FIA公認のドリフト世界一決定戦「FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップ」開催。ロシアのゴーチャ選手が2連覇

世界一のドリフトドライバーを決める国際自動車連盟公認「FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップ」が、11月30日(土)~12月1日(日)の2日間にわたって、茨城県「筑波サーキット」で開催されました。なぜ、日本で世界一決定戦が? 開催の背景や開催の狙いを含めて、レポートします。

FIAが日本でドリフト世界一決定戦を行う理由

タイヤを意図的に滑らせて走行する「ドリフト」は日本発祥のモータースポーツで、現在ではさまざまな大会が開かれています。その中のひとつが、世界初のドリフト大会「D1グランプリ(以下:D1GP」です。

FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップが開催された背景には、2015年頃D1GPの運営を行う株式会社サンプロスの斎田功代表に、日本自動車連盟(JAF)経由で「FIAがドリフトに興味を抱いている」という話がやってきたことがあります。

プロモーターであるサンプロス代表の斎田功さん
プロモーターであるサンプロス代表の斎田功さん

斎田さんは当時、以下のように話していました。

FIAは特に途上国でのモータースポーツ人口を増やしたいという狙いがあり、40カ国近くの国でD1GPを模したドリフト競技の活用を考えたようです。モータースポーツを行うためには、レース車両はもちろん、サーキットなどの設備必要なため、なかなか普及するのは難しい。しかし、ドリフト競技なら広場と中古車があればできます」(斎田さん)

その後、車両や客席の安全規定、コース設定などを始めとした世界標準の競技ルールがFIAによって策定され、連絡会の発足から2年後の2017年11月、FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップの第1回大会が、お台場の特設コースで開催に。川畑真人選手が初代王者になりました。

FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップ2017で優勝した川畑真人選手
FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップ2017で優勝した川畑真人選手

「日本で行われた理由は、ドリフト競技の発祥が日本であることや、他国と比べて安全面や運営面などのレベルが高かったためです。また、広場で開催されるノウハウや技術が確立されれば、どの国でも空き地があればコースを作ってイベントができるようになります。そこで、当面はノウハウを蓄積していくという意味で、日本で行われることになりました」(斎田さん)

また斎田さんは、「FIAのルールが世界中に浸透していくには、何年もかかる」とも話していました。

「日本での大会に世界中の関係者が集まり、そのルールを知って持ち帰ってもらうことが大切です。それを何年も繰り返すことで、世界中のどこででも同じルールの大会が行われるようになります。これはドライバーの技術面やマシン作りでも同じです」(斎田さん)

イベントは、世界一のドリフトドライバーを選ぶだけでなく、ドリフトのルールを浸透させる、技術レベルを押し上げていくことも担っているのですね。

世界18カ国から25名の選手が参戦

こうして3回目の開催を迎えた「FIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップ」。今年は、世界18カ国から25名の選手が筑波サーキットに集まりました。広場ではなく、サーキットでの開催となった理由は公にされていませんが、お台場の広場がオリンピック準備のため利用できなかったためであることは、想像に難くありません。

参加選手の中には、昨年の覇者で「ロシアンドリフトシリーズ」チャンピオンのゲオルギィ・チフチャン(通称ゴーチャ)選手、“マッド・マイク”の愛称で知られるニュージーランドのドリフトマスター、マイケル・ウィデット選手、「フォーミュラドリフトジャパン」で4度もチャンピオンに輝いている、アンドリュー・グレイ選手などが名を連ねます。

筑波サーキットで行われたFIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップの様子
筑波サーキットで行われたFIAインターコンチネンタル・ドリフティングカップの様子

日本からは、初代王者である川畑選手のほか、D1GPで2年連続チャンピオンとなった横井昌志選手、そして今年の上位入賞者である藤野秀之選手と松井有紀夫選手、若手の小橋正典選手の5名が、「日の丸滑走隊」として王座奪還に挑みました。

日本代表として国旗をもつ川畑選手
日本代表として国旗をもつ川畑選手

競技は、2台によるバトルラン(追走)のトーナメント戦で行われますが、そこに参加できるのは16名。土曜日の午前中に、その参加資格と組み合わせを決める予選ともいえるソロラン(単走)が行われました。

単走優勝したチャールズ選手
単走優勝したチャールズ選手

このソロランを制したのは、香港の伍家麒(チャールズ)選手。一方、日本勢は松井選手の2位を筆頭に、横井選手5位、川畑選手7位、藤野選手が8位で追走トーナメントへ進出を果たします。

単走2位をつけた松井選手(左)と、監督で「アマさん」の愛称で親しまれている雨宮勇さん
単走2位をつけた松井選手(左)と、監督で「アマさん」の愛称で親しまれている雨宮勇さん

しかし、小橋選手は2回目の走行で、燃料系にトラブルが発生し出火。

出火してマシンをコースサイドに止めた小橋選手
出火してマシンをコースサイドに止めた小橋選手

ここで終わりかと思われましたが、今年からは予選不通過8名による敗者復活トーナメントが行われます。この敗者復活トーナメントは、ただトーナメント進出の機会を与えるだけでなく、せっかく日本に来たドライバーたちに、より多くの走行の機会を与えるという意味もあります。

