夢が叶いました! …安東弘樹連載コラム

首都高速を封鎖してターマック(舗装路)ラリーを開催する。そんな私の夢が叶いました!ただし、映画の世界の中で、ですが。

現在公開されている「OVER DRIVE」という映画を長男と二人で観ました。これは日本を中心にアジアで開催されている架空のラリーシリーズに参加しているチームのドライバーとメカニック、兄弟の物語です。

実はこの映画の存在を知った時、嬉しい気持ちは勿論あったのですが、観てその内容に失望するのではないかという警戒感から、観るかどうか逡巡していました。
しかし、監督が羽住英一郎さんだという事と、長男に「これ観たい!」と言われた事から、クルマに全く興味の無い次男を妻に任せて長男と観に行く事にしました。

ちなみに羽住監督はTBSで放送された「MOZU」という作品でドラマ、映画共にメガホンを取り、その際、私は制作発表から舞台挨拶の司会まで、「MOZU」の宣伝担当のアナウンサーとしてお世話になり、映画版ではワンシーン出演させて頂いた、という御縁があります。

その時、羽住監督のリアリティーに対する拘りや演出に感服していましたので、今回もモータースポーツファンを失望させる事は無いだろうという期待感はありました。期待と少しの不安も胸に、いよいよ鑑賞です。

結論から申し上げると…、想像以上に素晴らしかったです。迂闊にも何度か泣いてしまいました。

勿論、細かく言えば、明らかにCGと解る、不自然なマシンの挙動が見られるシーンがあったり、「その状況でそうなるのは、かなり難しいぞ。」(ネタバレになるので、こんな表現になってしまいますが)という事も無くはないのですが、架空のラリーシリーズの設定にも無理はありませんでしたし、劇中に出てくるラリーカーは基本的に全て本物。マシンやレーシングスーツにロゴが入っているスポンサーでさえ実在する企業で、十分にラリーファンも満足出来る描写であったと思います。

そして、兄弟の確執に関する背景は最近の若い人達も、すんなりと感情移入出来るものだと思いますし、何と言っても主要キャスト、東出昌大さんと新田真剣佑さんの熱い兄弟の、ぶつかり合いの演技に引き込まれました。

この作品であればラリーに全く興味の無い方が観ても、観戦中にあくびをしたり居眠りをする事はまず無いと断言出来ます。何より、現状モータースポーツに興味の無い人にこそ、観て頂きたいと心から思います。

ドライバーとメカニックのそれぞれの想いや関係。レースに勝つ為にどれだけの人達の、どれだけの想いが込められているか、が伝わる作品になっていました。

サーキットで開催されるレースをちょっと観て、「同じところをクルマがぐるぐる回っているのを観て何が面白いの?」と言っている方も、この映画を観て頂ければ少しはモータースポーツの見方を変えて頂けるのではないでしょうか?

私はこのコラムでモータースポーツをメジャー化するには、どの様なアプローチが良いか書いてきましたが、自分がテレビ局に勤めていた事もあってか、これまで「映画」という手段は何故か思い浮かばず、今回は「これは素晴らしいアプローチだ!」と思わず鑑賞後に膝を打ってしまいました。

サーキットやラリーの現場で、どの様なサービスや趣向を凝らしても、残念ながらそこに来ていない方達に訴求出来なければ裾野は拡がりませんので、この作品は本当に“きっかけ”を作る一石になるのではないでしょうか。

新田真剣佑さんは、今、若い女性に最も人気がある俳優さんの一人ですし、東出昌大さんも広い年齢層に支持されている俳優さんです。

この二人を観る為にこの映画に触れた方達が、ラリーやモータースポーツに興味を持ってくれるのも、大変有難いですし、この、今をときめく発信力のある若い俳優さん達がモータースポーツに魅了され、ファンになって下されば更なる展開も期待出来る気がします。

どの世界も普及する為にはスターが絡むのが必要ですから、今回の作品に参加した監督やキャストの皆さんがモータースポーツを身近に感じて、今後、頻繁に観戦して頂ける様になるだけで、それに付随してファン層も拡がると期待が膨らみます。

実際に、「以前はクルマにさほど興味が無かった」とおっしゃっていた東出さんですが、撮影前にWRCを生で観戦しすっかり魅了され、日本の撮影現場にサービスパークが再現された時、「スゲー!本物のWRCみたい!」と興奮して叫ばれていました(メイキングビデオにそのシーンが入っています)。

そして東出さんやメカニック役の俳優の方々は、かなり高度な訓練を受け、指導に当たったプロメカニック三枝豊和氏に「彼らは私が言わなくても自主練を繰り返し、このまま実際のラリーでメカニックとして通用するまでになった」と言わしめたといいます。

東出さん達がモータースポーツに魅了された何よりの証拠ではないでしょうか。そう、本物に触れれば、必ず魅力が伝わるのがモータースポーツだと思います。

多くの方に、この映画を観て頂きたいと心から願います。そして願うと言えば、映画の中に出てくる架空のラリーシリーズの、何と魅力的なコースの数々!特に東京、お台場ラウンドの首都高のSS(スペシャルステージ・実際にタイムを競うコース)は文字通り、夢の様でした(笑)。ラリーのターマックコースとして、こんなに魅力的な道があるでしょうか!?

レインボーブリッジやビルの間を高速で走るマシン。それをモナコグランプリさながら、ビルの窓から観戦するスペクテイター!以前から、「首都高でWRCを開催出来ないかな!」と願ってきた私の妄想が映像で具現化した瞬間でした。

そうか、やっぱりこんなにダイナミックで魅力的なラリーになるんだな!これが観たかった!と映画を鑑賞しながら心の中で叫んでいました。映画の中では、「ラリー中、首都高を封鎖して行われる東京、お台場ラウンド」とサラッとアナウンスされていましたが、現実には難しいのでしょうね…。

この映画の世界ではラリードライバーがスターであったり、人気モデルがWRCという言葉を普通に使っていたりするので、ヨーロッパ並みにモータースポーツが日本で人気という設定なのでしょう。だからこそ、市民の理解も得られ首都高を封鎖してラリーが開催されている様ですが、現実の日本ではラリーの為に最低4日間も首都高を封鎖する事に賛同してくれる人は殆どいないでしょう。

でもこの作品を多くの人が観て、こんな光景を見たい!と感じてくれる方が少しずつでも増えれば、夢物語で終わらないかもしれません。お台場が無理でも、今回、他の地域のラリーも素晴らしいコースが設定されていました。特に白川郷を舞台にしたラウンドでは合掌造りの家の間をマシンが駆け抜けるという何とも風情のある?映像が印象的でした。

この映画を観ると、日本というのは何とラリーコースに向いた地形、光景に恵まれた国であろうかと再認識出来ます。かつてWRCが北海道で行われていましたが(2004年~10年・09年以外)、残念ながら様々な要因でカレンダーからドロップしてしまいました。2019年に復活を目指しているとの報道もありますが、この映画をきっかけに、他の自治体もWRCの誘致に本気で興味を示してくれないかと願うばかりです。

ここまで書いてきた通り、この映画は久し振りにメジャーシーンにモータースポーツを引っ張ってきてくれました。これを一発の花火で終わらせるか、永続的なメジャースポーツ化に繋ぐ事が出来るか、私を含めたモータースポーツのメジャー化を願うファンや関係者にとって、これからが勝負になるのだと思います。

最後に…羽住監督!ラリーを題材に、素晴らしい映画を世に生み出して下さって、有難うございました!

安東 弘樹