東アジアとヨーロッパの各国が国家主導で進める水素戦略とアメリカの現状

  • ヒョンデが発表した、完全自律走行が可能な水素燃料コンテナ輸送システムを搭載する「トレーラードローン」

    ヒョンデが発表した、完全自律走行が可能な水素燃料コンテナ輸送システムを搭載する「トレーラードローン」 (c)Hyundai

これからが期待されているエネルギー源である水素。そんな水素に関する情報をお伝えしている本コラム。これまでは国内の水素、FCEV事情を中心にお届けしてきたが、今回の海外のFCEV事情をお届けしていこう。

突然だが、世界でもっともFCEV(水素燃料電池車)が多く走っている国はどこだかご存じだろうか。

答えは韓国。韓国自動車協会の統計によると、2024年3月時点での韓国のFCVの登録台数は34,872台。「過去3年間で登録台数が3倍に増えた」というから驚きの増加率だ。
また、中国もFCEVが多い。2024年に「4年ぶりの前年割れ」したとはいうものの、約5000台のFCEVを販売したとされている。ただし内訳をみるとほとんどが商用車だ。「中国水素エネルギー発展報告(2025)」によると、2024年末の時点で中国を走るFCVは約2万4000台。水素ステーションも540カ所以上あるという。

参考までに2024年の水素車両販売実績(こちらは乗用車だけのカウント)はアメリカが611台(前年比約8割減という大幅な落ち込み)、日本は対前年比では5割増しとなるものの697台(うち輸入車35台)だった。

  • ヒョンデが発表した「Hydrogen Wave」のイメージフォト

    ヒョンデは、2028年までに商用車全モデルに燃料電池システムの搭載、2030年までにFCEVをBEVと同等の価格にすることを目指している。さらに2040年までに多様なモビリティの他、産業や日常生活での水素を活用する社会構築に貢献していくという (c)Hyundai

ところでFCEVはこれまで何車種かが“量産車”としても市販されているが、決して多くはない。乗用車を販売したメーカーを並べてみると、「ホンダ」「トヨタ」「ヒョンデ」そして「メルセデス・ベンツ」など。加えて商用車では中国の車両に加え、ステランティスが「プジョー」「シトロエン」「オペル」の3つのブランドからバンを送り出している。

こうして並べてみると、興味深い事実に気が付くことだろう。これまでFCEVを市販車として販売したメーカーは中国、日本、韓国、そして欧州に限られているということに。なんと世界2番手の新車マーケットにもかかわらず、アメリカのメーカーからは販売がないのだ。

なぜ、アメリカのメーカーがFCEVを市販しないのか?
結論からいえば、その理由は明白である。国土が広大であること、そしてFCEV戦略は自動車メーカー単独で進めることはかなり困難だからだ。

水素の普及にはまずその国や地域の“温度感”がある。たとえば欧州は脱炭素社会に進んでいこうという声が大きいし、それを反映して多くの国は行政と民間企業が連携してカーボンニュートラル社会への転換を推し進めている。自動車メーカーの意向だけで水素車両を市販するのが難しいのは、水素の製造や輸入、水素ステーションの設置をはじめ流通などインフラの整備には国の方針とバックアップが不可欠だからだ。

その点において、欧州や韓国、中国、そして日本は国や地域を挙げて水素を普及させていこうという動きがある。ヒョンデの本国である韓国でも水素戦略は国家プロジェクトのひとつとして進められていて、2020年にはそれを強力に推し進めるための「水素法」まで制定されているのだから本気だ。法制化されることで「政権が変わってもブレることなく戦略が継続される」という。中国も行政が強力に水素社会への移行をバックアップしている影響が大きい。

いっぽうで、やや後退しつつあるのがアメリカだ。アメリカは地域や州によって環境意識に大きな差があるが、もっとも意識が高いのはかつて排出ガスによる大気汚染に悩まされたカリフォルニア。たとえば2002年にトヨタ「FCHV」とホンダ「FCV」というFCEV車両がそれぞれカリフォルニア大学とロサンゼルス市にリースされ、2005年にホンダが世界で初めて個人客へリース販売したのも日本ではなくカリフォルニアだった。少なくともその時点では、カリフォルニアにおける“水素熱”は世界の先頭集団にいたのだ。

  • ホンダ・FCV

    ホンダが世界初の一般向けリースを行った燃料電池車「FCV」 (c)本田技研工業

しかし、それから20年たった現在のカリフォルニアの水素熱は高いとは言い難い。一例としてエネルギー大手のシェルは、2024年2月にカリフォルニア州内にある8カ所の水素ステーションのうち7カ所を閉鎖し、ひとつは別の事業者に渡した。その理由を「水素供給の複雑化、そして外部市場の要因」とし、再開の予定はないという。背景には水素価格の大幅上昇もあるが、水素社会へむけて強力に推進していこうという空気感の変化を具現化した一つの例と言える。

州機関と民間企業からなる団体「Hydrogen Fuel Cell Partnership」のウェブサイトによると、2025年6月時点でカリフォルニア州にある“稼働している水素ステーション”は49カ所で、1年前に比べて4カ所減った。

