始まりは小学校の教材用モーターだった! 知られざる「マブチモーター」の世界【前編】
「130」と赤い文字が描かれた黄色い小箱を見ただけでパッとその中身が思い浮かぶ人、思わず「懐かしい!」と思う人、いらっしゃいますか? そんな方の多くは、かつて漫画『サーキットの狼』を発端とする1970年代の”スーパーカーブーム”の渦中で少年時代を過ごしたオジサンたちではないでしょうか。
フェラーリやランボルギーニが描かれた筆箱や下敷きを持ち歩き、学校では消しゴムと名乗りながら決して文字を消すことには使われない「スーパーカー消しゴム」で休み時間のたびに遊び、世界中のスーパースポーツマシンのスペックを覚えた、そんな時代の少年です。
当然、スーパーカーのプラモデル作りにも夢中になりました。パーツを一つひとつ組み上げて自分だけのカウンタックやストラトスを作る楽しみは、当時の子供たちにとって魅力的な遊びだったのです。そして当時のプラモデルの主流はモーターで走行可能な仕様で、その心臓部で圧倒的シェアを占めていたのが黄色い小箱の中身、マブチモーター株式会社の「FA-130」というタイプのモーターだったのです。
この黄色い小箱から取り出した小さなモーターのシャフトに油断しているとなくしてしまいそうな小さなピニオンギアを打ち込む作業は、当時の少年たちにとってスーパーカーのプラモデルを作る上での大事な儀式でした。
小学生に向けた教材用モーターから始まったマブチモーターの歴史
マブチモーターの歴史は、その前身となる「関西理科研究所」が戦後間もなく香川県高松市で産声をあげたところからスタートします。ブリキ工場を営む家に生まれ、子供のころから模型作りが大好きだった創業者 馬渕健一氏が産み出した、小学生向け理科の教材用モーターから始まったものだそうです。
このモーターは地元・香川や大阪でヒットしたものの、宣伝や販売網に勝る大都市の会社によるコピー商品が出回るなど順風満帆な時期は長くなかったようです。そうした困難が立ちはだかるたびに馬渕氏は、腐らず焦らず創意工夫に満ちた新しい製品の開発や改良を重ねていきました。また、そんな時期に健一氏の弟 隆一(たかいち)氏も兄のモーター事業に参画し二人三脚での挑戦がはじまります。
1954年には東京に進出。小型マグネットモーターや電気機器、模型教材、玩具等の製造を目的とした東京科学工業株式会社を起こします。この会社こそが現在のマブチモーターです。創業当時から模型教材や玩具への使用を念頭に置いていたマブチモーターは、ゼンマイやはずみ車が玩具の動力の主役だった時代に、モーターを動力とした玩具が普及するようモーターの開発に注力。しかも日本や世界中の子供たちが普通に買って遊べるようにゼンマイやはずみ車と同等の価格を目指しました。1954年には馬渕兄弟の想いを実現する玩具用モーター「アルニコモーター」が完成します。
- 「FA-130」登場時の雑誌広告。社名を現在のマブチモーター株式会社へ変更する前年(昭和45年の)のもので、右上はこのときに刷新された黄色いパッケージのもの。写真右下は現行の「FA-130RA」
以降アルニコモーターが電動玩具の主力となりますが、当時の日本の経済事情を考えるとまだまだ高価で、どんな家庭の子供でも買えるというわけでもなかったようです。そこで小型・軽量化の設計と生産現場での作業効率を上げるとともに、1958年にはアルニコマグネットに比べ比較的安価なフェライトマグネットを採用。13もの実用新案を盛り込んだ軽量・高性能小型マグネットモーター「Fタイプ」を開発します。かつて玩具の動力の主役だったゼンマイ並みの価格を実現したFタイプの登場により、誰もが電動玩具を買える時代に突入するのです。その後研究を重ね、1968年に生まれたのが「FAタイプ」。のちにスーパーカー少年が夢中になるモーター駆動プラモデルの心臓部となる黄色い小箱の「FA-130」も、FAタイプのひとつというわけです。
用途の多様化への道を歩み、家電や自動車分野に進出
Fタイプ登場から早60年。子供たちが自らの手で組み立てし、彩色し、器用な人は素晴らしく不器用な人はそれなりの出来栄えの“自分だけの1台”を走らせて遊ぶ。当時、流行したそんな子供たちの遊びも今では影を潜めた感があり、内蔵されるモーター単体を子供が購入する機会も減ってはきています。しかし、そんな時代でも経営の多角化を目指さず、“モーター一筋”の道を選んだモーターのプロの進化は止まりませんでした。マブチモーターはそんな時代を見越し用途の多様化への道を歩んでいたのです。
- 玩具から家電、音響製品、ロボットに至るまでさまざまな分野で利用されている
多様化への道を歩むことにより、わずかな回転ムラも許されない製品やモーターの発する音が好ましくない製品への対応などが求められました。さまざまなジャンルで求められる要求を一つひとつクリアしていくことで、耐振動性、耐久性、省電力性を始めとしたモーターのレベルをどんどん押し上げることになりました。
かつての子供たちがちょっとだけ大人になったころに夢中で聞いたラジカセから、今では電動など珍しくもないシェーバーや歯ブラシまで、いま我々の生活は多くのモーターに支えられています。また、マブチモーターが、ドアミラーやドアロックを始め、大衆車でも50~60個、高級車に至っては100個以上も使われているという自動車用モーターの世界においても活躍しているのは、かつて黄色い小箱を手にしたスーパーカー少年にも意外と知られていないものです。後編では、自動車の中で活躍するマブチのモーターについてお話しますので、どうぞお楽しみに。
(取材・文:高橋学、写真:高橋学、マブチモーター株式会社、編集:木谷宗義+ノオト)
[ガズー編集部]
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