事故を減らし、快適なドライビングを促す「シークエンスデザイン」とは?

「いままでの交通安全対策は、ほとんどが注意喚起なんですよね。もう何十年も進歩がない」

そう話すのは、ステュディオ・ハン・デザインの韓 亜由美さん。彼女は道路に「シークエンスデザイン」という新たな概念を持ち込みました。実際に施工された例をもとに、シークエンスデザインとは何か、解説していただきました。
(特許第4956228号 オプティカルドット/登録第5281648号商標 シークエンスデザイン)

株式会社ステュディオ・ハン・デザイン/韓 亜由美さん(都市景建築家)。グッドデザイン賞ほか建築関連の受賞歴多数。前橋工科大学教授

――今までの交通安全対策とはどのような違いがあるのですか?

従来は「ここは危ないぞ」「速度を落とせよ」といったメッセージを言葉・記号などで目を引いて読ませ、「認知→判断→操作」という手順をドライバーに促していました。シークエンスデザインはそういった手順を踏まず、直接的な知覚で効果をもたらすものなんです。

――どのような場所にデザインするのですか?

路面もしくは壁面にパターンを設置していきます。スムーズな走行を妨げない、というのが従来とは異なる考え方です。とくにトンネルや遮音壁に囲われた自動車道路などの閉鎖的な道路に効果が高い、と考えています。

ここから、実際の道路に施工された具体例を見ていきましょう。

東京湾アクアライン浮島進入路

ここは川崎の浮島口なんですが、壁に地層のようなデザインを施しました。これによって、クルマが一定の勾配で下がっていくのが体感できます。

こちらは上り方向。地層のデザインによって勾配が分かりやすく体感できるようになっています。

小鳥(おどり)トンネル (飛騨清見JCT-高山西IC)/2006年度グッドデザイン賞 特別賞

このトンネルでは、入口から出口まで壁面部分に全線途切れなくパターンが入っています。大きく分けて起承転結の4パターンがあり、徐々に変化していきます。毎回通っている人だと、「今ちょうど真ん中あたりかな?」と体感できるようになっているんです。中程でパターンが細かく散っていくことで同じスピードでも速くなっているように感じ、速度確認を促すようにデザインされています。設置後、トラック協会にヒアリングしたんですが、「細かいパターンのところは高速で飛ばしているとうるさく感じる」ということで、速度の抑制に効果があると考えています。

ここは地元の方にも評判がよくて、開通1か月後にサービスエリアでアンケートを取ったんですが、8割以上の方から「走りやすい」との回答を得ました。「トンネルが短く感じる」「楽に運転できる」といった意見が多かったですね。

デザインが変化していくことによって、自然の風景と近いリズムを意識しました。色は11色使っていて、重力を感じる濃い色は下に、淡い色は上のほうに配置しています。

日本海東北自動車道(あつみ温泉IC~鶴岡JCT)

国道7号線代わりのバイパスとして開通したトンネルルートです。日本海は海や空の変化がとても美しい。そういった自然の風景や爽快感を何とかトンネルの中に取り込みたい、と考えました。全部で4本のトンネルがあるんですが、それを一つのルートとして全体をデザインしました。

ブルー系は海側に、グリーン系は山側に配置していますが、各トンネルごとに色の組み合わせが異なります。全部で16色のタイルを使っており、あつみトンネルでは中間の3km地点に夕焼けをデザインしてあります。

オプティカルドット システム(首都高速 埼玉大宮線/美女木ジャンクション付近)

これはスピード制御(低減)を目的とした道路施策です。路面にドット(点)を配置しています。

ここが長い下り坂で、知らず知らずのうちに140~150kmぐらいのスピードになってしまうんですね。首都高はこれ以前に警察からの要望で注意喚起策を6種類くらい導入したのですが、まったく効果がなかった。そこでオプティカルドットをやってみよう、ということになりました。

この映像ですが、クルマは一定速度で走っています。しかしオプティカルドットによって、加速感および減速感を感じることができます。高速道路の路面はアスファルトが均質で、登っているのか下っているのか分からなくなってしまうんですよね。このデザインによって勾配を分かりやすく体感できるんです。
実施前2年間と後の4年間、速度の推移を計測しました。結果、全体的に中速域(80~100km/h)にシフトし速度のバラつきが減りました。つまり、クルマがうまく流れる「整流効果」があったということです。一般的な注意喚起はドライバーの「慣れ」によって効果が薄れていくのですが、オプティカルドットはまったく効果が薄れず持続した。これは画期的なことだと思います。
その後塗装が擦り切れてしまったので、現在は一部を残してアスファルトを打ちなおしています。

――いまの交通安全対策にはどのような問題点が?

現代社会において、人が多くの時間を費やす道路は居住空間の一部と言っていいはずなのに、数字としての交通流・建設上の合理性が最優先されている。そして何十年も前からドライバーに警告したり、心理的物理的に抑圧する手法の「注意喚起」ばかりで、ドライバーの心理が考慮されていない。ヒューマンな視点がないのが残念ですね。

「交通安全が“対策”を越えた“デザイン”になり、快適なドライブ空間が増えていけばいいですね」と話す韓さん。
自然かつ快適に走行できることが事故の低減にもつながる、というシークエンスデザインの発想はとても新鮮でした。
(特許第4956228号 オプティカルドット/登録第5281648号商標 シークエンスデザイン) 

取材協力:Studio Han Design(ステュディオ ハン デザイン)

(村中貴士+ノオト)

[ガズー編集部]