進む水素の利活用。水素社会に向けた自治体の取り組みや実証実験
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水素を燃料とするFCEVのごみ収集
水素の利用といえば、多くの人がイメージするのは燃料電池自動車(FCEV)かもしれない。「トヨタ・ミライ」をはじめとする乗用車が市販されているほか、燃料電池で走る路線バスも東京の臨海部などではそう珍しくない。
しかし水素の活用はそういった自動車だけに限らない。今回は自動車以外の水素利用について注目するとともに、自治体などによるインフラ整備や水素の製造についてお伝えしていこう。
実のところ、エネルギーとしてだけではなく産業分野として考えると水素はさまざまに利用されている。身近なものでいうと、日常で最も目にするプラスチック素材の一つポリプロピレンは水素と炭素から構成される合成樹脂、太陽と水と回収したCO2からプラスチックの原料となるオレフィンをつくる「人工光合成」という技術でも水素がキーポイントとなる。
また、口紅などの油脂製品の硬化剤や活性酸素の除去に効果があると言われる水素水など、美容や健康にも活用されている。
製造業の現場では、液晶・プラズマディスプレイをはじめ半導体ウエハ、太陽電池シリコン、光ファイバーなどの製造過程には、高純度の水素が不可欠。石油精製施設では原油から環境汚染につながる硫黄分を取り除く工程で水素化脱硫が行われたり、製鉄所ではステンレス鋼などの表面に光沢を出すための添加剤としても利用されている。エネルギーとして考えれば「将来性」に期待される水素だが、実はこれまでも多く活用されているのである。
水素を活用する家庭用の発電システム「エネファーム」
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家庭用燃料電池「エネファーム」(c) パナソニックグループ
いっぽう一般消費者に近い範囲でのエネルギー分野も、実は自動車以外だけに限らない。日本に日常的に使われている水素エネルギーがあるのだ。それが「エネファーム」と呼ばれる家庭用燃料電池システムである。家庭内に設置する“小さな発電所”と言っていいだろう。
家庭に設置して電気とお湯や暖房の熱を供給するエネファームは燃料電池車とは異なり、水素を直接充填する必要はない。LPガスや家庭に供給されている都市ガスを活用するからだ。つまり従来のインフラをそのまま使える水素利用のカタチであり、そのメリットは大きい。
仕掛けは、LPガスや都市ガスから水素を取り出し空気中に含まれる酸素と化学反応させ、そこから電気を生成する。その発電時に副産物として発生する熱でお湯を沸かす効率の良いシステムであり、一般的な電力供給に対する2つのアドバンテージがある。
ユーザー目線でいえば、もっとも大きなメリットは停電時でもガスと水道が供給されていいれば電気を使えることだろう。家庭に発電所があるから、送電による電力供給が遮断されても家庭で電気を使うことができるのだ。
もっと広い視野でみると自宅で発電することにより送電のロスなどが少なく、脱炭素につながるのもメリット。火力などで発電する従来の方式だと石油、石炭、天然ガスなどが本来持つエネルギー量を100%とすると、家庭で実際に使えるエネルギーはその40%ほどでしかない。回収しきれない排熱や送電ロスなどで、60%ものロスが生じているのだ。
それがエネファームだと約85~100%ものエネルギー利用率となり、ロスが少なく効率がいい。ユーザー目線ではメリットと感じにくいが、地球全体という視点で見ると大きな意味がある。
設置するスペースが必要なこと、安くはない導入費用なども必要と導入にはハードルもあるが、後者に関しては国や自治体の補助金もあるので検討してみるといいだろう。
自治体による水素利活用の実証実験が進む
前回のコラムでもお伝えしたように、資源のない日本にとって自給できるエネルギー源であり、電気とは異なり「貯める」ことが可能な水素の有効活用は、各自治体でも実験的に進められている。
これまでもGAZOO.comではいくつかの自治体の水素の実証実験についての情報をお届けしてきている。
福島県は、浪江町にある世界有数規模の太陽光によるグリーン水素の製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」で作られた水素を、スーパー耐久のST-Qクラスに参戦する水素エンジンを搭載するGRカローラが使用すること、またトヨタ自動車は人口30万人規模の都市での水素車両利用台数を「原単位」として設定し、福島市や郡山市などで実証実験が行われている。
山梨県も水素の産業利活用への取り組みを推進しており、「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」を設立。これは、日本で初めてのPower to Gas (P2G/再生可能エネルギーで発電した余剰電力を利用して、気体燃料を製造し、貯蔵・利用する技術)専業会社だ。また、甲府市に「米倉山次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジ(Nesrad)」を整備し、水素事業の研究開発や交流を進めている。この水素も水素エンジンのGRカローラで使われている。
そして、福岡県福岡市では生活排水の「下水バイオガス原料」から水素を製造したり、給食配送車、ごみ収集車、救急車など公共のサービスの車両をFCEVに置き換える実証実験を行っている。
そして、今回もう一つの事例として挙げるのは、2015年という比較的早い時期から多くの実証実験を行っている神奈川県川崎市だ。