というのも、参加者の中には母国にサーキットがなく、今回のような高いスピード域でのドリフト走行をした経験がないドライバーもいるからです。小橋選手はここで見事勝利。結果、日本勢は全員が追走トーナメントに進出しました。

夕暮れの中、敗者復活トーナメントに挑む小橋選手
夕暮れの中、敗者復活トーナメントに挑む小橋選手

翌日曜日に行われた追走トーナメントでは、ベスト16戦で小橋選手がクラッチ破損でリタイア。続いて藤野選手も、レース直前にテンションロッドが壊れ急遽交換に。ベスト16戦は勝利するものの不安が募ります。

緊急修理をしベスト16戦を戦う藤野選手(写真手前)
緊急修理をしベスト16戦を戦う藤野選手(写真手前)

続く横井選手は、先行する1本目でS字コーナーを真っすぐ走ってしまい大きく減点。昨年の大会で3位に入ったタイのチャナッポン・ケードピアム選手に敗退してしまいます。松井選手は勝ち進むも、川畑選手は1本目にミス。2本目は信号機トラブルなどを含め、4回に渡る再スタートの末、コースアウトしてしまい敗退してしまいました。

川畑選手のGRスープラは熟成不足ゆえかベスト16で敗退
川畑選手のGRスープラは熟成不足ゆえかベスト16で敗退

松井選手、藤野選手はベスト8戦も勝利し、準決勝へコマを進めます。ベスト4は、アンドリュー選手 vs 藤野選手、ゴーチャ選手 vs 松井選手という対戦。藤野選手は、いぶし銀の走りで決勝進出。

準決勝でアンドリュー選手(写真奥)と戦う藤野選手(写真手前)
準決勝でアンドリュー選手(写真奥)と戦う藤野選手(写真手前)

続く松井選手とゴーチャ選手の戦いは、今大会のハイライトともいえるレベルの高いものに。1回で勝負はつかず再戦に持ち込まれます。その再戦でゴーチャ選手の方がわずかに勝り、昨年のチャンピオンが決勝へ駒を進めます。

準決勝の松井選手とゴーチャ選手の対戦は、計4回走行するという熾烈なものに
準決勝の松井選手とゴーチャ選手の対戦は、計4回走行するという熾烈なものに

決勝戦前に行われた3位決定戦、松井選手とアンドリュー選手の戦いは、アンドリュー選手の勝利。

3位決定戦は、アンドリュー選手(写真手前)の勝利
3位決定戦は、アンドリュー選手(写真手前)の勝利

陽が傾く中で行われた藤野選手とゴーチャ選手の決勝戦は、スタート前にゴーチャ選手のマシンにスロットルトラブルが発生。スタート地点で緊急修理が行われ、1本目の走行が行われました。

スタート直後のメインストレートで力尽きた藤野選手(写真奥)。
スタート直後のメインストレートで力尽きた藤野選手(写真奥)。

ですがゴーチャ選手先行の1本目、なんとスタート直後に藤野選手のマシンがメインストレートでストップ! 何の前触れもなくデフが壊れてしまい、そのままリタイア。これによりゴーチャ選手の2連覇が決定しました。しかし、ゴーチャ選手もウイニングランでマシンストップ。どちらのマシンも死力の限りをつくしたと言えそうです。

手押ししてメインストレートに戻ってきたゴーチャ選手のシルビア
手押ししてメインストレートに戻ってきたゴーチャ選手のシルビア

藤野選手は「世界一を決める大会ですから、できれば戦って決めたかったところですが……」と悔しい様子。ゴーチャ選手は「本当にうれしく思っています。また運もよかったです。ありがとうございます。松井選手とのバトルも本当にハイレベルで、どちらが勝利してもおかしくなかったです。とにかく優勝ができてよかったです」と、よろこびを表していました。

高々とトロフィーを掲げる左から2位藤野選手、優勝したゴーチャ選手、3位アンドリュー選手
高々とトロフィーを掲げる左から2位藤野選手、優勝したゴーチャ選手、3位アンドリュー選手
ロシア国旗を掲げて国家を斉唱するゴーチャ選手
ロシア国旗を掲げて国家を斉唱するゴーチャ選手

筑波サーキットにロシア国歌が流れ、ゴーチャコールとロシア国旗がはためく中、大会は終了。世界ナンバーワンの座は、またしてもロシアのゴーチャ選手に渡ってしまいましたが、一方で大会を通じて他国選手のレベルの高さが実感できた大会でもありました。

来年の開催日および場所は発表されておりませんが、来年もまたハイレベルなレースが行われることは間違いありません。今度こそ日本に世界一の座が戻ることを祈りたいと思います。

(取材・文・写真:栗原祥光 編集:木谷宗義+ノオト)

<関連リンク>
FIA Intercontinental Drifting Cup
http://fiadriftingcup.com/

[ガズー編集部]

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