FCEVはクルマだけじゃない。建設重機から調理機器まで進む水素の利活用

  • トヨタ・クラウンセダンFCEV

    トヨタ クラウンセダンFCEV (c)トヨタ自動車

これからが期待されているエネルギー源である水素。そんな水素に関する情報をお伝えしている本コラムの今回のテーマは「水素の導入を進める業界・企業、モータースポーツでの活躍」だ。モビリティ分野を中心に、水素の利用や展望を見ていこう。

いま、一般的にもっとも身近な水素利用といえば、やはりクルマだろう。路上ではトヨタのMIRAIなど燃料電池車(FCEV=フューエル・セル・エレクトリック・ヴィークル)を見かけることがあり、筆者が住む東京ではそれらに遭遇するのはそう珍しいことではない。

燃料電池車とは、水素ステーションで水素を充填し、その水素を空気中の酸素と化学反応させて発電。その電気を使ってモーターを駆動し走る車両のことだ。駆動力はすべてモーターで生みだすので走行感覚はBEV(バッテリー式電気自動車)に近いが、BEVのように充電に時間がかかることはない。

使い勝手の感覚は水素を充填すれば走るので内燃機関車(ガソリンエンジン車/ディーゼルエンジン車)やハイブリッドカーに近いのが特徴。例えばクラウンセダンFCEVの水素タンク容量は141Lで、約5.6kg分の水素を充填することができるが、その時間は約3分程度だ。
水素の料金は1kgあたり税込1,650円(岩谷産業)、2,200円(ENEOS)となっており、1回の充填で828kmの走行が可能。クラウンセダンで比較すると、ハイブリッド(WLTCモード 18km/l)が1kmあたり9.7円(レギュラーガソリン175円)、FCEV(WLTCモード 148km/kg)が11.1円(岩谷産業の価格)となっている。(※2025年6月現在)

FCEVの利点と国際情勢

これまで日本ではトヨタだけでなく、ホンダやメルセデス・ベンツ、そしてヒョンデなどが一般消費者でも手に入る形として燃料電池車を市販(一部車種はリース販売)している。
経済産業省によると2024年6月現在のFCEVの国内登録台数は8,479台となっている。

ただし、今後のFCEVの普及は大型トラックを含む商用車が中心となりそうだ。
2024年9月に経済産業省がまとめた資料の中で、「2030年に向けては、⼤型トラックなど⻑距離の基幹輸送を集中的に⽀援。加えて、地域における⼩型トラックやその他モビリティなどの需要をまとめ、⽔素ステーションの稼働率の向上を⽬指す」という方向性が記載されている。

それは、「国際情勢」と「FCEV の利点が発揮されやすいこと」が関連している。
「国際情勢」としては欧州、中国などを中心にFCEV市場の拡大が予想されているが、その大半は商用車だという。日本としては世界初の燃料電池自動車を実用化し、関連特許の保有数でもトップクラスであるという利点を生かし、水素のモビリティ関連で世界をリードしていきたいという思惑がある。

そして「FCEV の利点が発揮されやすさ」により導入が進められているのが大型の商用車だ。
自動車におけるカーボンニュートラル社会を考えたときに、もっともわかりやすい選択肢はBEVである。しかし、現実的に考えれば考えるほど大型車のBEV化はハードルが高い。航続距離の制約があるからだ。
車体重量が重い大型車は一般的な乗用車の数倍も電力を消費する。だから同じバッテリー積載量であればそのぶん航続距離が短くなる。逆に航続距離を伸ばそうとしたら、膨大な量のバッテリーを搭載する必要に迫られる。

毎日の走行距離がそれほど長くない路線バスならまだしも、1日に数百キロも走る観光バスや高速バス、それに長距離トラックのBEV化は極めて厳しいのが現実。もし数百キロ走るBEVの大型トラックを実現するとなると、バッテリーをたくさん積んで「荷物や人を運んでいるのかバッテリーを運んでいるのかわからない」という状況になりかねないのである。ひとことでいえば効率が良くない。
また「その充電をどうする?」という問題も解決が難しい。だから大型車のBEV化はどう考えても現実的ではないのだ。

  • トヨタの量産型燃料電池バス「SORA」

    トヨタの量産型燃料電池バス「SORA」(c)トヨタ自動車

路線バスでの導入が進むFCEVバス

大型の商用車としてすでに多数の燃料電池車両が導入されているのが大型バスだ。
燃料電池車のバスとして日本ではじめて国土交通省の型式認証を取得し、すでに140台以上が活躍しているのがトヨタ(車体製造はジェイ・バスが担当)の量販型燃料電池バス「SORA(ソラ)」である。全長10.5mの車体で79人乗りの路線バスで、燃料電池ユニットはトヨタ製を搭載。先代ミライ用を2基搭載する。

