病気後の運転再開への自信と課題、そして解決策を授けてくれた「Honda 運転復帰プログラム」
前回は、脳梗塞を患った筆者がリハビリ後、免許試験場に行って臨時適正検査を受けることで、法的に問題なく運転の再開ができるようになったことをお伝えした。
しかし、運転の許可が出たとはいえ、安全に、安心して運転できるとは限らない。いろいろと調べる中で、自動車教習所と提携しているリハビリテーション病院もあると聞いた。しかし、残念ながら著者の入院していた病院ではそういった取り組みは行われていなかった。
そこで見つけたのが、ホンダが行なっている「Honda 運転復帰プログラム」。これは病気や事故などでなんらかのトラブルを抱えたドライバーが再び運転が可能か、現状の把握、そして解題に対する指導、アシストしてくれるプログラムで、一回5400円(税込み)で受けることができる。
実際に運転復帰プログラムを体験取材してきた
このプログラムは、運転免許試験場での適性検査を受け、問題ないとされた方を対象に、より安全に運転するための指導を行ってくれるもの。病気や事故で体が不自由になると運転を諦めるケースも多い。しかし、地方によってはクルマに乗れないと生活がままならないこともある。そこでより安全に運転を再開するために行われているのだ。現在、ホンダの施設では全国7カ所の交通教育センターで実施されている。
筆者は今回、このプログラムを体験取材させていただく機会を得た。伺ったのは埼玉県にある、Hondaの交通教育センター「レインボーモータースクール和光」だ。
- 今回指導してくれた教育課の杉山知由さん
「レインボーモータースクール和光」には、さまざまな運転支援器具を装着した専用の福祉車両が用意されており、プログラムもこの車両を使って行う。約20年前、運転免許を取ったときのように教官が助手席に乗り、コースの説明を受けながら周回がスタートする。
筆者は軽い右麻痺があるため、ハンドルグリップと、左手でウインカーを操作できるステーを取り付けた状態で運転はスタートした。教習コース内とはいえ、病気をしてから運転するのは約4ヶ月ぶりだ。
- 運転前の安全確認からスタート
ゆっくりとコースに入っていく。軽い麻痺のある右足は、アクセルとブレーキをこれまでのようにスムーズにはコントロールできないため、明らかにギクシャクした運転になるが、教官はその都度、身体の状態にあった運転の仕方をアドバイスしてくれた。
たとえばスピードが乗った状態からの大きなカーブでは、曲がる前にしっかりと減速して、曲がる最中にブレーキを使わないこと。これは運転の基本でもあるが、健常な状態ではそれでもなんとか運転できていた。しかし、微妙な操作ができなくなると、こういった基本動作を大切にする必要があると改めて感じさせられた。
- 病状に会わせた運転方法を相談。ハンドルグリップの持ち方なども教えてくれた
だんだんとコースに慣れてくるとスピードを出せるようになってくる。すると教官の指示は細かくなっていく。指定区間を指定されたスピードで走って十分に減速したり、教官の合図に合わせての急ブレーキ、クランク、S字、車庫入れをしたりと、これからクルマを運転する上で出てくるシーンをひとつ一つ、練習していく。
約50分間、みっちりと教習所のコースを走った。病気による後遺症でうまくできないところは、どうするとスムーズになるのかをその都度教えてくれる。また、約20年前に勉強したままのため、曖昧になっていた交通法規についても指導してもらえた。
補助具を使った運転に挑戦
教官に横に乗ってもらってのトレーニングは、脳の病気とそれに伴う後遺症を抱える筆者には非常に有意義なものだった。スムーズにカーブを曲がる、スピードに慣れることなど、すべてが貴重な経験だった。その中でも特に体験してと良かったと感じたのが、補助具を使って運転したことだ。
- ハンドルグリップを持っての運転。だんだんコツがつかめてくる
ひとつはハンドルグリップ。片手でスムーズにハンドルを回すための機器だが、回しやすくなる分、ハンドルの保持性が下がる印象があった。そのことを教官に伝えると、「身体をしっかりとシートの背に当てて、左手を伸ばしてハンドルを押すように固定すると安定する」と教えてくれた。実際にこの方法を試すと、直進時の安定性は大きく向上した。その後の、高速走行時にも活用している。
- 左足でアクセルが操作できる補助具。自分の足の状態が改めてわかった
そしてもうひとつが、左足でアクセル操作ができる補助ペダルだ。これはブレーキペダルの左側に設置するもので、アクセルとブレーキの位置が完全に逆転する。著者は右足がまだ動いているが、右足でアクセルが踏めない場合、この左足アクセルを使うことになるという。
これも実際に試してみた。最初は左右の操作が反対になることに違和感があったが、周回コースを何度か走るとだんだん慣れてくる。とっさのときにアクセルとブレーキがどっちか一瞬混乱することはあったが、急なとき以外はスムーズに運転できた。
自分でも驚いたのが、麻痺の残る右足よりも、初めて操作する左足の方がアクセル・ブレーキの動きがともにスムーズだったことだ。実際、後部座席にホンダの方々に乗っていただいていたのだが、左足に変えてからの方が、カーブで体が振られることが少なく感じたという。それだけ、右足がスムーズに踏み込めていないということが、身をもって体感できた。
運転指導のおかげで日常を回復することができた
終わってみると、50分はあっという間だった。終了後、教官からは標識や一時停止の見落としが数カ所あったことや、ハンドルワークやペダル操作についていくつかのフィードバックを受けた。これからの運転に非常に役立つアドバイスをいくつもいただけたのは、非常に大きな収穫だったように感じている。
また、筆者のような脳卒中の場合、身体には大きな症状が出ず、認識や認知に課題が出ることも多い。このプログラムでは病気に関しての知識を持った教官が乗るため、安全運転のための課題が見つけやすい。作業療法士さんと一緒に乗った場合は、運転結果を踏まえて、その後のリハビリの方向性を相談していくという。逆に実際に乗ってみることで、安全運転ができないと体感できたら、運転をすっぱり諦めることもできるだろう。
- 運転復帰プログラムに利用した福祉機器装着車両。プログラムを体験して得たものが大きい
このとおり、非常に有意義だった「Honda 運転復帰プログラム」だが、レインボーモータースクール和光では埼玉県の決まりにより、ほかの教習車が練習していない昼休みの1時間しか、同プログラムでの乗車はできないという。さらに病気や福祉器具への知識がある専門の教官が教習にあたるため、現段階ではまだまだ実施回数は多くない。そのため、現在は予約を取るのも困難だという。このあたりは今後の課題となるだろう。
しかし、同プログラムでは、病気後の運転再開への自信と課題、そして解決策を授けてくれた。筆者はそのおかげで日常的に運転できるようになった。クルマの運転が日常生活の一部であるという人は多い。病気はそんな日常を簡単に切り裂いてしまう。「Honda 運転復帰プログラム」は、日常を取り返してくれる画期的な取り組みなのだ。
(取材・文・写真:コヤマタカヒロ、編集:木谷宗義+ノオト)
[ガズー編集部]
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