夏の車内は想像以上に危険 ― 愛犬の熱中症を防ぐために知っておきたいこと ― 【ペットとドライブにでかけたい!第5回】

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これまでの連載では、愛犬をクルマに乗せる際の法的な考え方や安全装備、車酔い対策、そして休憩の重要性について整理してきました。いずれも「事故を起こさない」「不調を招かない」ための備えです。

これから気温が上がる季節に向けて、もうひとつ大切なテーマがあります。それが「熱中症」です。犬にとって熱中症は、短時間で命に関わる状態へ進行する可能性がある、極めて危険なトラブルです。今回は、愛犬とのドライブにおいて特に注意すべき“車内の温度”に焦点を当て、その怖さと予防の考え方を整理していきます。

汗をかかない犬たちと命にかかわる熱中症

晴れた日の車内温度は、外気温があまり高くなくても急激に上昇します。直射日光を受けた車内は温室のような状態になり、短時間で人間にとっても危険な高温になります。さらに気温が35度の猛暑日には、車内の温度は70度を超えることもあると言われます。

ここで重要なのは「少しの時間だから大丈夫」という感覚は危険を伴うということです。買い物の間だけ。テイクアウトを受け取る数分だけ。そうした“つもり”が、取り返しのつかない事態を招くケースがあります。窓を少し開けていても、日陰に停めていても、基本的に温度上昇を防ぐ決定的な対策にはなりません。

特に犬は、人間のように全身で汗をかいて体温を調節することができません(※1)。主にパンティング(口を開けて「ハアハア」と呼吸すること)によって体内の熱を逃がしますが、高温多湿の環境ではこの調整機能が十分に働かなくなります。つまり、車内という閉鎖空間は、愛犬の身体から熱が逃げにくい極めて厳しい環境になり得るのです。
(※1 汗腺があるのは足の裏、いわゆる肉球などに限定されます。)

熱中症は、単に脱水症状など一過性のトラブルを引き起こすだけではありません。進行すると体内の組織や臓器の損傷を引き起こし、激しい痛みが生じたり神経系の機能障害に陥ったりする場合があります。ちなみにイギリスの調査では、動物病院に熱中症で運ばれた犬の11%が死亡したというデータもあります。重症で運び込まれたケースに限定すると、死亡率は57%に及んだそうです。

犬は人よりも熱中症リスクが高い

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    フレンチブルドッグなどの “鼻ぺちゃ”犬種は特に暑さに弱い傾向があります。

犬は地面に近い位置で生活しています。真夏のアスファルトは非常に高温になり、地表付近の空気も私たち人間が感じるよりも強い熱を帯びます。散歩中だけでなく、駐車場での乗り降りの際にも注意が必要です。

さらに「短頭種」と呼ばれる“鼻ぺちゃ”な犬たちは呼吸による体温調節が苦手で、熱中症のリスクも高いとされています。イングリッシュブルドッグの場合14倍、フレンチブルドッグでは6倍、パグは3倍、熱中症のリスクが高いという報告があります(※2)。高齢犬や肥満傾向の犬、心臓や呼吸器に持病のある犬の場合も同様です。もちろん、犬種や年齢に関わらず、すべての犬に熱中症のリスクはあります。「うちの子は元気だから大丈夫」という判断ではなく「どの犬にも起こり得る」という前提に立つことが、事故を防ぐ第一歩になります。
(※2 短頭種でないゴールデン・レトリーバーとの比較研究)

「エアコンをつけて走っているから問題ない」と考えがちですが、ここにも注意点があります。アイドリングストップ機能が作動したときなど、エンジンが停止している状態では車内の空調が十分に機能しなかったり安定しなかったりといったことも考えられます。また、後席やラゲッジスペースにクレートなどを設置している場合、エアコンの風が十分に届いていないこともあり得ます。

飼い主さんが涼しいと感じていても、愛犬のいる位置では空気が滞留している可能性があるのです。ドライブ前には、愛犬のいる場所の温度環境を確認し、後席用エアコンの設定確認やサーキュレーターの設置など、空気の流れを意識することも有効です。

絶対に避けたい「車内への置き去り」

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    愛犬を“ひとり”で残したままクルマを離れるのは様々なトラブルの原因になります。

最も重要なのは、愛犬を車内に残したまま離れないとことです。「エンジンをかけてエアコンを作動させているから大丈夫」という判断も、リスクを伴います。機械的なトラブルや予期せぬ作動停止が起これば、車内環境は一気に危険な状態に変わります。