そんなSORAがもっとも多く活躍しているのは東京都での路線バス。すでに100台以上のSORAが投入されている都心臨海部では、燃料電池バスはもはや珍しい存在ではなく日常の光景だ。ちなみにもっとも多くのSORAを運用しているのは「都バス」を運営する東京都交通局。75台以上を走らせている。

燃料電池バスは加速が滑らかなのに加えて力強く、また振動や騒音も少ないので快適性も高い。従来のディーゼルエンジンのバスに比べてたくさんのメリットがあるのだ。水素燃料電池の長所は、二酸化炭素を排出しないことに限らないのである。

いっぽうデメリットは、車両価格が高いこと。そして導入に際しては運用拠点の近くに水素ステーションが必須となることだ。逆に水素ステーションの設置とセットで燃料電池バスの拠点を作れば、一定の水素需要が見込めて収益性を確保しやすいうえに、バスだけでなく乗用車への充填インフラとしても機能するので高効率といえるだろう。

大型トラックを中心に進むFCEVの普及

  • いすゞとホンダが共同開発する燃料電池大型トラック「GIGA FUEL CELL」

    いすゞとホンダが共同開発する燃料電池大型トラック「GIGA FUEL CELL」(c)いすゞ自動車

そして次に期待されるのが水素を活用した燃料電池や水素エンジン(ガソリンや軽油に代わり水素を燃やすエンジン)の大型トラックである。水素で走る車両であれば、乗用車の数倍もの水素を積む必要があるとはいえBEV化した車両に比べると同じ距離を走行できる搭載量は容積的にも重量的にも少なく済む。そんな背景から現在の大型車で一般的なディーゼルエンジンに代わるエネルギー源として、水素の活用は有力となってきたのだ。

大型車が水素で走るようになれば、水素ステーションの増加につながるのは路線バスと同じ理屈。大型トラック用としては、物流拠点やトラックステーションの近く、加えて高速道路のインターチェンジ周辺などに水素ステーションが増えることになるだろう。

現在、日本では日野はトヨタと組んで、いすゞがホンダと組んで燃料電池トラックの実証実験を行っている。欧州ではドイツのダイムラートラックやMANなどが、北米ではカミンズが水素を使う大型車の研究を続けている。将来的には、大型車は水素へ舵を切る可能性が高い。特に、二酸化炭素排出量にシビアな欧州ではその傾向が強いといえる(アメリカはまだまだディーゼルエンジンが主力であり続けるだろう)。

2024年6月にまとめられた経済産業省の「水素基本戦略」の中では、2030年までにFCEVが80万台、水素ステーションが1000カ所を目指すことが示されていることからも、その期待の大きさと本気度がうかがえる。ただし実現へのハードルは高いかもしれない。

  • ヤマト運輸が実証実験を行うFCEVの日野プロフィア

    ヤマト運輸が実証実験を行うFCEVの日野プロフィア (c)ヤマト運輸

150人乗車規模のFCEVの船も登場

また、モビリティ分野では水素をエネルギー源とする船の研究も進んでいる。たとえば岩谷産業と関西電力、東京海洋大学、そして名村造船所が共同で開発した水素燃料電池船の「まほろば」だ。
全長33mで定員150人の船体にトヨタの技術を活用した燃料電池ユニットを搭載したこの船は、すでに一般乗客を乗せての定期運航を実施中。大阪万博会場がある大阪・夢洲とユニバーサル・スタジオ・ジャパン近くを結んでいる。船の分野でも水素の利用は進んでいくだろう。

出典:岩谷産業【公式チャンネル】

FCEVのフォークリフトも進化を続ける

また、業務分野においてはフォークリフトも水素化もはじまっている。トヨタL&F社が市販している燃料電池フォークリストはすでに第二世代となり、現在は1.8トンタイプと2.5トンタイプをラインナップ。いずれも約3分の水素充填で8時間の稼働が可能だ。
現時点ではガソリンや電気(バッテリー)で動く既存のフォークリフトに対してコスト高になるのは否めないが、将来的には工場などで副次的に生産される水素を活用したり、余剰となった太陽発電のエネルギーを水素に変換して貯蔵しておき、それを活用するなど効率の高い運用ができる可能性もある。さらにコスト云々の話ではなく、製品の製造過程や輸送過程における二酸化炭素排出量まで厳しく制約を受けるようになれば、物流分野への水素活用が大きく進むのは間違いない。

