一部中古車の異常な高騰…安東弘樹連載コラム
先日、SNSでこんなメッセージを見つけました。
「中学2年の時に一目惚れした80スープラ。18歳になって免許を取得し、その後お金を貯めて、いざ程度の良い中古車を買おう!と思って調べたけど、購入を諦めました」
GAZOO読者の方ならご存じの方が多いと思いますが80スープラというのは1993年~2002年に販売されたTOYOTAのスポーツカーです。
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1993年式 トヨタ・スープラ RZ(JZA80型)
その方が中学二年の時(15年前とのこと)の80スープラの中古車の価格は、78万円~120万円。その後90年代、2000年代の日本のスポーツカーの中古車価格は上がっていると聞き、働き始めてある程度のお金を貯め、満を持して久しぶりに80スープラの価格を見てみたら、何と安くて600万円。更に1,000万円を超える値が付いている物も珍しくなくなっていて、とてもではないが買えないクルマになっていた、というのです。
その方は今、ギリギリ20代で、「若い人は速いスポーツカーを中古車でも買える状況ではない事を痛感した」と書いています。
中古車市場を調べてみた
私も個人的に調べてみましたが、確かに今80スープラの価格は、グレードにもよりますが平均800万円くらいで1,000万円を超える個体も珍しくありません。
97年式で10万キロ以上走っている、ノーマルに近いRZグレード6速MTのクルマの価格は1,103万円!
1997年当時、RZグレードの新車価格は448万円です。30年近く前の10万キロ以上走っているクルマが当時の新車価格の2.5倍…。
まず前提として、平均年収が1990年頃から変わっていない日本において、当時は400万円台でスーパースポーツカーが購入できたという事実にも驚きます。SZグレードでしたら何と292万円~。
当時は若い人でもローンを組めば、何とか買える価格です。
正に私は90年代、20代~30歳くらいでしたので、ローンを組んで様々なスポーツカーを購入し、運転を楽しんでいました。
何度かこのコラムでもお伝えしましたが、20歳の時、初めて買ったクルマはHONDAのシティー・ターボⅡ。それなりのハイスペックのこのクルマを5年落ち48万円で購入し、大学の合宿にも出動。買い出し用のクルマとして、重宝したのを覚えています。
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1983年式 ホンダ・シティ ターボⅡ(AA型)
そう、当時はそれなりに速くて楽しいクルマを中古でなら100万円を切る価格、いや50万円も出せば買えたのです。
今は新車の場合、当時の80スープラよりもカジュアルなスポーツカーでも所謂乗り出し価格は400万円以上です。
実用性の乏しいスポーツカーに、その価格を出せる若い人が希有なのは間違いありません。
これではクルマを「趣味」にする方が減るのは仕方がないでしょう。
また、この価格高騰の理由の一つが、世界的に90年代~2000年代の日本のスポーツカーが流行しているためとも言えます。
逆に言えば、今のメーカーのラインアップに世界的に流行するようなスポーツカーが無くなりつつあるため、とも言えるのではないでしょうか。
現代の世界的人気を誇るスポーツカー、HONDA・NSXの生産が終了し、更には日産R35・GT-Rや80スープラの後継車、90スープラも生産終了することが発表されています。
ということはこれらのクルマの価格も高騰してくる可能性もあるでしょう。
元々、これらの車は新車で若い人が購入できるような価格帯でもありませんが、更に90年代~2000年代のスポーツカーが高騰する可能性もあります。
すると、もはや今の若い方が我々の年代のように運転そのものを楽しめるクルマを購入する道が途絶える、ということを意味しています。
この価格高騰の更なる分析を、旧車専門店の店長さんに伺ったところ、やはり欧米のマニアにとっては、例えば80スープラが1,000万円でも安く感じられるため、店としては日本円で1,000万円の値付けができてしまう。との解説を頂きました。
