実は禁断行為!? 駐在中にクルマを買ってみた<インドネシアのクルマ事情>
私、大田中は2012年10月から2016年9月まで、インドネシアのバンドンという街に駐在員として勤務していました。
バンドンは、インドネシアの軽井沢
標高が700メートル~800メートルあり、避暑地&学生の街として栄える街・バンドンは、首都ジャカルタの東南へ約150キロの場所にあります。高速道路が通っているので、空いていれば2時間かからない距離です。日本では、日本と中国の高速鉄道工事受注の取り合いで話題になった終点の街なのでニュースでお聞きになった方もいらっしゃるでしょう。
しかし、渋滞最悪度世界一(筆者の体感)のジャカルタで渋滞に巻き込まれると5時間~6時間、事故でもあろうものなら10時間超も覚悟しなければならない道のりです。ちなみに日中は必ずといっていいほど、巻き込まれてしまいます。
バンドンに到着しても、近隣のエリアに余暇を楽しむ場所がないことから、週末は人が大挙してこの街へ押し寄せ、彼らを当て込んだアウトレットやショッピングモールも多数。
鉄道がないため、街の中での移動手段はクルマとなり、ジャカルタに負けず劣らずの大混雑が発生。いつもは5分の距離に2時間かかることもあり、住民は大迷惑です。近くに火山もあることから、筆者は「インドネシアの軽井沢」と呼んでいました。
日本人駐在員にとっては禁断のマイカー
異国の地でクルマを買うということはそう難しくないことだと感じる方も多いでしょう。ところがインドネシアでは事情がかなり異なります。
ジャカルタやその近郊に拠点を構える日系企業では、駐在員が運転することを禁じている会社がほとんど。運転していることが露見したら、懲罰委員会にかけられるほどの罰則規定を設けている会社もあるくらいです。
過酷な道路状況、日本とはかなり違う運転スタイル、そして万が一事故を起こした場合、命の危険にさらされることもありますし、なにより処理がとてつもなく面倒だというお国柄だということがその理由です。というのも、インドネシアの人々は、日ごろニコニコしている印象ですが、何かコトが起こると突如暴徒化するケースも多いのです。過去に事故後のプチ暴動で襲われて命を落とした外国人を何人も見てきました。
そんな環境なので、「運転したい」と思う駐在員はまずいません。運転手が運転する、いわゆるショーファードリブンのリアシートに腰かけて移動するのが楽だという現実的な理由もあり、皆そうしています。
じゃあ、そんな環境でなぜ、筆者はクルマを買ったのでしょうか?
運転好き&恵まれた環境のおかげでクルマ購入へ
私は3日も運転しないと禁断症状が出るくらいの運転好き。それに好奇心も旺盛だったため、こういう環境で自分のクルマを持ち、運転したいと思うのは、自分としては当然の流れでした。
また、環境にも恵まれました。比較的平和なバンドンだったということと、珍しく運転を許可してもらえる会社だったからです。
在インドネシア日本領事館の情報によると、平成28年(2016年)時点で19,312の日本人居住者がいましたが、自分でマイカーを買って運転していたのはおそらく私1人だったのではないでしょうか。テレビなら「この人は特殊な環境において、自己責任で運転しています。良い大人は決して真似しないでください。結果どんな目に遭おうとも当方は一切関知しません」と注意書きが表示されるようなお話です。
では、どのようなプロセスを経て購入することができたのでしょうか。
- ジャカルタの南北を通るスディルマン通りの夕方ラッシュ時の様子。二輪、四輪、バス、そして写真には写ってないものの屋台、歩行者もが入り交じる混沌とした状況
インドネシアではショッピングモールでもクルマを買う
まず「どこで買うか?」です。
今回購入したのはトヨタ車なのですが、ディーラーは直営のAUTO2000系とメガディーラー系のTUNASという2系列があるので、そのどちらかに出向くことになります。しかしこの国ではあちこちにあるショッピングモールで買うケースもかなり多いのです。もしかしたら、モールで買う人の方が多いかもしれません。
インドネシアの人たちの多くは、家族連れでショッピングモールに出かけます。買い物ついでにクルマが見られるのも便利ですし、家族が揃っているので意見も聞けるし、各座席の居住性チェックもできる。この国の売れ筋は3列シート車がほとんどなのですが、3列目まで家族全員で座って確かめています。駐車場内で簡単な試乗もできます。
今回購入した新型トヨタ・フォーチュナーというクルマのバンドン発表会がモールで行われたこともあり、現地の習慣にならってモールで契約してみました。
