新たな目標 …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

私が“Car of the year”の選考委員になってから、私のメールには各メーカーやインポーターから新型車等のジャーナリスト向け試乗会の案内が、毎週の様に届く様になりました。

私は会社員ですので、この試乗会に行く時間を捻出するのが大変なのですが、選考委員としての責任もあるので、何とか時間を作って参加するようにしています。

当初は、“新人”の私にとって、この試乗会そのものが新鮮で、殆どの出席者がお互いに知り合いだったり、メーカーやインポーターの方とも面識があり、色々な場所で談笑する姿が見られる中、私一人が“アウェイ”な感じで、現場に居るのが不思議な感覚でした。流石に最近は徐々に話をする程の知人も増え、話の輪の中に入れる事も増えましたが(笑)。

ただ、クルマについての情熱は、誰にも負けないという自負はあるので試乗の前の商品説明などの時は、毎回、一番前に座って、一言も聞き洩らさない態度で臨んでいます。

今回は皆さんに、ジャーナリスト向け試乗会が、どんなものか、また、そのメリットと課題を紹介しつつ、私の夢、というか目標についてお話させて頂きます。

試乗会は、メーカーや車種によって会場も様々です。

例えば、試乗対象が軽自動車の場合、都内や幕張等、恐らく普段使われる様な環境の街中での試乗になりますし、スポーツモデルでしたら、箱根や伊豆のホテル等を拠点にして周囲のワインディングロードや、時にはサーキットや広大な私有地等、所謂、クローズドコースが試乗路として用意されます。ちなみにSUVでしたら舗装されていない道やオフロードコースが有る施設での試乗、といった具合です。

試乗会の流れは、こんな感じです。

時間にも寄りますが、現場に到着すると、食事等が用意され、その後に、商品説明、軽い操作案内(基本的に色々なクルマを運転しているジャーナリストが相手なので本当に簡単な説明)が有って、その後に実際の試乗、終わった後にメーカーの開発者等と懇談、といった流れです。

会場が都内から遠い時には交通費が支給される場合も有りますが、非常にリアルな金額なので利益供与には当たらないと思いました(笑)。

試乗時間は、その時の試乗対象のクルマが一車種の場合は2時間位。

2、3車種(グレード)の場合は1台当たり1時間位。

それ以上だと1台あたり30分~45分、という時もあります。

当然ですが、各メーカー側が用意したクルマに、複数台の場合は、次々に乗っていく訳ですが、正直、私としてはいつも時間が足りないと思いながらも、好きなクルマと“好きではない”と判断されるクルマは、乗って30分も経てば分かって来ます。

ただ、どちらとも言えない様なクルマは、少なくとも数十回は乗ってみないと、その良さも悪さも理解は出来ないな、というのが実感です。

1番の問題が耐久性や日々の使い勝手等については、どんなクルマでも短時間の試乗では、どうあがいても判断する事は出来ないという事です。

そしてもう一つ、勿論、各メーカー、試乗会用に特別なクルマを用意する、なんて事は無いと思いますが、徹底的に整備はしてあるでしょうし、多くの場合、最大限のオプションが装備されたクルマが用意されています。

私が、以前から行っている、自宅や会社近くのディーラーに赴いての試乗より遥かに多くの事を体感出来るのは確かですが、やはり試乗会という特殊な状況では、全てを知る事は不可能だと感じました。

ところで皆さんは「LDK」という雑誌を御存知でしょうか?

L(リビング)D(ダイニング)K(キッチン)の略で、それぞれで使われる家庭用製品を、この雑誌の編集者や編集関係者が自ら、徹底的に使って、その評価を“ベストバイ”“ワーストバイ”等のマークを付けて誌面に載せるという画期的な月刊誌で“テストする女性誌”と言われています。

え、前から、そんな雑誌はいくらでも有る?

何が「画期的」かと申しますと、この雑誌、全ての製品を自腹で“買って”テストして、メーカーから借りたり譲られた物は一切、使わないのです。

それどころか、誌面には広告が全く有りません!

雑誌の収入は半分以上が誌面に載せる広告費だそうですが、このLDKは読者の購買費だけが収入だそうで、足りない分は関連するムック本等を出版して、その売り上げで賄っているそうです。
そう、LDKは全てのシガラミ、制約から独立した究極の消費者目線、製品紹介本なのです。

この本の存在を知った時から、私には一つの目標が出来ました。

そう!クルマ版LDKを作りたい!

現在、我々消費者が、興味の有るクルマの事を知ろうとした場合、自分でディーラーに行って、極めて短時間の試乗をする。雑誌やネット媒体でジャーナリストが前段で紹介した様な試乗会を通して書いたインプレッション記事を読む。位しか手段は有りません。新しいクルマの場合、知人のオーナーの声やネットでの口コミで情報を得るのも難しいでしょう。

ちなみにクルマ雑誌でも「長期間テスト」として、何台かのクルマを雑誌社が実際に購入して様々な利点や課題について紹介している記事はありますが、やはり雑誌社が購入する際はメーカーも、それを知ってクルマを売っている状況には変わりなく、そこには、やはり、雑誌とメーカーの間に、ある程度の関係が有った上での記事になります(記事を書いている編集の方は一切、影響を受けずに書いているのは分かりますが)。

しかも、車種は限られてしまうので、多くの人の購入希望車種に対応するのは不可能です。

だからこそ私はLDKの様に、全てのメーカー、インポーターとも関わらない、一消費者として、新しく販売されるクルマを、理想で言えば全て購入し、メーカーが全く関与しない、知らない所で、それを使用し、評価するという形の雑誌を創りたいのです。

そして、勿論、私も徹底的に、そのクルマについての評価を紹介出来れば、こんなに嬉しい事は有りません。

特に最近の運転支援装置や安全関連の装備については、ある程度の期間、現実の路上で、その効果を実感しなければ、論評が出来る訳がありません。

これまでも、数々のメーカー・インポーター主催の試乗会で、これらの装備を体感しましたが、やはり私有地でメーカーが用意した状況での作動と、実際の路上での作動に大きな差が生じた事が有ったのも事実で、ましてや所有して長期に渡って様々な状況、環境で試さなければ、真の“実力”を知る事は不可能だと思います。

電気自動車の航続距離等は、その最たるものではないでしょうか?
雑誌等の記事で、電気自動車について「航続距離は3割、伸びたという」と書かれても全く参考にはなりません。

さて、私の目標として書きましたが、そこには大きな壁が有ります。

皆さんも、お気付きだとは思いますが、そう、クルマは高価な物で、しかも購入してすぐ、自分のガレージに収まる訳ではありません。ピーラーやフライパンといった家庭用品と違って、「明日、これ買って来て!」と言って雑誌編集者がすぐ買って来られるものではないので、そこを、どうクリアするのかが問題です。

それでなくても出版不況ですから、出版して利益を得るのは並大抵の事では有りません(Web版にしても然り)。

ですから、多くの人の協力が不可欠になると思います。

理想はアラブの王様レベルの資産家が共感してくれて、暫くスポンサーにでもなってくれれば良いのですが、そんな夢の様な話は置いておいて、究極の消費者目線、クルマ紹介雑誌の創刊を死ぬまでには実現したいと思っています。

それまでは、“普段はクルマと全く関係の無い仕事をしている会社員”で、選考委員という特徴を活かして、個人的に徹底的な消費者目線で、様々なクルマについて論じていこうと企んでいます。

ただ、私自身が異常な運転好きですので、一般的な消費者の皆さんの感覚を強く意識する事に留意して頑張ります。

安東 弘樹

[ガズ―編集部]