自動運転より自動ブレーキ …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

高齢者が運転する車による事故が後を絶ちません。死亡事故も起こっています。被害に遭われた方や、その御家族の心中は察するに余りあります。そして、加害者の高齢者にとっても、その御家族も含めて、多くの人の人生を破滅させる事故が多発しているという現実です。

最近の報道を見聞きしていたら、15年程前に、現在の状況を予見している、あるジャーナリストの記事を読んだ事を思い出しました。確か、その内容は「戦後暫くした昭和30年代に多くの若い人が自動車免許を取り始めたので、その人達が80代90代になる10年後から20年後に、高齢者の運転が大きな社会問題になるだろう」というものでした。15年後の今、その予見通りの状況になっている、という事です。

免許の返納等、様々な行政上の対処も必要だと思いますが、過疎地等での移動に、車は不可欠である事を考えると、決まった年齢になったら一律に免許を取り上げる、という訳にもいかないと思われます。また、ある年齢以上になったら免許の更新を毎年にして、その都度、適性テストを行い、合格した方だけが更新出来るシステムというのも考えられますが、その場合は、更新時の経済的な負担を減らす、等の配慮も必要になってくるでしょう。

行政の今後の対策には、ひたすら声を挙げて期待するしかないのですが、今回はクルマ自体で出来る対策を考えたいと思います。結論から申し上げますと、全てのクルマに所謂、自動ブレーキ(衝突軽減ブレーキではなく)を標準装備する、というものです。

以前も述べましたが、現在の“自動運転”と称する中途半端な運転支援システムは、むしろ危険だと私は考えています。必要不可欠なドライバーの集中力を奪い、いざという時に対処のしようがない現在のシステムは即刻、開発を止めるべきだとさえ思っています。

以前、ラジオ番組で御一緒した、レーシングドライバーで監督も務める脇阪寿一さんは、こうおっしゃっていました。「レールの上を走る電車でさえ、現時点で完全自動運転での運行は出来ていないのに、ましてや状況が頻繁に変わるクルマの自動運転は相当、難しいんです。暫くは無理やと思います(関西弁で)」にもかかわらず、あるメーカーは「自動運転」という言葉を使い、「ドライバーも一緒に盛り上がれる時間が必要」、等と標榜していますが、私は個人的には憤りを感じています。

目的地まで何もする必要が無い様な完全自動運転の車でもない限り、同乗者の命を預かるドライバーは運転に集中するのは絶対条件です。“一緒に盛り上がっている時”に、不測の事態が起こったら、敢えて厳しい言葉を使いますが、「そこには死が待っている」と私は申し上げたいです。

そこで、再び提言させて頂きます。

自動ブレーキの全車標準装備義務化が必要です。すでにVOLVOは、輸入する全ての車に歩行者や自転車も検知する自動ブレーキを標準で装備しています。日本メーカーの中でも、多くの車に装備される様になってきましたし、オプションでも、法外な価格での提供ではなくなってきています。

そう考えれば、今後、軽自動車も含めて、日本国内で販売する全ての車に標準で装備するというのは、さほど非現実的ではないと考えます。かつては3点式シートベルトも、エアバッグも高級車にしか付いていない“贅沢品”でした。しかし、例えば、3点式のシートベルトは2012年以降、全ての席への装着が義務になっています。

1959年、VOLVOが3点式シートベルトを発明し、特許を取ったのですが、安全に寄与する技術という事で、無償で全メーカーに公開した事で、全世界に広まったという事実が有る様に、自動ブレーキに関しても全メーカーが協力して開発すれば、かなり高度な装置が全メーカーの車に“標準で”付くという道も開けてくるのではないでしょうか。

これまで、いくつもの事故が報じられていますが、多くは、高齢者が運転する車がコントロールを失い、暴走状態になり人の列に突っ込んだり、コンビニエンスストアの駐車場で、アクセルとブレーキを踏み間違えて、猛スピードで車を店舗にぶつけてしまったり、とパターンは決まっています。これらの事故の多くが、自動ブレーキが装備されていたら避けられた可能性が高い事案だと思われます。

国は早急に手を打つべきです。

コストに制約の有るメーカーは義務にならなければ、それが安全に関わる装備でも付け渋る傾向が有ります。日本のコンパクトカーの中には、未だに“義務ではない”5人乗りの後部中央席のヘッドレストが装備されていない物も珍しくありません。ヘッドレストというのは、快適装備ではなく、後部からの衝突から頭部や頸椎を守る大切な装備です。

この事に関しては、あるジャーナリストの方が某メーカーの新型車の後部中央席にヘッドレストが付いていない事に気付き、「何故、後部中央席にヘッドレストを付けなかったのか?」とメーカーのエンジニアに訊いた所、「殆ど使われる事が無いですから」と答えられて憤りを感じたという記事を読んだ事が有ります。よくぞ、書いてくれたと思わず膝を叩きました。この事からも、やはり安全に関わる装備は国として基本的に全て義務にするべきだと考えます。

以前、輸入車は安全に関する装備は、どんな価格帯の車にも標準で付いていましたが、最近は、自動ブレーキが“前車追尾式クルーズコントロール”等とセットでのオプション扱いになっている事が多くなってきており、しかも輸入車の場合、それが高価な設定になっているのが残念でなりません。失望すら感じます。そのインポーターによって、かなりの差が有るので、今後は全ての輸入車ブランドのインポーターがVOLVOを見習って欲しいと願うばかりです。

何度も言いますが、車を、いざという時に“止める”自動ブレーキの類と“進む”方向での運転支援は、別に考えるべきで、進む方向はオプションで一向に構いませんが、止める為の装備は日本車、輸入車問わず、国が装着を義務化する事を強く望みます。

勿論、これだけで、全ての事故が無くなる訳では有りませんが、少なくとも、事故が減るのは間違いないのではないでしょうか。事実、VOLVOは前述の装備を搭載した車の事故率が非搭載の車と比べて69%も少ない事を発表しています。仮に全ての車に搭載されたら、単純計算で全ての事故が70%程、減る事になります。

今、クルマの動力源であるパワーユニットも、交通行政も、運転システムも全て過渡期にあると言って良いでしょう。過渡期であるが故に、コストの面では“その時点での”最新技術を次々に搭載してくのには勇気が必要だと思います。でも、過渡期だからこそ、メーカー同士がアイデアや技術を出し合い、悲惨な事故を無くす方向では団結して頂いて、それを国が全面的にバックアップする事を願います。

今、この瞬間にも事故は起こっているかもしれません。尊い命が奪われるかもしれません。クルマが凶器になるのは、もう嫌です…。時間は無いのです。

国、メーカー、インポーターの英断に期待します。

安東 弘樹

[ガズ―編集部]