制限速度 …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

皆さんは、今の高速道路の制限速度100Km/hというのを、どう感じていらっしゃいますか?今年の10月、警察庁が高速道路の、制限速度引き上げを発表しました。将来的には120Km/hまで引き上げるのを前提に、試行期間として、まずは、ごく一部の区間で110Km/hにするというものです。

やっとか…、これが私の正直な気持ちです。

ちなみに、他の国の制限速度を御紹介すると、ドイツでは、御存知、アウトバーンの7割程の区間が制限速度無制限、残りの3割が130Km/h、私が様々な事柄で比較するイタリアは130Km/h、アメリカのフリーウェイはマイル表示なのですが時速にすると110Km/hちょっと、といった所でしょうか?

こう比較すると明らかに日本の制限速度が遅いのが分かります。

では、いつから日本の高速道路の制限速度が100Km/h になったかというと、1963年まで遡らなければなりません。日本で最初の高速道路は1963年に栗東ICから尼崎ICまでの70Kmちょっと、が開通した名神高速道路です。驚くべき事に既に制限速度は100Km/hに設定されていました!

当時、少なくとも100Km/hで巡航できる国産車の方が少なかったと思いますので、クルマの性能比だけで考えれば今の感覚で言えば、150Km/h~160Km/hか、それ以上、という感じではないでしょうか?

クルマの性能や道のクオリティーの向上等を考えると、よくも、これまで半世紀以上に渡って制限速度が変わらなかったものです。ただ、意外だったのがインターネット上の、この件に関しての一般の方の意見を見ると「制限速度を上げると死亡事故が増えるので反対」という内容のものが多かった事です。

では、それに反論する訳ではありませんが、幾つかのデータをご紹介させて頂きます。

まず、前に挙げた、日本より制限速度が高い国と日本とで高速道路の交通量比で死亡事故の確率が高いかと言えば、そんな事はありません。色々と調べたのですが、特にドイツの場合、制限速度無制限なのにも関わらず、アウトバーンにおける死亡者数の割合(一般道比)は日本の高速道路よりも少ない事が分かりました。

では日本でのデータです。ご紹介するのは5年程前のもので速度別の交通事故の死者数の割合を出したものです。それによると最も死者数が多い事故発生速度は41~50Km/hで全体の20%強、2番目が51~60Km/h、3番目が31~40Km/h…。

すなわち、事故によって亡くなっている人の数は、31~60Km/hで60%近くに上っているという事です。90~100Km/hでは3%、そして100Km/h以上では1.5%という数字になっています。

更に10Km/h“以下”での事故死者数が6%という事にも驚きましたが、速度が上がると深刻な事故が増える、という意見は間違いであると言わざるを得ません。

私は何も、バンバンスピードを出しても良い、と言っている訳ではありません。スピードが上がれば事故のリスクは上がるのは確かですが、事故を起こす最大の要因は、「集中力の欠如」である、という事実を忘れないで頂きたい、という事です。

特に日本では極端に速度を出さないドライバーに対して「あの人は安全運転」等と表現する事が多いですが、この表現は明らかに的外れである事がデータからも確認出来ます。ただ、制限速度を極端に逸脱し、クルマの間を縫うように走っている様な“輩”は論外である事は言うまでもありません。

その様な事からも、これから徐々に高速道路の制限速度が上がっていくのは私としては歓迎です。

しかし、一般道路については、逆に制限速度が高すぎるのではないかと疑問に思う場所が多々あります。日本の道路の速度規制には“メリハリ”が欠けている様に私には感じられるのです。

ドイツでは、見通しの良い郊外の“一般道”の制限速度が100Km/hに設定されています。一方、道が狭い市街地や学校が有る様な住宅街では30Km/hに制限されている所が多く、しかも、その取り締まりは非常に厳しく、カメラ等を使って徹底的に行っています。

安全な所では交通効率が高まるように制限速度は高く設定し、リスクが高い場所では、低く設定しており極めて効率的な状態になっていると言って良いでしょう。

日本で驚くのは、バイパスの様に車しか通行できない見通しが良い(事故リスクが比較的少ない)道の制限速度が60Km/hで、子どもが登校で使う様な市街地を通る国道等が50Km/hと、環境(リスク)が全く異なる道での制限速度の差が少ない事です。これには憤りを感じます。制限速度を本当に安全上の観点から設定しているのか疑問に思わざるを得ません。(ここまでの表現にしますが察して下さい)

先に紹介した速度別のデータから分かるのは、明らかに“一般道”での漫然とした運転が車を凶器に変える事が多い、という事です。何でもドイツの真似をすれば良いという訳ではありませんが、そのメリハリだけは学んでも良いのではないでしょうか?

高速道路の話に戻しますが、今、日本の高速道路を走っていると、正直な所、制限速度を守っているドライバーは少ない様に見えます。今の車の性能を考えると高速道路を100Km/hで走るのは、非現実的である証拠?とも言えるかもしれません。

だからこそ、速度オーバーで“捕まった時”多くのドライバーは、反省の気持ちより“運が悪かった”等と感じてしまうのではないでしょうか?(皆、違反しているのに、自分だけが、たまたま捕まってし まった!)

数年前、ある雑誌の企画で、海外のジャーナリストを集めて、日本の車で日本の高速道路を、思う存分、走って貰って感想を聞く、という記事が有りました。海外ジャーナリストの多くが、日本の100Km/hという低い制限速度と、それを守っていないクルマの多さに驚いていました。

極めて日本的な「本音と建て前」を見た気がした、との意見が多かったのですが、何人かのジャーナリストは、「この方が嬉しい(笑)」と、言っていた、と記事には書いてありました。

すなわち、特にヨーロッパでは、制限速度が高い代わりに制限速度を超えると、かなりの確率で「御用」になってしまう、という事です。だからこそ、なのか、イタリアは130Km/hから2001年の法改正により制限速度を150Km/hに引き上げる事が可能になりました。(現在、まだ、その区間は無いそうですが。)法改正に至ったのは、150Km/hになるんだったら、どうぞ厳しく取り締まって下さい。という国民の声が多かったから、とか…(笑)。

ドイツでは制限速度無制限の区間は多いですが、代わりに走行レーンを使っての追い越し等は一発で免停になる事もあるそうで、速度は出して良いが、危ない事をするドライバーは徹底的に取り締まる、という姿勢です。やはり私は、ドイツの,このメリハリが好きです。

人間関係においては「本音と建て前」も良いかもしれませんが、人の命に係わる道路行政に関しては、きっちりとしていた方が良いと私は考えます。きっちりする為にも、せめて、“法外な”通行料金や税金によって整備されている日本の綺麗な高速道路の制限速度を現実的な数字にして頂きたいと心から願います。

そして、高速道路の制限速度が何キロになろうとも、全ドライバーがクルマを運転する際に「この道具は凶器にも棺桶にもなる」という緊張感を持ってステアリングを握っていれば、また、同じ緊張感で、普段から、車の整備もしていれば、悲惨な事故は起こらないと私は信じています。


安東 弘樹

[ガズ―編集部]

MORIZO on the Road