防犯上の観点からも、エンジンをかけたまま車両を離れることは推奨されません。今年の2月に痛ましいニュースを目にしました。高速道路のサービスエリアで盗難にあったクルマに残されていたチワワが、窃盗犯に車外に投げ捨てられて亡くなってしまいました。この事件では盗難車両がエンジンをかけたままだったかどうかははっきりしませんが、いずれにしても愛犬を守る最も確実な方法は「絶対に“ひとり”で車内に残さない」ことです。

自動車メーカーの「ドッグモード」という選択肢

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    テスラの“ドッグモード”は駐車中に車内の温度を一定に保つとともに、他者にも配慮したシステム。

一部の自動車メーカーは、車内環境や置き去り防止に配慮した機能を導入しています。たとえばテスラには、駐車中に車内温度を一定の範囲に保つ「ドッグモード」と呼ばれる機能があります。タッチスクリーンの「空調」メニューから「ドッグ」を選択するか、スマホアプリの「空調」から「ドッグモード」を選択すれば起動できます。

エアコンが作動し、飼い主が設定した温度で愛犬を暑さや寒さから守ることができます。ドアはロックされ、他人が画面を操作することはできません。車内温度やドッグモードの動作状況は、スマホのアプリでリアルタイムに確認できるシステムです。車載バッテリーのエネルギー残量が少なくなるとドライバーのスマホに通知が届くため、電欠によるエアコン停止の心配もありません。

さらに、ダッシュボードに装着されているタブレット状のディスプレイには「ドライバーはもうすぐ戻ります。ご心配なく。エアコンはオンで、〇〇℃です」というように、メッセージが表示されます。クルマの周囲を行き交う人々からの誤解を防ぐ工夫も施されているシステムです。

ただし、こうした機能はあくまで補助的なものです。テクノロジーはリスク低減に寄与しますが、最終的に責任を持つのはドライバー/飼い主であるという前提は変わりません。機能の存在を知ることは重要ですが「機能があるから大丈夫」と依存するのではなく、あくまで基本は“同伴する”ことにあります。

熱中症が疑われるときのサイン

呼吸が荒く止まらない。よだれが多くなる。ぐったりしている。ふらつきや嘔吐が見られる。高温環境で愛犬にこうした症状が見られたり、お腹の皮膚を触るといつもより熱かったりした場合、熱中症の可能性があります。

応急的には涼しい場所へ移動し、体を冷やす対応が必要です。一般的には、首や内ももなど太い血管の通っている部分に水をかけたり、保冷剤を当てたりして体温を下げます。また、水を飲ませるのも大切です。ただし、無理に飲ませようとすると誤飲の危険性があります。特に鼻から吸い込まないよう、注意しましょう。

いずれの場合も、自己判断に頼らず、できるだけ早く獣医師の診察を受けることが重要です。「少し様子を見よう」という判断が、症状を悪化させることもあります。また、意識を失うような重篤な熱中症の場合、重い後遺症が残るケースもあります。だからこそ、発症後の対応よりも前に「発症させない環境づくり」が何より大切なのです。

“温度管理も運転技術の一部”という意識

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    温度管理も運転技術の一部であることを意識して、これからの季節を愛犬と一緒に思いっきり楽しみましょう!

私たちは運転中、速度や車間距離、周囲の交通状況には細心の注意を払います。愛犬とのドライブでは、それに加えて“車内の温度”という管理項目が加わります。空調設定、駐車場所の選択、休憩の取り方、そして置き去りにしないという意識。これらはすべて、愛犬家にとって安全運転の一部と言ってよいでしょう。

夏のドライブは楽しい反面、環境が一瞬で危険な状態に転じることがあります。気温が高くなる季節こそ「少し慎重すぎる」くらいの姿勢がちょうどよいのかもしれません。「ゆで卵を生卵に戻すことはできない」というのは少し極端な例えかもしれませんが、私たちも犬たちも、脳をはじめ体の多くは卵と同じタンパク質でできています。熱中症は、大切な愛犬に重い障害を負わせてしまうリスクがあることを忘れないことが大切です。

温度管理も運転技術の一部であることを意識して、これからの季節を愛犬と一緒に思いきり楽しみたいですね。

次回予告
愛犬とのドライブをより安全に、そしてより快適に楽しむためには、私たち飼い主の意識だけでなく、クルマそのものの工夫にも目を向けたいところです。次回は視点を少し変え、ペットとの移動に適したクルマをご紹介します。

「どんなクルマを選ぶか」という視点もまた、愛犬の安全と快適さを左右する重要な要素です。大切な家族の一員である愛犬と、より安心して、より自由に旅を楽しむために。次回は“ペットと走るためのクルマ選び”というテーマで考えていきます。

(文:石川 徹 写真:石川 徹、写真AC、Tesla Motors)