出典:トヨタL&F公式チャンネル

大型重機でも水素化が進行

また、重機の分野でも水素活用のトライが行われている。コマツは世界初となる大型ダンプトラック(最大積載量約92トン)に水素エンジンを搭載した実験車両を製作し実証実験を開始。続いて燃料電池を搭載した中型油圧シャベルのコンセプトモデルも開発し、研究開発を推進していくという。

今後は重機も電動化の波が押し寄せてくるが、現実的に考えてみると電力供給網から外れた人里離れた現場でバッテリー駆動の中型/大型電動重機を充電するのは難しい。しかし貯蔵や搬送がおこなえる水素をエネルギーとするのであれば、ハードルが下がる可能性もある。

出典:Komatsu公式YouTube

水素の特性を生かした調理器具

モビリティ以外にも、コンロや給湯器などのガス機器の製造メーカーであるリンナイは、水素を使った石窯やグリルを開発し、「水素グリラー」は日本ガス機器検査協会(JIA)による業務用水素ガス厨房機器検査規程において、国内初となる認証を取得している。
水素は燃やした際に水蒸気が出るため、食材がふっくらとした焼き上がりになるなどのメリットもあるという。

  • リンナイの水素グリラー

    リンナイの水素グリラー (c)リンナイ

たしかに現状でいえば、水素をエネルギー源とするのはコスト面だけでなく、水素製造における環境負荷面でも必ずしも優れているとは断言できない。しかし、今後の研究やインフラの構築によりそれらは解消されていくことだろう。

ちなみに燃料電池を搭載するバスのSORA、日野の燃料電池大型トラック、船のまほろば、トヨタL&Fのフォークリフト、そしてコマツの中型シャベルには“水素を使うこと”以外にも共通点がある。それは燃料電池ユニットだ。いずれもトヨタが燃料電池車MIRAI用に開発した燃料電池スタックを搭載し、活用しているのである。
ちなみにトヨタは燃料電池スタックを車両に組み込んだ状態のみならず“単体”でも製品として外販しており、それを活用して各メーカーが燃料電池のシステムを組むことが可能だ。前回の連載でお伝えした川崎キングスカイフロント東急REIホテルの水素発電システムも、MIRAI用に開発された燃料電池スタックが使われている。

モータースポーツにおける水素の可能性

出典:トヨタイムズ

最後に、モータースポーツの話もしておこう。レース好きであれば、日本ですでに水素を燃料とするレーシングカーが走っていることをご存じに違いない。GAZOO.comでもこれまでその開発の経過を逐次お届けしているが、トヨタはGRカローラをベースに水素エンジン化した車両で「スーパー耐久シリーズ(略してS耐)」に参戦しているのだ。
このS耐には、GT3車両やGT4車両といった純レーシングカーと、市販車を指定部品を使い改造したレーシングカーで参戦するクラスがある。
この水素エンジンのGRカローラは、「他のクラスに該当しない、STOが認めた開発車両」が参加するST-Qクラスに参戦し、水素エンジンの実用化に向けてモータースポーツの現場でのアジャイルな開発と実証実験を進めている。

また、JEVRA(日本電気自動車レース協会)が主催する電気自動車のみのレースも行われており、そのEV-FクラスにはMIRAIも参戦している。

さらに、「ル・マン24時間耐久レース」をはじめ世界中を転戦して開催される世界最高峰の耐久レースである「WEC(世界耐久選手権)」では、2028年からチャンピオンを争うトップカテゴリーに水素マシンが参戦する予定となっている。
それに先立ち、参戦チームのひとつであるアルピーヌは「アルペングロー」という開発実験車両を製作。すでにサーキットで大勢の観客を前にしたデモ走行も実施している。

出典:Alpine公式YouTube

水素はガソリンのように手軽に充填できないために、大掛かりな設備や水素の特性を踏まえた専用の充填機器が必要となるため、まだまだレースにおける導入には課題が多い。
しかし、これから脱炭素がより厳しくなっていく時代においても、特に水素エンジンはモータースポーツを楽しむ要素の一つである音や振動をそのまま残すことができる。
実用としてだけでなく、エンターテインメントとしても水素が活躍していくことになるのかもしれない。

ss(文:工藤貴宏 編集:GAZOO編集部 写真:トヨタ自動車、いすゞ自動車、ヤマト運輸、リンナイ)

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