繊維機械から自動車産業、そして未来へ。トヨタ産業技術記念館(後編)

トヨタグループ発祥の地、名古屋市栄生(さこう)。そこに設立されたトヨタ産業技術記念館は、大正時代の赤レンガづくりの建物を活用し、近代日本の基幹産業であった繊維機械と自動車の技術史をわかりやすく展示する博物館です。後編では、自動車館について、トヨタ産業技術記念館の阪本 敦さんの案内でご紹介します。

手づくりボディから始まり水素エネルギー車へ

繊維機械館から「動力の庭」を臨む通路を通って、自動車館へ。

父・豊田佐吉の影響を受けて繊維機械の技術者となった長男の喜一郎が、初めての欧米視察の時に見た自動車の普及ぶりに驚き、日本の工業力の低さを痛感。独自技術による自動車工業の必要性を実感したところからトヨタ自動車の歩みは始まります。

自動車館は、大きく分けて、
・日本の自動車産業の始まりから戦前・戦後の様子を紹介する展示
・豊田喜一郎の生い立ちを紹介するコーナー
・現在に至る自動車生産工程の疑似体験ができる大型機械の展示コーナー
・トヨタヒストリーショーケース
・未来へ向けての取り組み
の各ブースに渡り、創業期から未来へとつながる自動車産業の歴史を紹介しています。

ゼロから始める自動車製造へ

喜一郎が欧米へ渡り、自動車の普及ぶりに驚いたのは1921年のこと。その後1923年に起きた関東大震災の復興のための足として活躍したのが米国から緊急輸入したフォード社のトラックを改装した「円太郎バス」でした。その後も自動車は米国製が中心で、1929年の国産自動車のシェアはたったの1%だったそう。

さらに、時代は軽工業から重化学工業へ。1929年の2度目の欧米視察を経て、かつて栄華を誇った繊維産業の衰退を目の当たりにし、危機感を肌感覚で感じた喜一郎は1933年に豊田自動織機製作所に自動車部を立ち上げます。

1930年に小型ガソリンエンジンを研究・完成させ、自転車の後輪部に取り付けている様子
1930年に小型ガソリンエンジンを研究・完成させ、自転車の後輪部に取り付けている様子

その当時の試作工場の一部を移築し、再現したのがトヨタ自動車創業期のコーナーです。

当時のままの建物を移築した
当時のままの建物を移築した

米国の自動車の生産方法をただ模倣するだけでは、日本独自のクルマを作り続けることはできない……そのため、文字通りゼロからの出発だったのです。

自動車用の最適な材料がほとんどなかった中、材料試験室では、クルマの材料をひとつひとつ研究・開発するところから始まっていたのがわかります。当時の日本では望めなかった自動車用鋼材を将来的にも安定して供給していきたい。そのために、まずは自分たちで必要な鋼材を作るところから始めたのです。研究、測定を繰り返した当時の測定器の数々が並んでいました。

材料試験室。さざまな測定器が当時の配列順に並ぶ
材料試験室。さざまな測定器が当時の配列順に並ぶ

材料の問題が解決したら、次はエンジンの鋳造と、試行錯誤の開発の様子が順に紹介されています。

こうして、いよいよ手叩き板金によるトヨタ第1号乗用車・A1型試作乗用車の製作に入りました。1935年5月には完成式が行われたのでした。

トヨタ自動車の創業者 豊田喜一郎の歩み

豊田自動織機製作所に自動車部を立ち上げ、国産自動車生産への第一歩を踏み出した、豊田喜一郎を主とした展示室もあります。こちらは期間限定の企画展として公開していたものを常設展としたそうです。

展示室に入ると、生前の喜一郎の思想や人柄を現わすエピソードを記した白い垂れ幕14枚が出迎えます。

発明家である父・佐吉の後ろ姿を見ながら育った幼少期、技術者を目指した学生の頃、そして、自動車事業の立ち上げへと、年代順に写真や直筆のノートなどで喜一郎の歩みが紹介されています。

