なぜ水素が求められている? 水素社会実現への課題と解決に向けた取り組み

  • 福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)

2020年3月から太陽光によるグリーン水素の製造を行う福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R) 引用:NEDO
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101293.html

水素についてお伝えしてきた本連載も、今回が最終回。シリーズのまとめとして、あらためて水素社会の必要性、そしてその課題について整理しておこう。

「なぜ水素社会へ舵を切る必要があるのか?」といえば、日本では2つの大きな理由がある。それは、
「カーボンニュートラル社会の実現のため」と、
「日本国内で賄えるエネルギーが求められている」からだ。

前者は世界的な流れである。昨今、地球温暖化が叫ばれており、その原因の一つが大気中の二酸化炭素とされている(ただし因果関係が結論付けられたわけではないことも知っておく必要があるだろう)。そこで利用すれば二酸化炭素を放出する化石燃料を使わず、ほかのエネルギーを活用しようというわけだ。“ほかのエネルギー”のひとつが水素というわけである。

後者の「日本国内で賄えるエネルギー」に関しては、戦後の日本で幾度となく起こったオイルショックを振り返れば理解できるだろう。そうしたリスクを含んだ化石燃料に変わるエネルギーとして水素は期待されている。

クルマをはじめモビリティ分野に関して言えば、BEV(バッテリー式電気自動車)には航続距離や充電のハードルがあり、重く長い距離を走る大型車両との相性が悪い。そこで、水素社会を推し進める各国では、水素のモビリティを含む社会への普及は、大型車両を中心に進める流れとなっている。

  • 岩谷産業の水素ステーション葛西

    水素ステーション (c)岩谷産業

いっぽうで、水素社会を実現するためには超えるべきハードルも多い。モビリティ面では「水素ステーション」網や水素輸送の仕組みの構築、車両価格が高いこと、ガソリン燃料のハイブリッドカーよりも水素の方が燃料代が高くつくことなど。さらに水素の生成や貯蔵する施設の建設や、安定供給のためには海外からの輸入を行う必要もあるだろう。これらの課題解決には、膨大な時間と予算が必要であり、水素の普及は国とのコンセンサスが重要となってくる。

ところで、水素は本当にカーボンニュートラルに役立つのか?
なかにはそんな懸念を持つ人もいることだろうが、現時点における水素利用はカーボンニュートラルに貢献しているとは言えない現実がある。

現在製造されている水素の99%は「化石燃料からの改質」で行われており、この方法は二酸化炭素を排出してしまうからだ。その二酸化炭素を回収するCCS(Carbon Capture and Storage)という技術の導入に向けて、新潟県や北海道などでも実証実験が進められているが、現状ではごくわずかな量に過ぎず、回収した二酸化炭素は地中などに埋めることが想定されているが、その処理方法にも課題が多い。

では、なぜ水素が期待されているのだろうか。それは水素はさまざまな方法で作り出すことができるからだ。現在期待されている製造方法の一つが「電解」だ。
水を電気で分解して水素と酸素を取り出すことができ、その際に二酸化炭素は発生しない。さらに再生可能エネルギー由来の電気を使うことで、クリーンな水素を製造することができる。
実際に、福島県の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」や山梨県の「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」などが、大規模での実証実験を進めており、後者ではサントリー白州工場などで水素が実際に利用されている。

再生可能エネルギーはそれ自体を貯蔵することはできないが、水素にすることで貯蔵し必要な時にエネルギーとして利用することができるということも、水素が期待されている一つの要因だ。

さらに、日本各地でさまざまな方法で水素が製造されており、そのいくつかをご紹介しておこう。
北海道の鹿追町は、農業、酪農が基幹産業であり、大量に発生する家畜の糞尿から抽出したメタンガスから改質することで水素を製造している。人口5千人の町で公用車としてMIRAIを10台導入したり、チョウザメの飼育施設などでも活用している。
秋田県の能代市では、陸上、洋上の風力発電の電気を利用し水素の製造を行っている。またJAXAの研究施設で使用される液体水素や気化した気体水素を研究施設で活用する実証実験が進められている。
福岡県福岡市では生活排水から取り出したバイオガスを元に水素を生成し、その水素を供給する水素ステーションを運営している。
熊本県小国町では、地熱発電による電力で水を分解し水素を製造する実証実験が行われている。
これ以外にもさまざまな取り組みがあるが、企業単体で研究を進めている事業もあるものの、基本的には国や自治体と企業が手を組み、地域に根差した事業や実証実験が進められている。

