日産発祥の地でエンジニアリングの歴史に触れる「日産エンジンミュージアム」

自動車にとって欠かせない「エンジン」。そのエンジンだけを展示した博物館が横浜にあります。その名もズバリ「日産エンジンミュージアム」。でも、どうしてエンジンだけを集めて展示しているのでしょうか? なぜ横浜に? 展示内容とともに、その秘密を探ってきました。

年間約2.5万人が訪れる「日産自動車発祥の地」

日産エンジンミュージアムは、日産自動車横浜工場(以下:横浜工場)のゲストホール内にあります。ゲストホールは、工場敷地にあるほかの建物とは趣が違う、アンティークな雰囲気。それもそのはず、なんと日産自動車株式会社が、「自動車製造株式会社」として1933年(昭和8)にこの地に創業した翌年(1934年)から「本社事務棟」として利用していた建物です。それゆえ、横浜市から歴史的建造物として認定されているほか、経済産業省から「近代化産業遺産」としても認定されています。

「日産自動車」が産声を上げた場所といえる日産自動車旧本社ビル
「日産自動車」が産声を上げた場所といえる日産自動車旧本社ビル

この横浜工場は、日本で初めて自動車部品から最終組み立てまでを一貫して大量生産した場所でもあります。日本の産業革命の場所、と言っても過言ではないでしょう。1966年からこの工場で車体生産は行なわれていませんが、エンジンなどの基幹部品は製造しているとのこと。

具体的には、NISSAN GT-Rに搭載されるVR38DETTエンジンをはじめ、セレナやエクストレイルに搭載されるMR型エンジン、そしてリーフに搭載するモーターなどは、横浜の地で産声を上げているそうです。

NISSAN GT-RのVR38DETTエンジンは、クリーンルームで1基を1人の職人(この職人を日産では「匠」と呼ぶ)が担当する「手組み」で行われている
NISSAN GT-RのVR38DETTエンジンは、クリーンルームで1基を1人の職人(この職人を日産では「匠」と呼ぶ)が担当する「手組み」で行われている

日産エンジンミュージアムの見学料は無料。予約も不要で、工場が稼働していない土曜日でも見学可能です。年間の来場者数は、なんと年間約2.5万人。最近は、海外での「第二世代GT-R人気」も手伝って、訪日観光客の方も増えているそうです。なお、事前にWebサイトから予約を行うことで、平日は工場見学もできます。

歴史を感じながらプロダクトに触れられる場所

係員の方にエンジンミュージアム開設のきっかけを伺いました。

「『後世に技術を遺す』ことを目的に、エンジン設計部が中心となり、各工場に保存・保管されていたエンジンを集めて、1987年に『エンジン博物館』として開発部門内に公開したのが始まり。その後、工場見学のコースに組み入れ一般公開が始まりました」

エンジンだけがズラリと並ぶ空間は一種異様でもあり壮観でもある
エンジンだけがズラリと並ぶ空間は一種異様でもあり壮観でもある

ちなみに、エンジンミュージアムでは数多くのエンジンを所蔵しており、そのうちの27基が展示されているそう。では、なぜエンジンだけなのでしょうか?

「日産では座間事業所内に『日産ヘリテージコレクション』という過去の名車を展示する施設がありますが、車両と一緒に展示するとなると相当広い場所が必要です。それらを一堂に会して展示できる場所は、なかなかありません。横浜工場はエンジン工場でもあり、日産発祥の地でもあるため、ここで展示をしています」

コレクションを新しい建物に集めるのではなく、今まで使っていた建造物の中に展示するのは、日産ヘリテージコレクションと同様。建造物から歴史を感じつつ、そのプロダクトの歴史に触れられるのは、とても意義があるように感じます。

「日産ヘリテージコレクション」の内部には、懐かしい名車が300台近くズラリと並ぶ
「日産ヘリテージコレクション」の内部には、懐かしい名車が300台近くズラリと並ぶ

約90年の時の流れとクルマの進化を感じるエントランス

それでは、歴史的建造物の中に足を踏み入れてみましょう。エントランスは、とても90年近く前に建てられたとは思えないほどの綺麗なもの。ですが、柱や壁に当時の面影を見ることができます。横浜工場の創業時に作られていたダットサンロードスターと7型エンジンが出迎えてくれました。その反対側には、現代の日産を象徴する2台、日産リーフとNISSAN GT-Rも展示。