戦前そして戦後の自動車産業

移築された建物を外側から見た様子。エスカレーター・階段を上がって2階の展示室へ
移築された建物を外側から見た様子。エスカレーター・階段を上がって2階の展示室へ

移築された建物を外側から見ながら、2階の展示室に移ると、1935年に販売したG1型トラックから始まったトヨタの自動車製造の歴史が、戦前・戦中・戦後とどのように進んでいったかが展示されています。なお、ここは2018年10月にリニューアルされ、展示が一新されています。これ以降、1950年代からの歴史については来年2020年までに改装を完了する予定だそうです。

自動車製造事業法による許可会社になるべく実績を残すため、短期間でトラックを開発・生産した当時の様子から始まり、社名が「トヨダ」から「トヨタ」へと変わっていったエピソードや挙母工場(現トヨタ自動車本社工場)の建設までをさまざまな写真・資料をもとにひもときます。

発売当初のトラックは後輪の車軸部分が折れるなどのアクシデントだらけだった。お客さまの荷物が遅れないよう、別のトラックで迎えに行ってフォローをしていたのだとか
発売当初のトラックは後輪の車軸部分が折れるなどのアクシデントだらけだった。お客さまの荷物が遅れないよう、別のトラックで迎えに行ってフォローをしていたのだとか

終戦直後には、自動車生産の許可が出るまでの間、社員の生活を守るために衣食住に関わる事業を展開していたそう。例えば、ドジョウの養殖や薬草の栽培などの研究を行ったり、今に続くトヨタミシンが開発されたのもこの頃というのですから、驚きです。

工場見学でも見られない大型加工機械の数々がここに

再び1階に移動、自動車生産技術の展示コーナーでは、自動車の大量生産をスタートした当初の様子から最新の大型機械までが並びます。

2階から自動車生産技術の展示コーナーを臨む。手前がトヨタヒストリーショーケース
2階から自動車生産技術の展示コーナーを臨む。手前がトヨタヒストリーショーケース

1938年、挙母工場創業時のAA型乗用車の組立ラインを再現したコーナーでは工具を持ってひとつひとつ手で組み上げる当時の作業の様子がしのばれます。挙母工場からは1930~40年代の鋳造・鍛造などの生産設備も移築されています。古い生産工程と現在との機械設備の比較ができるようになっているのです。

ボディ鋼板の裁断から溶接、そして組立まで手作業中心で行われている様子が見られる
ボディ鋼板の裁断から溶接、そして組立まで手作業中心で行われている様子が見られる

そして、大型プレス機を始めとする現在の自動車生産ラインを支える機械が動く展示は迫力満点です。自動車の生産はプレス工程に始まり、溶接、塗装、組立、最後の検査まで、全部で5つの工程があります。通常、自動車工場の見学では組立ラインしか見られないのだそうです。こちらでは、実際の工場でも見られないほぼすべての工程をワンストップで疑似体験できるようになっています。

目の前で動く様子が見られる迫力の米国ダンリー社製600トンプレス機。
目の前で動く様子が見られる迫力の米国ダンリー社製600トンプレス機。
7代目カローラ(1991年発売) 4ドアセダンのプレス部品は全部で315点。いろいろな創意工夫により製品の精度と生産性を上げていった
7代目カローラ(1991年発売) 4ドアセダンのプレス部品は全部で315点。いろいろな創意工夫により製品の精度と生産性を上げていった
4台目プリウス(2015年発売)のメインボディ仮付けの様子
組立ラインの様子
組立ラインの様子

この他にも、「バーチャルファクトリーツアー」として、トヨタ自動車東日本での最新型のシエンタの生産工程を映像で見られるようにもなっています。

最新型の生産工程を映像で体験できる。日英中韓の4ヶ国語で解説
最新型の生産工程を映像で体験できる。日英中韓の4ヶ国語で解説

懐かしのクルマから最新のものまで年表をたどって

もちろん、トヨタ自動車がこれまで生産してきたクルマたちも年代を追って展示されています。

トヨタが販売した初めての自動車G1型トラックやAA型乗用車、また、トヨペットSA型自動車などの車両があります。

トヨタ初の乗用車 AA型乗用車
トヨタ初の乗用車 AA型乗用車
蒸気機関車の燕号と競争したことでも知られるトヨペットSA型
蒸気機関車の燕号と競争したことでも知られるトヨペットSA型