参考までに、カリフォルニア州は「2035年までに販売される新車の少なくとも80%を電気自動車(BEV)に、最大20%をプラグインハイブリッド車(PHEV)にすることを義務化し(ハイブリッドを含む)ガソリン車の販売を禁止」という計画を2022年に発表し、バイデン前政権下の米環境保護局(EPA)もこれを認めていた。しかし、トランプ政権になって連邦議会がそれを無効化。アメリカにおける水素熱の高まりとアメリカメーカーの動きは、まさに国家、州政府の方針に翻弄されていると言えるだろう。

ちなみに、カリフォルニア州とハワイ州以外には水素ステーションが存在せず、FCEVマーケットは存在しないのが現状だ。つまり、カリフォルニア州以外では積極的な水素戦略が取られているとは言えず、広大な国土を持つ米国で水素ステーション網を構築することは非常に困難だと言わざるを得ない。

  • アメリカ・カリフォルニア州のオークランド港に大型水素ハブ

    アメリカ・カリフォルニア州のオークランド港に大型水素ハブが完成。左下の写真の手前に水素ハブが写っている

いっぽうで、こんな動きもある。
2024年4月にカリフォルニア州の水素ステーション事業者最大手ファースト・エレメント・フューエルが、同州のオークランド港に世界最大規模の大型車両用水素ステーションを開設したのだ。そこでは1日あたり1万8,000キログラムの水素供給が可能。200台の大型トラックと400台の小型トラックへの水素の充填ができるという。とんでもない規模だ。

カリフォルニア州では中型・大型トラックにおいても2036年以降はディーゼルやガソリンを燃料とする車両の販売が禁止となる予定だった。そのためトラックにおいてもBEVやFCEVそして水素エンジン車への脱却が求められていたというわけだ。
この連載で何度かお伝えしているように、大型車のBEV化は難しい。航続距離や搭載するバッテリー量、そして充電に高いハードルがあるからだ。そのため大型車は脱化石燃料となれば、BEVではなく水素(燃料電池や水素エンジン)がマジョリティとなりそうな気配がある。米国においてもそれは変わらず、オークランド港では水素で走る車両がすでに数十台の規模で稼働しているという。

  • ダイムラートラック、三菱ふそう、日野、トヨタが、三菱ふそうと日野の統合に合意

    ダイムラートラック、三菱ふそう、日野、トヨタが、三菱ふそうと日野の統合に合意し、商用車の課題解決と、水素をはじめとするCASE技術開発で、グローバルな商用車ビジネスの強化を図っていく (c)トヨタ自動車

先日、日本のトラックメーカーで大きな動きがあった。トヨタの傘下にある日野と、ダイムラートラックの傘下にある三菱ふそうが統合されることが本決まりとなったのだ。
その目的のひとつに、水素戦略がある。トヨタもダイムラートラックも水素の可能性に着目し、早い段階から燃料電池の技術開発を積極的に進めてきた会社。特にトヨタは現状の内燃機関の延長線にある水素エンジンを、モータースポーツの現場で実証実験を重ねている。両社が手を結ぶことで水素技術をより極め、今後予測される大型車の水素戦略で世界をリードしていこうというのだ。

  • ドイツ最大の公共水素ステーション網の運営主体「H2 MOBILITY」の水素ステーション

    ドイツ最大の公共水素ステーション網の運営主体「H2 MOBILITY」の水素ステーション (c)H2 MOBILITY

ところで、車両とは離れた水素利用はどうだろうか。
たとえば欧州はここ数年で大きな動きを見せている。少し前まで欧州はロシアから大量の化石燃料を輸入していたが、同国のウクライナ侵攻を受けて大きな変更を迫られた。ロシアンエネルギーからの脱却と脱炭素社会化を目指し、今後のエネルギーとして白羽の矢を立てたのが水素というわけだ。

2023年における水素の用途はほぼ半分が製油過程で、肥料原料になるアンモニア、そして化学原料のメタノール製造が続く。これからは、長距離バスやトラック、船舶など純粋な電気での利用が難しい分野が水素に置き換わっていくだろう。

実際に、2024年末時点でのヨーロッパの水素ステーションの数は、H2stations.orgによると294カ所あり、1位がドイツの113カ所、2位がフランスの65カ所、以下オランダが25カ所、スイスが19カ所と続く。
そして、2030年末までに人口10万人規模の都市とその周辺200kmごとに水素ステーションを設置する方針が決まっている。

日本、韓国、中国などの東アジアでも水素戦略が活発化するいっぽうで、米国の脱炭素の動きは、環境対策や脱炭素よりも経済政策を優先する大統領となったことで様々なことが後退している現実がある。それが水素戦略にも悪影響を与えつつあるというのが現状だ。しかし、そんな北米でも長い目で見れば成長する産業であると判断でき、すべては「次の大統領次第」といえるかもしれない。
いずれにせよ長期的な視点に立てば、今後、水素が期待されているエネルギーであることは間違いない。あとは、そのロードマップをどう描き、世の中がついてこられるかである。

(文:工藤貴宏 編集:GAZOO編集部 写真:Hyundai、本田技研工業、トヨタ自動車、H2 MOBILITY)

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