その昔、横浜工場で作られていたダットサンロードスターと7型エンジン(中央奥)は、日産自動車の前身であるダット自動車製造により開発された495ccサイドバルブ式エンジンをベースに、1935年に日産として初めて量産された722ccの水冷直列4気筒。15馬力を発生し、1963年まで製造された
その昔、横浜工場で作られていたダットサンロードスターと7型エンジン(中央奥)は、日産自動車の前身であるダット自動車製造により開発された495ccサイドバルブ式エンジンをベースに、1935年に日産として初めて量産された722ccの水冷直列4気筒。15馬力を発生し、1963年まで製造された
15馬力の7型エンジンの反対側に置かれたNISSAN GT-R。その出力は570馬力と強力な物だ。壁にはクルマができるまでの展示パネルが置かれている
15馬力の7型エンジンの反対側に置かれたNISSAN GT-R。その出力は570馬力と強力な物だ。壁にはクルマができるまでの展示パネルが置かれている

その先へ進むと、エンジン製造に関する展示が続きます。エンジンミュージアムだけでなく工場見学に関する内容も含まれ、この横浜工場で現在、作られているエンジンやモーターも展示されています。

エントランスの隣の部屋にあるエンジンの技術解説の部屋
エントランスの隣の部屋にあるエンジンの技術解説の部屋
e-POWERをはじめとする、現在の日産を代表するエンジン(パワーユニット)が並ぶエンジンの技術紹介コーナー
e-POWERをはじめとする、現在の日産を代表するエンジン(パワーユニット)が並ぶエンジンの技術紹介コーナー

その中には、量産型では世界初となる最新の可変圧縮比エンジン「KR20DDET」の仕組みをわかりやすく解説する模型もありました。電動化技術のイメージが強い日産ですが、内燃機関の研究も続けられていて、「KR20DDET」も北米向けインフィニティQX50等ですでに市販されています。

マルチリンク可変圧縮比機構(VCRアクチュエーター)の動作説明。ピストンの上死点を動かすことで、圧縮比が可変。低燃費とパフォーマンスを両立させる
マルチリンク可変圧縮比機構(VCRアクチュエーター)の動作説明。ピストンの上死点を動かすことで、圧縮比が可変。低燃費とパフォーマンスを両立させる

エンジンの進化から、人や時代の求めに対するエンジニア達の軌跡を感じる

昔ながらの階段を上り2階へ。明治や大正を感じさせる廊下の右側が、エンジンミュージアムのメインの展示室です。

明治~大正時代を感じさせる館内2階
明治~大正時代を感じさせる館内2階
フローリング床の空間にエンジンが並ぶ。写真手前は同社最新のHEVやVR30DDTTエンジン
フローリング床の空間にエンジンが並ぶ。写真手前は同社最新のHEVやVR30DDTTエンジン

温かい陽光が優しく入る室内には、過去のサイドバルブ式から現在のハイブリッドまで、27基のエンジン(パワートレーン)が鎮座しています。展示は、過去から現代への流れのほか、スポーツ系、そしてレーシングエンジンとエリアごとに分かれています。

