京都・元離宮二条城に世界的にも貴重なヴィンテージカーが集結!「コンコルソ デレガンツァ 京都 2018」

3月30日(金)~4月2日(月)の4日間、京都・元離宮二条城にて、世界的にも貴重なヴィンテージカーが一度に集い、そのエレガントさを競う「コンコルソ デレガンツァ 京都 2018」が開催されました。

「コンコルソ・デレガンツァ」とは、単なる移動手段としての乗り物を超えたクルマのエンジニアリングや、フォルムなどにおけるクラフトマンシップを競い、より優れたものを称える欧米の文化が生んだコンテスト。イタリアで行われる「コンコルソ デレガンツァ ヴィラ デステ」やアメリカで行われる「ペブルビーチ コンコース デレガンス」などに代表される、欧米のコンクールの世界観や雰囲気を我が国で実現すべく開催されたものです。

会場となった「元離宮二条城」は400年以上の伝統を誇り、世界文化遺産にも登録されている京都の中でも人気スポットですが、ヴィンテージカーの展示は通常は非公開とされている「二の丸御殿中庭」で行われ、期間中は二条城への入場料のほかに、このエリアへの入場券(一般1000円)で誰でも見学できるようになっていました。

Best of Show(最優秀賞)はアルファロメオ6C 2500 SS ヴィラデステ(1951年)

オートモビルクラブイタリア(ACI)会長をはじめ、「コンコルソ デレガンツァ ヴィラ デステ」や「ペブルビーチ コンコース デレガンス」などの審査も行なっている審査員らの厳正な審査によって、もっとも華麗な1台と評される“Best of Show”に選ばれたのは、アルファロメオ6C 2500 SS ヴィラデステ(1951年)でした。

1926年にイタリア・ミラノで設立され、1966年にその活動を停止したコーチビルダー「カロッツェリア・ツーリング社」の手による1台で、同社が開発した鋼管フレームと薄い軽金属板を組み合わせた超軽量構造「スーパーレッジェーラ構造」を持つ貴重なモデルだそうです。

People's choice(一般来場者にもっとも人気のあった1台)はランボルギーニミウラSV(1971年)

期間中に行った一般来場者による投票でもっとも多くの票を集めたのが、ランボルギーニ ミウラSV(1971年)です。1966年のジュネーブモーターショーでデビューしたV型12気筒のエンジンをミッドシップに搭載したモデルで、その日本語っぽい語感を持つ「ミウラ」という車名は、スペインの闘牛飼育家ドン・アントニオ・ミウラ氏にちなんだというもの。この「SV」は、発表後から絶え間なく改良が続けられたミウラの完成形と言えるモデルで、1971年に発表され、約150台が生産されました。

日本で1970年代に巻き起こったスーパーカーブームでもとても人気のあったミウラは、モデルによって違う特徴的なポップアップ式ヘッドライトの周りの造形処理や、ここから派生したイオタの存在など、当時の少年たちの話題には事欠かないモデルで、そんな日本での人気も「People's choice」受賞の大きな一因だったのかもしれません。

”匠の技”によって生み出された数々のヴィンテージカーや世界でたった8台の貴重な限定生産モデル

手前は、アルファロメオ 1900 C52 “ディスコ ヴォランテ”(1952年)。奥の3台は、そのデザインをリスペクトして作られたアルファロメオ 8C ディスコ ヴォランテ by トゥーリング。世界でたった8台しかない、うち3台が京都に集結した
手前は、アルファロメオ 1900 C52 “ディスコ ヴォランテ”(1952年)。奥の3台は、そのデザインをリスペクトして作られたアルファロメオ 8C ディスコ ヴォランテ by トゥーリング。世界でたった8台しかない、うち3台が京都に集結した

世界遺産 元離宮二条城、二の丸御殿中庭には貴重なヴィンテージカーに加え、歴史的な名車のデザインをリスペクトしたモデルなどが集結しました。今回の展示車両の中でもっとも古いモデルは、フィアット509デルフィーノで1926年式。日本ではちょうど大正時代から昭和時代に変わった年で、400年の歴史を持つ二条城とは大きく時代が異なります。にもかかわらず会場での佇まいは、時代の違いや欧州と日本の違いを超え、なぜか違和感を持ちませんでした。

手前からマセラティ3500GT(1962年)、アストンマーティン DB4 3.7(1959年)、アルファロメオ 1900 C SS(1955年)
手前からマセラティ3500GT(1962年)、アストンマーティン DB4 3.7(1959年)、アルファロメオ 1900 C SS(1955年)
左:フェラーリ 166インテル(1949年)、右:フィアット 1500 6C トゥーリング(1939年)
左:フェラーリ 166インテル(1949年)、右:フィアット 1500 6C トゥーリング(1939年)

「ヴィンテージカーは、ラインで大量生産される現代のクルマと違い、1台1台のクルマがデザインをはじめさまざまな分野の職人の技術を協調しながら進化し続けてきたもの。それは大工、木工、金光などさまざまな職人がそれぞれのパーツを担当して、それが融合してできた二条城や京都に伝わる伝統的なものづくりと共通します。だからこそ、この会場が調和しているのでは」と会場で語った門川大作 京都市長のスピーチは的を射ているように感じます。

フィアット 1100 フルア スパイダー(1946年)、フィアット 509 デルフィーノ(1926 年)
フィアット 1100 フルア スパイダー(1946年)、フィアット 509 デルフィーノ(1926 年)
ダットサン フェアレディ 1200(1960年)
ダットサン フェアレディ 1200(1960年)

表彰式で挨拶を行なったコンクール審査員長のアントニオ・ギーニ氏は、挨拶の中でこの催しの総合プロデュースを務めた木村英智氏に、サプライズプレゼントとしてイタリアの建築家、ジオ・ポンティのデザインしたプレートを贈りました。

この想定外の貴重な、そして心のこもったプレゼントに木村氏は「イタリアが好きで、クルマが大好きで、そして日本が好きで、それを全部合わせたものを作りたいと思いこのイベントを開催しました。いろいろな人を巻き込んで、お金もかかることをするのは辛いこともありましたが、このプレゼントで報われた気がしました」と、不意の贈り物にポロポロと涙を流しながら語り、それでも挨拶の最後に「クルマっていいですね!」と笑顔を見せました。そのとき、来場していた多くのイタリア人から木村氏に向け「ブラボー!」の声も。木村氏の姿とともに印象的なシーンとなりました。

世界的に貴重なヴィンテージカーと二条城の組み合わせは、その世界が好きな人には至福の空間であると同時に、普段クラシックカーにはあまり縁のない人にとっても決して敷居の高いものではなく、とても暖かく心地よい世界でした。

(取材・文・写真:高橋学 編集:木谷宗義+ノオト)

[ガズー編集部]