感度の高い“ギョーカイ人”が注目した北欧車&フランス車たち・・・1980〜90年代に輝いた車&カルチャー
多くの若者がクルマに憧れた1980〜90年代。クルマは人や荷物を運ぶ道具としての役割だけでなく、若者たちのカルチャーを牽引する存在でした。そして、ドライブがデートの定番であり、クルマを持っていることがステータスでした。だからこそ当時のクルマは、乗っていた人はもちろん、所有していなかった人、まだ運転免許すら持っていなかった人にも実体験として記憶に刻まれているのではないかと感じます。
そんな1980〜90年代の記憶に残るクルマたちを当時のカルチャーを添えながら振り返っていきましょう。
輸入車でも人と同じものには乗りたくない
バブル景気だった1980〜90年代は株価だけでなく、土地の値段や住宅ローン金利も大きく上昇。サラリーマンにとってマイホームを持つことは夢のまた夢となってしまいます。そして「家を買えないのなら」と、輸入車に乗って優雅な暮らしを楽しむ人たちが現れました。
その人たちが選んだのは、メルセデス・ベンツ190クラスやBMW 3シリーズといったドイツ車。当時も今も、ドイツ車には信頼性に加えてステータス性やプレミアム性も備わっているため、多くの人から選ばれるようになりました。
特に東京の繁華街ではあまりにも多くの190クラスや3シリーズを見かけるので、『赤坂のサニー(190クラス)』『六本木のカローラ(3シリーズ)』と呼ばれたりもしたほどです。
そしてこの時代はさまざまな“カタカナ言葉”も生まれました。テレビでは“トレンディドラマ”がブームになり、中でもフジテレビで毎週月曜日の21時から放送されるドラマ(月9という言葉が使われるようになったのもこの頃)はヒットを連発しましたね。
テレビ局や出版社で働く人、広告代理店で働く人、スタイリストやヘアメイクなどの横文字職業、芸能事務所のマネージャーなどは“ギョーカイ人”と呼ばれ、もてはやされます。
筆者はまだ80年代には社会人になっていなかったため、リアルに当時の様子を知りません。でもいわゆるマニュアル雑誌の読み物やギョーカイ系マンガ、そして90年代前半に社会人になってからの先輩の話を聞くと、ギョーカイ人はドイツ車だけでなく、そこからちょっと外した輸入車をオシャレに乗りこなしていたと言います。
彼らが注目していたのは、スウェーデンやフランスのモデル。非常に大雑把に言うなら、ドイツ車よりもアクが抜けているとともに、個性的な表情をしているモデルが多かったように思います。
赤いボルボのエステートにたくさんの機材を積んで移動するフォトグラファー
この時代に感度の高かった人が好んで選んでいた筆頭が、スウェーデンの自動車メーカーであるボルボです。現在はボルボというとSUVや電動化車のイメージが強いと思います。しかし2000年代前半頃まではエステート(ステーションワゴン)の人気が高いメーカーでした。
1991年に登場した850から駆動方式がFFに変更されますが、それ以前はFRのエステートとセダンが中心でした。
ボルボのエステートの特徴はスクエアなボディ、そしてテールエンドギリギリまで伸ばされたルーフ。これにより荷室スペースを最大限有効に使うことができたのです。80〜90年代、ボルボのエステートはフォトグラファーやスタイリストなど、多くの荷物をクルマに積んで撮影現場に向かう人たちにとって憧れの存在でした。
中でも赤いボディカラーとタン本革インテリアが人気で、筆者も某編集部に在籍した90年代前半によく仕事をしていたフォトグラファーがこの組み合わせの240エステートを購入し、「俺もやっとここまで来たよ」と話していたのを覚えています。
エステートの影に隠れがちですが、この時代のボルボはセダンもオシャレで、好んで選ぶ人がいました。これぞセダン!というベーシックな3ボックススタイルと伸びやかなボディライン。日本車にはない色使いも魅力。
中でもクリーム色の240セダンは最高に洒落た存在でした。どこか知的で優しい雰囲気もあるので、オーナーはとても“いい人”に見えたでしょうね。
