クルマのCMを観て思うこと…安東弘樹連載コラム

実は、ここ20年以上、クルマのCMを観ていて気になることがあります。特に日本車の場合、クルマが停まっている状態でのCMが多いのです。もしくは、自動ブレーキ等で、走っているクルマが停まる映像も多くなりました。

私の記憶が正しければ、80年代~90年代のクルマのCMと言えば、颯爽とクルマが走っている映像に「DOHCターボ、〇〇馬力」とか、後輪も操舵する映像を見せて「4WS搭載!」等、性能や速さを誇示し、クルマを楽しんでください!というメッセージが、これでもか!というほど、アピールされていたのを覚えています。

それが、2000年代以降でしょうか?停まっているクルマの両側のスライドドアが開く映像に合わせて「乗り降りが楽です!」とか、スライドドアと前席のヒンジドアの間の柱(ピラー)が無くて、やはり「乗り降りが楽です!」。さらに、「バックする時に後ろの映像が見えて便利!」等、いつからクルマというものは、停まって乗り降りしたり、後退するのが主流になったのか、考えこんでしまう様になりました。

さらに同時期からは、やたらと燃費の数字だけをアピールするCMが増え、実質燃費との乖離を知っている私などは、すっかり辟易してしまっていました。

そして最近は、もちろん、痛ましい交通事故が多発していることも原因だと思いますが、燃費数字競争の代わりに、とにかく自動ブレーキを含めた自動運転のアピールが増え、これも現実的には、自動運転とは程遠い現状と、乖離している表現に疑問を覚えています。

直近では、ようやく「自動運転」という表現は無くなったようですが、クルマ好きとして、何とも寂しい状況には変わりません。クルマの基本である、楽しく運転して好きな時に好きな場所へ連れて行ってくれるというメッセージのCMがほとんど見当たらないのです。

もちろん、私も交通事故が無くなれば良いと思っています。ただ、クルマが停まっている状態の映像で構成され、楽に運転できることだけをアピールしたCMを観てクルマを購入した場合、運転に対する危機意識が減ってしまうのではないか?と、私は危惧しています。

そして特に気になるのが、クルマが自動で停まっている映像に合わせて、小さな文字で「作動には条件があります」等、書かれていることなのですが、これはほとんどの人が認識していないのではないでしょうか。

私はクルマの運転が大好きです。ですから、楽しく運転しながら、常に緊張感をもって運転しているつもりです。いわゆる、「下駄代わり」等、思ったことがありません。

そして、買い替えたばかりのクルマには、現在考えられる、ほとんどの安全装備は付いていますが、私はすべての装置が機能しないと思って運転しています。悪く言えば、自動ブレーキも全く信用していません。でも、ある程度、クルマに関する知識があるがゆえに、自分で操ることが楽しくて仕方がないのです。

何を申し上げたいかと言いますと、クルマに興味が少なくなっているユーザーに対して、今のCMは、とにかく「クルマの詳しいことは知らなくて良いので自動的に走りますし、停まりますから、気軽に下駄として使って下さい」というメッセージを発信しているように思え、まるで電子レンジやエアコンのCMを観ている様なのです。そして私は、どうしてもそこに違和感を覚えてしまいます。

最近の事故案件を詳しく調べると、あまりにも気楽に運転できるクルマが多くなったことが原因の一つとしか思えないのです。ある交通事故評論家は、朝の情報番組で「多くの事故はMT車だったら起こらなかったと断言できます」とおっしゃっていました。

停まっていたり、自動で停まるクルマのCMばかりが氾濫していると、クルマというものが「走る」ものであるという感覚を無くし、しいては運転の緊張感も麻痺させる様な気がしてなりません。

私は、クルマへの興味や運転の楽しさを知ることが安全に寄与すると思っています。自分や家族、時には人様の命を預けて走るクルマのことをあまり知らない状態で運転するのは、極めて危険だと思うのは飛躍でしょうか?

ドライバー全員が、自動車マニアになるべきだとは思いません。

ですが、80年代には、ごく一般的なドライバーが「DOHC」という言葉を理解し、胸をトキメかせていた!ということを考えると、この30年の間に、あまりにも多くのドライバーが「素人」になってしまったと残念に思います。

交通事故の死者数は確かに減ってきています。これはクルマの安全性能の進化や、道路の整備等、様々な要因が考えられますが、なぜか、歩行者が歩道で事故に遭う件数は先進国の中でも日本は極めて多いのが現状です。

そして実際の事故の現場写真やニュース映像を見ると、それこそ80年代や90年代、事故を起こしているクルマは、いかにも無茶な運転をする様な、尖ったクルマが多かったと記憶していますが、最近は本当に、下駄代わりにしている様な、気軽に運転できるクルマが圧倒的に多い様な気がします。

だからこそ、メーカーには「気軽さ」だけをCMでアピールするのは自重して頂きたいと願うのです。

それでなくてもクルマ離れの世相の中、気軽さをアピールするしかない、と言っていた方もいましたが、私は逆だと思います。今の、特に若い方は「特別なもの」もっと平たく言えば「インスタ映え」する様な物には頑張ってお金を出しますが、単に気軽に扱える物を頑張って手に入れようとはしません。もっとクルマならではの特別感をアピールした方が遥かに訴求すると私は思っています。

それには、まず「映え」することが大前提ですので、気軽さや差別化の無い、安全しかアピールするところが無いクルマではなく、メーカーには「一目見て、“映えする”クルマ」を作って、思いっきりCMでアピールして頂きたいと切に願います。

たまに、美しさや特別感をアピールするクルマのCMを観ることがありますが、方向性は嫌いではないのですが、そういうCMのクルマに限って、「いや、特別感、全く無いし。他のクルマとほとんど区別できないのに、なぜこう言える?」と言わざるを得ない場合が多く、その度に寂しい気持ちになります。

私の最初の愛車、HONDAシティ・ターボⅡのCM はカッコ良かったです!画面には特徴的なブリスターフェンダーのアップの映像が流れ、渋いナレーションで「インタークーラーターボ搭載」と謳っていました。そのCM が頭に刻まれていたことで、後年、私は5年落ちの当該中古車を48回のローンで買いました。

「自動ブレーキが付いています」と他のクルマと差別化が無いCMが頭に刻まれるでしょうか?

「どうしても欲しい!」と思われるでしょうか?

クルマは高価な買い物です。個人消費が伸びない中で、どうしても買いたいと思わせる商品でなければ、道具として以外、今後は見向きもされないでしょう。それは電気自動車になっても自動運転になっても変わらないと思います。CMを観るだけでワクワク、ゾクゾクする様なクルマ!首を長くして待っています。

安東 弘樹

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