特に、G1型トラック(レプリカ)はここにしか存在しない貴重なもの。以前、放映されたテレビドラマ「Leaders /LeadersⅡ」の撮影の際はこちらから出張で出演したそうです。

販売第1号のG1型トラック。正面のデザインは能面を、ボンネットマスコットは金のシャチホコをモチーフに。あくまでも日本人の手と頭で作っていることを示すこだわりの一端。
販売第1号のG1型トラック。正面のデザインは能面を、ボンネットマスコットは金のシャチホコをモチーフに。あくまでも日本人の手と頭で作っていることを示すこだわりの一端。

さらに、これらのクルマはただ見せるだけに展示されているわけではありません。全て、いつでも動かせるようにメンテナンスがされています。毎年6月に開催される開館記念特別イベントでは走行披露や同乗試乗会ができるとのことです。

創業期のクルマに続いては、「トヨタヒストリーショーケース」と名付けられたコーナーが。

クルマの説明とともにミニチュアも
クルマの説明とともにミニチュアも

その後、どんどん発売されてきたクルマが並びます。こちらも2018年10月にリニューアルされたばかり。トヨタ自動車の80年あまりにも続く長い歴史を感じさせる展示です。

年表のように伸びるスペースに発表された年の順で整然と並んだクルマを見ながら進むと、過去から現在へを丸ごと感じることができます。

年表に沿ってクルマが配置される
年表に沿ってクルマが配置される

「トヨタヒストリーショーケース」の先には、未来の姿が。

初代プリウスから始まったハイブリッドユニットがどんどん小型・軽量化していき、自分の家でも充電できるPHVタイプのプリウスへ。化石燃料に頼らない水素を活用したエネルギーの研究と、環境に配慮した開発の様子、未来に向けたトヨタのヴィジョンが展開されています。

1997年初登場からの歴代プリウスのハイブリッドユニットを一堂に展示。次第に小型していく様子が見て取れる
1997年初登場からの歴代プリウスのハイブリッドユニットを一堂に展示。次第に小型していく様子が見て取れる
水素をエネルギーとして動く燃料電池自動車MIRAI
水素をエネルギーとして動く燃料電池自動車MIRAI

愛知観光のハブとしても

「愛知はモノづくりの街。豊富で品質のよい水や土、流通の要となる港など、古くからモノづくりに適した環境に恵まれ、愚直なまでの勤勉な気質がコツコツとモノづくりに打ち込むことに繋がったのでしょうね」と阪本さん。そんなモノづくりの技術の変遷を展示するこのようなタイプの博物館は、他にはあまり例がないとのこと。古い機械の保存や技術史の文献など、今後もしっかりと残していくこともこの博物館の使命であるともおっしゃいます。

「トヨタ産業技術記念館公式メモリーブック」も用意されている。日英中の3ヶ国語対応している
「トヨタ産業技術記念館公式メモリーブック」も用意されている。日英中の3ヶ国語対応している

また、ここは名古屋駅からも徒歩約20分と近く、なごや観光ルートバス メーグル(https://www.nagoya-info.jp/routebus/)の巡回コースにも含まれています。エントランスロビーにも他館の観光情報が豊富にそろえられていました。愛知観光の出発地としても便利な場所です。

各観光地の情報も取り揃えている
各観光地の情報も取り揃えている

モノづくりの側面から見る日本の近代史は、また別の顔をしていました。クルマ好きはもちろん、歴史好きな方、機械好きな方にも十二分に楽しめます。できれば、少し時間に余裕をもってぜひ!

(取材・文・写真:わたなべひろみ 編集:ミノシマタカコ+ノオト)

<取材協力>
トヨタ産業技術記念館
http://www.tcmit.org/

[ガズー編集部]

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