(為替レートによって円換算額は変動しますが)アメリカの平均年収は約980万円、ヨーロッパでもスイスの約1,440万円!を筆頭に日本の2倍から3倍。しかも円安ですので、「ワイルド・スピード」で活躍している日本のスポーツカーを平均年収程度での価格で買える訳です。
世界から引っ張りだこになる→需要があるため価格がドンドン上がっていく。これは自然な流れとも言えるでしょう。
「乗りたい」そして「乗れる」クルマを
これを止めることは暫くは難しいと思いますので、私としては「今こそ」日本メーカーには若い方にも訴求する、というより若い方を振り向かせるくらいの気概で、「運転が楽しく」「カッコよく」「クール」な、しかも「リーズナブル」なクルマをリリースしていただきたいと切に願います。
勿論MTでなくても構いません。自分の運転操作にリニアに反応してくれる、だけで良いのです。初めてゴーカートを運転した時の歓びを思い起こさせるような「実用車ではない」クルマの需要、必ず有ると思います。
私が所有していたロータス・エリーゼは、小さく軽く、とにかく運転が楽しいクルマでした。
勿論、MTで車体はFRP、アルミモノコックということで、それなりの価格でしたが、そこまで本格的、かつスパルタンでなくても良いので、運転するだけで楽しいクルマ、何とかなりませんか?(笑)。
これも生産終了になったHONDAのS660も良かったのですが、あまりにもスパルタン過ぎて、2人乗ったら、鞄を置くスペースも無いため、それこそセカンドカーとしてでしか所有は難しいというクルマでした。
今でもクルマから離れることが物理的に不可能な、1人1台の地方での若い人の車の選択肢は余程のマニアでもない限り、スライドドアの軽自動車ハイトワゴン一択、という状況です。
それが悪い訳ではありませんが、地方のショッピングモールの駐車場に行くと、あまりにも車種が限られているので、若干の恐ろしささえ感じます。
サイズの制限があるため、デザインもメーカーによる差異が乏しい、ということもあり、どの地域でも同じ様な光景が拡がっているのです。
若い方が車に「夢」を求めるのは難しいというのが理解できます。
スポーツカーでなくても、若い方が乗っていてワクワクするようなクルマ、欲しいです。
これも以前、書かせて頂きましたが、ノスタルジック2デイズという旧車のイベントのMCを担当した時、当時20代の女性マネージャーが、会場に並ぶ、ちょっと古い軽自動車やコンパクトなクルマを見て「安東さん、こういうのが欲しいです!」「今のクルマは、無理をしてまで買うなんて想像もできませんけど、コレかコレなら絶対に買います!」
その中に私の最初の愛車「シティー・ターボⅡ」も含まれており、嬉しかったのも覚えています。
実際に当時の私もその形に惚れて、48万円で購入し、その運転が楽しかったからこそ、今もずっとクルマ好き、そして運転好きのままでいますので、原体験が如何に大切か、ということではないでしょうか。
今の一部中古車の異常な高騰は、現代のクルマの魅力不足とリンクしている様な気がしてならないのです。
ちなみに私が当時欲しかったクルマの一つにSUZUKIの「マイティーボーイ」があります。何と2ドアの「軽自動車」のピックアップトラックで2人乗りのキャビンに荷台が付いています。そう、お世辞にも実用的ではありません。
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1983年式 スズキ・マイティボーイ(SS40T型)
でもカタログを見て、「何を積もうかな」「このクルマで遊びに行ったら、皆、きっと驚くに違いない!」とか、ワクワクしたものです。
唯今回、マイティーボーイの中古車情報を見て驚きました。
当時(1983年~1988年)新車価格が45万円だったこのクルマ、今、私が調べた中では、最も安い個体が59万円。最も高いのは何と129万円!です。80万円越えも珍しくない状況。
マイティーボーイ、お前もか…という心境です。ひとえに1980年代のこのクルマに現代の人間が魅力を感じている、ということなのだと思います。
それにしても、40年前の28馬力の軽自動車がこの価格。この現状、皆さんは、どう思われますか?
文:安東弘樹 / 写真:トヨタ自動車、本田技研工業、スズキ