- ショッピングモールのイベント広場で行われた新型フォーチュナーの発表即売会の様子。家族で隅々までチェックしている様が見て取れる
日本とは違う手続きも
まず契約の意思表示のために、5万ルピアをその場でスマホをつかい、ネットバンキングから振り込みます。身分証明書のコピーを取られ、氏名と住所を書いた程度の申込書の控えをもらうと同時に、ディーラーでの本契約の日、前金の振込額と日、ナンバー登録前の内見の日、残金振り込み日、納車日をカレンダーに書き込んだ今後の大まかな日程表を受け取ります。
モールで申し込んだのが1月22日。このときに示された納車予定日は2月15日でしたが、そんな予定通りにいかないのがこの国の常。結局納車されたのは5月21日のことでした。
敗因は「せっかくなので個性を……」と思い、ファントムブラウンという珍しい色を選んだことです。
インドネシアでは、高いクルマほど白か黒、せいぜいシルバーしか売れません。このため初期生産分はほとんどその色に割り当てられ、その他の色は後回しにされたということのようです。日本より保守的な彼らの色選びがうかがえます。
- 注文した! 納車までの大日程をカレンダーに記入してくれたが……
ちなみに、クルマを買うにあたって、日本同様さまざまな書類が必要です。納車されるときも、書類がついてきます。
- 買うとき
- ①購入申込書
- ②納車までの大日程カレンダー
- ③新車購入契約書
- ④外国人登録証とパスポート(現地の人は身分証明書)
- ⑤会社が発行する在職証明書(ローンならわかるけど、現金でもなぜか必要。よって内緒で買おうとしてもここで会社にバレる)
- ⑥現車確認書(内見の時に、この個体でOKと言いましたの証明書にサイン)
- ⑦領収書(申込金、前金、残金)
- 納車のとき
- ①新車受領書
- ②車両取扱説明書
- ③サービスプックレット
- ④STNK (Surat Tanda Nomor Kendaraan=車両登録証。ナンバープレート、シャシー、エンジン番号、ボディーカラーなどの車両情報、所有車情報、税額と有効期限が明記されている。1年有効で税金を支払う度に更新されるので納税証明書も兼ねる。検問にあうと運転免許証とSTNKの提示を求められる)
- ⑤約60日後に発行される(なんと手書き書類なので時間がかかるため)BPKB (Buku Kepemilikan Kendaraan Bermotor=自動車所有車帳。これには車両情報の他、歴代所有車の情報がすべて書かれているクルマの履歴書のようなもので、常にクルマについて回る。歴代所有者が丸見え。紛失すると再発行に時間とお金がかかる)
- ⑥BPKBの受領書
手順上での日本との大きな違いは、納車前に現車を確認することです。と、言っても、ただ見るだけでなく、エンジン始動したり、ボンネットを開けてエンジンルームやシャシーナンバーを確認したりと、しっかり細かく状態を自分の目で確認します。そして最終的にこの個体で問題ないと確認した上で、書類にサインをするという正式なものです。もちろん、保証があるので納車後に問題が見つかったとしても修理は受けられます。
また書類上の違いも。日本では車検証が1つだけあるのに対して、インドネシアではSTNK(車両登録証)とBPKB(自動車所有車帳)という2つの書類があります。BPKBの方は重要書類のため、原本は金庫に保管し、コピーを車内に常備しているケースがほとんどのようです。
最後に、サインする書類が非常に多いことが挙げられます。確認の度に、書類を受け取る度に書類にサインします。10回以上はサインしたはずです。余談ですが、試乗などでディーラーからクルマを持ち出す際には、その拠点長が承認のサインをした書類が必要で、これなしでは出入口のセキュリティーを通れません。もし拠点長が不在の場合、いかなる理由でもクルマを外に持ち出すことができないのです。
- 後日届いた希望ナンバープレートと新しいSTNK
登録前の内見というシステム
フォーチュナーのリストプライスは4億9800万ルピア。クルマの価格に「億」っていったいどんなスーパーカーの価格やねん! と思いますが、日本円換算で約400万円なのでご安心を。インドネシアでの価格表には税金や諸費用込みの金額が記されているので、それ以上の費用は必要ありません。申込金5万ルピア、前金に5000万ルピアを納め、ちっともこない納車の日にわくわくイライラしながら3ヶ月も長く待ったある日、ディーラーから連絡がありました。
「明日現車が届くから見に来てください」
登録前に必ず内見して、仕様は注文通りか、不具合はないかをチェックします。これで大丈夫となれば書類にサインして残金を振り込むと、登録作業が進みます。
- バックヤードで、待ちに待った愛車予定車とご対面!