資源エネルギー庁が2014年4月に策定した第4次エネルギー改革では「水素社会の実現に向けたロードマップを策定」という記載が盛り込まれた。それを受けて同年6月にまとめられた「水素・燃料電池戦略ロードマップ」により、水素の利活用に向けた機運が高まってきた。
川崎市では、それに先立ち2013年に協議会を設立、2015年3月に「水素社会実現に向けた川崎水素戦略」を策定し水素の利活用の実証実験を進めてきた。その中からいくつかご紹介しよう。(※すでに実証実験が完了した内容も含む)
まずは、風力発電により製造したCO2フリー水素を燃料電池フォークリフトへ供給する実証実験だ。これには神奈川県、横浜市、トヨタ自動車、岩谷産業、東芝が協力し、横浜風力発電所(ハマウイング)が発電した電気で製造した水素を使い、指定施設のフォークリフトを稼働させるという実験だ。この時には、岩谷産業による日本初の簡易水素充填車が導入されて、貯蔵と輸送の仕組みの構築も目指している。
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(c)トヨタ自動車
実は鉄道での水素の実証実験も行われている。川崎市内のJR鶴見線やJR南武線尻手支線などでは、燃料電池ハイブリッド電車の走行試験を実施。これはJR東日本が開発中の次世代エネルギー車両で、外部からの電気供給を受けることなく燃料電池と蓄電池の組み合わせで走行する車両だ。2023年のジャパンモビリティショーにも実車が展示されていたので、興味深く見た人もいることだろう。
また、武蔵溝ノ口駅では自立型水素エネルギーシステムを導入、駅舎に設置した太陽光パネルの電力から水素を製造、貯蔵し、平時は施設の電力源として活用、災害時の電源供給なども想定されている。
水素の地産地消モデルの実証実験として、地域で発生する使用済みプラスチックから水素を製造し、パイプラインでの輸送と大型の燃料電池システムによるエネルギーの利活用も行われていた。
当時では世界唯一となるプラスチックケミカルリサイクル施設を昭和電工(現レゾナック)が実用化している。
その水素が使われていたのは、羽田空港の多摩川を渡った反対側にある「川崎キングスカイフロント東急REIホテル」だ。パイプラインで送られてきた水素を使い燃料電池で発電した電力はホテルの約30%を賄っていたといい、当時世界初の「水素ホテル」となっていた。
現在は川崎水素戦略の実証実験としては完了したが、引き続き環境省の「水素サプライチェーン社会実装支援事業」として水素が利活用されている。その際に導入した明治電気工業製の「50kW純水素型定置式FC発電システム」には、トヨタが開発しMIRAIに搭載している発電装置(FCモジュール)が利用されている。
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世界初の「水素ホテル」川崎キングスカイフロント東急REIホテル(c)東急ホテルズ&リゾーツ
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トヨタ MIRAIの発電装置(FCモジュール)が利用されている明治電気工業製の「50kW純水素型定置式FC発電システム」(c)東急ホテルズ&リゾーツ
モビリティ分野での水素普及の未来予想
では、水素社会に向けてのインフラ整備はどうなっているのだろうか。
実際のところ、全国に154カ所(資源エネルギー庁による2024年度末の統計)ある水素ステーションやそこへ水素を供給する体制を除けば、一般利用者に向けたインフラの類はまだ整備されていない状況と言える。
日本における燃料電池車両に関しては今後、乗用車ではなくバスやトラックなど商用車両を重点的に増やしていく戦略となる予定だ。それは、脱炭素で期待される電気自動車(BEV)との相性が悪いことが理由の一つだ。遠距離を走るためには大量にバッテリーを搭載する必要があるが、当然重量も重くなるし、充電時間もかなりの時間を要することとなる。一方で、FCEVは大型車両であれば水素タンクの搭載の自由度も増し、給水素にかかる時間もガソリンやディーゼルとそれほど変わらないというメリットがあるからだ。
そのため車両に供給するための水素ステーションはこの先、トラックステーションや物流団地、路線バス車庫の近く、そして長距離トラック向けに高速道路のインターチェンジ付近などに優先的に作られることになりそうだ。トラックや大型バスは同じ水素燃料電池車でも乗用車よりも多くの水素を消費する。そのため商用車での燃料電池車普及により、水素ステーションの採算性も向上するというわけだ。
とはいえエネルギーとして考えたとしても水素利用は自動車やエネファームなどを除けば、流通や一般消費者というよりは工場施設など産業における活用が大きな割合を占めるのはしばらく変わらないだろう。そうした産業での各地域における水素活用の広がりに応じて、FCEVが利用できるインフラが整っていくと考えられる。
ところで、トヨタが街づくりの実証実験として進めている「ウーブンシティ」でも再生可能エネルギー由来のグリーン水素を製造するほか、燃料電池発電装置などへはパイプラインを使った輸送が想定されている。まさに水素社会へ向けた、インフラの実証実験と言っていいだろう。
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Phase1の建築を完了したモビリティのテストコース“Toyota Woven City”(c)トヨタ自動車
(文:工藤貴宏 編集:GAZOO編集部 写真:パナソニックグループ、東芝エネルギーシステムズ株式会社、トヨタ自動車、脱炭素アクションみぞのくち、東急ホテルズ&リゾーツ、いすゞ自動車)