日産エンジンの系譜図。創業時代から現代までエンジン型式の進化がわかる
日産エンジンの系譜図。創業時代から現代までエンジン型式の進化がわかる

それではエンジンミュージアムに展示されているエンジンを、いくつかご紹介しましょう。まずは1950年代に生産されたサイドバルブエンジンから。

日本で最初に自動車が大量生産された頃に採用されたサイドバルブ式エンジン。「NB型」(1953年)。水冷の直列6気筒エンジンで、排気量は3670ccで95馬力を発生し、ニッサントラックやパトロールに搭載されていた
日本で最初に自動車が大量生産された頃に採用されたサイドバルブ式エンジン。「NB型」(1953年)。水冷の直列6気筒エンジンで、排気量は3670ccで95馬力を発生し、ニッサントラックやパトロールに搭載されていた
1979年に誕生した「L20ET型」1998cc水冷直列6気筒のエンジンは、国産乗用車で初となるターボチャージャーを搭載し145馬力を発生。排気ガス規制を克服しただけでなく、燃費と加速性能を両立に成功。430型セドリックなどに搭載された
1979年に誕生した「L20ET型」1998cc水冷直列6気筒のエンジンは、国産乗用車で初となるターボチャージャーを搭載し145馬力を発生。排気ガス規制を克服しただけでなく、燃費と加速性能を両立に成功。430型セドリックなどに搭載された
水冷・直列6気筒DOHCの「S20型」のカットモデル。このエンジンは、1970年代初期としては異例の160馬力を発生。スカイライン2000GT-Rに搭載され、モータースポーツの世界では「不滅の50勝」という金字塔を打ち立てた
水冷・直列6気筒DOHCの「S20型」のカットモデル。このエンジンは、1970年代初期としては異例の160馬力を発生。スカイライン2000GT-Rに搭載され、モータースポーツの世界では「不滅の50勝」という金字塔を打ち立てた
日本で初めてV型6気筒の量産に踏み切ったのは日産だった。1983年に誕生した「VG20ET」「VG30ET」は、セドリックやZ31フェアレディZに搭載。Z32では、ツインターボ化により日本車初の280馬力を達成した「VG30DETT」が搭載された
日本で初めてV型6気筒の量産に踏み切ったのは日産だった。1983年に誕生した「VG20ET」「VG30ET」は、セドリックやZ31フェアレディZに搭載。Z32では、ツインターボ化により日本車初の280馬力を達成した「VG30DETT」が搭載された
こちらはR32スカイラインGT-R用に開発された直列6気筒ツインターボの「RB26DETT」。2.6リットルという中途半端に思える排気量は、当時のグループAのレギュレーションに対応させるためだった
こちらはR32スカイラインGT-R用に開発された直列6気筒ツインターボの「RB26DETT」。2.6リットルという中途半端に思える排気量は、当時のグループAのレギュレーションに対応させるためだった

市販車のエンジンだけでなく、サーキットを駆け抜けたレーシングカーのエンジンも展示されてます。レーシングカーそのものを見ることはあっても、エンジンを見る機会はそうありませんので、大変貴重な機会といえるでしょう。

1991年のル・マン24時間耐久レースに挑戦するために開発されたVRH35Z型。3496ccV型8気筒DOHCツインターボからは800馬力/トルク80kgm以上を発生する。搭載したR90CPは5位に入賞、翌92年にはR91CPに搭載され、デイトナ24時間レースで見事優勝を果たした
1991年のル・マン24時間耐久レースに挑戦するために開発されたVRH35Z型。3496ccV型8気筒DOHCツインターボからは800馬力/トルク80kgm以上を発生する。搭載したR90CPは5位に入賞、翌92年にはR91CPに搭載され、デイトナ24時間レースで見事優勝を果たした
2013年のスーパーGT、GT500クラスに参戦するNISSAN NISMO GT-R GT500に搭載されていたVRH34B型エンジン。3396ccのV型8気筒で450馬力を発生した
2013年のスーパーGT、GT500クラスに参戦するNISSAN NISMO GT-R GT500に搭載されていたVRH34B型エンジン。3396ccのV型8気筒で450馬力を発生した

エンジンミュージアムの隣には、日産の歴史を知る場所も

エンジンが展示されていた部屋の反対側には、日産自動車の歴史を紹介するコーナーも。パネルを中心とするコーナーで、創業の歴史や工場の変遷がわかりやすく紹介されています。それは我が国の工業産業の歴史を理解する上でも、とても重要なものといえるでしょう。

日産自動車は、吸収合併を繰り返して大きくなっていったことを説明するパネル
日産自動車は、吸収合併を繰り返して大きくなっていったことを説明するパネル

部屋にはほかに、ミニカーをはじめとするミニュチュアモデルが数多く展示されていました。中には「懐かしい」と思えるクルマもあり、見ているだけでも楽しくなります。

有志の手によって集められたミニカーたち。年に1度、モデラーズクラブの会合が、この日産エンジンミュージアムで行われているそう
有志の手によって集められたミニカーたち。年に1度、モデラーズクラブの会合が、この日産エンジンミュージアムで行われているそう

日産自動車発祥の地で、日産の技術の歩みに触れるとともに、自動車技術についての理解を深めることができる日産エンジンミュージアム。最寄り駅はJR「新子安駅」、京浜急行「京急新子安駅」ですが、かなり距離がありますので、バスで伺うことをオススメします。ちなみにクルマでの来訪も可能で、予約は不要とのこと。「エンジンミュージアム」という名称から、マニアックな印象を受ける名前の博物館ですが、その中はクルマ好きの方はもちろん、歴史好きの方でも楽しめるものでした。

(取材・文・写真:栗原祥光 編集:木谷宗義+ノオト)

<関連リンク>
日産エンジンミュージアム
https://www.nissan-global.com/JP/PLANT/YOKOHAMA/#musium

[ガズー編集部]

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