- 車内、エンジンルーム、各ドア開閉、エンジン始動、オーディオ・ナビの動作確認など一通りチェック
- 左リアサイドウインドウに貼られたヴィークルデータとシャシーナンバーも照合します
登録の前に、ナンバーをどうするかという話になります。何も言わなければ役所が自動的に発行してくる番号になるのですが、番号を選ぶこともできます。
ナンバープレートについては機会があれば別にお話しようと思います。これはこれでいろいろと興味深いお話なのです。
正式な希望番号制はないけれども希望番号を選ぶ
せっかくなので私は、“D 81 PAI”という番号を選びました。都市記号以外は空いていれば取得できるのですが、実はこれ、正式なシステムではありません。時代劇的に表現すると、登録事務所の係官に“魚心あれば水心”的にお願いして振り出してもらうのです。いくつか候補を挙げ、空きを調べてもらって未使用分から選びました。ナンバーの希少性や諸事情によって“心”は変動しますので、定価というものも存在しません。
番号を選ぶ場合、希望番号が振り出されるまで納車を待つ方法と、まず自動で振り出されるナンバーで納車してもらい後日付け替える方法がありますが、一日も早く運転したかったので後者を選択しました。
こういったプロセスを経て、3ヶ月後ようやく納車。楽しい自分運転ライフを楽しめるようになりました。
- やっと納車! ちゃんと家まで届けてくれる。希望ナンバーがまだ届かないためしばらくは自動的に割り当てられたナンバーで
トヨタ・フォーチュナーとはどんなクルマ?
最後に、購入したクルマについて簡単にご紹介いたしましょう。
トヨタ・フォーチュナーとは、いわゆるIMVシリーズと呼ばれる車型の一員で、2015年後半に新型に切り替わった現行が2世代目です。IMVとは、アセアンを中心とした新興国専用車で、ハイラックスピックアップ・シングキャブ、エクストラキャブ、ダブルキャブ、SUVのフォーチュナー、AUV(アセアン・ユーティリティービークル)のキジャン・イノーバ(インドネシア以外では単にイノーバ)の5兄弟で構成されています。先日タイから日本に輸入されるようになったハイラックスの兄弟ということですね。ちなみに、キジャン・イノーバとフォーチュナーがインドネシア製、ハイラックスはタイからの輸入です。
- 右のクルマがキジャン・イノーバ。7人乗りAUVの祖。このモデルで6代目
- デイタイムランニングライト内蔵バイビームLEDヘッドランプはインドネシア・コイト製。初の自動点灯式
- アジアンカーを知らない人には普通に見えるインテリアも、昔を知るものには画期的な高級感。もはやワールドーカーの域。この代からナビゲーションも標準装備(グレードによる)
- スライド、リクライニング、ダブルフォールディングの2列目シート
- この国では頻繁に利用される3列目。居住性はキジャン・イノーバに一歩譲るものの小柄な大人には充分な広さ
- リアゲートは電動開閉式。7人乗っての小旅行には充分なラゲッジスペース。3列目はトヨタ式の左右跳ね上げ式
予想しなかった涙の別れ
帰任に際し、せっかくの愛車なので日本に持ち帰ろうと思いました。が! なんとインドネシアは、個人の資格でのクルマの輸出を認めていないとのことなのです。中古車の輸入が禁止されていることは知っていましたが、まさか輸出もできないとは! 涙の別れをせざるを得ませんでした。
ちなみに売却額は4億ルピア。トヨタ・キジャンなら5年15万キロ乗っても、購入時価格の70%では売れるこの国で、この金額は低すぎますが、新車を買える人は中古車は買わないので売りにくく、仕方なくこの金額となりました。
- 選択したのは、2輪駆動2.4Lディーゼルエンジン+6ATのVRZグレード。インドネシア製です
(取材・写真・文:大田中秀一 編集:ミノシマタカコ+ノオト)
[ガズー編集部]
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