そんな穏やかなイメージのボルボですが、実はレースでも大活躍していました。240ターボで欧州ツーリングカー選手権に参戦し、1985年と1986年に総合チャンピオンに輝きます。ほかのレースカーに比べると四角くてボッテリしたイメージなのに走ると速い。そのことから『空飛ぶレンガ(Flying Brick)』と呼ばれました。
広告関係者にファンが多かった(?)サーブ 900
30代以下の人だともしかしたらサーブ(SAAB)という自動車メーカーを知らないかもしれません。サーブは航空機・軍需品を製造するスウェーデンの企業で、かつては自動車部門を持っていました。
1978年から1993年まで製造されたサーブ 900。日本では西武自動車販売が輸入・販売していました。大きく湾曲しつつ切り立ったフロントウインドウ、逆にルーフからスッと傾斜していくリアスタイルなど、独特な形状は輸入車の中でも異色の存在だったと思います。
ボディタイプは3ドアと5ドアのハッチバック、2ドアと4ドアのセダン、そしてカブリオレも設定されるなどバリエーションが豊富だったのも特徴です。
サーブ 900はバブル期にテレビマンや広告マンで乗っている人が多くいました。人とは違う感度の高さを表現するうえで、メルセデス・ベンツやBMWに比べると街で見かける機会が少なく、しかも個性的なデザインを採用したスウェーデン車はぴったりだったのでしょう。
ホイチョイプロダクションが手掛けた映画『彼女が水着にきがえたら』にサーブ 900が登場したほか、最近では2021年に公開された『ドライブ・マイ・カー』に赤いサーブ 900(村上春樹さんの原作では黄色いカブリオレ)が登場しています。
ちなみにご本人から直接話を伺い、ウィキペディアにも書かれているので紹介しても大丈夫だと思いますが、初代サーブ 900の日本輸入1号車を購入したのはテリー伊藤さんだったそうです。
小粋な女性ギョーカイ人の愛車だったプジョー 205
感度の高いギョーカイ人が人とは違う輸入車に乗る。その中でもフランス車はややマニアックな選択だったのかもしれません。当時のフランス車やイタリア車には“とにかく壊れる”というイメージがあったので、おいそれとは手を出せなかったはずです。
しかしデザインは素晴らしく、壊れるかもしれないというリスクに目をつぶってでも乗りたいと思わせる魔力があったのも事実です。
たとえばプジョー 205。GTIという強烈なキャラクターがあったことから“走りのハッチバック”というイメージが強いですが、同時にフランス車ならではの洗練されたデザインに惹かれて選ぶ人もいました。筆者の周りではヘアメイクさんや映画ライターなど、女性オーナーが数名乗っていました。
当時のプジョーでもうひとつ忘れてはならないのが405でしょう。1987年にデビューし、日本にはバブル景気が最高潮になった1989年9月に導入。ボルボのモデルと同じようにセダンとブレーク(ステーションワゴン)がラインナップされました。
何を隠そう405のスポーツグレードであるMI16には筆者の師匠である先輩エディターが乗っていたのです。
編集部のデスク的な存在で、グラビアページや広告制作、レースを始めとするイベントなどの華やかな仕事を担当。編集部には芸能事務所、広告代理店、ヘアメイクやスタイリストなどの“ギョーカイ人”からしょっちゅう電話がかかってきます。
夜になると「ちょっと打ち合わせに行ってくる」と言い彼らと飲みに出てしまうのですが、それをきちんと仕事につなげてくるから誰も文句が言えない。そして休日は405でスキューバダイビングやスノボに出かける。まさに絵に書いたような“ギョーカイ人”でした。
一度先輩に「なんで405なのですか?」と聞いたことがあります。
「メルセデスやBMWは結構おじさんが乗っているだろう。あっちと同じ土俵に立っても仕方がない。若いうちはこういうさりげないやつがいいんだよ」
やはり先輩も、王道にはない魅力をプジョーに見出していたのです。
この時代のボルボはまだ中古車で見つけることができますが、残念ながらサーブやプジョーはほぼ絶滅しています。あの頃の雰囲気を味わいたい人はFR時代のボルボに注目してみてください。
(文:高橋 満<BRIDGE MAN> 写真:VOLVO、PEUGEOT)
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