大事なのは接地面積と空気圧。ミシュランに聞いた農業機械用タイヤの世界
ミシュランと聞いて、皆さんはどんなイメージを浮かべるでしょうか? 世界で初めてラジアルタイヤを開発した会社、日本や世界の自動車メーカーに標準装着されるタイヤ、レーシングチームのタイヤサプライヤーとしての存在、旅行好きの人ならばミシュランガイドの印象が強いかもしれません。しかし、ミシュランが手がけているのは、それだけではないのです。
これらと同じぐらいミシュランが重視しているのは、「働く車」、具体的にはトラック・バス、建設機械、農業機械、航空機などのタイヤです。
そこで今回は、その中でも、一般の人には馴染みが薄い農業機械用タイヤの世界を日本ミシュランタイヤ株式会社 建設・農業機械担当セールス&マーケティングマネージャー 佐野恒彦さんに教えていただきました。
タイヤの特性で畑の収穫量が変わる
ミシュランが誕生したフランスは、多種多様な農作物を生産している欧州随一の農業国です。ミシュランタイヤの創業は1889年ですが、その前身となるのは農機具やゴム製品の会社でした。同社と農業との関わりも歴史が長いのです。
「日本では農地の集約化が進んで、年々一戸当たりの耕作面積が拡大しており、ブラジルなどの広大な敷地のある国では、アグロインダストリーという大規模な工業のようになっています。それにともなって年々、トラクターなどの農業用機械も大型化しています。タイヤも生産性を向上させるために、燃費や収穫量への貢献といった、今まで以上の能力を求められてきています」(佐野さん)
- 作業機の大きさや能力向上に準じてトラクターも年々大型化
- 大規模農業においては作業の効率化が重要。 作業に合わせて前後に大型の作業機を装着することも
タイヤで燃費がよくなることはわかりますが、収穫量にも関係があるのでしょうか?
「トラクターで土を反転させる、わかりやすくいうと土を鋤(すき)で耕す作業を行いますが、農地が大規模になるほど作業機も大きくなり、トラクターも大型のものが必要となります。するとトラクターの重さで土を踏み固めてしまうんですね。矛盾しているかもしれませんが、生産性をあげようとすると、機械が重くなって土を踏み固めてしまう問題が出てきます。その土への圧力をいかに減らすかが、タイヤの役割になります」(佐野さん)
トラクターが土を踏み固めてしまうと、水はけが悪くなる上、土が粘土層になってしまい、作物の根の張り方が悪くなって生産性が下がってしまうそうです。場合によってはブルドーザーで掘り返して、土壌を直さなければならなくなることも。タイヤで収穫量が変わるというのは、土壌へのダメージが関係していたのですね。そこで現在の農業用タイヤでは、接地面を大きくすることにより荷重を分散させ、土壌への負担を減らすことが求められています。
- 接地面積が少ないと左の轍のように土壌の深い部分まで踏み固めてしまう
「現在では、よりワイドなタイヤを使うことで設置面積を大きくし、その分土壌へのストレス(圧力)を分散することが重要になっています。ここが、普通のクルマのタイヤと違うところです。一般的なタイヤだと、扁平率を下げることによってコーナリング特性がよくなりますが、農業タイヤの場合は、扁平率を下げることによって接地面積を増やし、土壌への荷重を分散させるのです」(佐野さん)
ちなみに大型のトラクターでは、接地面積を増やすために一軸に複数のタイヤを装着するダブルタイヤやトリプルタイヤを採用することもあるそうです。
畑では空気圧は低め
もうひとつ、農業機械用タイヤには特徴があります。畑では空気圧を下げるのです。
「畑では、接地面積を確保するために、ときには100kPa以下まで空気圧を落として使用します。それが農業用のタイヤの大きな特徴です。農業機械用タイヤではバイアスタイヤも使用されていますが、構造上規定以下に空気圧を落とすことができません。現在、輸入車はほぼ100%、国産メーカーもラジアルタイヤの採用が増えています。同サイズであっても、どれだけ空気圧を下げられるかが重要なポイントです。ミシュランでは、低い空気圧で高荷重に耐えられるラジアルタイヤ『ウルトラフレックステクノロジー』を2004年に市場に投入しました」(佐野さん)
しかし、空気圧を低くすると、ひとつ大きな問題が生じます。舗装路での走行です。
- 畑から公道への移動もトラクターの安全面で大きな課題になっている
「畑から別の畑に移動する際は、舗装された公道を走らなければなりません。日本では法律上35km/hまでしか出せませんが、海外仕様では最高速度が80km/hになるトラクターもあります。畑での使用に適した低い空気圧のまま公道を走行すると、安定性が悪くなり、安全性が損なわれます。畑にコンプレッサーがあればいいのですが、公道を走る空気圧に合わせて使っているのが現実です」(佐野さん)
トラクターでも高級モデルになると、車内から空気圧を下げられる機能が装備されているそうですが、こうしたモデルを所有しているのは一部の大規模農家のみ。そこでミシュランでは、2017年、タイヤの空気圧をモニタリングし、路面や使用状況に応じて走行中に空気圧を調整できる「CTIS」(Central Tire Inflation System)の欧州トップ企業であるPTGとTeleflowの2社を買収したと言います。タイヤの空気圧の重要性をよく知るミシュランだからこその選択なのでしょう。
最新の農業機械用タイヤは畑と舗装路の走行を両立する
畑と公道で相反する特性が求められる農業機械用タイヤ。しかし、ミシュランは求められる2つの特性に対応するタイヤを開発・販売しています。
- 中央に背骨のようにある溝が公道での直進安定性に貢献、畑で空気圧を下げるとショルダー部も路面に接地し通常のハの字タイヤのようになる
「一般的な農業用タイヤのトレッドは『ハの字』のパターンが用いられています。この形状は、土をかき分けで進むのには最適ですが、舗装路には向きません。そこでミシュランでは、ひとつのタイヤで異なる路面状況に対応できる“2 in 1”のEVOBIB(エボビブ)というタイヤを開発しました。このタイヤは、公道走行に適した空気圧の場合にはセンター部が接地して直進安定性を生み、畑に適した低い空気圧にするとトランスフォームし『ハの字』のタイヤになる仕組みです」(佐野さん)
農業用タイヤでも技術革新が進んでいるんですね。ちなみにミシュランでは、空気圧を計算するためのスマートフォンアプリも提供しているそう。知れば知るほど奥が深い、農業機械用タイヤの世界でした。
<関連リンク>
農業機械用タイヤ 日本ミシュランタイヤ
https://www.michelin.co.jp/auto/agriculture-tire
(取材・文:斎藤雅道 写真:日本ミシュランタイヤ株式会社 編集:木谷宗義+ノオト)
[ガズー編集部]
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