35億… ではなく、35%! …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

先日、あるイベントで、“ブルゾンちえみさん”と御一緒して、あのフレーズを、何回か聞いていたので、間違えましたが…(そんな訳ない。スミマセン)。

“35%”

何の数字か、皆さん、お分かりになるでしょうか?

実は、これ、久しぶりに日本市場で発売となったHONDAのCIVICのうち、MTの設定が有るハッチバックに於ける、MT車の販売比率です。正直、驚きました!

恥ずかしながら、あるメディアの取材で、私は「今度のCIVICにはMTの設定が有って嬉しい。メーカーの英断を讃えたい」としながらも、「でもミニバン天国の日本ではCIVIC自体も、特にMT車は販売的には厳しくなるのが現実だと思います」と言ってしまいました…。

蓋を開けてみたらCIVIC自体も販売は極めて好調で、しかも、このMT比率です。まず…、申し訳ございませんでした! 改めて、HONDAさんと日本のユーザーの皆様に謝罪したいです。唯、新CIVICの試乗会で、お話させて頂いた、広報や開発の方も“嬉しい誤算”と、何度も、仰っていました(笑)。これは私にとっても嬉しい誤算です。

誤解を恐れずに申し上げますと、ここ2、30年で、日本には“運転する楽しさ”を感じるユーザーなど、殆ど、居なくなってしまった、と思っていました。スポーツカーや、MT車の比率が年々、下がっていく事から、勝手に、そう思い込んでいたのです。しかし、それは、少し違っていたのだと、改めて今回の件で、気付かされました。

今回のCIVICのMT比率を知って、様々なメーカーのクルマの種類や装備を色々と調べ、周囲の方に、お話を伺った結果、要は、これまでMTの設定が有るクルマに実用性と安全性と魅力が備わった物が無かった、という結論に達したのです。もう少し分かりやすく申し上げると、少なくとも4人位が快適に乗る事が出来て、燃費もある程度良く、快適装備や先進安全装備も備わり、そしてスタイリッシュなクルマ。

そういうMTの車が、色々と調べましたが、ここ最近、本当に無くなっていました。特に日本メーカーのラインナップを改めて確認すると、MTの車と言えばスパルタンなカルトスポーツカーか、廉価版グレードにしか設定されず、特に快適装備や先進安全装備はMT車には設定されていないケースが殆どです。

今回のコラムを書くに当たって、様々な雑誌やネット上の記事を調べたのですが、例えば、ある雑誌に、某メーカーのスポーツカーには“同一車種”にもかかわらず、MTの方にだけ、代表的な安全装備が設定されておらず、それについてジャーナリストの方が、メーカーに理由を訊ねたところ「ユーザーのニーズが無いから」という答えが返って来た、という記事が載っていました。それを読んで、正直、失望と怒りを覚えました。

「コストの問題」と答えて貰った方が、まだましです。MT車を選ぶ人が、安全や快適さを「必要ない」と考える訳がありません。少数しか売れないMT車に、“付与するのにAT車よりコストが掛かる”装備を付けたくない、というのが本音だと思います。私の様にMT車に固執する人間でも無ければ、「じゃあ、安全で快適なAT車を選ぼう」、という事になるのは容易に想像出来ます。

TOYOTAの豊田社長が仰った「若者がクルマから離れたのではなく、我々がクルマから離れてしまった」という名言を、お借りすれば、「ユーザーがMT車から離れたのではなくメーカーがMT車から離れてしまった」という事なのではないでしょうか?

そんな事を踏まえて、改めて試乗会で乗った新しいCIVICのMT車について、お話ししましょう。

まずMTを選べるのはセダンとハッチバック、二つのボディ形状のうち、ハッチバックのみです。(これは少し残念)。しかし、このハッチバックには、ちゃんと5人乗る事が出来て、荷物も、結構詰めます。自動ブレーキや、追従型のアクティブクルーズコントロールといった安全装置はMT車もAT車も全く同じものが装備され、更にパワーシートやシートヒーターと行った、快適装備も勿論、同じ様に設定されていました。

そして、これは個人差があると思いますが私には、かなりスタイリッシュに見えます。そう、こういう車だったら、日本でも35%ものユーザーがMT車を選ぶ、という事をHONDAが証明してくれた様な気がします。ちなみに、この比率は同じハッチバックの本格的スポーツカー、TYPE Rを含めたものではありません。つまり、尖ったスポーツカーでなくても、“メーカーが離れていない”つまり手を抜かずに作ったMT車はユーザーの食指を動かすのです。これは、ぜひ、他のメーカーにも見習って頂きたいと思います。

TOYOTAはGRやGRMNといったスポーツブランドを展開させて、その中でMT車を含むスポーツ仕様の車を作っていくようですが、パワーユニットにも手を加えたMNシリーズは、若干、高額になると聞いたので、その様な方向性も有りつつ、しっかり作った“普通の車”にAT車と比べて、安全性に於いても快適性に於いても差別が無いMT車を設定して頂ければ、必ず、ユーザーは応えてくれるのではないでしょうか。

特に最近のTOYOTAは盛んに「運転する楽しさ」アピールしているので、今がチャンスです。気持ちの良いMT車を運転すれば、若いユーザーも、間違いなく「運転の楽しさ」に気付きます。そうすれば、豊田社長が目指している、“運転が楽しい車を提供する”という道に近付ける様な気がしてならないのです。

将来、自動運転が主流になろうが、電気自動車が本流になろうが一度、運転の楽しさを知ってしまった人は、絶対に車を単なる「耐久消費財」とは思わなくなり、いつまでも「愛車」という呼び方をしてくれるに違いありません。

“運転の楽しさ”という概念が、現存する“クルマメーカー”が生き残る「鍵」になると私は思っています。そしてMTと言えば、先日、SUZUKI“スイフト・スポーツ“の、MT車を試乗させて頂きました。もう、とにかく“楽しい”の一言で、永遠に運転していたいとさえ思わされたのです。ちなみにMT車の販売比率は75%と聞きました。スポーツグレードではありますが、価格的にもスペック的にも所謂“カルトカー”ではありません。あくまで気楽に乗れる実用車でありながら、動的質感が高く、満足感も高いという日本市場では稀有なクルマです。

最初に運転したクルマが、これだったら、その人は未来永劫、運転好き、クルマ好きでいつづけるでしょう。

現在、皮肉にもかつて覇権を争った、TOYOTAとNISSANの普通の車にMTの設定が殆ど見当たりません(廉価版以外で)。GRMNやNISMOといった、特殊ブランドや実用性が限られる“ザ・スポーツカー”を除くと、手が届く、ちょっとスポーツ出来るMT車が無いのです。ぜひ、今回のCIVICの奇跡(笑)を参考にして頂いて、続いて頂けないでしょうか?

そうそう、特に軽自動車界に、こういう流れが波及すると嬉しいです。SUZUKIは“アルト”で既に、具現化していますが、例えばDAIHATSUにも“コペン”の様な二人乗りの車だけではなく、実用性を伴ったスポーツ出来るMT車の発売を期待します。そして、これを機に全てのメーカーがMTに戻って来る事を願ってやみません。

あくまで個人的な趣味で申し上げているのではなく、クルマ業界全体の為に、心から、お願い致します!

[ガズ―編集部]