年商用車開発部部長として、ボデー設計一筋にエスティマやアルファード、ハイエースなどを担当。2015年にトヨタ車体常務役員へ就任後、トヨタ自動車ZU2チーフエンジニアを兼務し、現在はバン事業本部商用車開発領域・領域長、そしてZUチーフエンジニアを務める。なお、高校時代から現在まで続けている趣味のバドミントンでは、西尾市バドミントン協会会長として後進の育成へと携わっている。
(文=村田純也・四馬力/写真=ガズー編集部)
[ガズー編集部]
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