33万円の資料 「世界自動運転プロジェクト総覧」とは?

3月末、日経BP社より「世界自動運転プロジェクト総覧(増補改訂版)」が発行されました。お値段なんと、税抜き33万円! 中古車並みの価格ですが、いったいどんな資料なのでしょうか? 調査を担当された日経BP総研 クリーンテック研究所の主席研究員、林 哲史さんにお話を伺いました。

――「世界自動運転プロジェクト総覧」は、どのような経緯、目的で制作されたのでしょうか?

自動運転機能は交通事故を削減したり、高齢者に優しい移動手段が提供されたりする可能性があり、私たちが今抱えている社会課題の解決につながります。
開発状況を調べてみると、コネクテッド(常時インターネットに接続する)機能を備えた自律ロボットとしても動作できるようになっていて、将来的にはスマートフォンから呼び出せる「走る個室」のような製品が登場するかもしれません。
自動運転車の登場は、これまでクルマとあまり関係のなかった産業にも影響を与えるでしょう。そこで今回、自動車メーカーを中心にさまざまな企業や団体が取り組んでいる「自動運転プロジェクト」を紹介・分析し、企業の経営戦略・事業戦略を企画する際に役立つ情報をまとめました。

――簡単に中身の説明をしていただけますか?

3部構成となっています。第1部は全体分析。自動運転の開発目標や実現に欠かせない各種技術、既存の産業はどんな影響を受けるか等をまとめました。第2部は、企業グループごとに自動運転開発プロジェクトの方向性を分析しています。第3部では各企業および共同プロジェクトがどのような活動をしているか、協業や提携内容をまとめました。
共通の特徴として挙げられるのは、異分野の企業との提携・協業を積極的に仕掛けていることです。

――各企業、目指しているところは違うかもしれませんが、「完全自動運転車」はいつ頃実現しそうなのでしょうか?

自動運転機能はどんどん進化するはずなので、レベル2ぐらいは数年ですべての自動車に標準装備されるかもしれません。テスラ、ベンツ、BMWなどの自動運転機能はすでにレベル3以上に近づいています。
レベル5の自律走行については、例えば公園や大学、空港、イベント会場など私有地で走行する経路が決まっているようなケースなら今でも実現できそうです。すでに実証実験も各地で行われています。ただし、公道での利用となると話は別です。人や自転車が交通ルールを無視して横断するような環境なら、いつまでたっても実現はしないでしょう。
技術的な不完全性に焦点が当たっているように見えますが、本質的な問題は歩行者、自転車、バイク、クルマがどの程度厳密に交通マナーを守るか、もし守らないで事故が起こったときにその過失を人間が認められるかどうか、つまり「社会の受容性」にかかっていると思います。

自動運転開発は、ドライバーの存在を前提とするかどうかでゴールが分かれる

――「自動運転車」と「そうでないクルマ」が混在することの危険性なども議論されているようですが、そのあたりはどうでしょう?

完全自動運転車を受け入れるには、ドライバーも歩行者も交通ルールの厳守が要求されます。大きな視点で見れば、乱暴な運転や病気等の突発的な問題で生まれる交通事故を防ぐことができるので、共存する人間も「ある程度は自動運転車の過失を認める」という考えが必要になるでしょう。この問題に詳しい花水木法律事務所の小林正啓弁護士は、社会が完全自動運転車を受け入れるには“二つの絶対”が重要だとお話しされています。一つは「絶対に事故は減る」、そしてもう一つは「それでも絶対に事故はなくならない」ということです。

自動運転車の実装には、社会の需要喚起と受容性向上が欠かせない

――自動運転によってどんなビジネスが生まれるのでしょうか?

下図のように、運輸・交通だけでなく、損害保険、介護医療施設、観光、IT、通信キャリアなど様々なニーズ・ビジネスが生まれるでしょう。自動運転車は「動く個室」なので、移動時間をターゲットにした個室ビジネスの話はよく聞こえてきます。ただ、今でもタクシーや運転手付きの自動車を使っている人はたくさんいるわけで、それほど意外ではないですよね。
お金を払ってもいいと思える価値を作る基盤技術は、自動運転よりコネクテッドにあるのでは?と私は考えています。

自動運転が生むニーズとビジネス

――大企業、有名自動車メーカー以外で注目すべきベンチャー企業などありましたら教えてください

Next Future Transportationという企業があります。まだ試作品も作られていないと思うのですが、横に動くエレベーターのような形状で、連結できるのが特徴です。小さな売店や食堂を実装し、走りながら他の車両と連結、列車のように車両間を歩いて移動できるというもので、想像力がかきたてられる提案です。

――「世界自動運転プロジェクト総覧」は、どんな人に役立つ資料ですか?

経営企画や新規事業を推進する立場の人に目を通していただきたいですね。自動車関連業界の方はもちろんですが、他の産業分野でも参考になる部分は多いはずです。これからの新規事業は、囲い込みで独自性をアピールするのではなく、新しい産業をエコシステムとして作ることに参加して存在感を高める活動が重要になるでしょう。こうした取り組みがダイナミックに行われ始めているのが自動運転関連ビジネスだと思います。自動運転業界には、フレネミー(フレンドとエネミーの合成語。敵でもあり、友人でもあること)というキーワードがあります。この言葉の意味合いの深さと熾烈さを実感できる内容になっています。

自動運転車を支えるエコシステム

クルマ関連だけでなく、他分野のさまざまなビジネスにインパクトを与えるであろう自動運転。技術的な側面ばかりが注目されがちですが、一方で「私たちが自動運転車をどう受け入れるのか」も重要なポイントなのだ、と改めて感じました。

(村中貴士+ノオト)

MORIZO on the Road