  • タイの養鶏場のバイオガスから水素を試験製造する施設

    タイの養鶏場のバイオガスから水素を試験製造する施設 (c)トヨタ自動車

また海外ではより大規模な水素の製造プロジェクトが進められており、タイではトヨタと地元企業が鶏フンによるバイオガスから水素を生成する事業をすでにスタート。
太陽光や風力を使った水素製造では、サウジアラビアで2026年に年産22万tの製造拠点が稼動予定。オーストラリアでは2030年に年産350万tの製造計画が進められている。
350万tの水素は、概算ではあるが日本の年間電力量の約5%を賄えるほどのエネルギー量となる。
そうした海外で製造した水素を日本に運搬するための実証実験も行われている。

  • 液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」

    川崎重工業が開発・建造した 世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」(c)HySTRA

そのほか植物由来のエタノールからの水素製造や藻類や細菌類を使った光合成による水素づくりなども研究が進んでいる。また、工場などで副次的に生成されている水素(ただし純度はあまり高くない)を有効活用する手もあるだろう。

そういったさまざまな生成方法でクリーンな水素(生成時に二酸化炭素を生まない水素)を作り地産地消することでカーボンニュートラルに近づいていく。ただ、日本では再生可能エネルギーの活用が進んでいないこともあり、クリーンな水素を大量に製造し多くの産業やモビリティで活用することは難しいだろう。それでも、今後の展開によってはカーボンニュートラル社会への大きな貢献が期待されている。
同時に日本国内でエネルギーを作り出し、エネルギーの課題解決にも貢献する可能性がある。それが水素の強みなのだ。
なお、2023年に日本政府が策定した「水素基本戦略」では、2020年の水素利用量200万t/年に対し、2050年には2,000万t/年以上とすることが目標とされている。

  • Woven City

    トヨタ自動車がモビリティのテストコースとして2025年秋以降にオフィシャルローンチを予定している「Woven City」では、水素ステーションから町に設置された水素利用機器にパイプラインで水素が提供される。水素社会に向けた街での活用の実証実験が行われる (c)トヨタ自動車

それを踏まえたうえで、水素社会の実現に向けて必要となるものはなにか?
まずインフラを構築するのは欠かせない。それと並行して、安定的かつ低コスト、加えて二酸化炭素を放出せずに水素を生成できる方法を確立することも重要である。
同時に需要もしっかりと生み出さなければならない。それに貢献するのが水素車両の普及であり、そのためには水素の販売価格の引き下げも欠かせないだろう。

2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」においては、カーボンニュートラル時代を見据え、水素を新たな資源として位置づけ、社会実装を加速していくこととしている。それによると2030年には一般的な水素ステーションにおける水素価格を現在の1/3、2050年には1/5まで下げ、現在の化石燃料と変わらないコスト感の実現を目標としているのだ。そのためには海外で作られる安い水素を活用することも視野に入れている。

日本においても世界においても、現時点で水素社会への移行は少しずつ進みつつもそのペースは速いとは言い難い。しかしカーボンニュートラル社会の実現のために、そして日本ではエネルギーの不安から脱却するために、水素が必要となる将来が訪れる可能性は高いと判断していいだろう。そのためには立ちはだかる様々なハードルを越える必要がある。それが水素社会に向けての現在の立ち位置なのだ。

  • ポータブル水素カートリッジ

    小さな事業所や一般家庭での使用を想定し、トヨタ自動車が開発を進めるポータブル水素カートリッジ。これとは別物となるが、宮城県富谷市では、水素を取り込み個体として運搬できる「水素吸蔵合金カセット」を使った実証実験も進められている (c)トヨタ自動車

(文:工藤貴宏 編集:GAZOO編集部 写真:岩谷産業、トヨタ自動車、HySTRA)

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